2-13 婿に来ないか
ミサさんとタカオさんは昇降口の前に立ち、今まさにお互いを知るための会話を始めようとしていた。タカオさんには切り札があった。二人の人間関係に共通する身近な人物、ケンジさんを話題にすることだ。この日のために用意したとっておきのネタで、会話の端緒をつかもうとする。
「会長って、古い歌にすごく詳しいんだね。この間、勧められてベストアルバムを借りたよ」
「お父さん、昔からアイドルが好きだったみたいで。私も昔のアイドルの曲を聴いて育ちました」
「それじゃ、自分の娘がアイドルになって、さぞ嬉しかっただろうね」
「一緒になって喜びました。私がアイドルになれたのは、お父さんの支えがあったからかな」
「ミサちゃんの歌は、上手いだけじゃなくて聴いていて懐かしい感じがするというか。そうか、会長の影響だったのか」
「ありがとう。いつかカバーやれたらいいねって話もあったけど、結局叶わなかった」
「諦めることはないんじゃないかな。聴きたい人はたくさんいるし、なんなら、その機会は僕が作るよ」
おおっ、タカオさん、思い切ったな!
「えっ。それってどういう……」
ミサさんは最初、その言葉の意味をつかみかねて、小首を傾げていた。だが次第に笑みが込み上げてくる。
「いや、今のは町内会の企画で、何か催しができないかなと……」
タカオさんがあわてて弁明するのを見て、ミサさんは破顔する。
「ありがとうございます」
休憩の間にスコアの集計が行われ、結果が報告された。タカオさんたちは表彰式の準備に入る。町民は特に整列はせずに思い思いの場所で話をしながら待機していた。タカオさんがマイクを構える。町民は話を止め、静かに見守った。
「えー、それでは発表します。個人の部優勝は四班のナガイさん!」
「おおっ!」
ナガイさんは参加者の中で最高齢だそうで、働き盛りの若者を抑えての堂々の一位に、町民から大きな拍手が送られた。
それから、準優勝、三位の人の名前が読み上げられ、表彰された。意外にもタカオさんの名は呼ばれなかった。好成績だったのに、上には上がいるものだ。
続いて、団体の部の表彰に移った。
「団体の部、優勝は三班Bチーム!」
「おおっ!」
「町内会長ーっ!」
なんと優勝はケンジさんのチームだった。前に出たケンジさんはマイクを渡され、コメントを求められた。
「今年の大会は、人数が集まらなかった班に別の班の人に入ってもらったり、結婚相談所の方に助っ人として入ってもらったりと、いつもとは違った大会になったと思います。変化の激しい世の中において、我々にも柔軟な姿勢が求められています。一年に一度のこの大会を守るためにも、力を合わせて地域を盛り上げていきましょう!」
「よっ!」
「町内会長ーっ!」
誰だろう、さっきから。ケンジさんの熱狂的なファンでもいるのかな。
ケンジさんは引っ込み、タカオさんにマイクを返した。
「続いて、猛打賞」
猛打賞? なんだろう、それはと私は首を捻る。
「猛打賞は……ミサちゃん!」
ミサさんの名が呼ばれると、町民から爆笑の渦が巻き起こった。
そうか、猛打賞ってブービー賞のことだ。油断していた。てっきり上位の人しか表彰されないと思っていた。目の前に出たミサさんは、コメントを求められたじたじになっている。
「えっと……今日は突然お邪魔したにもかかわらず温かく迎え入れてくれてありがとう。結果は散々だったけど、私もこの場所を守りたいって思いました。できること、あるかな。まだ分かんないけど、貢献できるように頑張ります。今日は本当にありがとう」
盛大な拍手が鳴った。ミサさんは手を振って応える。やがて拍手がまばらになって、それでも興奮冷めやらぬ町民の中から、こんな声が飛び出した。
「歌ってー」
町民がどよめいた。声の主は、あのタカシくんだった。町民はさらにヒートアップし、次々と歌を聴きたがる人が現れ、さながらこの場がライブ会場になったようだった。
私はハラハラしていた。ミサさんは今でもアイドル扱いされるのを嫌がっていて、町民の期待もプレッシャーに感じていた。そのプレッシャーから逃れたくて、今までひきこもっていたのではないだろうか。無理しないでほしい。しかし、それを伝えられる空気ではなかった。ミサさんの心の負担はいかばかりか……。
「えー……じゃあ、一曲だけ」
ミサさんはそんな素振りは微塵も見せず、人差し指を立てて笑った。握り拳をマイクに見立てて、軽快なステップを踏み歌い出した。ジャガーファイブの曲だろう。思ったより大丈夫そうだ。私はケンジさんにそっと近づく。
「ミサさん、人気者ですね」
「ええ。そりゃそうでしょう」
「でも、これだけ有名だと、自宅とかにファンが押しかけたりしませんか」
「その辺は大丈夫です。あの子がアイドルになった時から、地域の見回りを強化しましたから」
「町内会長のお力で?」
「町内会長権限で。防犯対策はバッチリです」
曲はサビに入り、町民の雰囲気は最高潮に達する。見れば、まだ小さい女の子がミサさんに合わせて歌を口ずさんでいる。
ケンジさんは、その光景を瞳に映して目を細めていた。




