2-11 婿に来ないか
ランは駐車スペースに入り、車を停めた。開始時間にはまだ早いが、すでに多くの車が並んでいる。車外に出ると、秋の風と朝日が全身を包んだ。
その時、停まっていた一台の軽自動車のドアが開き、車体に反射する光がきらめいた。中からミサさんが現れ、手を振りながら私たちに近づいてくる。
「先生!」
「おはよう。ケンジさんは?」
「先に行って準備してます。私は先生が来るのを待ってました」
校舎の方からにぎやかな話し声が聞こえる。朝日が校舎に遮られて陰になった場所で、町内のみなさんが集まって談笑しているのだ。校庭に目を向けるとすでにグラウンドゴルフのホールポストが設置してあった。
「さて、行きましょうか」
「はい……」
ミサさんは前髪を気にし始める。久し振りに大勢の人前に出ることに緊張しているのだろう。
ミサさんは歩き出す。しかし、曲がり角に差しかかった所で、その足が止まる。
「どうしたの?」
「どうしよう……。何て言って入っていいか分からない」
ミサさんの顔色がよくない。私は彼女を励ます言葉を探した。
「大丈夫。ありのままのミサさんで」
「地元のみんなには、弱気なところは見せちゃいけないんです。私が落ち込んでいると空気が暗くなるから」
ここに来てうろたえるミサさんの震える声からも、町民を大切に思っている気持ちが伝わってくる。同時に、それが大きなプレッシャーになっていることも。私とランは顔を見合わせる。
「ここは私にまかせて」
ランが不安を取り除くように、優しく言葉をかける。
「どうするつもりなの?」
「こういう時は私の出番。大丈夫、ここにはヨシダ先生がいるはずだから」
ランは角を曲がり、町民の前に躍り出た。
「こんにちはー」
「あれっ、ランじゃないか!」
ランが登場すると、町民の一人が声を上げた。おそらくこの人がヨシダ先生だ。どよめきとともにランに注目が集まる。
「どうしてここに?」
「私たちは営業。結婚相談所の利用を促進するために、いろんな地域の行事にお邪魔してるの」
「へー、そんなこともやってるのか」
「そんなことより、今日はビッグゲストを連れてきました!」
ランの話に、町民の多くが引き込まれていた。
「誰だ?」
「先生、同窓会でうちの地区からアイドルが出たって言ってましたよね?」
「まさか……」
「それではご登場いただきましょう、我らがアイドル、ミサちゃんです!」
私は「今だよ」と言ってミサさんの背中を押した。
「おおおっ!」
ミサさんが姿を見せると、町民から大きな歓声があがった。
「久し振り!」
「元気してたか!」
「会いたかったよ!」
歓声はしばらく鳴り止むことがなかった。黙って集団の中に入っていくより、かえってこちらの方が溶け込みやすいだろう。ランの機転と顔の広さにピンチを救われた。
「はい、それでは時間になりましたので、みなさん道具を取りに来てください。道具を持った方から自分の最初のホールポストへ向かいましょう」
拡声器でそう呼び掛けたのは、タカオさんだ。タカオさんは大会の進行役を務めている。ミサさんの登場で大いに沸いた町民は、一ヵ所にまとめてあるクラブとボールを取りに行き、それぞれのホールポストへと向かう。その中で、一人の高校生くらいの男の子がミサさんに近寄ってきた。
「あの、ミサさんってあのジャガーファイブのミサさんっすか」
「はい……」
「マジっすか。同じ町内なんて、めっちゃラッキーっすよ」
「まあ……もう解散しちゃったけど」
「でも感激です。おれ、タカシっていいます。一緒に写真、いいですか?」
「えっと……」
ミサさんが困っているようだったので、私は二人の間に割って入った。
「ちょっときみ。写真は遠慮して」
「もしかして、マネージャーの方っすか」
「え? いや、違うけど……」
「安心してください。大会中に勝手に撮ったりしないんで」
「私は構わないよ。写真くらい」
ミサさんはそう言って、笑顔で対応する。これがアイドルか。タカシくんは喜んでスマホを構え、ツーショットをカメラにおさめた。
「あざーす。友だちに自慢しよ」
タカシくんが去った後、気遣うつもりでミサさんに尋ねた。
「大丈夫?」
「何が?」
「今でもアイドル扱いされること、嫌がってましたよね」
「先生、よく見てるね」
「やっぱり、ランの紹介の仕方嫌だった?」
「ううん、助かりました。それに、アイドルを辞めても、みんなにとっては関係なくて、私はずっとアイドルなんだって実感できました。ここに来なければ、そんなことは分からなかった」
ミサさんはクラブとボールを手に取り、校庭へ駆けだしていく。
「行こう、先生!」




