2-8 婿に来ないか
ケンジさんが娘のミサさんを連れてくる約束の日が来た。私はこの日が来るまでの間、ミサさんとはどんな人なのか考えていた。
ケンジさんの話によると、ミサさんは仕事を失って無気力になり、自堕落な生活を送っている。そんな人に婚活を勧めていいものか……。
新しいレイダンでは、男性の場合、収入が無ければ入会はできない。女性の場合不可能ではないが、今の状態のミサさんを相手に望む人はいるだろうか。消極的な気持ちで婚活を始めても、ミサさんに特別な魅力でもなければ見向きもされないのではないか。時間と費用を浪費するだけになったら、またレイダンに不満を持つ人を増やすことになる。それは避けたいところだ。
やはり、今日の面談には、入会を勧めないスタンスで臨むべきだろう。もちろん、本人に会ってその口から直接聞くまでは最終的な判断はできない。
では、元キャリアカウンセラーとしてこの父娘の問題にどう関わるべきか。私には、ノルブのこともあり、妙な自信があった。きっとこの問題も解決できる、そんな気がしていた。それでも、結婚相談員の立場を貫くことにした。
約束の時間になったのを時計で確認して、エントランスに向かうと、ちょうどドアが開いてケンジさんが中へ入ってきた。隣にいるのが、ミサさんかな。
「お待ちしておりました。ケンジさん、お元気そうで何よりです」
「どうも。これがお話しした娘です。ほら、この人がモナミさんだ」
ケンジさんは横のミサさんに挨拶を促す。
「……どうも」
ミサさんは短く呟いて、私から顔を背けた。
なんというか、イメージと違う。
失礼かもしれないが、私は、髪はぼさぼさで、ずっと部屋着のままでスマホをいじっている姿を想像していた。目の前に現れたミサさんは、髪型にも服装にも清潔感があり、人に与える印象にとても気を配っているように思えた。一言で言えば、おしゃれで可愛い。だらしない生活を送っているようには見えない。
例によって、私は二人を相談室に案内し、向かいの席に二人が腰掛けたのを見てから、むすっとしているミサさんにねぎらいの言葉をかけた。
「ミサさん! ようこそおいでくださいました」
「私は結婚相談所なんて来たくなかった。こんなとこ誰かに見られたら……」
「でも、外に出ることはいいことです。正直、来てくれないんじゃないかと思ってました。こうして一歩踏み出してくれて、よかったです。お父さんとはどんな会話をされたんですか?」
「ああ、それはね……」
ケンジさんがミサさんを連れ出せたわけを話す。
「私は町内会長をやっているんですが、こう言ったんです。町内で誰かに会うたびに娘の様子を聞かれていたたまれなくなると。今まで応援してくれた町内のみんなのためにも、いつまでもふてくされているんじゃないと」
「応援? ずいぶんあったかい地域なんですね」
「まあ……みんなのことを持ち出されると弱いかな。大変だった時に地元のみんなの応援が力になったのは事実だし」
「へえー、まるで地域のアイドル。愛されてるんですね」
急に、ミサさんがきょとんとした顔になる。
「あれ? お父さん言ってなかったの?」
「ああ、まあ……」
ケンジさんが当惑した顔を見せる。あれ? 一体どういうことだろう。
「私、元ジャガーファイブ。本物のアイドルだったの」
「えええっ!」
衝撃の事実。
突然有名人であることを明かされて、つい大声を上げてしまった。ここ一ヶ月で一番驚いたかもしれない。
「そんなに驚かなくても……」
「いやー、私、芸能人と話すのは初めてです」
「もう芸能人じゃないけどね」
ミサさんは自嘲気味に言う。
そういえば、グループは解散したんだっけ。解散の理由が気になるが、聞いちゃまずいかな。
しかし、元アイドルか。それなら引く手あまたかもしれない。
「今までにない婚活になりそうです。どうします? お見合い希望者が殺到したら」
私はつい、アイドルに会えた感動で、軽はずみな発言をしてしまった。ミサさんの表情が、険悪なものへと変わった。
「だからもうアイドルじゃないってば。それに私、婚活するつもりなんてないから」
ミサさんは言い切る。その語気の強さに、私は思わず怯む。
「えっと、それは……」
「だって、ここへ来たのだって、凄腕のキャリアカウンセラーがいるって聞いたからだし」
「レイダンを利用するつもりはない?」
「そう。結婚相談所に登録なんて、頭下げられてもやらない」
「いや、お前、父さんの頃はな……」
「お父さんは黙ってて!」
ミサさんは横から口を出したケンジさんをぴしゃりとはねつけた。ケンジさんは縮こまってしまう。
相談室に不穏な空気が漂い始める。アイドルが婚活したらどうなるのか、とつい想像してしまって、不用意な発言をしたのは、私の反省すべき点だ。ミサさんは自分がアイドルでなくなったことを気にしているようだ。
でも、ミサさんの「明確な意思」は聞き取れた。もう、結婚相談員の出る幕ではない。私はこの国の雇用や就業支援に詳しくない。自信だけで、いい加減なアドバイスはできない。あとはしかるべき所にまかせよう。それがミサさんの幸せのためだ。
それにしても、この国の人にとって、結婚相談所を利用することは、そこまでプライドを刺激してしまうことなのだろうか。ノルブもそうであったように、多くの人に根強い偏見があるようだ。私は悲しくなった。このまま帰すわけにはいかない。最後に、少しでも結婚相談所の印象を良くしておこうと決めた。




