2-5 婿に来ないか
私はランの車に乗せてもらい、市内で最大級のショッピングモールに向かった。レイダンからは十分ほどで到着する。このショッピングモールには有名なブランドやチェーン店がいくつも出店しており、市内随一のにぎわいを見せる。私は訪れたのは初めてだ。
映画館は二階にあった。どれを観るかはランにまかせた。どうやら、最初から観る映画を決めていたらしい。手際よくチケットを買って、私をスクリーンまで案内した。席に着くと、まもなく上映が始まった。
それは青春恋愛もので、六人の高校生の男女が学校行事を通じて意中の相手に気持ちを伝えて、最終的に三組のカップルができあがるというものだった。映画のラストには結婚式場のような建物が映っていたので、おそらくあの三組は夫婦になったのだろう。
上映が終わり、観客がばらばらと出て行く。私とランも場内が明るくなったところで外に出た。
「甘い物、食べたくない?」
ランがいきなりそう提案した。私が賛成すると、ランは不案内な私をどこかへ連れて行く。私はその背中を眺めながら、いましがた観た映画の内容を反芻する。
驚いたのは、その間、ランは実にいろんな人から声を掛けられていたことだ。
中年の女性とは、何気ない世間話。年配の男性とは、目的の店への行き方。同年代のグループとは、家族や恋人の話。
私はランの交友関係の広さを目の当たりにした。
「すごいね。今の人たち、みんな知り合い?」
「まあね。私、結構友だち多いからね。どんどん知り合いが増えていくの。今こうして擦れ違う人にも、共通の知人がいたりするものよ。世間は狭い。みんなどこかでつながっている」
「いい言葉だね」
「でしょ。さあ、着いたわよ」
ランが指差したのは、一階のフードコートの一角にあるジェラート屋だった。メニューを見れば、クレープやタピオカドリンクも扱っている。ランがわざわざこの店まで来たのは、ジェラートを食べる以外にも、もう一つ目的があった。
「さ、どれにする?」
「うーん……結構種類が多いね」
私は悩んだ末、バニラのソフトクリームを、ランは三種のベリーのジェラートを頼んだ。
「あっ……その表面に見えてる大粒のベリーを取って乗っけて」
ランと注文を受けて容器からジェラートを掬う店員は親しげな様子だった。聞けば彼女とも知り合いでここに来る度に店を訪れているらしい。
私たちは頼んだものを受け取ると、ジェラート屋の正面に位置する席に腰掛けた。話題は、必然的に先程観た映画のことになった。
「あの映画だけど、ちょっと息抜きにはならなかったな。どうしても仕事のことがよぎっちゃう」
ランは仕事から解放される時間が必要と言っていたが、恋愛がテーマなだけに、私は結婚相談員の仕事を忘れることはできなかった。
「そう? 現実ではあそこまでうまい具合に結ばれたりしないから、爽快感があって、ストレス解消になると思ったんだけど」
そう言ってランはジェラートをスプーンで掬って口に運んだ。
「まあ、今回の映画の内容は、私たちの仕事の参考にはならないわね。ところで……」
ランは仕事のことを思い出したのか、話題を切り替えた。
「モナミの報告書、読んだわよ」
私の心はそのワードに敏感に反応した。あの報告書を読んだスタッフの反応は気がかりだった。
「ひょっとして、ラン怒ってる?」
「どうして?」
「いや、偉そうなこと言っちゃったから……」
私の提案でレイダンは今までやり方をがらりと変えた。それは、ランたちのこれまでを否定することにもつながる。反発は免れないと思っていた。しかし、意外にもランの反応は予想したものとは違っていた。
「とんでもない。これこそが、私の働きたかった結婚相談所なんだって思った。なんだか嬉しくなっちゃった。ここんとこのレイダンって、クレーム処理ばかりのコールセンターみたいになってたから」
「そ、そう?」
「うん。まさに理想。これなら、私も頑張れる気がする」
ランは目を輝かせて言う。そういえば、私はランのことをまだよく知らない。
「ランはどうして、この仕事をしようと思ったの?」
「うーん、それはね……」
ランはくるくるとスプーンをもてあそんだ。
「私って、縁結びに絶対の自信があったのよ」
「というと?」
「たとえば、私はA高校に進学したとする。そこで知り合った人とB高校に行った中学の同級生が気が合いそうだったら、どうする?」
「ええと、私だったら引き合わせるかな」
「そうでしょ。そうやって付き合うことになった友だちが何人もいるの。さっきの店員も、その内のひとり」
ランはその店員に向かって手を振った。今はクレープの生地を焼いている。彼女はランに気づくと、笑って手を振り返した。
「これが、私の縁結びの原点。それで私は、将来は結婚に携わる仕事がしたいと思って、進路を決めたわ。そもそも結婚とは何か、この国の結婚の制度はどうなっているのか、次から次へと勉強することが出て来た」
「それで、選んだのが結婚相談員なんだね」
「でも、実際に働いてみると、うまくいかないことばっかり。多分代表は、結婚相談所の運営は下手ね」
「この国の人って、結婚相談所にあまり良くないイメージを持ってるようだけど……」
「そこも問題ね。結婚相談所に頼るのは、恥ずかしいと思われているみたい。家族にも隠して来る人もいたし」
「どうにかできないかな……」
「私は、モナミとだったらできそうな気がする」
「えっ」
「モナミが来てから、レイダンは少しずつよくなってる。気兼ねせずに、思う存分、やりたいようにやって。私も協力するから」
ランはそう言いながら、照れ笑いを浮かべた。私もつられて顔が綻ぶ。これほど心強い味方はいない。今日は、ランの知られざる努力を知ることができた。何でもないことのように話していたけれど、ランは貴重な体験をしている、稀有な存在だと思う。彼女の強みをなんとか活かせないか。
私は帰りの車中で、新しいレイダンの姿を思い描いていた。




