刺客
エルシュ達が演習場でサニャの特訓の成果を見て喜んでいた日の夜。魔法省の中庭で、エルシュは一人夜空を眺めてたたずんでいた。
「そこにいるんでしょう。というより、昼間からずっと見ていたわよね」
エルシュがポツリとそう言うと、東屋の影からスッと人影が現れた。
「やっぱり気づいていたのね」
うふふ、と楽しげに笑うその女は昼間エルシュ達を柱の影から覗き見ていた人物その人であった。フードを被り顔は見えないが声に艶がありエルシュよりは恐らく年上といったところだろう。
「私に何か御用?さしずめお師さまの使者か何かかしら」
エルシュが訪ねる。
「使者……そうね、今のところはそう。ジャノス様から、あなたを連れて来るように言われたわ」
女はフードの中から目を光らせ口の端を歪ませて嬉しそうに笑った。
「……お師さまの目的は何なの?」
「そんなの会えばわかるわ、直接ジャノス様の口から聞けることを光栄に思いなさい」
ふん、とあからさまに不機嫌そうに言いながら目を逸らす。
「わざわざ出向かなければいけないのね、それに行ったらきっともうここには戻って来れないんでしょう。」
エルシュは感情の読めない顔でフードの女を見つめた。
「当たり前でしょう。ジャノス様が来いって言ってるのよ。仲間にしてあげようとしているのになぜこんなところにわざわざ戻ってこようとするのよ」
女は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの声で言い放つ。
「仲間、ね……。よくわからないけど、今のところ私はお師さまに会いに行くつもりも、あなた達の仲間になるつもりもないわ」
エルシュは顎に片手を当てて考える仕草をしたがすぐに答えは出たかのようにあっさりと決断した。
「ジャノス様のご要望を受け入れないなんて、どれだけ恥知らずで罰当たりな女なのかしら」
フードの中からさも嫌なものを見るような目でエルシュを見据える。
「でもいいわ、来ないなら別に構わないもの私は」
ぐにゃり、と口の端を歪ませて女は笑いながら片手をエルシュに向けた。
「来ないと言われたら後は好きにしていいとジャノス様に言われたの」
嬉しそうに女は言う。
「へぇ、あなたお師さまに見捨てられたのね」
エルシュは意外なことを口にし、その言葉に女は激怒した。
「何言ってるのよ、見捨てられたのはお前でしょうが!あの時から選ばれたのはこの私でお前は見捨てられたのよエルシュ!」
風によってフードが取れ、その女の顔がエルシュにも見えるようになる。
「私のこと忘れたなんて言わせないわよ、私はお前のことを忘れたことなんて一度もないんだから!」