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帝国の決断

 エルシュたちが白髪の男と戦い勝利した後、エルシュたちが気絶していたのは魔法省の敷地内にある中庭だった。


 辺りを見渡すと魔法省の建物はなんの変化もなくそのままで、大聖堂は最初からそんな建物は無かったかのように存在そのものが無くなっていた。さらに、帝都内で暴れていたはずの獣魔の存在も全く無かった。


 白髪の男に囚われていたニアや特級魔導師、そして一級魔導師たちの記憶はあやふやで、魔力は元に戻っていた。さらには城内の人間や騎士団たち、帝都の民たちの記憶も改ざんされているのか、獣魔が帝都に現れたこと自体無かったことになっている。


 白髪の男に魂と魔力を奪われた騎士団員については、なぜか任務中に命を落としたことになっていた。


「白髪の男の存在は全く無かったことになっていますね」

「私たちが洞窟の調査に行ったことはそのままですが、調査が終わって無事に戻ってきたことになっていますし」


 ダンロットとサニャが言うとエルシュとラウルは複雑そうな顔、シュミナールは真顔のままで頷いた。



 ふと、エルシュは観測者である少女の姿を見つけ声をかけた。


「この状況はあなたの仕業ですか」


 エルシュの問いに少女は少しだけ微笑む。


「私は何もしていない。声の選択によってこの世の状況が変化しただけだ。他の者たちの記憶が変わっているのは今後この世が残っていく上で必要な措置なのだろう。それだけのことだ」


 それに、と少女がエルシュを見て言う。


「お前たちの中にはきちんと残っているのだろう。それがお前たちにとっての真実だ。お前たちがお前たちのこれからを生きていく上で忘れてはならない、必要なことなのだからな」


 そう言うと、少女はくるりと後ろを向き、歩いて行った。




 



 数日後、皇帝ラドギウスへエルシュたちは自分たちの身に起こったこと、ジャノスや白髪の男のことを包み隠さず報告した。皇帝ラドギウスの記憶はほとんど全て残っているようだったが、ラドギウスはジャノスのしたことも白髪の男のことも、そもそも詳しくはわかっていない。


「信じていただけるかはわかりませんが、これが今回の調査での報告結果です」


 エルシュたちの報告にラドギウスは一瞬信じられないというような顔をしたが、すぐに皇帝としての判断を下す。


「不確かなことばかりではあるが、所々辻褄の合う箇所もある。全てを嘘だとすることはできまい。ジャノスの処遇については追って決めるとしよう」


 そう言ってから、ラドギウスは静かにシュミナールとラウルを見た。


「もし今回の一件が本当だったとすれば、いや、本当だったのだろうが……シュミナールとラウルにとっては過去を含め辛いことであっただろう」


 その言葉にシュミナールとラウルは目を伏せ静かに頭を下げる。


「そしてエルシュよ、そなたはひとりで全てを背負ったのだな。本当に難しい決断であっただろう。そなたの決断がこの帝都を、全てを救ったと言っても過言ではない。礼を言う」


 ラドギウスの言葉に、エルシュもまた深々を頭を下げた。


「もったいなきお言葉。それに、私はひとりで背負ったわけではありません。どんな時でも皆がいました、皆がいてくれたからこそ私は決断できたし、ここにこうしていることができています。礼を言うのであれば皆に言ってください」


 エルシュはダンロットたちひとりひとりの顔を見ながら笑顔でそう言うと、エルシュの言葉にラドギウスはエルシュと同じようにひとりひとりに目を向け微笑んだ。


「本当にその通りだ。エルシュ、そして皆のおかげだ。本当にありがとう」





 帝国内だけでなく世界中の混乱を避けるため、皇帝ラドギウスの判断でエルシュの力の意味、ジャノス、そしてサンクレフト家については皇帝と一部の側近のみが知るだけで国民や騎士団、魔導師たちに知らされることは無かった。


 帝国内ではジャノスはすでに亡くなっていることにされ、生存を知る皇帝ラドギウスはジャノスへ国外追放を言い渡した。


 魔力を失いただの人になったジャノスはもはや帝国の恐れる存在ではない。だが、今まで行ってきた所業の数々を思えば追放されて当然のことである。




「秘密裏に処刑するのではなく追放ってのは随分甘いんじゃねーのか」

 

 色々な事が徐々に落ち着いた頃、ラウルとシュミナールはいつかのように二人で酒を酌み交わしていた。


 ジャノスの処遇についてラウルがつぶやくと、シュミナールは静かに返事をする。


「確かに甘い。だが、ジャノスはむしろ死にたがっていたようだからな。ある意味極刑よりも辛いことなのかもしれん」


 ラドギウスに生きてその罪を償うように諭されたジャノスは、その場で崩れ落ちただただ静かに泣いていたという。


「ちょっと前の事なのになんだか不思議な感じがするな。夢でも見てたんじゃねーかって勘違いしそうだ」


「……だが、夢ではなく現実だ。あの日々があって、今の俺達がこうしてここにいる」

 シュミナールの言葉を聞きながら、ラウルは空いたグラスに酒を注ぎ込む。


「そうだな。こうして変わらずに酒を酌み交わせる」


 コツン、とシュミナールのグラスに自分のグラスを合わせながら、ラウルはいつものようにニヤリと微笑んだ。






「エルシュだけ魔力が完全に戻らないっていうのは、声であることに関係してるんだろうか」


 この日、エルシュたちは調査報告の書類をまとめるため、王城内の会議室の一室に集まっていた。


 ニアや特級魔導師、一級魔導師たち、ダンロットたちの魔力は元通りだったが、エルシュの魔力だけは元通りではなくかなりの量減っていた。そしてその魔力はもう元には戻らない。


 ダンロットが顎に手を当てて考えていると、突然少女の声がする。


「その通りだ」


 声のする方にはいつの間にか観測者である少女の姿があった。


「どういうことですか」


 エルシュが聞くと、観測者は静かにたんたんと説明をする。


「声の選択により、その魔力が人形ヒトカタとその目的を消す場合に使う魔力は膨大なものだ。声の魔力を犠牲にするのは当然のことだ」

「俺たちの魔力が元に戻っているのはどういうことだよ」


 ラウルが言うと、少女はふむ、と杖をラウルの胸元へ向ける。


「お前たちの場合は守霊獣の魔力が代わりとなってくれたのだろうな。ニアたちの場合は鉱石に取り込まれた分が元に戻っただけのこと」


 観測者である少女はチラリとエルシュを見る。


「今回の選択の場合、本来であれば声の魔力は全て失われるはずだ。だが仲間たちの尽力と守霊獣の加護のおかげである程度は残った。魂が尽きなかったのも魔力がすべて失われる前に人形ヒトカタを倒せたからだろうな」


 その言葉通り、エルシュの魔力は本来の量よりもはるかに減っているがそもそもの魔力が膨大だったため、未だに特級魔導師並みの魔力は残っている。


「もう化け物などと呼ばれることなく、他の者たちと同じように生きていけるぞ。それが果たして幸か不幸かはお前次第だがな」


 観測者の言葉に、思わずサニャはエルシュに抱きついて大喜びだ。そしてそんな二人をダンロット、ラウルは囲んであぁだこうだと騒いでいる。そしてシュミナールだけは静かに微笑んでいた。


 観測者の少女はそんな彼らの姿を見て、満足そうにしながらゆらりゆらりと静かに姿を消した。そして、その後観測者がエルシュたちの前に姿を現すことは、二度と無かった。




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