演習場にて
エルシュがラウルたちと再会した翌日、魔法省の敷地内の一角にある演習場。そこにエルシュとラウル、そしてサニャがいた。
「炎の精霊達よ、その暖かな息吹を集め我に授けたまえ。美しき炎には純粋なる安らぎが宿り冷え切った心に火を灯す」
サニャは両手を前に出し目を閉じながら詠唱をしていた。その声は透き通るように美しく響き、サニャの周りにはたくさんの赤い光の粒がキラキラと輝いている。
「いでよ、炎の塊 マグフローガル」
サニャの目の前に炎の塊が無数に出現し、空中で静止したまま動かない。その炎は通常の魔法で現れる炎よりも一段と美しく輝くように燃えていた。
「サニャ、すごいじゃない!あんなに苦手だったのにこんなに美しい炎を出せるなんて」
エルシュは目を輝かせてサニャに言うと、サニャは照れるように微笑んだ。
「詠唱の声も言葉の発し方も紡ぎ方も、申し分ないくらい美しかった!」
うっとりしながら言うエルシュを見て、サニャはさらに嬉しくなる。
「ラウルさんに詠唱についてコツを教えてもらったんです。発する時のトーンに気をつけて、言葉の意味をきちんと理解した上で、歌ではないけれど歌うように唱える。ちゃんとできたかはわかりませんが、自分なりに精一杯やってみました」
「ちゃーんとできてたぜ。詠唱中サニャちゃんの周りに精霊達が集まっていたのがちゃんと光の粒で確認できたからな。今まで苦手だったなんて信じられないくらい上達したじゃねーか」
ラウルに褒められてサニャはさらに照れたようで顔を真っ赤にしてうつむく。
「無詠唱の時はイメージするのがなかなか難しくて。でも詠唱すると自分の耳を通してよりちゃんと認識できるというか、原理がわかるというか……」
ボソボソと俯きながら言うサニャに、エルシュは思わず抱きついた。
「そう!それ!すごいよサニャ、ちゃんと理解できてる。理解さえできれば他の魔法ももっと上達するわ」
嬉しさのあまりギウギウと抱きしめると、く、苦しいですぅ……とサニャは照れながら呟く。
「どうよ、俺様の教え方が上手いってわかったろ?」
ラウルがドヤ顔でエルシュに言うと、エルシュは降参したようにため息をついた。
「まぁ確かに。私がいくら教えてもダメだったのに先輩が教えてこれだけ上達すると悔しいけど認めざるを得ないですね」
「お前の教え方は感覚的すぎるんだよ。お前みたいに天才的なやつは凡人に教えるのは向いてないんだって」
ラウルがそう言うと、途端にエルシュはムクれ始めた。
「別にぃ〜私だってなりたくて天才になりたかったわけじゃないしぃ〜その言葉は小さい頃から聞き飽きてるしぃ〜てゆーか別に自分で天才とか思ってないですしぃ〜」
「あぁ〜はいはいわかったわかった、俺が悪うございました。お前はそうやって特別扱いされすぎて嫌気がさしてんだもんな、いちいちやっかまれたり贔屓目かけられたり面倒臭いことばっかりだったんだもんなぁ」
よしよしとエルシュを撫でてあげると、スンッとした顔で大人しくなる。
「でもダンロットや団長や俺やサニャちゃんみたいにお前といちいち線引きしないで接してるやつだってちゃーんといるだろ?それは嫌か?」
ラウルは真面目な顔でエルシュの顔を覗き込む。
「……嫌じゃないです……むしろ嬉しい、です」
ジト目でラウルを見ながらゴニョゴニョと言う。
「よーしいい子だ」
「先輩の教え方が悪いわけじゃないんですよ!私の飲み込みが悪いだけなんですから。それに私はどんな時だって先輩のことが大好きですし、先輩のそばにいますから!」
ふんすと鼻息を荒くしながら言うサニャに、そんな顔しても可愛いんだねとエルシュもラウルも思わず笑ってしまった。
そんな三人を少し離れた柱の影から覗き見る女の魔導師が一人。その魔導師は口の端をぐにゃりと歪ませながら微笑んでいた。