矛盾
やっと解放される。あの子が私の前に現れてから、この世のために成すべきことなのだと、ただそのことばかりを思って生きてきた。
正しかったのかどうかはわからない。間違っていたのかもしれない。それでも、成すべきことなのだと思ったのだ。
あの子が現れなければ、また違った人生だったのだろうか。こんなにも沢山の命を犠牲にすることなく、穏やかに生きられたのだろうか。
それが果たして幸せかどうかなどわからない。
ただ、魅了されてしまったのだ。代々受け継がれてきた使命というものに。人によって崩されたこの世の均衡のために自分ができることがあるというのならば、それが自らの生きる意味だというのならば。
*
まぶたの裏にうっすらと光が差し込む。ゆっくりと目を開けると、天井が見えた。
「お師さま!」
エルシュが名前を呼ぶ。ジャノスは自分が生きているということに大きな落胆とほんの少しの安堵を覚えた。
(生きのびて、しまったのか……)
「蘇生を行ったのか。私など生かしても何にもならぬだろうに」
弱々しい声で言うと、エルシュは複雑そうな表情をする。この子はこんなにも色んな表情をする子だっただろうか。
「蘇生を行ったのは私です。先輩達とちゃんと話をしていただかない限りは死なせません!」
はっきりとした口調でサニャが言う。今でこそ泣いてはいないが、目元は赤く明らかに泣き腫らした後の顔だ。
「君か……そういえば死ぬ間際にも君の声が聞こえた」
ふっ、と穏やかな顔でジャノスは頬笑む。
「エルシュには君を含めとても良い人材……いや、仲間がいてくれているんだな。ありがとう」
「あ、いえ、あの、はい……」
ジャノスの言葉に思わずサニャは照れた。
「てめぇに礼を言われる筋合いなんかねーよ」
ラウルがぶっきらぼうに言い放つ。
「……すまない」
ジャノスが一言だけ謝るとその場の誰もが無言になる。
「ひとつ聞きたいのだが、ここはいったいどこなんだ」
ジャノスは自らがベッドの上に寝ていることに気づいて質問をすると、エルシュが落ち着いた様子で答える。
「洞窟の魔力について街の人達への報告もかねて、ベルシエに戻ってきました」
治癒で治ったとはいえ、ダンロットも休息が必要だ。何より、ジャノスが目を覚ましてからは白髪の男がこれから何をしようとしているのかを聞き出さねばならない。
「そうか……奴は帝都へ行くか」
自分が魔力を奪われてからの事をエルシュたちから聞くと、ジャノスはなんら感情のない声音で呟いた。
「お師さま、あの白髪の男は帝都で何をするつもりなのですか。私を待っていると言っていましたが」
エルシュが厳しい顔をして聞く。
「……奴は全てを消すための魔法を帝都で発動させるつもりだ」
ジャノスの言葉に一同が息を飲む。
「全てを消すって……一体どうやって」
ダンロットが聞くと、ジャノスは天井を見つめて答える。
「帝都の魔法省には一定の魔力がとある条件下で作用すると発動する仕掛けが施してある。その魔力は魔法省の特級魔導師や一級魔導師、騎士団の中にいる強い魔力を持つ者達によって供給できる」
騎士団、という言葉にシュミナールが反応する。
「どういう意味だ」
「騎士団の魔力も発動する条件のひとつだからだ」
その言葉にシュミナールが目を見開く。
「シュミナール、君の魔力がなければ恐らく魔法は発動しない」
「だからわざわざご丁寧に結晶化した鉱石を隠し持ってたってのかよ。使命のために人形を作り出した上に多くの魔導師を犠牲にしてきたくせに、やることがちぐはぐすぎるだろうが」
ラウルが苛ついた声で言う。
「あの時、デーゼの身勝手な行動でシュミナールの命まで奪われそうだったことがただただ悔やまれてね。せめて魔力だけはきちんと返したかった。自分の行動に矛盾があるのは百も承知だ、自分でも不思議に思うよ」
ジャノスの言葉に、サニャは思わずギュッとエルシュの手を握る。
「シュミナールほどの魔力が騎士団から供給できなければ魔法は発動しないだろう。奴のことだからもしかすれば無理矢理にでも魔力を集め始めるかもしれないが……」
ジャノスの言葉にシュミナールは何かじんわりと不安めいたものを感じ始めた。
(無理矢理に魔力を集めるとして騎士団のなかで一番魔力が多い人間は……まさか)
シュミナ―ルとラウルは目を合わせ眉間に皺を寄せる。
「ニアが危ない……!」




