命の重さ
さかのぼること十三年前。ジャノスはエルシュと数人の魔導師を連れてとある島国の上空にいた。
ジャノスはエルシュに向かって言い放った。
「お前には詠唱魔法を使ってこの島国ひとつを丸々消し去ってもらいたい」
「ここにいる人たちは?」
「気にする必要はない。お前は言われた通りのことをすれば大丈夫だ」
ジャノスにそう言われたエルシュは深く考えもせずに笑顔でわかった!と元気に返事をし、言われた通りの詠唱を行う。その詠唱は他の魔導師には難しく発動すら不可能だったが、エルシュは難なく成し遂げて見せた。
「お師さま!どう?ちゃんとできたよ!!」
誉めて誉めてと言わんばかりのエルシュの笑顔。そこにはただただ無邪気な幼い子供がいる。目の前の島国はもはや原型をとどめてはいなかった。
その島国は実際はそもそもは国ではない。ジャノスが魂と魔力を集めるために様々な国から罪人を集め、あたかもそこに古くてあまり知られていない国が昔からあったかのように吹聴していた。
島にいる人間に対してのジャノスの言葉になんのためらいもせず、すぐに詠唱を始めたエルシュにジャノスは一瞬恐ろしさを覚えた。
たとえ師である自分に大丈夫だと言われても、そこに人がいるのであれば少しでもためらいを見せるはず。なのに命の重さを何一つ考えていないかのような行動に愕然としたのだ。
咄嗟に無詠唱魔法でエルシュの魔法を打ち消し、気づかれないよう同時にエルシュと同じ詠唱を行い発動させた。エルシュが島国を吹き飛ばしたかのように見えたが、実際に事を成したのはジャノスである。
たとえエルシュが命の重さについて何もわかっていなかったとしても、この幼い子供に大勢の人間を抹殺したという事実を与えることにジャノスは躊躇したのだ。
だがジャノスが行ったという事実が広まるより先に、同行していたエルシュを妬む魔導師がエルシュが行ったという嘘を広めてしまう。それによりエルシュは、齢九歳より国をひとつ消し去った恐ろしい子供というレッテルを張られ、成長と共に『猛朱の魔導師』として恐れられるようになった。
ジャノスはずっと後悔している。
自分は高等な魔法をエルシュに沢山教えてきた。その全てをエルシュはきちんと理解し習得している。だが、自分は人としてエルシュにもっと教えるべきことがあったのではないか、と。
しかし、魔力と魂を集めるために大量の人間を消し去ることを厭わない自分が一体何を教えることができたというのか。
エルシュという膨大な魔力を持つ赤子すら、目的のためのただの道具としか思っていなかったのではないか。自問自答を繰り返しジャノスは空を見上げる。
「あの子が私の目の前に現れた時点で進むべき道は定められたと思っていたが、私はどこかで間違った道を歩み始めてしまったのだろうか……」
「間違ったとしたらどこで間違ったんでしょうね?デーゼを造り出した時から?エルシュを置いてきた時から?それとも僕を造り出した時から?あぁ、あなたが人がいう使命とやらを背負った一族の末裔に生まれてきてしまった時点ですかね」
白髪の男がジャノスに問いかける。
「別にあなたが後悔しようがしまいがどうだっていい。もう引き返すことはできないんですよ」
白髪の男はジャノスの目の前に来て、笑みを浮かべながらそう告げる。
「あんたはどれだけの魔力と魂を奪ったと思ってるんだ?デーゼを造り出すために罪人を集めた島国ひとつ吹っ飛ばして、さらには協力的な魔導師の魔力と魂を奪った。そのデーゼが失敗作だったとわかったら今度は国々を潰し会わせて僕を造った。僕にデーゼを取り込ませて、その魔力と魂で今度は生きた魔導師を使って再度人体実験だ。業が深すぎるんだよ」
取り繕う口調をやめて楽しげに笑う白髪の男に、ジャノスは冷めた目線を向ける。
「人間なんてくだらない生き物だよねぇ。世界は全部自分達のものだと思ってるんだ。破壊の限りを尽くして、もうダメだと思ったらリセットすればいいと思ってる。リセットするためにまた多くの犠牲を強いて、いったい何回繰り返せば気がすむんだか」
そっか、と白髪の男は何かをひらめいたように手をポン!とたたく。
「人間なんて生き物がいる以上はずーっと続くんだね」
バカみたい、と白髪の男は振り返って頬笑む。その頬笑みは気持ちの悪いほどに妖艶だった。




