竜殺し
南方有力貴族の一つであるトライル伯家。
今トライル家は焦りに焦っていた。
というのもすべては一週間前のことだった。
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何とか娘のステファニーと西方貴族を纏める公爵家、ブリュンヒルド家との婚約を取り付けることができた。
これで更に私の発言力が高まる。
そう思うと笑いが止まらなかった。
それもデビューと王女誕生を祝ったあのパーティーで公爵嫡男を射止めることができた娘のおかげだろう。
公爵家は豊かだ。
それだけ今後の取引も考えると思うと娘一人でとてもいい買い物ができたものだ。
そうして窓から月を眺めワインを煽る。
探りを入れてくる公爵家の目から隠すのは大変だったが、とにかく婚約発表も間近。
あと少しの辛抱だ。
そうしてトライル伯はとても穏やかな睡眠を得ることができた。
だが、状況が変わったのがそれからすぐのことだった。
婚約の話が終わって数日、ブリュンヒルド家が災害に見舞われた。
それも魔物大氾濫に加え、龍脈の暴走。
そしてそれに巻き込まれて現公爵夫妻は命を落としたという。
ああ、もうブリュンヒルド家は終わりだ。
それからは早かった。
昔から龍脈は土地を豊かにしてくれる。
だが、龍脈についてはよくわかっていない。
だからこそ大昔に起こった龍脈の暴走を未だに解明できていないのだ。
現状婚約したといっても発表はしていない。
つまり今ならまだ間に合う。
これから解明されていない龍脈の調査はおろか、膨大な公爵領の援助などする余裕はない。
もっと贅沢な暮らしができると思っていたのに冗談じゃない。
だから、最初は公爵嫡男の要望を無視した。
最悪魔物の被害にあって手紙が届いていないことにすればいいだろうと思っていたのだ。
だが、それからも何通か手紙は送られてきた。
さすがにこれを無視はできないかと思った。
それに娘のステファニーが公爵家について聞いてきたのだ。
きっと屋敷のメイドか誰かが口走ったのだろう。
後で罰を与えねばならんな。
そうして娘から何度も何度もジーク様を助けてあげたいと言ってきた。
余裕がない、誰にも手を差し伸べるようなものは貴族ではないだとか色々な理由をつけて説得をするも全く納得しない。
さすがに鬱陶しく思った。
昔の妻の姿を少しだけ重ねてしまった。
あいつもこうやって利よりも情を優先するような軟弱な奴だった。
お前が公爵嫡男に見初められなければこんな面倒なことはなかったものを。
それから少しは譲歩するといって娘を無理やり引かせた。
護衛にはこれ以上余計なことをしないよう娘を監視するよう言いつけた。
そうして娘との婚約を無かったことにした上で避難民(技術者)を受け入れることにした。
これなら多少は義理を果たしたうえで利益が見込める。
我ながらいい案だと笑いつつ手紙を送り返す。
その日もいつかのようにぐっすりと眠ることができた。
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それが、どうしてこうなったのか。
龍脈の暴走は収まり、復旧作業を行っているとか。
これでは見捨てた私の立場がないではないか。
「くそっ」
悔しさがつい口から零れる。
ジークハルトさえいなければいいのに。
なんとかならないかと思っていた時伝令が入る。
「よしっついている。これで公爵家は今度こそ終わる。」
そうしてトライル伯はほくそ笑む。
届いた内容は『黄竜ファフニールが公爵領に現れた』というものだった
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公爵領の城は影が差していた。
全ては当主代行をしていたジークハルトの姿が消えてしまったことにある。
あの日の早朝、天に昇っていた光が突如消えていた。
そうして城にいたセバスティアン——セバスは急いで報告の為にジークハルトの元へ向かった。
だが、ジークハルトの寝室にはその姿はなかった。
そうして使用人全てに指示をし、城中を探した。
それから数刻、執務室に一枚の手紙が残されていたことに気づいた。
内容を確認したセバスは驚愕した。
昨日提案した生贄をジークハルト自身が実施するという。
そして今後のことは妹のヒルデと私とクラインに任せるという。
何ていうことだ、すべては私が提案したせいだとセバスは後悔した。
クラインにもそのことを伝えると涙を流していた。
子供のころからジークハルトのことを見てきた二人にとっても息子同然に大事な人だった。
だからこそその衝撃は大きい。
ヒルデは眠気眼を擦りながら近づいてくる。
「……兄さまは、どこ?」
幼くも状況を理解していたのか、それとも大好きな兄の姿が見えなくてただ不安だったのかわからない。
それでも二人はヒルデの問いに正直に答えることはできなかった。
「ジーク様は少しお出かけなされています。」
「留守を任されていますので今後のことをお話ししましょう。」
「……うん」
そうしてぼかしつつもヒルデに領地経営について学んでもらうため勉強を促す。
いつか本当のことを話さなければと思いつつも二人にはまだジークの失踪を受け入れることができなかったのだ。
それから数日ジークのいない日々は続く。
しかし、唐突に喧噪に包まれることになる。
黄龍ファフニールの出現に再び領地が危機に見舞われた。
クラインは急ぎ騎士団を連れて対処に動く。
しかし相手は幻想種の頂点竜種。
死を覚悟する。
セバスはヒルデを守るために急ぎ王都へ向けて避難の手配をする。
クラインがファフニールと対峙し恐怖に襲われる。
最も固い竜種として恐れられている、巨大な身体を覆うどの金属よりも固い鱗。
そしてすべてを砕く牙と獲物を逃がさない相貌。
あぁ死んだな
見た瞬間に死の恐怖が全身を襲う。
騎士団全員が絶望し、立ち尽くす。
そんなとき再び天に向けて光が昇る。
ファフニールは騎士団に興味を無くし、光に向けて動き出す。
そうしてファフニールは光の元へ辿り着き、光を喰らわんと顎を大きく開く。
光を飲み込むファフニールに更に恐怖に襲われる面々。
だが、急にファフニールの体が悶え始める。
それから喉を切り裂いて一人の人間が姿を現す。
髪は白く、竜のように恐ろしい左の瞳。
だが、右の眼はこの地で見慣れた緑の瞳だった。
ファフニールは血を吹き出しながらもその人間を殺さんと仕掛ける。
それに意を介さずに右手に持つ黒い剣を振るい両断する。
少年ともいえるその後ろ姿は、失われたと思っていた神童のものだったのだ。
領主代行の帰還にただただ騎士団の面々は喜びに包まれた。
竜が襲ってきた恐怖はすでに消えていたのだった。
お待たせしました!
いなくなったはずの少年の帰還。
あれ?なにがあったんでしょうか……
それについては来週をお楽しみに!
え?幼女はいつ出てくるのか?早く出せ?
や、やだなぁ。もうすぐですのでお待ちくださいませ!!
決して忘れてるわけではないです!!はい!!!
というわけで告知ですが、もうすぐ年末ですね。
実は12/29から1/4まで休暇なのです。
というわけで上記の期間連続投稿をしようと思います!
基本的にいつも通り21:00更新予定です!(今回は事前に予約投稿する予定です)
こちらもぜひ楽しんでいただければと思います!
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また、もう一つの【哀しき聖女に救いの手を】も同じように更新予定ですのでぜひ!!