龍と生贄と
ブリュンヒルド公爵領の下には龍脈が通っていると言われていた。
龍脈は時を経て場所を移す。
だが、この公爵領の龍脈は移動することはない。
これは祖先による古の契約を竜と交わしたことによるものだと言われている。
だからこそこの地は常に繁栄し、目立つ災厄は訪れることはないはずだった。
だが、現実として目の前には突如として現れた光の柱に向けて魔物が押し寄せ、光の柱を中心に土地が荒れて行っている。
おそらくこの光の柱が龍脈の中を通っていた膨大なエネルギーなのだろう。
それが何らかの影響で破裂し、土地のエネルギーが漏れ出している。
それに魔物がエサを求め集まり、肥沃な土地からは養分が抜け出しているのだろう。
だから今この公爵領には未曽有の危機に陥っている。
城に戻ると父も母も対応に追われ奔走していた。
ちらほらと聞こえる情報には今のところは魔物の駆除は騎士が対応できているが時間の問題だという。
近くの村は被害が甚大で救助と避難にも人手が割かれている状況だ。
なんとか食料は倉庫に貯蓄が十分あるため領民すべてに配っても贅沢をしなければ半年は賄えそうではある。
これも常に栄えていた土地だからこそのものである。
帰ってきてから父も母も顔色が悪い。
それを見て自分にもできることをしようと思い、近隣の避難所に赴いた。
どうしても避難者に対しての家が足りていない。
領地の建築者を総動員しても建物はそう簡単には立てられない。
そこで簡易的な集合住宅を土魔法を使って作ることを提案した。
魔力には自信があるから適任だと思えた。
実は魔物の退治に志願したのだが、長男が前線に行かれるのは困るとのことで別案としてだしたのだ。
というわけで魔法を使い、簡易住宅を建てていく。
イメージとしてはそのまま前世の集合住宅。
さすがに予定している数が数なだけに間取りまで気を使うことはできないので大体十四平方メートルのワンルームと簡易的なトイレを備え付けたものだけだ。
家具とか残りのものは建築者の人たちに頼むことにした。
そうして避難者を受け入れられるほどの建物を準備した。
その後簡易柵を崩し魔物が入ってこれないよう大き目の壁を用意する。
これでここの警備の数を減らすことができて他の場所へ回せるはずだろう。
そうして城に戻る。
ここまで一睡もせずに大体三日ほど動き続けていた。
そのせいか報告後、すぐに眠ってしまった。
なんとかこれで急場は凌げる。
その間に他の領地から助けは来るはずだと信じて。
それから目が覚めたのは一日後のことだった。
簡単に体の汚れを落として父の元へ向かう。
するとそこには執事長のセバスティアンと騎士団長のクラインしかいなかった。
この二人は父の信頼も厚い臣下でセバスティアンには経理や政務で、クラインには領地防衛でお世話になっている。
「ごめん、一日も寝てしまったみたいだ。父上と母上はどうしてる?」
「「……」」
二人は下を向いて黙り込んでいた。
様子がおかしいと思いもう一度同じことを聞いた。
「ねえ、二人はどうしてるの?」
二人は困ったように顔を合わせセバスティアンが意を決したように告げる。
「ジーク様。旦那様と奥様は先刻、魔物の駆除に向かいお亡くなりました」
「え?」
その言葉をすぐに理解することができなかった。
「どう、して」
父は剣士として優秀だったし、母も魔法士として優秀だった。
そんな二人のいい所どりのような形でジークはどちらの才能もあった。
そうしてメキメキと成長して神童と呼ばれていたころはもちろん今でも二人にはまだ勝つことができなかった。
そんな二人が死んだ。
信じられない、そう呟いたときクラインから衝撃な事実が告げられた。
「昨夜、亜竜が出現しました。それもタラスクです」
「な!?」
竜種。
幻想種の中でも頂点に位置する種族。
現在確認されている竜種は七。
火山に生息し、四大精霊の一角を担う赤竜サラマンダー。
海に生息し、七大罪・嫉妬の化身とされる青竜リヴァイアサン。
森に生息し、毒を撒き散らす緑竜バジリスク。
地中に生息し、硬い鱗を持つ黄竜ファフニール。
霊峰に生息し、人々を導き聖都で祀られている聖竜・白竜リンドヴルム。
闇に潜み、世界を破滅に追い込んだとされる邪竜・紫竜ニーズヘッグ。
各地を転々とし、英雄が現れる度に英雄の元へ現れ導く黒竜バハムート。
すべての竜がいずれも強大な力を持ち、人が怯える存在。
亜竜はそれぞれの竜の先兵として現れることがある。
今回現れたのはタラスク。
硬い甲羅を持つことで有名だ。
そして、黄竜ファフニールの眷属ともいわれている。
必ずしも竜種が現れるわけではない。
それでも最悪の事態を想定しなければならない。
その上で今回タラスクの討伐に両親が向かった。
そして命を落とした。
「相打ちだったようです。遺体は回収していますので間違いはないかと」
「ジーク様、現状タラスクを討ったことで魔物の数は落ち着いています。それでも人手が足りない現実です。どうか指示をお願いします」
「あぁ。わかった」
両親が死んだことで悲しむ時間がない。
それでも目頭は熱くなる。
落ち着いてはいてもいつまた魔物が襲撃してくるかもわからない。
だからこそ次期領主——いや、父がいない今領主として行動しなければならないのだ。
そうして溢れそうだった涙を必死に堪え指示をだす。
クラインには現場に戻り、討伐の指揮を頼む。
そしてセバスには調べものをしてもらう。
まずは龍脈の暴走を止める方法を調べなければならない。
なんとか避難所や食料は持っているし、魔物は落ち着いている。
それでも一刻も早く現況を打開するには龍脈を落ち着かせるしかない。
そうしてそれぞれに指示を出した後、僕は手紙を書く。
王都への報告と近隣の領地、そしてトライル伯へ宛てたものだ。
内容としては龍脈についてと魔物討伐の増援、食料の支援だ。
王都とトライル伯からは何かしらの支援がもらえると思う。
ただ、近隣領地については正直わからない。
というのも今回の騒動で近隣にも少なくない被害が出ていると思われるからだ。
一斉にこの領地へ向けて魔物が集まっているのだから被害なしというわけにはいかないだろう。
それでも多くの魔物は未開地である森からのものだ。
だからもし余裕があればというのも書き加えておく。
これで更に余裕ができればいいのだが。
そうして山のように積まれた報告書に目を通していく。
また一時は寝ることができないだろうなと苦笑する。
ステファニー嬢に会いたいなと思いつつ仕事を捌く。
これが終わったら葬式の準備もしなければならない。
そうして全てが終わったらステファニー嬢とどこかに出かけて癒されたいな……。
それからすべての手紙が返ってきたのは一週間後だった。
王都や近隣地域の返事は早く、一日で返ってきた。
内容はどれも支援をするというものだった。
近隣地域は本当にダメ元だったが、いい返事をもらえてよかった。
王都からは第三近衛騎士団の派遣と一年分の食料を支援してもらえた。
その上、見通しがたつまでの税金の免除をしてもらえた。
これで余裕ができると思っていた。
そして、トレイル伯からの返事はそれは衝撃的ものだった。
貴族的な言いまわして長々と書かれていたが簡単に言うと、
・龍脈が暴走した土地に未来はない、だから関係を白紙に戻す。娘からも了承は得ている。
・その上で増援も支援もする義理がない。
・その土地では人が難しいだろうから職人などの技術者なら我が領地に受け入れてもいい。
というものだった。
僕もその場にいたセバスも開いた口が塞がらなかった。
それでもこの内容に文句をいうことはなかった。
というのもこの判断を一概に間違っているとは言えないからだ。
寧ろ貴族らしい判断ともいえる。
これはセバスが調べたことなのだが、龍脈が暴走した土地は荒れ果て人が住める状況には戻らなかった。
その土地は今王家直轄領として王家が管理しているが未だに研究が進んでいないそうだ。
そして実際に災害が起きたのは百年以上前のこと。
だからこそ未来がないというのも間違いではない。
そのまま技術者だけを受け入れるという強気な判断も、恐らく領民を大事にしているブリュンヒルド家なら無下にはしないだろうという判断だろう。
支援が貰えないこともショックだったがそれ以上に関係の白紙化。
つまりステファニー嬢との婚約破棄。
これが一番つらかった。
ステファニー嬢とは想い合っていると思っていた。
でも本人はこの婚約破棄を了承しているという。
両親を失い唯一支えにしてきた婚約者もいなくなったのだ。
そうして自分の中で何かが崩れ去る音が聞こえた。
そのまま僕はどうしていいかわからず、一日部屋に籠ることになった。
こんな非常時に籠る領主に多少の非難はあったようだ。
それは当然だろう。
それでもセバスやクラインが動いてくれたようで大事には至らなかった。
それをメイドから聞いたことでこれ以上迷惑は掛けられないと思い部屋から出て仕事に戻る。
二人には頭を下げ謝ったが、主を支えるのが役目だと笑っていた。
そんな二人を見て、つくづく自分に嫌気が差した。
本当に自分は領主として相応しいのだろうか。
神童として騒がれていたのも結局は前世の知識があったからに過ぎないと考えていた。
だとしたらこれから人の上に立っていくことが自分にできるのか不安になった。
二人が優秀だから今は何とかできていた。
集合住宅を作った後すぐに寝込んでしまい、両親はなくなった。
その時自分がいれば少しは状況が変わったのではないか。
寝ている間二人は動き回ってくれていた。
だから被害が今でも最小限に抑えられているのだろう。
ステファニー嬢も見放して当然なのではないだろうか。
なら、自分は必要なのだろうか……?
いや、今はやめよう。
これ以上深く考えるのはやめた。
どうであれ、この状況を打破する必要はあるのだ。
話はそれからだろう。
そうやって自分を奮い立たせる。
「セバス、龍脈を正常化させる方法は見つかったのか?」
「正常化というのは難しいかと思われます。どうしても方法が見つかりません」
「やはりそうか。あれば直轄領で試されてるだろうしな」
「はい。ですが、古い文献で龍脈を鎮めた方法はみつかりました」
「そうなのか!?それでその方法は?」
「はい。どうやら魔力の豊富な人間を生贄として龍脈の土地に捧げるという方法だそうです」
「生贄か……。他に方法はないのか?」
「現状これ以外は……。ジーク様が忌避されるのもわかります。古い習慣で生贄を捧げるのは当時は当然のようでした」
「そうなんだろうが……。誰かを犠牲にというのはあまり好きではないな」
「そうですな。そこで犯罪奴隷を使うというのはいかがでしょう?」
「奴隷か……」
奴隷には幾つかの種類がある。
犯罪を犯したことで労働力として奉公することで罪を清算する犯罪奴隷。
借金を返済できずに自らを労働力として返済、もしくは借金の方として子を奴隷とする借金奴隷。
上記以外で罪もないのにどこからか攫った人や口減らしで売られた違法奴隷。
上二つは国が管理し、正規の手続きを踏んで契約印を刻む。
当然犯罪奴隷のほうが契約印の効果は重い。
違法奴隷はそのままの通りで国で認可していない契約印を刻み強制的に抵抗できなくする。
犯罪奴隷並みに効果は重く、認可していない契約印のため解呪することも至難の業。
当然違法奴隷は買うことも売ることも重罪だ。
「犯罪奴隷でも生贄にするのはどうなんだろうか……」
当然犯罪を犯したとはいえ、罪を清算する機会を与えられているのだ。
生贄にするのは気が引ける。
その機会をふいにするようなものであればという気もするが、そんなの見分けがつくわけがない。
「となると死刑囚ですが……」
「国になんて報告するんだ?」
死刑囚は死を約束されているので生贄にはもってこいかもしれないが、当然国が管理している。
国に死刑囚を生贄にするのでくださいというのはさすがに許可が下りないと思う。
「となるともう打つ手がないですな」
「……魔力が豊富ならいいんだよな?」
「そうですが、どうなさるおつもりで?」
「まあ、明日には纏めるからまたここに来てくれ」
「……わかりました」
そうしてセバスは退出する。
それから僕は一つの手紙を用意した。
さて、夜も遅いし移動するか。
僕は執務室を出る。
いつもの机の上には一つの手紙が残されていた。
僕はそのまま寝室へ——は向かわず外へ出る。
そして光の柱へと向かう。
夜だというのに光り輝くそれは、こんな災害を起こさなければゆっくりとみていたいと思えるほど綺麗だった。
ふぅと一息つき、光の柱に向かって再び歩き出す。
手紙は残した。
僕がいなくとも二人に任せ、妹を支えてもらうように。
まだ幼い妹にすべてを押し付けるようになって申し訳ないが、優秀な二人がいればきっと悪いようにはならないだろう。
せっかくの第二の人生だった。
でも、すべてが崩れてしまった。
もう疲れたんだ。
そうして光の柱の中に体が落ちていく。
せめてこの身が領地のためになりますように。
そんな願いを込めて意識を手放す。
翌日光の柱がブリュンヒルド領から消え、ジークハルトもまた姿を消したのだった。
お待たせいたしました。
今回はいつもより長めです。
恐らく次回も長めになるかも?
また来週をお楽しみに!
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