すし詰め状態
警察官が言っていた里香とは俺がほんの数週間前まで一緒に過ごしていた人の事だったのか。警察官に言われた時はカツ丼の美味さに気を取られ過ぎていたのもあり思い付かなかったわ。
でも里香という人物は一体何者なんだ。俺の知る限りでは金持ちで空手をやっている事位しか知らないが、警察が探しているとなるとヤクザか。ヤクザだな。ヤクザだろうな。
すっかりビビりモードに入った俺は携帯をパタリと閉めて眠りに着いた。
人間とは面白いもので最初いなくなった時は寂しいと思っていたが、ずいぶんといない日が続くと寂しさわやわらぎ気付いたらその存在すら忘れそうになる。
今日で1ヶ月が経ち何とか俺もペンペン草と落ちている物を拾い食いしてここまで生き延びた訳だが、社会人なら誰もが嬉しい給料日が今日なのだ。
ただ拾い食いした時ちょっとだけ罪悪感というか、何とも言えない気持ちになったね。
とても社会人らしからぬ生活だが、これが現実だからしょうがない。
時計を確認すると電車時間が近付いていたので、口に昨日拾った駄菓子のカピ焼きさんを口に咥えて家を出た。
電車に乗る前には咥えていたカピ焼きさんはすっかりと俺の胃袋で消化されてないか。あれ体に悪い物のだし、中々消化されないんだよな。
電車はいつにもまして満員電車で人がすし詰め状態になっていた。狭い。狭すぎる。
身動きが一切取れない状態のまま電車はゆっくりと動きだした。
つり革すら持てないこの状況。手が下にあるので上に持ち上げようとしたら、目の前にいる髪の長い女子高生のスカートの中に手を入れてると勘違いされそうになるので俺はただ大人しくその場でじっとしていた。
そんな中突然電車が急ブレーキをかけると立ってと人全員が進行方向とは反対に体がのけ反った。
後ろにいる人がクッションの役割を果たし倒れる事はなく安心したが、一番後ろにいる人はみんなの支えになったのでお疲れ様と言わんばかりだ。
『ただいま鹿が線路に飛び出した為急ブレーキをお掛けしました。線路の安全が確認とれましたら運転を再開致します』
とアナウンスが入った。
よくあるんだよな。これ多分田舎だけだろうな。都会とか絶対なさそうだしあっても、人身事故とかの方が多そうだよな。
鹿飛び出してきたならみんなで取っ捕まえて鹿鍋でもやろうぜ。言うて今日駄菓子のカピ焼きさんしか食べてないから腹減ったよ。
思わず腹が減っているのでお腹に目線を移したら女子高生が小刻みに体を震わせていた。
おいおいこの展開はなしだぜ。あくまでもラノベ的な展開を期待している俺がこんなアダルト的な展開はいらないっての。
まぁー多分あれかも知れない。腹が痛いのだろう。そうだ絶対腹が痛いんだろう。
視線を女子高生の真横にいる中年のオッサンが目線を女子高生とは別の方向に移していたが、その手は間違いなく女子高生のスカートの中に手を突っ込んでいた。
やべよーどうしよう。これは勇気を持って何してるんですかと言った方がいいとは思うが言えねー。
そんな勇気があれば彼女の一人や二人余裕でゲットしているはずだ。
でも···ここは言うしかねーよな。
「あのーそういう行為をすると将来ろくなことにならないといいますが、あんまりよろしくないので止めた方がいいと思いますよ」
と小声でみんなに聞こえないくらい小さな声で囁いた。
その声に反応して中年のサラリーマンが首だけを少しひねり、俺の顔を鋭い目付きで見てきた。
怖い、怖いよ。
「···すいませ」
別に何にも悪くないのに謝ろうとしたら、女子高生も首だけをひねり助けてと言わんばかりの表情を俺に送ってきた。
「やっぱりよくないので止めた方が」
「あ」
俺の声を遮るようにして声は小さいが凄みがあった。
殺されるよ。絶対この後殺されるよ。
『安全の確認が取れましたので運転を再開致します』
とアナウンスが入ると再び電車は動きだした。
中年のサラリーマンは首をひねってるのが疲れたのか前に向き直り、何事もなかったように続きをし始めた。
何だか知らないが突然恐怖よりも苛ついてきた。それはこのオッサンが平気で女の子の柔肌に触っている光景を見てだ。俺はそんな事したこともないし、手だって一度として繋いだ事がない。
なのに···なのに···このオッサンは。
「彼女嫌がってるんで止めてください」
さっきまでとは弱々しい声とは違いはっきりと決意が感じ取れる言葉でいい放った。




