第2章 ★ 審判の星(14)審判の夜
(14)審判の夜
赤黒く染まり、不気味な明るさが漂う、惑星アーロンの夜。
人々の悲鳴は、もう響くこともなくなった。
それは、避難が完了したからなのか。
いや、そうではない。
未曽有の天変地異によって、大勢の息が絶えたからだ。
たとえ生き延びたとしても、人々は既に虫の息なのだ。
☆そのころ宮殿では
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(母なる大地、惑星アーロンよ。何処から来たかも知れぬ、見ず知らずのよそ者。不気味に輝く、あの悪魔に、聖なるこの大地を、奪われてたまるか……。)
アーロンの最後の王は、悔しさを噛み締めていた。
(共和国の政治は、奈落の底に落ちた。身勝手な、まさに独裁政治ではないか。自然を壊し、人間が我が物のように、自然を操る。挙句の果てに、アーロンの民までも管理し、偽りの安息を与えておる。おー、なんと罪深く、嘆かわしいことよ……。)
アーロンの王は、共和国政府の悪政を嘆いて床にどっと崩れた。
(ノアーの予言通り、避けることのできぬ、同じ破滅の運命ならば……。余の手で、愛するこの大地を、葬ってやろうぞ! )
最後の王は、両拳を突き上げ叫ぶと、惑星と運命を共にする覚悟を決した。
仄かな明かりが灯り、静寂の帳に覆われた王の間は、時の流れが麻痺してしまった。
「父上……」
フィロング王は、遠くから自分を呼ぶ幻影を見たような気がした。
王は床に崩れた体を起こし、薄暗い廊下に目をやると、遠目に小さな人影が一つ。
やがてそれは大きさを増してきた。
「父上! 父上! お父様……」
フィロング王を呼ぶ声は徐々にはっきりしてきた。
「お父様、わたくしも、お供致します」
そこに現れたのは……、愛娘ノベリーナであった。
ノベリーナは、『愛しい人』と辛い別れをして、父フィロング王の許へ帰って来た。
愛しい人とは、密かに思いを寄せていたジーンだった。この妹にも姉ミカリーナと同じアーロン一族の運命の血が、熱くそして密やかに流れていた。
ジーンとミカリーナが初めて出逢った晩餐会の夜、ノベリーナも同席していた。姉が運命の力に導かれジーンに惹かれていったとき、同時にこの妹にも熱い思いが芽生えていた。妹にとってもジーンは運命の人だった。
だが、強い直感能力を持つノベリーナは、姉のジーンに対する思いの強さを感じ取り、自らの思いを葬り去った。そして、その思いを告げることもなく身を引いた。
この姉妹の運命を星に喩えるならば、ミカリーナは眩しく輝く白昼の太陽だ。するとノベリーナは、昼間はその眩しさで見ることが叶わない蒼天の月だった。
ノベリーナは新型宇宙船に乗る姉の誘いを断った。
ジーンへの思いを封印していたはずの彼女だったが、思いを永久に葬ることなどできなかったのだろう。ジーンの宇宙船に姉と一緒に乗るということは、それは辛い選択であったに違いない。
* * *
☆悪魔の所業は益々酷くなった
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巨大彗星はとうとう周りの星々を飲み込んだ。夜空の半分を占め尽くす強烈なるその威圧感は、息をも詰まる。
悪魔が吐く血の毒矢は、大気を貫き流星群となり
千の槍の如く、震える大地に突き刺さる
山々は悲鳴を上げ、真紅の焔を噴き出し
ひび割れた大地は、赤い川の流れに侵される
暗雲垂れる天空は、絶え間のない轟音が鳴り響き
稲妻の眩しさは、濃灰色の空をずたずたに切り裂く
酸の海から襲う大津波は、地表の裂け目が飲み込む
赤黒くただれた大地は、乳白色の泡を吐く
大都市は壊滅し、そして逃げ惑う人々の姿を、最早見ることはない。
まさに地獄絵図のような光景が、地平線の果ての果てまで広がっていた。
☆王宮は静寂の嵐に見舞われていた
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その真只中に人影が二つ。アーロン王国最後の王は、愛娘と共に、静かに最期の時を迎えようとしていた。
「ノベリーナよ。去るのだ。そなたはまだ若い。我がアーロンの血を、継いでおくれ」
父は、最後の願いを愛しい娘に伝えた。
「お父様、なっ、何を、おっしゃるのですか?」
「今ならまだ間に合う。飛べるシャトルが一機ある……。さあ! 行きなさい」
ノベリーナは、声も詰まり言葉が出ない。愛する父の胸深く、濡れた頬を埋めるだけであった。
やがてノベリーナは、震える細い声で答えた。
「わたくしは~、アーロン王国~、王女です。愛する母国と~、アーロンの人々と~、そして~、そして何よりも~、大切な父上と~~~」
ノベリーナは、父の胸に息も詰まるほどに、深く深く身を委ね、言葉をつづけた。
「最期、だから、こそ! お父様の~、お~そ~ば~で~」
このときフィロング・アーロンは、ただの一人の父親として、大粒の涙を止め処なく溢れさせた。そして、震える愛娘の背中を、その両腕でしっかりと包んだ。
アーロン王国最後の王は、天に最期の慈悲を懇願しながら、愛する娘と共に、その『赤いボタン』に、ゆっくりと掌を掛けた。
「アーロンの魂に、永久の命を与え給え……」
☆そのときあの巨大彗星は
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惑星アーロンをかすめた後、初めて真っ白な長い尾を伸ばして、太陽目がけて飛び去った。
巨大な悪魔の尾の白さときたら、何事も無かったかのように、それはそれは涼しげな後ろ姿であった。




