物語の中での出会いはいつも突然だ。
痛み。それは他者には分からないもの。なぜなら目に見えるものではないから。
例えば今俺が盲腸であるとしよう。酷く腹部が痛い。大体の人はきっと理解してくれよう。しかし世の中には疑うことを主として考えている人や、俺のことを気に入らない人もいる。
そういう人からは大概理解を得られない。仕方の無いことだ。
俺はそれについて今更嘆いたりしないし、理解してもらわなくてもいいと思っている。
ただ自分も他者の痛みを積極的に理解しようとは思わない。出来ることならば、見知らぬフリをして生きていきたい。今までもそうしてきた。
「おはよ!」
どん、と女の子がぶつかってきた。
「おはよう。」
「あれれ、元気ないね。どしたの?」
彼女は川崎ハルヒ。たしか緋色の春の逆と書くようだった気がする。
確かレポートを手伝えとか何とか言って、そう書かされた。
「ねぇ、どうしちゃったの??、体調悪い?…いやでもそれだと私も、、」
「ちょっと、うるさい。今俺は説明中なんだから静かにしてて。」
「え、説明?何も話してないよ?どうしちゃったのほんとに……」
うるさいのは置いておいて、説明に戻る。
なぜこんな一生関わらなかったかもしれない様な女の子と一緒に大学へ行っているのか、きっとみんな気になっているだろう。
それは単純明快。
僕と彼女が痛みの共有をしているからだ。精神的な痛みも肉体的な痛みも、全て。
彼女の心が痛めば俺の心も締め付けられ、俺が怪我をすれば彼女もそれと同等の痛みを味わう。そのまた逆も然りだ。
痛みの共感覚。これが始まったのは去年の春。俺たちのそれは運命の出会いというものだった。
大学の合格発表の日。俺は自意識過剰ではなく、ただ自己採点をした結果として、受かっていると分かっていたので気楽に、所謂ノリで見に行った。
俺の番号は4449。何とも運のついていなさそうな数字だろうか。まあ俺はそういうスピリチュアル的なことは信じない。
そう、そしてやはり受かっていた。その不運そうな数字は掲示板に堂々と、と言うよりは小さく小さく載っていた。
あの会場でその番号を探しているのはたった1人だけだったのに、その自分ですら見落とすところだった。
番号を確認した事だし、帰ろう、そう思った時だった。
自分の胸に稲妻が走った。比喩ではなく多分文字通りの意味だったと今となっては思う。
横を見ると自分と同じように、いやそれ以上に苦しそうな顔をしながら涙を流している女の子がいた。
俺はその顔を見ながら、あまりの痛みに人目なんて構わずしゃがみこんでしまった。まあ、人とは意外と周りへの興味なんて薄いから誰も気付いていなかったかもしれないが。
大丈夫ですか、その女の子は自分が言われるべき言葉を俺にかけた。
そして背中にそっと触れ、大丈夫だよ、そう言いながら優しくさすってくれた。
彼女に触れられると、痛みは消えた。まるでそんなもの無かったかのように。
俺はすぐに立ち上がり、礼を述べその場を去った。
その時は気づかなかったのだが、自分の手には紺色のハンカチがいた。
もうそのハンカチはそのまま俺の家の物になるだろうと思っていたが、そうはならなかった。
数日後の入学式に、主人の元へ帰っていった。
ハルヒはそこにいた。大学の校舎三号館、三階の大講義室に。