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俺が生まれた村は100人くらいの小さな村だ。
助け合って暮らしているので、冬でも村で確保した食べる物もなんとかあり、あの頃はそこそこ幸せな生き方が出来ていると思っていた。
男手は石や木を使い弓や槍を作り、狩りをし、畑を耕す。
女達は畑を管理したり、食事を作り、洗濯をする。
俺達まだ子供は毎日森に入り木の実や山菜や薪を拾う手伝いと称し、木登りや魚釣りとかで遊んでいる。
喧嘩をしたり、仲直りしたり、くだらないバカな遊びをして、毎日を過ごす。
家族毎に寝る家はすきま風が吹くが、夏は心地よく、冬は家族と団子になり寝るので狭さに文句を言いながら、家族と引っ付いて寝る心地よさに安心していた。
食事は年齢毎に食べる。
狩りをするほぼ肉しか食べない男達と、野菜を好む女達と、柔らかく炊いた物を好む老人や子供達とに別れて食べる。
俺はいつまでも子供の中で食べたいと思っているが、他の子供達は肉が増えるので早く大人達の中に入りたいみたいだ。
肉が増えても酒に酔った大人達の中に入るのは厄介そうに感じてた。
それより、家族で一緒に食べたいって思う。
だけど、他の子供達に聞いたら何故そんな事を思うのかと不思議がられた…
ご飯の後、大人達は子供達に囲炉裏の前で、昔話をする。
俺はその昔話は嫌いだった…
神様が世界を作り、日照りがあった時に神様が助けてくれただの…
長老達は1日中囲炉裏の前にいて、あーだこーだと神様を讃えている。
俺には何故だか、その言葉にいつも違和感を感じていたが、回りの雰囲気にその違和感を言うのが出来ないでいた…
神様の話をしている大人達の目がなんか暗くて…何処か苦しそうに見えるのは気のせい?
そんな顔を見ながら、信じていいか考えさせられる…
そんな時に俺が大猪に腹を刺され、家族とも隔離され、ババサマの治療を受ける事になったんだ。
「こりゃ酷い、無理だな、お前さんなんで大猪に向かった?」
痛みに気を失っていたのか、飄々とした、場違いに感じるババサマの声が聞こえた。
朦朧とする意識で、ババサマを見ようとするが、見覚えない景色に困惑する。
暗い視界に今が昼か夜かも分からない、囲炉裏の燃える灯りで室内だとは分かった。
村の中で知らない場所なんてないと思ったが、まだあるんだなとボンヤリと考える。
俺を運んだだろう大人達の姿は無く、ババサマ1人しかいない。
ドクドクと流れる自分の血の音が煩く、老婆とは思えない力で手際よく手足を固定され身動き出来ない中、傷口を何かで抉られた。
叫ぼうにも口に突っ込まれた綿で、くぐもった声を出すしか出来なかった。
「おうおう、コリャ元気なガキだ…」
俺は泣きたくないが、涙が流れる…身動き出来たらババサマでも殴ってただろう。
何かの液体をかけられ、傷口当たりを何度も触られて痛みが何回も加えられて俺は意識を無くした。
気が付いたら、ババサマが隣で寝ていた。
痛みに体がバラバラになりそうだが…やはり、見覚えがない場所だっだ…
そう言えば、ババサマに家族がいたか記憶にない。
もしかしたらババサマの家?
隣で寝ているババサマの気配に安心して、又意識を無くした。
次に目が覚めた時、ババサマは起きていて、囲炉裏の火は消えていた。
明かりとりの窓がないのか、薄暗い部屋だ。
家の造りが違う、身動き出来ないが、敷布の下は木でないような…
いつも寝起きする家は木で作られて雪に埋もれないように、地面から離されて作られている。
何故俺は家族から離され、ババサマの世話になっているのか…
「俺はいつ家に帰れる?」
俺が意識を戻してから出した初めての言葉は思ったより掠れていた。
「まだ、親離れができないのか?」
とニヤニヤと俺をからかう。俺は喉が痛くて首をふる。
ババサマが俺の服を脱がそうとして、服が汗で濡れている事に気付く。
俺は体が痛くてされるまま、ババサマに服を脱がされるしかなかった。
ババサマは口調とは違い、俺の体の汗を拭く手付きは優しい。
「お前は傷が治るまで、ここにいなくちゃならない」
不意にババサマから出た言葉に、体が強ばる。
「お前は3日も寝とった、此処に迎えは来ない、お前が自分の足で此処を出れるまで無理だ。」
「ここは?」
「村の外れの、産場だ、お前が生まれた場所だ。お前は大猪から逃げる途中、そこの林まで逃げたから、一番近いこの産場に運んだ…まあ、良かったのか…」
最後は俺の顔を見ながら、ババサマは顔を歪めた。
無理矢理笑顔を出そうとして、失敗した?迷惑?感情を読めないようにした強ばった顔だ。
ババサマと呼んでいるが、顔にシワはなく、年齢が分からない顔をマジマジと見た。
初めてこんなにしっかりババサマの顔を見たかもしれない…
意外に若い?大人はみんな髪を伸ばしキッチリ油でなでつけ結ってある中、ババサマは髪が短くボサボサで、異質な存在…
目元が隠れて表情が分からないが、近くで見ると、綺麗な肌をしている。
ババサマは普段、見かけない。
1人で薬草の畑を管理し薬を作る。子供達が近寄ると、怒鳴る怖い存在だ。
怪我をしてもババサマは薬を用意するだけで、滅多に治療はしない、だから余計に不思議に思う。
俺の何故看病しているのか…普段のババサマなら叩き出していると思う。
子供嫌いだと思っていたが…今はそんな感じはしない、寧ろ慣れた手付きに安心する。
俺の背を痛まないように支え体を起こして、背に柔らかい支えを入れてくれ、水差しから水を飲ませてくれた。
水を飲み、喉の乾きを実感する。
「ゆっくり飲め、むせる。」
俺が動く手を水差しに添えて勢い良く飲もうとするのをババサマは制する。
無意識に手が動いたが、それだけでもう体はダルイ。
水を一杯だけなのに、飲むだけでグッタリした。
囲炉裏の火は消えていたが、鍋が掛かっていた。此処で煮炊きしている?
ババサマは1人で食べているのか?
女達と食べていると思っていた。
「少し食べれるか?」
痛みに首をふるが、ババサマは眉をひそめ。
「薬を飲む為に、少し食べろ!」
じゃあ、聞くなよと心の中で呟く。