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タイムカプセルベイビーリーフ

作者: 保地葉

※流産・死産の表現あり

※豪雨・洪水の表現あり

※科学的根拠のない出産方法の空想です

母なる海は広く、深い。

失ったものは取り戻せない。

それは覚悟していた。

流産した(ながれた)こどもは還ってこないと。


けれども、この子は還ってきた。私は歳をとり、夫だったあの人もいない。

私は、我が子(タイムカプセル)を開けるか決めかねている。



「…見つかった?」


連絡は、予期せず、突然に、きた。捜索願いは出していたが、もう、時効なのではと思っていたのだ。時折思い出したようにマスメディアで特集が組まれ、科学的に、非科学的に専門家が捜索するのを他人事に、けれども目がはなせず立ち竦む…そんな日からも遠ざかりつつあった、ある日。

私のこどもが見つかったと連絡があった。


私と夫が結婚するときには、出産は既に人工子宮が主流だった。自分たちは自然母体と人工子宮、どちらの子宮からも産まれた世代で、私たちの下の世代で()()代理母問題が取りざたされ、人工子宮の開発が盛んになった。

その中でも、一番のブームは人工子宮を土に埋めて、胎児が育ったら掘り出すという、タイムカプセルベイビーリーフと呼ばれる手法だ。

受胎した卵胞を人工羊水を満たした人工子宮に入れ、専用の畑(揶揄してキャベツ畑とも呼ばれたあれ)に埋める。

人工子宮には根と葉がついており、根は必要な養分を吸い、排出する。葉は光合成に似た働きで人工羊水を循環させる。

試験管ベイビーと呼ばれた研究室での育成よりも、プール養殖(ベイビー)と揶揄された人工子宮を循環された人工羊水に浮かべて育てる手法より、タイムカプセルベイビーリーフが人気だったのは、キャベツ畑に親が赴き、水を蒔いたり簡単な世話をすることができるからだ。そしてなにより、人工子宮を掘り起こすことができる。

疑似出産の行為は、マスメディアで特集も組まれた。白衣の係員からこどもを手渡される試験管ベイビーやプールベイビーよりも感動を呼ぶからだ。タイムカプセルベイビーリーフも掘り起こしたあとは専門職員の手で開封されるため、係員からこどもを手渡されるにはちがいないにも関わらず。


タイムカプセルベイビーリーフはあの災害が起きるまでは主流だったし、いまでも、あのときより厳格な管理のもと、まだある出産方法だ。

地震で割れた試験管ベイビーも、循環器の不具合で死産したプールベイビーもいる。

私たちのこどもも、出産に関わる偶発的な危険性に遭遇してしまったにすぎない。いずれにせよ出産は奇跡で、自然母体妊娠をやめたからといって、百パーセントこどもが産まれてくるわけではないのだと、知った。


そして、奇跡は、望まずとも起きる。


局地的な大雨で「キャベツ畑」近くの川が氾濫、予期せぬ洪水によりタイムカプセルベイビーリーフはキャベツ畑の土ごと流出、水が引いたあと、いくつかのタイムカプセルベイビーリーフは残ったが、私たちのこどもは、どこかへ流されてしまった。

私も夫も参加した捜索活動によっても見つからず、予測では、海まで流れてしまったのだと説明された。海は広く、漁船の網にかかるまで見つけることは困難だろう。実際に網にかかったタイムカプセルベイビーリーフをニュースで見たけれど、生死には触れられておらず、酸素供給を行うはずの葉部分が明らかに枯れていつから、一緒に見ていた夫さえ、期待は捨てた。

だから、二十五年も経って見つかった我が子は遺体だろうと最初は思ったのだ。


「…はい、はい。…ええ、鍵はあります」


夫と二人、こどもは死んだのだと諦めた後も人工子宮の鍵は持ち続けていた。これだけがあの子の遺品だった。

夫が病で早世したとき、一緒に棺に入れようかと思っていたが、できなかった。


「心音はあり、今は別のキャベツ畑に埋めてあります。XXXというキャベツ畑です。心音を確認した医師によると、“出産”に適する大きさではあると」

出産して(うんで)もよい、ということですね」

「はい。ご承知の通り、タイムカプセルベイビーリーフ型の人工子宮は、自然母体でいう臨月の状態で生育を止め、維持します。ただ、臨床実験、または過去の事例から臨月から数年経過後に“出産”した事例はありますが、今回のように25年というのは前例がなく…

また、過去の事例ではいずれもキャベツ畑での育成・維持だったもので、今回のように流された土砂に埋まったまま“出産”に至った事例はありません。ですから、」

「…無事に育っている保証はない、と」


私たちのキャベツ畑が被害に遭ったのは、18週目だった。タイムカプセルベイビーリーフから出た芽が葉になり、順調にいけばもっと数を増やすだろう-タイムカプセルベイビーリーフによっては、8週から16週くらいに突然枯れる、“自然流産”と呼ばれる現象もある-と思い、夫と出産後の準備を、ベビー用品からそれこそ誕生(しゅっさん)日の決定まで、少しずつ話始めた矢先だった。

あの頃が一番の幸せな時間で、その後は長く苦しい日々だった。泥掻きをしながら、次々に浮かぶ後悔を吐き出した。


(試験管ベイビーを選べば)

(でも、あれは割れやすくて、出産まで会えない)

(プールベイビーなら)

(取り違え子が頻発していた。感染症も。私には夫のこども以外育てる自信がなかった)


泥水が引いてもいつまでも砂粒が残る。後悔と懺悔と、怒りと。


(…雨さえ)

(豪雨さえ、降らなければ)

(たった10カ月、私たちのキャベツ畑さえ無事だったら)

(いいえ、あの時無事だったタイムカプセルベイビーリーフのなかに、あの子もいたら)


一人では片付けられず、夫と二人でも無理だった。周囲に気遣われ、当たり散らし、…夫が予期せぬ病を得て私は、私たちはやっとこどもを流産したことを受け入れた。次のこどもは作らなかった。


「奇跡って、あるのねぇ…」


あの頃、思い付く限りの神仏に祈り、たくさんの人に助けを願った。私にとっては時間ぐすりには十分な二十五年、遥か遠くへ流れたと思っていた二十五年が、突然、戻ってくる。


(無事に育っている保証はないなら、このまま死産という選択肢もある)

(夫もおらず、私も歳をとった)

(あの子の兄弟姉妹もいないから)

(でも、夫の子はあの子だけで)

(義父母は亡くなってるし)


ああ、どうすればいいのだろう。


ねえ、タイムカプセルはあなたと開けるつもりだったのよ。あなたが私を好きで、私があなたを好きで、二人が愛し合ってる証をあなたと開けるつもりだったの。

一人では、抱えきれないわ。


開封の鍵はすぐそこにある。それを持ってキャベツ畑にいけば、待ち望んでいたはずのあの子に会える。

私たちの子は、海に還らず大地が育てた。本当に自然が母体となり、育てられ、帰ってきた。


(喜べ、賛賞せよ)

(子は戻った)

(奇跡を受け止めよ)


それなのに。

私は、我が子(タイムカプセル)を開けるか決めかねている。


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