お嬢様の求婚事情
Twitterで呟いたぶつに手を加えたもの。
いつかお嬢様サイドも書きたい。
中身ないですが楽しんで頂けたら嬉しいです。
作者は楽しかったです←
最近上司が厳しい。元孤児の俺が公爵家でやっていけているのはこの人のおかげなんだけど、それにしても厳しい。
公爵家に仕えるものとして恥ずかしくないようにと色々と仕込んでくれているんだとは思うけれど、それにしても領地経営のノウハウなど使用人である俺に必要なのだろうか?貴族社会の生き抜き方も俺には関係ない気がする。公爵様のご友人であるヴィンセント様も何かと社交界のお話をしてくださる。興味深いお話も多いが、それ俺が聞いちゃってもいいの?みたいなお話もあったりするのでちょっと困る。
つまり何が言いたいかというと、お嬢――――当家自慢のアリスお嬢様の幼友達(話し相手)に抜擢された俺が、お嬢が同性のお友達を得てレッスンに巻き込まれなくなってからも、俺へのレッスンが可笑しな方向に進化して続いているということだ。しかも厳しい。
もちろん、仕事は普通にあるのでちょっとキツイ。嘘だ。かなりキツイ。
特に、お嬢への縁談が舞い込んできているという噂(俺は直接公爵様から聞いた)が囁かれ始めてからは更に厳しくなった気がする。その上、指導してくれるセバスさんの視線がどんどん憐みを帯びていくのが解せぬ。ふらっと来てはセバスさんの指導にプラスしていくヴィンセント様は妙に機嫌がいいけど。
それでも。
「テオ」
お嬢が俺の名を呼んで、笑ってくれるから不思議と頑張れる。
本当はお嬢様と使用人としてきちんと距離をとらなければならないのだろうけれど、それをするとお嬢が嫌がるし、俺も苦しい。
公爵様も奥方も他の使用人たちも多めに見てくれているから成り立つ距離に感謝しながらお嬢に向き直る。
俺の顔を見てどこかほっとした顔をしたお嬢の顔がすぐに引き締まる。
それに首を傾げながらお嬢の言葉を待っていると、お嬢は緊張した面持ちで声を震えさせた。
「テオ、わたくしと結婚なさい」
「お嬢?」
「いいから黙って頷きなさい」
横暴ともとれるその言葉に目を瞬いた。冗談かと思ったが目が本気だ。
お嬢らしくない。そう思いながらも、いつもなら苦笑い混じりに頷いてやれる。
けれど、今回のはダメだ。
ゆるく首を振った俺にお嬢が目を見開く。
そんなお嬢に出来るだけ優しい声で囁いた。
「お嬢、分かるだろう?」
俺よりもずっと頭のいいお嬢が、家族思いなお嬢がどうしてこんなことを言い出したのか俺には分からない。
だけど、絶対に頷いてはいけない。
どれだけ心が喜びに震えようと、泣きたくなるくらいに切なかろうと、絶対に。
「……わかりませんわ。
どうしてですの?
どうして頷いてくれませんの?
わたくしのことが嫌い?」
泣きそうな顔をするお嬢に俺は何もしてやれない。
震える声に気付いても抱きしめてやれない。
触れる事すら許されない。
だから、俺は精一杯で笑う。
「お嬢は誰よりも幸福にならなきゃいけないんだ。
だから、ちゃんとお嬢を幸せにできるやつを選ばなきゃダメだ」
そして、それは俺じゃない。
悔しいけど、俺じゃないんだ。
それはきっと、公爵様が選んだ誰かだ。
勘違いをしてはいけない。今、こうしてお嬢と話せていることだって奇跡なんだ。
公爵様がお優しいから、俺たち使用人を家族のよう思い、笑いかけてくださるような方だから、俺はお嬢の幼友達でいられる。
だけど、それが限界だ。
それでいい。
俺にとってお嬢は幸福そのものだから。
この先もずっと、お嬢が笑っていられるように恋心なんて殺してしまおう。
泣くな。笑え。お嬢が安心できるように。
「お嬢、大丈夫だ」
公爵様が選んだ方ならきっとお嬢を幸せにしてくれるから。
だから、大丈夫。
お嬢は俺を潤んだ瞳で睨みつけた。
「何が大丈夫ですの?
わたくしの幸福を祈るのなら頷きなさい。
あなた以外の誰かにわたくしを幸せにするなんて無理よ!!」
瞳を潤ませながら声を荒げたお嬢に呆然と立ち尽くす。
言葉の意味を理解してしまえばもう自分ではどうしようもなかった。
震える手をお嬢に伸ばす。
躊躇いを見透かしたように白魚のような手が俺の手を引き寄せた。
「テオ、わたくしを望みなさい」
「みぶん、が、」
俺の手に頬をくっつけたお嬢がまっすぐに俺を射貫く。
震える声でした細やかな抵抗は鼻で笑われた。
「ヴィンセントおじ様のところに養子に行ってもらうわ。
そのためにセバスに躾て貰っているのだもの。
あとは貴方次第よ」
だから、頷きなさい。
祈るようにそう囁いたお嬢に俺は泣きそうな顔で頷いた。
ほっとしたように息を吐いたお嬢は呆れるほど鮮やかに微笑んだ。