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目撃情報08:デビル

「ネロ……ごめんね……」


 キャロラインは――俺の手の中で静かに息を引き取った。

 彼女の下半身は既に海の中だろう。

 半分だけになった華奢な体は、余りにも軽すぎて――まるでハリボテを抱いているように、ほんの少しの現実感も沸いては来なかった。


「ジロキア、カイエン、モルガ……キャロライン……」


 結局誰が悪かったのだろう。

 誰もが悪かった。

 あるいは誰も悪くなかったのだろうか。


 もしかしたら、あの()()()()()()()()()さえ悪くはなかったのかも知れない。


 俺たちは悪魔だ。

 だが悪魔にだって、"誰のせいでこうなった"と言って欲しいときはある。


 救いはいらない、でもせめて慰めくらいは――――





「わりぃわりぃ、準備に手間取っちまった!」


 集合時間を少し過ぎて、最後にやってきたのは案の定モルガだった。

 台詞のわりに全く悪びれる様子のないモルガに、カイエンが「ガツンッ」と拳骨を浴びせた。


「準備は昨日全員でやっただろ! どうせお前が何かしら忘れるからってよぉ!」

「カ、カイエン……ちょっとだけだし大丈夫だよぅ……」

「キャロラインはこいつの甘やかし禁止だ!」

「そんなぁ……」


 カイエンは巨体に筋肉を貼り付けた男の癖に、こういう規律にはやけに細かい。

 彼の父親が悪魔軍の軍人なのも関係してるのかも――と以前は考えていたが、よく考えればお気楽なあの軍にそれほどの規律があるとは思えなかった。

 まぁ、キャロラインの擁護癖は彼でなくても指摘したくなる。

 悪魔らしからぬオドオドした可愛い性格。

 サキュバスのような容姿からの奥ゆかしさ。

 キュートで小さな翼を持つ彼女が誰にでも優しいのはどうかと思う。

 ちゃんと本命(推定)である俺だけ甘やかすべきだ。


「いつもより早くは来たんだから、むしろプラスだよなぁーネロ」

「遅刻は一番重い荷物持ちな」

「こいつが一番厳しい!」


 当たり前だ。

 そもそも俺は早く出発したいんだから、話に巻きこまないで欲しかった。

 モルガはお調子者だ。

 更に遅刻癖、浪費癖、賭博癖、怠け癖に家出癖と負の権化のような奴だ。

 だが天衣無縫ゆえの才能か、飛行能力は学校でもトップクラス。

 今回の冒険にはどうしても連れて行きたかった。


「みんな。聞け」


 早く行きたいと思う俺の気持ちを察したのか、黙々と荷物の点検をしていた男が号令をかけた。

 彼の名はジロキア。

 頭が良く、魔法の扱いも上手い俺たちのリーダーだ。

 容姿もイケメンで、キャロラインの恋人候補暫定2位の要注意人物である。

 まぁ、彼なしでは今回の計画も立てられなかった。

 俺はただ素直に従うだけだ。


「行くぞ。時間は少ない」


 短いながらも頼れる言葉。

 俺たちはそれぞれ返答をすると、目的地である魔神の社へと歩き始める。




 事の発端は駄菓子屋の老婆だった。


「近頃の子供は魔神様のお祭りを大事にしとらん」


 トカゲ飴を舐める俺たちが余程マヌケな顔をしていたのだろう。

 老婆は嘆かわしいとばかりにため息をついた。

 すぐに反論をしたのは直情男カイエンだ。


「お祭りなら毎年参加してるだろ」

「どうせ屋台に群がってるだけだろう?」

「ぐ……それ以外何があるんだよ!」

「あれはな……魔神の力を安定させるための大事な儀式なんじゃ」


 老婆は語った。

 魔神はかつて地上を取り合った英雄である。

 そして我々悪魔がこの裏世界に安住した後も、彼の力だけは封じられて保管されているのだと。

 それは学校でも習った昔話だ。

 だが確かにそれ以上の詳しい話や、祭りの意味となると聞いたことがない。

 ジロキアも思い当たったようで老婆に問いかける。


「安定とは。何だ」

「魔神の力は常に宿主を求めておるのじゃ。だがあれは悪魔全体のもの。個人で持っていて良い力ではない。だから最も力が弱まる66年に一度の解放祭の時――一度誰かに取り付かせて、そして抜くことによって力を発散させるんじゃ。普段の祭りはそのための大切な準備なのを忘れてはいかん」



 うっとおしい駄菓子屋を後にして。

 ふとモルガが呟いた。


「今年って前回の解放祭から何年目だっけか?」

「何年目って――33年目だな」

「つまり。今が一番強い時期」

「え……え……みんなどうしたの?」


 15歳の俺たちはまだ誰も解放祭を見たことがなかった。

 だが授業で聞く限りでは、堅苦しい儀式ばかりのつまらない祭りだ。

 それよりももっと心躍る情報を得てしまった。

 思いついてしまった。

 俺はこればかりは自分が言ってやろうと、誰よりも早く声をあげる。


「今度魔神の社に行こう! 最強の魔神を見に!」


 戦争も何もない平和な裏世界。

 俺たち5人はいつだって冒険に飢えていた。




 街を出てからしばらく、足元はやがて舗装されていない道に変わる。

 道なき道で横を流れる川だけが道しるべだ。

 この河川はそのまま表世界の入り口にもなる"海"に繋がっている、魔神の社はその近くにある。


「ゴーストだ。霊除けを」


 どうやらジロキアがゴーストを見つけたらしい。

 本来ゴーストとは表の生物(?)である。

 だが奴らはこちらの世界と相性が良いのか、よく海から渡ってくる。

 霊除けのスプレーは高価だが、絶対に必要だと提案したのはジロキアだ。

 と言うより今回の持ち物やルートを考えたのは全部彼なのだが。

 まったく、嫌になるほど準備が良い。


 ――オオオオゥ


 霊は不気味に周りを彷徨っていたが、こちらに危害を加える様子はない。

 キャロラインが時折「ひっ……!」と脅えている姿を見れたのでむしろ感謝をしたかった。

 旅程は概ね順調だった。

 途中小さな崖が道を阻むこともあったが、その時はモルガが先に飛んでロープを投げてくれた。

 草が茂る道では体格の良いカイエンが先頭に立って踏みしめ、魔力感受性の高いキャロラインは外敵がいないかを探し続けた。

 俺は――まぁ皆の手伝いをした。

 唯一全部やっているので許してもらおう。


 そして順調のままに俺たちは一度川の向こう岸に行くため、橋を渡ることになった。

 問題はその時起きた。


「細い橋だぁー……こ、こわぁー」


 橋の真ん中でしゃがみこみ、川を見下ろしているのはモルガだった。

 確かに細い橋で、縦一列に並ばないと通れない。

 後ろにいたカイエンは、立ち止まるモルガにイライラとしているようだ。


「早く行けや! お前は飛べるから平気だろう!」

「飛べても落ちるのは怖いんですぅー」

「こ、こいつ……!」


 ふざけた態度についに手が出るカイエン。

 だが、モルガは丁度立ち上がろうとしていたようで、その手は空をきって――カイエンはバランスを崩し川に落ちてしまった。


「カイエン!」


 バシャーンという音がして、皆が下を覗き込んだ。

 すると「ぶはぁ」とカイエンが顔を出したので、とりあえずは安心する。


「おい、モルガ! 上に上がったら覚えと――ハックショイッ!」


 ホッとしたのか、いつも通りな調子のカイエンにみんな笑いかける。

 そんな中で一人無表情で()()()()()()()を見続けていたのはジロキアだった。

 そして彼は叫んだ。


「何かいるぞ。逃げろ!」


 カイエンも振り向いて()()を見た。

 巨大な灰色の背びれ。

 それがゆっくりとカイエンに近づいていき――

 そして――


「な、何だこいつは――――」


「やばい! カイエン!」

「キャアアァァーーー」

「まじかよ……」


 背びれは次の瞬間巨大な口を出し――そいつの正体も分からぬうちにカイエンは怪物の口へと飲み込まれていった。


 少ししてからゆっくりと――僅かに怪物が零した彼の血が浮かびあがる。

 こうして俺たち5人は4人になった。




「これ以上は危険だ。帰ろう」


 俺はそう提案した。

 当たり前のことだと思った。

 他の3人も俯いているが同じ気持ちだろう。

 そう思っていると、意外にもキャロラインが否定的な意見を口にした。


「で、でもカイエンは……丸呑みにされたのならまだ……」


 モルガも彼女の言葉に触発されたようだ。

 彼は俺に向かって強い口調で言う。


「そうだぜネロ! それにカイエンは俺のせいで――やり返すチャンスをくれよ!」

「モルガ……」


 3人が俺を見つめてきた。

 そしてここにはないカイエンの顔が思い浮かぶ。


「俺だって復讐してやりたいさ……でも何が出来る!? まだ魔法だってまともに使えない学生の俺たちがどうやって戦える!」


 俺だって悔しいし悲しい。

 この気持ちの行き場をどうすれば良いかも分からない。

 ジロキアは冷静だが、みんなの意見を尊重する男だ。

 だから俺がこうして冷静な判断を出してやらないといけないんだ。


「……そうね……せめて私たちがもっと力を持っていれば……」


 キャロラインの無いものをねだる様な発言。

 だがジロキアは何かを思いついたようだ。


「魔神の。力か」

「――――!」

「ジロキア……まさか……」


 彼の言わんとすることは分かった。

 だが慎重なジロキアがそれを口にするなんて。

 思えば――冒険を発案したのは俺だし、事故の原因となったのはモルガだ。

 だが彼はリーダーとして一番責任を感じていたのかもしれない。


「確かに社まであと少しだしな……俺は乗ったぜ! カイエンを助けてやるんだ!」

「わ、私も……皆が行くなら……いく!」

「どうする? ネロ」


「くそっ! 力を持って全員無事に帰るぞ!」



 俺たちは進み続けることにした。

 この先に何が待っているとも知らずに。




 不気味なほどの静けさだった。

 何も起きない道のりが却って不安を煽る。

 そして社もあと少しと言うところで、立て札を見つけた。

 そこに書いているのは――


「"33"……これだけしかないってのはどういうことだろ?」


 そこにはただ赤く数字だけが記されている。

 何かの警告にも見えるが、それ以上のことは書いてなかった。


「分からないものを考えても仕方ない。先に進もう」


 3人は頷いて、そのまま歩くのを再開した。

 異変が起きたのはその直後だ。


「う、ううぅぅ……」

「どうしたキャロライン!?」


 キャロラインが突然胸を押さえて苦しみだしたのだ

 駆け寄った俺に彼女は「大丈夫」とか細い声で応答した。


「ちょっとお腹が痛くなっただけだから……大丈夫……」

「少し休もうか?」

「平気……先に進みましょう……」


 だがキャロラインの顔は青くなっている。

 とても平気には見えなかった。

 モルガも同じように思ったようだ。

 彼は駆け出しながら言った。


「ちょっと休めるところないか探してくるぜ!」


 確かに上空から見渡せるあいつなら適任だろう。

 俺たちはひとまずこの場でモルガの帰りを待つことにした。


 ――そして、しばらくして。



「誰か! 誰か助けてくれぇぇええーー!!」



 遠くから聞こえる――それはモルガの声だった。

 まさか――。

 俺たち3人は急いで声の元へと駆けつける。


(嘘だろ……! 次から次へと……!)


 悪い予感は的中した。


「モルガ!」


 地図にも載らないほどの小さな沼だ。

 そこにあいつの手だけが、虚空を掴むように飛び出していた。

 キャロラインは思わず顔を手で覆う。

 俺とジロキアは二人がかりで引き上げることにした。

 幸い岸の近くだったので、引き上げ自体には成功したのだが――


「駄目だ。死んでる……」

「くそっ……!」

「うぅ……」


 岸の近くと言うことは足を滑らせたのだろうか。

 それにしても空を飛べるモルガが簡単に沈んでしまうなんて……。

 そう思っているとジロキアは、泥まみれになったあいつの翼を広げた。


「これは――!」

「事故。ではないかも知れない」


 翼は鋭利な刃物で斬られた様にズタズタになっている。

 つまり彼は翼をやられ、沼に引きずり込まれたのだ。

 そして、そんなことをする犯人は――


「……や、やっぱりさっきの……」

「あぁ、その可能性が高い」


 何か飛び道具を持っているのか。

 あるいは地上から食いついたのかは分からない。

 だが、奴にやられたのは間違いないだろう。


「ジロキア、ここも危険だ。こうなったら先に進むしかない」

「……あぁ。そうだな」


 ジロキアにしては珍しく煮え切らない返事だ。

 しかし反対する様子もない。

 3人まで減った俺たちはいよいよ魔神の社へと辿り着こうとしている。



(……ん?)


 俺はその時茂みの中に何かを見つけた。

 壊れているが――立て札のようだ。

 そこには赤く汚れた字で"10 56"とだけ書いてあった。





「ここが……魔神の社……」


 紫の月の影が浮かぶ黒い海。

 そのすぐ手前に社はあった。

 社の見た目は――何と言うか()()の一言だ。

 小さく、みすぼらしく、掃除もされていない。

 扉にはやけくそのように「66」と書きなぐっている。

 これでは魔神を奉ると言うよりは、僻地に封印しているようだ。

 それでも確かに俺たちは辿り着いたのだ。


「よし。開けるぞ」

「う、うん……」

「分かった、それじゃあいっせーの――!」



 ――キィー



 錆び付いた金具が悲鳴をあげ、ついに社の扉は開かれた。

 だがそこにあったのは……。


「ガラス球かこれは……?」

「な、何の魔力も感じないよ……!」

「…………」


 手のひらに収まるただのガラス球。

 何の変哲もないそれだけが置かれていた。

 少なくとも、そこに何らかの力があるようには思えない。


「ど、どうしてだ!?」

「……も、もしかしてお婆さん――ううん、大人たちに騙されたのかな?」

「キャロライン、どういう意味だ?」

「えっと……つまり魔神の力なんて初めからなくって……あくまでも儀式でそう言い伝えてるだけかなって……」


「違う……。二人とも聞いてくれ」


 先程から黙っていたジロキアが意を決したように話し出した。

 確かに俺も腑に落ちない点は多々ある。

 ジロキアはどうやら何らかの答えを見つけたようだった。


「モルガの翼。違和感はそこだ」

「あの化け物に食われたんだろ?」

「切断面が違う。もっと鋭利な刃物だ」

「でも奴だってそういう武器を持っている可能性は……」

「それだけじゃない。モルガは喰われてはいなかった」

「あ……」


 確かに翼を封じて、沼に引きずり込む。

 それだけ計算しているのに対し、喰われた痕はない。

 カイエンの死に方とはあまりにも違いすぎた。


「それじゃあ、ただの事故だって言うのか?」

「それも違う。モルガは殺されたんだ」

「……誰に?」

「おそらく。()()にだ」

「そんな! 社からは大分離れているぞ!」

「多分。俺たちが近づいたからだ」

「近づいたから……」


 つまり魔神の力は、近づいたものに取り憑くとでも言うのか?

 確かにここ一帯が既に立ち入り禁止区域だ。

 だからって、そんな予兆は……。


「あっ――!」

「何か。心当たりが?」


 心当たり――立て札の数字だ。

 あれは最も遠い位置に「33」そしてこの場で「66」。

 これはもしかして――


「年数だろう。解放祭からのな」

「今は最も力が強い33年目……つまり最初の立て札は"33年目においての警戒区域"ってことか?」

「そうだな。そしてそこであった異変と言えば――――」


 ジロキアが突然止まった。

 そして手を震わせて、その目は虚ろに動いている。

 俺は遅れて身構えた。

 そうだ、魔神が誰かに宿ったなら、正体がバレることを恐れて――


「まさか、ジロキア……お前は魔神に――」






「――違うよ。ネロ」





 ――パァーン


 派手な破裂音と共に、ジロキアの頭は吹き飛んだ。

 辺りに彼の血が雨となり降ってくる。

 それは浴びるのは、とうとう二人だけになってしまった俺たちだ。

 俺と――キャロラインの。


 彼女はニコニコと笑っている。



「やっと二人きりになれたね」

「キャロライン――お前がみんなを殺したのか……?」


 俺はまだ信じていなかった。

 キャロラインが「じょ、冗談だよー」といつものように、たどたどしく返してくれることを期待していた。


「うん、そうだよ」


 だが彼女の答えは残酷だった。


「魔神の力ってすごいんだよ。風の魔法で翼を切り落とすのも、水魔法で沼に落とすのも、炎魔法で頭を爆発させちゃうのも何でも出来るんだ」

「何で……何でそんなことを……」


 モルガに怒るカイエンと、それをなだめる彼女のやりとりが好きだった。

 落ち込む彼女と、ふざけて笑わせようとするモルガが好きだった。

 彼女の言いよどんだ意見を、しっかりとまとめて皆に伝えるジロキアが好きだった。

 楽しそうに皆と笑う彼女が好きだった。

 なのに――どうして――





「私がネロを好きだから――二人だけになりたかったからに決まってるじゃん」





 ――――――


 気付けば俺はキャロラインに押し倒されていた。

 彼女の手は俺の胸を貫き、心臓――いや"魂"を握り締めている。

 悪魔の中でも魔神のみが持つとされる、魂を直接触る絶命の手だ。

 あとほんの少し力を込めれば、無防備なその命は容易く握り潰されてしまうだろう。

 ――どうしてそんなことを。

 そんな言葉はあまりにも虚しかった。

 キャロラインの目はとうに正気を失っていたからだ。

 俺は呟いた。



「これが冒険の……終わりか……」



 そして一瞬の圧迫感と共に、彼女の手は容赦なく俺の魂を――――




 ――その時だった。




 ――バシャン



「きゃあっ!」



 背後の海から何かが飛び出してきて、キャロラインの体を吹っ飛ばしたのだ。

 そこで俺は初めて奴の姿を見た。

 灰色の巨大な体。

 人形のような黒い瞳。

 獰猛な口と牙。

 そいつは地面に転がったキャロラインの足に――噛み付いた。


「ァァアアアァァァアアアーーー!!」

「キャロライン!」


 駆けつけようにも穴の空いた体は出血も激しく、まともに動けそうにもない。

 俺が必死に地面を這いずる間にも、事態は悪化していく。

 彼女は魔法で抵抗する間もないほどに、噛まれ、振り回されて、足から順に食われていった。

 このままでは――


「……くっ、これでも食らえ!」


 俺が出来たのはかろうじて投石だけだ。

 しかしその石は偶然にも化け物の古傷にぶつかったようで、そのままひるんでキャロラインの下半身を食いちぎると海へと帰っていった。


「キャロライン!」


 俺は急いで彼女に駆けつける。


「おい、しっかりしろ!」

「……あ、ネロだ」


 キャロラインの目は正常に戻っていた。

 あの禍々しい魔力も感じない。

 どうやら魔神の力は失われてしまったようだ。

 だが彼女はもう――


「……ごめんね」

「何がだ……?」

「ネロに変なこと言っちゃって……」

「覚えてるのか……!?」

「う、うっすらと……だけどね……言うなら……ちゃんと言いたかった……」

「キャロライン……」


 彼女の命が消えていくのが分かる。


「ネロ……ごめんね……」



 キャロラインは息絶えた。

 彼女の亡骸を抱きながら、仲間たちのことを思い出す。


「ジロキア、カイエン、モルガ……キャロライン……」



 悪い奴は誰もいなかった。

 ただ生き残った俺の運が少しだけ良かった――あるいは悪かっただけなのだ。



 ――こうして俺たちの冒険は終わった。




「魔神様の力が消えてしまった……じゃと?」


 俺は帰ってから、駄菓子屋の婆さんに全てを話した。

 せめて自分も罰してくれたら、そんな期待を込めて。

 だが婆さんの反応は――真逆だった。


「そうか……ついにあの魔神めが消滅しおったか……くくくくひひひひひ」

「ば、婆さん……?」

「おぉーネロよ。よくやった! 儂は早速みんなに知らせてくるぞ!」


 そう言い残して彼女はどこかへ走り去った。


 ――後から聞いた話だが。

 魔神は本当に「封印されていた」が正しいようで、近づいた悪魔に取り付いては悪さをし、宿主を殺しても近くにいる誰かに乗り移る力があり困っていたらしい。

 だから普段は人を近づけず、力が弱い時期に発散させて安定を保っていたようだ。

 そもそも魔神様と崇めているのは恐ろしいからで、かつて龍に負けてこの世界に逃げ込んだ魔神を尊敬はしていなかったらしい。

 ちなみにキャロラインから俺に移ったかというと、そんなことはなく魔神の力は完全に消え去ったとのことだ。


「あー、何だかなぁ……」


 俺がやりきれない気持ちで外に出て呟くと、待ち構えていたかのように声がした。





「ど、どうしたの……? ため息ついて」





 声の主はキャロラインだった。


 勿論足もちゃんとついている。

 どうやら()()()の経過は良いようだ。


「そういえば、ジロキアは?」

「あ、ジロキアはモルガと一緒にカイエンのところに……」

「あーやっぱり魂からの復活だから心配だよな」

「うん……でも順調らしいよ……完全な受肉にはまだかかるみたいだけど……」

「まぁ、仕方ないな」


 俺たち悪魔は不死身だ。

 ()()()()()()()()()龍との戦いはさぞ滑稽だったことだろう。

 「あ、そういえば……」とキャロラインが何かを思い出したようだ。


「どうしたんだ?」

「……えっと、前にお婆さんが魔神のことを"龍殺しの魔神"って呼んでたけど、それってどういう意味だったんだろうね。わ、私にはただ魔力が高まっただけに思えたんだけど……」

「……さあ、あの婆さんの言うこと真に受けすぎないほうがいいぞ」

「そうだね……死ぬのは痛いもんね……」

「ちょっとは恨んでるのか?」

「ふふ……いや、感謝してるよ?」

「……ま、まあな」


 俺たちは手を繋いで、ジロキアたちの所へ向かった。

 今は皆懲りてはいたが、少しすれば忘れてしまうだろう。

 俺たち悪魔はいつだって退屈しているのだから。







 ――そういえば、あの怪物はどこへ向かったのだろうか?






★ギルガノット(種族ホオジロザメ)はサメスキル【魔属】を取得しました。


★【五属】と【魔属】がサメスキル【万象】と成りました。

◎異世界サメメモ

スライムの分体は増殖ではなく、あくまでも魔力で動く人形のようなものである(核も臓器もない)。そしてそれはスライムをコピーしたスキルとて変わらない。



次話は明日(10/17)の22時に更新予定です。

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