目撃情報03:ウィッチ
初日3話同時投稿の3話目となります。
フリムローダには3つの勢力がある。
いや――"あった"と言うべきだろうか。
現在は実質1つの種族が支配しており、後の2種族はその影で臍を噛む思いで過ごしているからだ。
龍神――この国を治める最強の種族。
魔女――かつて森を支配していた古の住民。
悪魔――夜に生きる闇の眷族。
海を住み処としていた龍はやがて陸に上がり、その絶対的な腕力と統治力でついに国を1つにまとめあげたのが約百年前の話だ。
残りの二勢力は飼い慣らされ――今も静かに暮らしている。
――と誰もが思っていた。
◆
「シャウラよ、遅いぞ! それに暑い! 妾はもう歩き疲れたぞ!」
静かな森の湖畔に、少女の高い声が響き渡る。
とても森林には向かない装飾だらけのドレスを纏い、魔女の証であるとんがり帽子を被った10歳ほどの少女。
彼女の名はミィアラキス。
幼くとも魔女一族の姫として、その小さな双肩には一族の期待が背負われている。
しかし本人はその自覚がないのか、気ままに遊びに出ては我侭放題の奔放な日々。
護衛は常に付けているものの、部下たちにとっては彼女の性格は悩みの種であった。
そして今日もミィアラキス姫は平常運転。
側近の魔女シャウラと護衛2名を連れ――建前上では河原での魔法訓練だが、実質はただの川遊びの真っ最中だった。
「姫様、お待ちください。その河川ではまだ水質調査が行われていません。水に入るのはそれが終わってからです」
「よいではないか。妾は平気じゃ」
「駄目です。魔女は本来流れる水には弱いのです。特に魔力が多い所ではお体に影響があるやも知れません。せめてそれだけでも検査させてください。――さぁ、コバルトさん」
コバルト=ホライズンは突然呼ばれ、慌てて彼女らの元に近づいた。
「はーい……シャウラさんお呼びですか?」
「いつもどおり水質調査をお願いします」
「またですか。ここらの川程度じゃ危険なんてありませんよ。元々魔女に悪影響なのは霊水や聖水と呼ばれる特別なものだけですし……」
「――私はお願いしますと言ったんですけど?」
「……はーい」
コバルトは渋々仕事を始めた。
もっとも初めからこの為に雇われているのだが。
コバルト=ホライズンは海洋学者だ。
一般的に海洋学者とは海獣の生態を調査する専門家だった。
だが龍の加護により海獣被害の少ないこの国で、それを生業にして食べていくのはあまりにも厳しい。
だから日銭を稼ぐ為に、こうして水の調査などを行っているのだ。
特にこのお姫様は金払いも良く、仕事も頻度も高いので同業者の間では有名だった。
だが――
「その我侭さも有名なんだよなぁ……」
「何か言いました?」
「いいえ、何も……」
この側近がピリピリしているのも、常に姫に振り回されているからだそうだ。
コバルトはまだ半日しか彼女らと行動していないが、今日だけで既に5回は修練場所を変えている。
修練とは名ばかりで、ただ散歩に付き合わされているのは明白だった。
その度にこちらは面倒な水質魔力検査をさせられるのだから堪らない。
コバルトはいい加減水を取ってくるのも嫌になって、もう一人の護衛の男に声をかける。
「なぁ、あんたも暇だろ? 力もありそうだから手伝ってくれよ」
「…………うるさい」
筋骨隆々な護衛の男は苦々しくそう返事した。
彼はどうにも最初からコバルトに冷たいので、先程も理由を聞いてみたのだが。
『俺はまともな護衛なんだ。なのに貴様のような水汲みしか出来ないクズと同じ扱い、同じ報酬金……納得いかねえぜ……』
まったく酷い言い様だ、とコバルトは思った。
まぁ、あながち間違ってもいないな、ともコバルトは思った。
何にせよ協力する気がないのは確かなようで、やがてコバルトも話しかけるのを止めた。
「では私は昼食の支度をしますので、護衛の二方はしっかりと警護をお願いします」
側近のシャウラはそう言って森の奥へと離れていった。
護衛の筋肉男も下流から外敵の接近を警戒しているようで、やや遠い位置に行ってしまう。
必然的にそこには、ひたすら水を眺める冴えない男――コバルトと、河川真ん中の石に立って呪文めいたことを呟く魔女姫――ミィアラキスだけが残される。
(げぇ、面倒ごと頼まれないと良いけどなぁ)
コバルトがそれを気にしていると、案の定姫は彼に話しかけてきた。
「おい、そこの学者よ」
「な、何ですか……?」
「お前の専門は海獣だと話に聞いたのだが、それは真か?」
「……えぇ、そうですが」
何を企んでいるのか、コバルトは嘘をつくわけにもいかず恐る恐る答えた。
だが意外にも、彼女は「おぉ!」と年相応の笑顔を見せる。
「妾も海獣は好きじゃ! 謎多き生物には興味をそそられるのう」
「――! そうです、海は未知で溢れてるんです」
思わずコバルトも素で返してしまった。
姫もうんうんと頷いている。
「お前も魔女姫は我侭だと聞いておるだろうが、妾に言わせれば魔女の世界があまりにも保守的過ぎるのじゃ。水が苦手だと理由をつけて、この国から出ようともしない。これでは新しいことをし続ける龍には千年あろうが敵わぬよ」
「姫様は改革派なんですか?」
「――そんな大層なものではないのだがな。妾がこの称号を得たのは、基本の四属性魔法に加えて新たな属性魔法を開発したからじゃが――それだってただの副産物に過ぎぬ。まぁ、今度ゴーストに困ってるらしい"沼"の魔女どもに売りつけてやるつもりじゃが。ふっふっふっ」
コバルトは何故彼女が幼くしてこの地位にいるのかが何となく分かった。
龍は革新的で商売上手。
そんな彼らに伝統を重んじる魔女は負けた。
だが、彼女はまさに新時代の魔女――龍の価値観を備えた魔性の女なのだ。
「ところで海洋学者なら、最近の西海岸での事故は当然知っておろう?」
「はぁ、まぁ……海獣事件……ってことにはなってますね」
「お主もそう思うのか?」
「俺は……」
コバルトは返答に悩んだ。
西海岸で先日エルフとリザードマンが殺された事件。
そこには数多の不可解な点があった――が、現状手がかりが少なすぎて何も言える事はなかったのだ。
「妾にはあれがただの海獣とは思えぬ……」
「それは勘ですか?」
「違う――魔女の勘じゃ」
「なるほど……」
「妾は恐ろしい。あれは恐らく皆が思っている以上の――」
ミィアラキスは事件を思い出し、俄かに体を震わせた。
コバルトは慌てて、落ち着かせようと試みる。
「だ、大丈夫ですよ。海獣は海水の中でしか生きていられないんです。こんな海から離れた森の中で心配する必要は――」
「おい学者――あれは――あいつはどうしたんだ?」
コバルトの言葉に割り込むように、ミィアラキスは下流を指差した。
――そこは確かあの筋肉護衛のいた場所。
見れば、その男は確かにいた。
――だが、見えるのは手だけだ。
手だけが川の中へと、力なく沈んでいくのが見える。
そして、それを中心に赤――彼の血によって川は赤く塗りつぶされていく。
「姫!」
「動くでない! 魔力を感じる――すでにこちらに来ておるぞ!」
ミィアラキスは現在、川の中心にある石に立っていた。
彼女の言うことが本当ならば、確かに下手に川を渡るのは危険だろう。
コバルトはちょうど話に出ていた事件のことを思い出す。
しかし、あれは魔力がない海獣説もあがっているし、そもそもここは海ではない。
いや、何にせよまず考えるのは姫の救助だ。
「今、シャウラさんを呼んで――」
「いや、どうやらもう時間はないようだぞ」
「……あ、あれは!」
見えたのは、報告にもあがっていた三角形の――恐らくヒレだろう。
そして水中にはうっすらとその影が浮かんでいる。
かなり大きな生物だ。
それが既に姫の足元近くまで迫っていた。
「敵意があるな……ならば容赦はせんぞ!」
ミィアラキスの手から黄色い稲光が飛び出す。
四大属性風魔法の応用――雷魔法である。
水中にいる生物にとっては不可避にて致命の一撃。
そのはずだったのだが――
――シュン
海面が光ったかと思いきや、彼女の魔法は何事もなく消滅していた。
これは見たことのある現象――
「――レジストを使えるのか!?」
これまで使い手は魔女やエルフ――あるいは龍くらいかと思っていただけに、さしものミィアラキスも驚きを隠せないようだ。
謎の生物は雷を無効化して止まることなく姫へと近づく。
だがミィアラキスはそれを見て、何故か不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、謎のモンスターよ。どうやら今回は狙う相手を間違えたようじゃな」
彼女はそう言い放つと、何を血迷ったかトポン――と水に手を浸けた。
「姫! 何を!?」
「まぁ、見ておれ――」
見たところ変化は起きていない。
だが謎の人食い生物はその進行を止めた。
そして、遅れて彼女の付近の水がボコボコ泡立っていく。
何が起きたのかとコバルトが少し川辺に近づくと――
「熱っ……!」
泡だけでない、気付けば川からは蒸気が上がっている。
――そう、川が沸騰しているのだ。
恐らくは彼女の炎魔法によって。
だからその生物も近付くことが出来ない。
確かにこれならばレジストも意味をなさないだろう。
正に彼女にしか出来ない、最強の防御――いや、それだけではない。
「もしかして――追いこんでいるのか?」
「その通り! 見よ! もう奴に逃げ場はないぞ!」
熱は回り込むように下流を封鎖して、その生物の空間をゆっくりと狭めていく。
このままいけば、奴は煮られることになるだろう。
己の窮地を察したのか、悪あがきのように敵は水中へと身を隠した。
「もう遅い。水底まで既に熱は行き渡っておる。可愛そうではあるが、妾を襲おうとした以上は赦すわけにはいかぬな。その姿を拝ませてもらおうか!」
逃げ場はない。
追い詰められて、そいつは跳ねるように水上へ身を投げた。
水面に飛び出したそれは細く――
そしてあまりにも小さな――
「――違う!」
――それは木の枝だった。
ミィアラキスの目が驚きで見開かれる。
「ならば奴はどこに――!?」
「姫――!」
コバルトは横から見ていたので、少しだけ彼女より早く気付いた。
だが、彼が叫ぶのとそいつが襲い掛かるのは同時で――
「下です! 足元の熱湯の中にいます!」
「なっ……きゃああああぁぁぁーーっ!!!」
ミィアラキルは一瞬で水中へと引きずり込まれていった。
「…………………」
賑かな人間がいなくなり、森に静寂が戻る。
コバルトはすぐに水中を探したが、既に姫も怪物もいなくなっていた。
ただ姫の着ていた豪華な服の切れ端だけが、水面に漂っている。
彼は膝をつき――その生物の頭の良さに驚愕していた。
あいつは最後――こちらの意図を汲み取った上で、確実にミィアラキスを仕留める為にその尾ヒレで枝を蹴り上げたのだ。
まんまとそちらに目が言ったところを足元から襲撃。
敵ながら鮮やか過ぎる手口だ。
そしてコバルトは見ていた。
彼女を襲うときに一瞬だけそいつの顔を。
恐ろしい顔をしていた……。
まるで世界を憎み尽くした後のような虚ろな瞳。
凶悪な口とその力。
そして、まるでリザードマンのような輝く鱗。
恐らくそれが熱湯に耐えた理由なのだろう。
だが、確かに最初は熱湯から逃げるように動いていたはずだ。
もしかすると――
「奴は進化しているのか……?」
◆
魔女姫ミィアラキスの死は、瞬く間に国中を駆け巡った。
これまでの犠牲者とは違う、国の重要人物が被害者。
しかも海から離れた場所とあって、事件の深刻性は跳ね上がる。
だが一方で、今まで完全に正体不明だった襲撃者の正体も少しだけ判明する。
その場にいた唯一の目撃者にして生存者――海洋学者コバルト=ホライズンの証言によって、その姿は手配書に描かれ賞金もつけられた。
また未知の生物ということで、未だ海獣かどうかすら判断出来ぬ憲兵はそいつに仮の名を与えることにした。
魔女の姫を殺した相手には相応の名が必要だ。
だからといって誇りの高い龍の機嫌を損ねるわけにもいかない。
悩んだ末に――数百年前に龍によって退治されたとされる、伝説上の巨大海獣の名が引用された。
――海亡ギルガノット。
そして伝説は塗り替えられる。
★ギルガノット(種族ホオジロザメ)はサメスキル【五属】を取得しました。
◎異世界サメメモ
このホオジロザメは転生でなく、トラックから落ちた瞬間に異世界へと移動した転移体である。
12話連日投稿、初日はこの3話までで終わりとなります。
次話は明日(10/12)の22時予定となります。
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