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目撃情報02:リザードマン

初日3話同時投稿の2話目となります。

 ――海難事故報告書――

 時刻:霞龍歴227.15.9 正午

 被害者:ミリム=フロアヘルム

 性別:女

 種族:エルフ

 被害内容:

 フロムローダ西海岸にて恋人アサラ=ダートヘルムと共に遊泳中。アサラが浜で休息をとっている最中に消失。現在も行方不明。

 姿を消す直前。沖から灰色をした三角形の不明物体(生物の可能性あり)が近付いていたのを確認している。

 事件との関連性は不明である。



 …………………………


「不明に不明を重ねた――責任逃れの憲兵らしい報告書だ……。関係あるに決まってるだろう」


 中年のリザードマン、スパイクルは思わず呟いた。

 現在ライフガードの待合所には彼しかおらず、その愚痴に対して答えは返ってこない。

 勿論それは分かっている。

 そして特に答えはいらないほどに、スパイクルは確信を持っていた。


(あの海岸は入り江のようになっていて、波も海流も穏やかなはずだ。仮に溺れたとしても遺体が遠くまで行くことはない)


 そもそも離岸流(※沖に向かう海流)もないような場所で、大人一人が一瞬で消えることが不自然だ。

 ならば海獣に襲われたと考えるのが有力だろう。

 本来ならば憲兵もそれで処理しているはずだ。

 だが今回、そう簡単にはいかない理由があった。


「魔力残滓結果がなぁ……」


 魔力鑑識とも呼ばれる検査。

 つまり事故現場で最近魔法が使われたかを調べる鑑識である。

 一週間以内なら何らかの痕跡は残るし、3日以内ともなればその内容や使用者まで特定できる。


 昨日の結果は『魔力反応アリ。レジスト魔法』。

 使用者はエルフの娘で間違いない。

 拍子抜けするほど簡単な結果。

 それが逆に謎を深めていた。


 レジストとは魔法を魔法で打ち消す技術である。

 仕組みは単純で「風を出す魔法」ならば「風を止める魔法」を打ち出すだけだ。

 だが単純ゆえに――相手の魔力を上回っている必要があり、生まれつき魔力の高い種族が得意としている。

 特にエルフは一番最初に教えられる魔法がこのレジストで、危険を察知すると半ば無意識に出してしまうらしい。

 今回もその"何らかの危機"に対して防御したと見られる。


 スパイクルは魔力残滓結果と、被害報告の書類を見比べながら唸った。

 この二つから分かることは、レジストを行使したにも関わらず、彼女は一瞬でやられてしまったという事実だ。

 エルフを褒めるのは癪だが――その魔法は凶悪で、泳ぐこと自体に魔力を使っていなくとも、魔法生物であれば(海にいる生き物はほぼそうである)内臓を握られるような苦しみを味わうほどだそうだ。


(リザードマンと似たタイプ――あるいは同種の仕業か?)


 陸に適応して魔力がなくとも海で生きることを()()()()リザードマンならば、レジストも効かずエルフを海に引きずり込むことぐらい出来るかも知れない。

 それは彼としてはあまり考えたくない可能性ではあった。


 ――だがもしそうならば


「リザードマンの一人として放っておくわけにもいかないな」


 スパイクルは愛用の槍を片手に現場へと向かうことにした。




 エルフが消えた入り江――その近くの浜辺。

 いつもならば観光客がいるはずだが、さすがに事故の翌日となれば近付く者はいなかった。

 一見綺麗な砂浜だが、良く見ればゴミが砂に隠れているのが分かる。

 これも観光事業に力を入れ続ける"龍"のもたらした結果だ。

 龍は海に生まれて海を支配する存在だが、その心は既にここには住んでいない。

 やつにとっての海は、カビの生えた揺り篭に過ぎないのだ。


「…………!」


 散乱するゴミの中。

 そこでスパイクルは珍しい物を見つけた。

 赤い――小さな靴だ。

 しかしその素材は見たことのない物で、水を弾きテカテカと腐食すらしていない。

 この西海岸にはたまにこういった物が流れ着く。

 何処か未知の国から流れ着くのか――あるいは異世界より来たものだという学者もいる。

 もっともスパイクルには、その出処はどうでも良かった。

 彼が思い出していたのは、幼き日の娘の事だ。

 妻の故郷である都で暮らす一人娘。

 今はすっかり逞しく育ってしまったが、そういえばこんな可愛らしい靴を履いていた時期もあっただろうか。


 ………………


「――やはり、見過ごすわけにはいかないな」


 思えば初めから自分は、消えたエルフと愛娘を重ねていたのかもしれない。

 もっとも共通点は年齢が近いことくらいか。

 聞けば被害者は親不孝者だったらしいが、逆に自分は娘に何かしてあげられた思い出などない。

 ならば、せめて自分の仕事を全うする。

 この国を外敵から守る。

 それだけが彼に思い付く唯一の娘孝行であった。



 スパイクルは気合を入れ直すと海に入る。

 調べるのは、現場そのものではない。

 入り江に流れる潮の流れ。

 更にはそこから流れ出る海流。

 その線を辿ることで、見つかるものがあるかも知れないと考えたのだ。


(沖から入り江までには手がかりなしか……)


 相変わらず不思議な海だ。

 馴染みのはずの場所なのに、何故だか別の世界を泳いでいる感覚に陥る。

 しかし特にこれといったものはない、平和な沖合だ。

 ――となれば、次に調べるのは海流の先。

 入り江からの潮の流れは複雑で、少なくとも憲兵に調べることは出来ない。

 普段からこの海岸に住まうスパイクルや――あるいはよほど海に精通した者でない限り、手がかりを追うことは不可能と言える。

 だからこそまだ捜索する余地があると思った。


(心なしか、いつもより視界が悪いな……)


 入り江の砂が巻き上げられのか、水はやや黄色く濁っている。

 調べるのには時間がかかりそうだが――


(まだ正午にもなっていない。海獣は寝ているはずだ)


 海獣はそのほとんどが夜行性だ。

 暗くなるまでは、あえて積極的に襲い掛かっては来ないだろう。

 彼は何度も潜水を繰り返しながら、遺留品でも見つからないかと探し続けた。

 だが見付かるのはゴミやガラクタばかりだ。


「……ぶはぁ!」


 スパイクルは今日何度目かの息継ぎに顔を出す。

 海中も濁っているが、水上もやや霧がかっている。

 白む視界と水平線。


 そんな霧の先に――――





 ――――白い影が現れた。





(何だあれは? 海獣か?)


 どうやら近付いて来ているようだ。

 ――速い。

 泳ぐスピードは自分と同じか――それ以上。


(大きさや、動きから見るとあれは体の一部を海上に出しているのか)


 彼は気付くや否や海中に潜った。

 濁った水で良くは見えないが――その全容はうっすらと確認できる。


(中型の海獣サイズ――とは言え俺をひと呑みにする大きさだ)


 スパイクルは両手を前に構えた。

 速度は確かに速いが、捉えきれぬほどではない。

 ならば正体をつかむ為にも捕えて見せよう。



 リザードマンは元来儀式的な力比べを好む。

 そして海で暮らす者として、未知なる水棲生物への好奇心。


 ――これが仇となった。


(なっ……は、はやいッ!!)


 その敵は途中でもう一段階速度を上げたのだ。

 不明瞭な視界も合わさり、スパイクルは対応が遅れてしまった。


 そして誤算はもう一つある。

 普通のこの大きさの海獣は、体重を利用した体当たりを得意とする。

 だから彼はそれを受け止める構えを取った。

 しかし、敵は身を捻り彼の手を器用に避けてみせたのだ。


 そして――――


(がああぁああぁぁーー!)



 ――()()()()()()()()()()


 陸上生物にも負けない強靭な顎。

 スパイクルは常識に囚われて敵の武器を見誤った。


 片足を失う衝撃もあったが、彼はその生物の外見にも背筋が凍りつく。

 一瞬――擦れ違う一瞬見た敵の――恐ろしい顔。

 狂気を宿した目。

 そして"死"を形にしたかのような、巨大な口と牙。


 間違いない――あれがエルフを喰ったのだ。



(そうか……あれが……)


 そう思うと彼は少しだけ冷静になった。

 怒りは恐怖を誤魔化し、ついに見た敵の姿――その知識は視界をクリアにする。


 スパイクルは今度こそ槍を構えた。

 ただの槍ではない。

 平常時は刃の無い棒のような武器だが、水中で勢いよく振るうことで、その先からは灼熱の刃が出ると言う魔道具だ。

 元々は強靭な体を持つ海獣に、熱による一撃を加えるための武器である。

 魔力のないこの敵には防ぐ手立てはないだろう。


(悪いな……お終いだ!)


 翻り、止めを差そうと真っ直ぐ向かってくる敵。

 その鼻先に――スパイクルは槍を繰り出した。

 瞬間、槍先には炎の刃が飛び出て――――





 ――シュウ……




 一瞬の僅かな光の後。



 ――敵に触れようとした途端、()()()()()




(な、何故……!)


 一方で――敵の歯は驚愕するスパイクルの喉に、無情に食い込んだ。

 その巨大な口の中に、彼の血が噴き出るように雪崩れ込む。

 体は既に指一本動かせず、意識は深い闇の底へと落ちていこうとしていた。



 スパイクルは炎が消えた瞬間。

 その時出ていた魔法の光を知っていた。


(間違いない――あれは抵抗魔法(レジスト)……!)


 エルフを襲った奴は魔力がないと思っていた。

 それが何故エルフと同じ魔法を?

 あと少しで――あと少しで分かりそうなんだ。

 だけど自分にはもう――――




 ――ブチィと肉が千切れる音がする。


 




 ……………



 翌日、海岸で一人のリザードマンの遺体が発見された。

 彼の四肢はバラバラで内臓は食い尽くされていたと言う。



 西海岸には『人食い海獣出没につき遊泳禁止』の札が立てられた。


 この海岸を守るものは――もういない。





「金も仕事もないなぁ……」


 フリムローダの首都である聖都メリアス。

 その街外れに小さな研究施設があった。

 潮風に晒され赤く錆びた看板が空しく揺れている。


 『コバルト=ホライズン海洋現象研究所』


 名が大仰な分だけ、そこには哀しさが漂っていた。

 研究所にいるのは1人の若い男だけ。

 彼は数字が書かれた紙をグリグリとペンでなぞり続けている。


「はぁーー何度見ても足りない……」


 一見それは高等な計算式のようだが、実際は汚く書かれた家賃諸々の生活費だ。

 彼は同じ計算を繰り返しては、「足りない足りない」と口でも繰り返す。

 だが、やがてその行為の意味の無さに気付いたのか、ついに諦めたようで一枚の書状を取り出した。


「やっぱり、こっちの依頼を受けるしかないよなぁ……」



 書状にはこう書かれていた。



『森林で休暇をとられる魔女姫ミィアラキスの護衛をせよ』


    差出人:聖森魔女連盟







★ギルガノット(種族ホオジロザメ)はサメスキル【適応】を取得しました。

◎異世界サメメモ

 海獣の定義はこちらの世界のもの(アザラシ等)とは異なる。


 全12話連日更新の2話目です。

 今日は3話まで同時投稿なので、是非このまま次話もどうぞ。

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