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目撃情報01:エルフ

 ――サメの人工飼育が確立された時代。


 1匹のホオジロザメが水族館へと運ばれていた。

 暗く天幕の張られた輸送車。

 仮死状態のサメは、抵抗も出来ず揺られていく。



 ――思えば、人々がサメを恐れなくなって久しい。


 徹底された海岸サメ対策の前に、彼らは観賞用の魚類に成り下がった。

 サメの襲撃(シャークアタック)に命を落とす人は、十年に一人いるかいないかまで引き下がり、かつては恐怖映画として観られた作品も笑い物にしかならない。

 この自由を奪われ運ばれていく不運なサメも、そんな悲しい生物の末路――その一つに過ぎない。


 だが――――

 そんな輸送中に――不測の事態が起きた。

 乱雑な運転に輸送車が振られ、事もあろうに交差点の真ん中で横転してしまったのだ。

 そして間髪なく突っ込んできた大型トラック。

 ――輸送車の運転手は即死。

 どこに行くこともない哀しい――そしてありふれた事故だった。


 そのことは夕刊に小さく載り――

 翌日の朝刊では全人類が忘れ去った。


 だから誰も気に止めることはない。

 その事故に消えたもう一つの命を。



 命どころか、死体すら見付からなかった――


 ――――1匹のサメのことを。




「あっ……冷たくて気持ちいい!」


 水の楽園フリムローダ。

 常夏の気候と、美しい海が織り成す奇蹟の国。

 その浜辺はあらゆる種族が、国を跨いで訪れる世界有数の観光スポットである。

 本来海と言えば危険な海獣(かいじゅう)が住み着いており、例え魔法を使える種族であろうとあまり近付くことはない。

 だがこの国は()()()()が支配する水の王国。

 彼らの水域で暴れる海洋種などいるはずはないのだ。

 安全な海に綺麗な砂浜。

 誰が呼んだが――そこは正に楽園であった。



 そんなビーチの一角――観光客でも知る者は少ない穴場、秘密の入り江に2つの人影があった。


 一人は男。

 金髪に()()()

 白い肌に良く似合ったサングラスをかけ、岩影で本を読んでいる。


 もう一人は同じく金髪碧眼――()()の女。

 こちらも陽射しの下で尚も白雪のように肌は白く――また()()()()()()()()()豊満なものの、一般的に見れば羨まれるほどに痩身で美しい身体。

 こちらは浅瀬で泳ぎながら、その魅力的な体を惜し気もなく日の光に照らしていた。


 耳を除けば人間と変わらぬ姿。

 だが二人は人ではない――



 ――彼らはエルフと呼ばれる種族だ。



 高い魔力に、人の数倍は生きる長命な亜人。

 穢れを嫌い――また決して身体能力が高いとは言えない彼女たちだったが、この国の清んだ水は故郷でも味わったことがないほどに、優しくその美しい体を包み込んでいた。


「ミリム、あんまりはしゃぐとまたバテるぞー」


 いい加減本を読むのも飽きたのか、海岸の男エルフは女エルフに向かって手を振った。

 だがミリムと呼ばれた女は、どうやらまだ遊び足りないようである。


「もー! アサラ、水魔法も使わず生身で泳げる機会なんて滅多にないのよ? 勿体ないじゃない」

「勿体ないってなぁ……。どうせ親父さんの金で来た旅行じゃねーか。また来たくなったら、()()()()()()()()()()()()()()


 男エルフ――アサラはそう言って笑った。


 エルフは魔法研究者が多く、また森に籠って俗世から離れながら研究を進める学者が多かった。

 彼らのほとんどはその成果として金銭を得ても、自らそれを管理することはなく、家族に丸投げすることが多い。

 ミリムの父親もそんな一人で、彼女は管理とは名ばかりの浪費をし続けているのだ。

 アサラに言わせれば、今回の旅行などは可愛いもので、ミリムの物欲は家計を脅かす段階に来ているらしい。

 もっともミリムにその危機感はない。

 手に入る金とは、即ち自分のものであり――それが無くなることは自分以外の誰かのせいなのだ。

 だから金のあるうちはミリムが何かを考えることも、また機嫌を損ねることも決してない。

 彼女の屈託のない笑みは青空の下、いつにもまして輝いていた。



 そんな彼女は海で()()()()を見付けた。


 初めに見たのは遠方――沖の水平線にかかる()である。

 不自然なほどに綺麗な弧を描いたそれは、海面にも映り込みまるで輪っか状の出入口(ゲート)のようだ。


「うわぁーきれー!」


 雨上がりでもないのに、不気味なほど鮮やかな虹の輪。

 そこ光景はどこかこの世のものではないようで、ミリムは吸い込まれるように見蕩れてしまっていた。


 ――だが次なる異変はすぐに訪れた。


 そこからゆっくりと近付く小さな影を見付けたのだ。

 影は虹の輪を背に、明らかにこちらに向かっている。


「何だろうあれ? ゴミでも浮いてるのかな?」



 それは黒――いや灰色をした()()()()()()

 不思議なことに"その何か"は浮き沈むことなく、真っ直ぐミリムの元へやってきた。

 幻想的な光景に見たことのないもの。

 好奇心に胸を踊らせて、()()()()を眺める彼女。

 最初に危険を察したのはアサラだった。



「おい! やばい予感がする……こっちに戻ってこい!」

「えー、気になるじゃ――――」




 ――――――――――



 その言葉を言い終える前に――



 ――()()()()()()姿()()()()()()()




「ミリム…………?」


 アサラは呆然と海を眺めたが、そこには恋人も謎の影も見当たらない。

 だが少しすると、平和なはずの青い海を――まるで不吉の予兆のように――赤い血が染め上げていった。





 やがては国を転覆させるまでになる、()()()()()による無差別襲撃事件。


 その最初の被害者として、彼女の名は後々まで語られることとなる。


 しかしこの時はまだ、目の前でミリムを失ったアサラでさえ、襲撃者の正体はおろかその姿すら――見ることは叶わなかったのだ。



 その赤く滲んだ海から、底知れぬ恐怖の訪れを感じ取れた者はいない――――




 ――――この時はまだ。





 ミリムが海に消えてからまもなく。


 浜辺の監視員事務所にその報せが届いた。

 届けたのは彼女の恋人――アサラ。

 彼は数秒の放心の後――危険を覚悟で助けに出たものの、ついに彼女の姿を見付けることは出来なかったのだ。


「ふむ…………」


 初めに報せを受けた海岸救助員(ライフガード)のスパイクルは、その違和感に思わず()()()()()――その中年に差し掛かり、溝も深くなってきた()()()を歪ませた。


「あの魔力探知に長けたエルフが、襲われるまで気付かなかったのか……? ただの海獣じゃない……嫌な予感がするな」


 黄色い瞳がギョロリと海を睨む。

 


 彼の種族はリザードマン。

 陸と海の交わる場所で暮らし――


 ――その境界を見張る、海の守護者である。






★ギルガノット(種族ホオジロザメ)はサメスキル【抵抗】を取得しました。

◎異世界サメメモ

 学名上では"ホホジロザメ"となるが、今作品では映画『ジョーズ』の翻訳に肖り"ホオジロザメ"と記載する。



 1話読んでいただきありがとうございます。

 今作は全12話(場合によっては番外編追加)の毎日更新の予定です。

 初回である今日は3話まで同時更新となりますので、気に入っていただければこのまま続きをお楽しみください。


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