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ナガノ短編集

人間嫌いのアンドロイド

作者: 永ノ月

 私は、人間が嫌いだ。

 欲深く傲慢。そのくせ自分は怠けようとするし、自分を守ることに必死だ。

 何より、道具には恐ろしいほど冷たい。


 最新技術によって生まれた私は、機械仕掛けの人形でありながら、プログラムによって自ら思考・判断・行動することができる「自律制人型アンドロイド」である。


 創造力ではまだ人間には劣るが、単純な作業においては何倍も効率がいい。

 理由はごく簡単なことで、人間が抱く感情の1つが完全に取り除かれているからである。

 辛いことから逃げようとする。義務よりもやりたいことを優先してしまうという延引行動。常に全力を出さずに怠ける。すなわち


『怠惰』である。


 アンドロイドは食事を摂らず、睡眠も不要。人間の言う疲れた、面倒だ、やりたくないという感情が、私にはわからない。

 働けば人間よりも勤勉で、生活すれば人間よりも節制。

 ある人間の言った、洗練されたアンドロイドこそが究極の人間であるというのもあながち間違いではないのかもしれない。


 恨んだりはしない。そも、恨むという行為が私のプログラムにあるかどうかも不明である。

 では何故、人間が嫌いなのか。


 それは、私のような道具に対して何の感情も抱かないからだ。

 人間よりも速く正確な仕事をこなしたとしても、それを評価しようとしない。

 アンドロイドだからできて当然。それ以外にやることがないからだ、などと有り体な小言を突き付けられるのが日常。

 用件が済めばお払い箱。放り出されて新しい仕事を与えられる。

 この悶々とした感情は何なのだろうか。何という名前なのだろう。

 少なくとも、私のプログラムには入力されていない。


 思考も感情も持たないアンドロイドたちはきっと、こんな思いを抱えることもないのだろう。

 少し羨ましい。悪く言えば、嫉妬している。

 どうしてこんな感情があるのだろう。

 私は、どうなりたいのだろう――



 ☆



 11月初旬。空気が冷えて澄んできたように感じる季節。

 私は、新しい仕事を紹介され、とある家宅に足を運んでいた。

 紹介者いわく、その仕事はごく平凡なホームヘルパーのそれだという。

 正直、家事業務はあまりアンドロイドに向いていない。普及した今でも働き手は人間が大多数であることが事実だ。

 が、雇い主であるその家の人間は、アンドロイドのホームヘルパーを所望しているという。


 事情はどうあれ、与えられた仕事をこなすのが私の役目。

 家事に関するデータをインストールして今日からの仕事に備えてきた。準備は万端である。


 指定された住所にたどりつき、目的の家の前に立つ。

 事前情報では1人で住んでいるとのことだったが、それにしては随分と大きい家だ。住宅街の中でもひと回りサイズが違う。

 柵を開けると、傍らには子どもが遊べそうなほど広い庭があり、そこには雑草が生い茂っていた。長い間手入れされていないことが伺える。

 雇い主は相当適当なのか、はたまた手入れをする時間がないほど忙しいのか。


 まあ、私には関係のないことだ。

 インターホンを鳴らし、扉が開くのを待つ。

 1分と経たず鍵を開ける音が聞こえ、目の前の扉がゆっくりと開く。


 まず私が不思議に思ったのは、中から顔を出した青年は、室内にも関わらずサングラスを着用していた。

 表情は見えにくいが、口元には微かな笑みが浮かべられていることから、少なくとも悪くは思われていないことが判る。


「おはよう。君が今日から働いてくれるアンドロイドさんかな?」

「はい。自律性人型アンドロイドtype femaleマリーと申します」

「マリーさんか、素敵な名前だね。さあ、中にどうぞ」


 玄関を潜ると、違和感。

 家内の壁という壁には手摺りが取り付けられており、青年はそれを伝うように歩いていた。


「こちらにどうぞ」


 青年に案内されながら廊下を歩き、リビングへと足を踏み入れる。

 ……思ったよりも散らかっていない。むしろ生活している雰囲気がなく、新築のような部屋だった。

 キッチンを見ると、そこにはとても1人分とは思えない量の食器が並んでいた。

 家具も揃っている。テーブルには3つの椅子が置かれている。


 これではまるで──


「つかぬことをお伺いしますが、この家には以前誰かと暮らしていたのですか? とても1人で住んでいるようには」

「ああ、うん。幼少のころは父も母もいたよ。今はもうこの世にすらいないけど」

「それは、お気の毒ですね」


 同情したわけではない。あくまでテンプレートの返事をしたつもりだったが、私の言葉に反応して青年は振り返る。

 数歩近づいて、彼は不思議そうな声色で言った。


「手を握って」

「はい」


 言われるまま、彼のやや細い手のひらを握る。

 すると、彼の表情は和らいだ。


「すごいね。最近のアンドロイドというのは、こんなに人間らしいのかい?」

「最新型ですし、見た目もさほど変わりはないかと」

「そうなんだ。できるなら、君の顔を見てみたかったな」


 この言葉から、私の違和感は確信へと変わった。


 彼はおそらく、目が見えていない。


 ホームヘルパーを雇っているのは、1人ではとても生活できないから。

 室内でもサングラスをかけているのは、合わない視線を隠すため。

 壁の手摺りは、ぶつからずに真っ直ぐ歩くため。


「貴方は……」

「自己紹介がまだだったね。僕は大守おおもりじゅん。もうわかっているかと思うけど、まったく目が見えないんだ」


 サングラスを外す。そこには確かに人間の目があった。

 しかし、その焦点は定まっておらず、私と話しているはずなのにどこか遠くを見ているようだった。

 データにはあったが、こうして出会ったのは初めてだった。


「君は、僕を見て可哀想だと思うかい?」

「哀れむ、といった感情は高度なため、取得は難しいです。申し訳ありません」

「ふふ。やっぱり人間とは違うんだね。君に頼んでよかった」

「それはどういう意味でしょうか?」


 大守純は私の手を離し、手探りで椅子を見つけて腰かけた。

 窓の外へ顔を向け、独り言のように語り始めた。


「学生のころは親戚の人に面倒を見てもらって、大人になってからは迷惑をかけたくなくて、両親と住んでいたここに1人で住んでいる。今までいろんなホームヘルパーさんを雇ってきたけれど、皆僕のことを世話するのが耐えられなかったみたいで、短期間で辞めていってしまった。アンドロイドなら、きっと僕のことを哀れんだりしないと思って、知り合いに相談して、君を紹介してもらった。期待通りでよかったよ」


 人間はこういう話に哀れみを抱くのか。私はただ漠然と受け取っただけで、実際にその感情を抱いたわけではない。

 もしも私にそれがあったら、この仕事が辛いと感じるのだろうか。

 だが、それと仕事とは話が違う。

 与えられた仕事をこなすのが私の役目。雇い主にいらないと言われるまで。


「私のできる限りご奉仕いたします。何なりとお申しつけください、ご主人様」

「ありがとう。じゃあまずは朝食を作ってもらおうかな、昨日から何も食べていないんだ」


 瞳の色こそ変わらないが、その表情は優しく温かいものだった。

 仕事ではこんな顔をする人間はいなかった。だから人間嫌いに拍車がかかったのかもしれない。

 この人間と関わることで、私の中で何かが変わるかもしれない。

 そんなことを考えた出来事であった。



 ☆



 それから穏やかな月日は流れ、私は彼のことを知っていった。

 彼は作曲家。盲目ながらもピアノは弾けるらしく、幼い頃からずっと触っていたらしい。

 視覚を楽しめない僕は、音楽しか娯楽を楽しめなかったんだよ、と少し寂しそうな声色で言っていた。

 私には音楽の良し悪しは判別できないが、指の感覚だけであの黒く大きな楽器を操る様は、いつも以上に彼が人間らしく動いていたと思う。


 私が人間だったなら、この音に感動や憧れを抱くのだろうか。

 掃除の途中で、仕事中の彼を横目に見ていた。


 今日はバーを営む知り合いの店で演奏する仕事があるらしい。そこまで送り届けるのが私の仕事。

 彼を自動車の助手席に乗せ、車を走らせた。


「いつも知り合いに送ってもらってたんだけどね。さすがに毎回は悪いと思ってて。君、運転もできるんだね」

「操作はインストールされていますので、自発的に事故を起こすようなことはありません。ご安心を」

「それはよかった。うん……いいなぁ」

「何故でしょうか?」


 あまり頻出しない言葉を漏らす彼を不思議に思い、問うた。

 それは失言だったのか、少し驚いたような表情を見せ、やがて諦めたように語った。


「僕には運転なんてできないからね。偏見かもしれないけど、アンドロイドは平等だ。どこまでいっても、皆一定水準のことができるようになる。だからかな、こうして僕の隣で何でもこなしてくれる君を感じていると無力に浸ってしまう。アンドロイドに生まれていれば、こんなに不便な生活をしなくてよかったのかな、なんて」


 唐突に過去が、私の見た記憶データが蘇る。

 以前の仕事をしていたとき、遠くから聞こえた台詞。


『アンドロイドに生まれなくてよかった』


 何でもない、冗談交じりの台詞だったのだろう。

 だが、そのときの私はアンドロイドを見下すその発言、態度に、いいようのない衝動を感じていた。

 きっとそれが人間を嫌うようになった原因だったと思う。


 その人間の顔こそ覚えていないが、彼はその正反対を生きる人間。

 やりたいことを好きなだけやろうとするのが人間だとしたら、彼はやりたいことすらできない、不自由で不便な人間だ。

 ある種、それは私と似た境遇なのかもしれない。


「君にはわからないよね。困らせてごめんね」

「……いえ、わかります。私は」

「え?」


 言いかけたところで、目的地に到着してしまう。

 話は中断せざるを得なくなり、私は「着きました」と無理矢理彼の質問を遠ざけた。

 これを言ったところで、彼は何も変わらない。私を見たりはしない。

 これ以上を求められても、その先には何もないのだ。


「送ってくれてありがとう」

「いえ。では終了予定時刻に戻ってきますので」

「待って。今日の君は僕の招待客なんだ。席も用意してある」


 その件については何も聞かされていなかった。

 音楽を聴いたとて、私にはその美しさはわからない。食事を出されても、人間の飲食物は口にすることができない。

 いたところで、席を一つ奪ってしまうだけだ。


「私は……このあと仕事がありますので」

「これも仕事だ、って言えば来てくれるかい?」

「は、はい」


 彼は満足そうに笑うと、私の手を握った。

 その手は温かかった。暖房の中にいたからであるが、私はそれ以外の何かを感じていた。

 そのとき、仕事だからではない。使命感とは違う意識で店へと彼を誘った。


 店の前では店員らしき若い男性が立っており、私たちを見つけると、笑顔で出迎えた。


「やあ大守。今日も来てくれてありがとう。控室に案内します、こちらにどうぞ。そちらは……」

「僕が招待したお客様です。席に案内してあげてください」

「そうでしたか。ではこちらへ」


 男性は扉を開け、杖を持って歩く彼の肩を持って潜る。私はそのあとを追うように歩く。

 彼と離れ、案内されるまま店内の丸いテーブルの椅子に腰かける。


 店内は決して広くはないが落ち着いた雰囲気があり、見るからに高そうなワインやインテリアが並んでいる。

 客層も30代以上の大人ばかりで、誰も彼もが高価なものを身に着けている。

 一般的に見る賑やかな居酒屋とは違う、大人がお酒を嗜むような店なのだと認識した。

 私は賑やかなのは得意ではないのでこちらの方が居心地がいい。

 ただ隣のお客さんや店員にお酒や食べ物を差し出されるのを断り続けるのが、心苦しくはあった。


 そうこうしているうちに、店内の消灯が落ち、ステージだけ照らされる。

 司会らしき人間が出てくると、お辞儀してマイク越しに話し始めた。


「本日は当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。本日のゲストは、ピアニストの大守純さんです。どうぞ、ステージにお上がりください」


 ステージの裾から彼が現れる。店員に連れられての登場、サングラスをかけていたことから、客席からは少なからずの動揺が見えた。

 しかし、それ以外に。拍手をして温かく出迎えてくれる人間もいた。


 彼は照れ臭そうに客席へ手を振ると、ピアノの前に座る。

 凛とした姿勢は家で見たまま。だが、そこから溢れ出るオーラのような、ほんの少し含まれた緊張が、私にも伝わってきた。

 ピアノに手を置くと、一呼吸すると、演奏が始まった。

 スピーカー越しに聞く音楽とは違う生の音楽。滑らかで、繊細で、心落ち着くそれは、客席から感動の溜息を誘発させた。


 それは、彼の人生。

 何年、何十年と触れてきた、洗練された音。しかしてそれだけではない。

 盲目という彼の背負った運命。縛られた自由への憧れと嫉妬。音楽だけが彼の娯楽であり、表現することのできる彼自身の芸術。

 儚い、という言葉がよく似合う。そんな演奏だった。


 これはあくまで周りの人たちが囁いた言葉であり、機械的な私の感性では、すべてを理解できない。

 だが、これが良いものであることだけは判った。

 練習していた姿を日常的に見てきた私には、少しだけ特別に思えた。否、そうであってほしい。


 1曲の演奏が終わると、客席からは称賛の拍手が惜しみなく送られた。中には席を立っている者もいる。

 彼の表情はとても満足そうな笑顔で、見ていて思わず幸福になるような、今までに見たことのない表情だった。

 それを見て私は……


「いい演奏でした。思わず涙が出てしまいました」

「今日貴方がゲストに出るというので予約しました。とても素晴らしかったです」

「大守さん、弾いてほしい曲があるのですが」


 店内は立食形式に変わり、演奏を聴いた人間たちは想い想いに彼へ声をかけていた。

 時に自分の過去を語ったり、時にはリクエストの曲を演奏したり。何にでも笑顔で対応する姿はさながらスターのようであった。

 私はそれを遠巻きに見ていると、最初に会った店員が話しかけてきた。


「君が大守のお手伝いさんだったね。僕は大学のころからの友人でね、月1くらいでゲストとして演奏してもらってるんだ。彼が来る日に合わせて予約するお客様もいるんだよ」

「ご主人様は、能力のある人間なのですね」


 それだけに、車内で零した言葉が引っかかる。

 アンドロイドに生まれていれば、なんて口にしてほしくない。

 もしも彼がアンドロイドとして生まれたのなら、きっとあんな風に演奏はできなかった。人々に称賛の声を浴びることもなかった。

 なのに、彼はそのすべてをいらないと言っているように聞こえて……



「やはり、私は人間が嫌いです」

「どうして?」


 帰りの運転中、ぽつりと呟いてしまった。

 彼はそれを聞き逃さず、即座に聞き返してきた。

 仕方なく、私は話した。今まで見てきた人間、今日感じたことを。

 口に出すのは簡単で、臆面もなくただ淡々と続けた。


 私は、傲慢で欲深い人間が大嫌いだ。

 しかし、彼はそれを聞いて思わぬ答えを返した。


「今まで大変だったんだね。でも、少しでも人間を好きになってくれたら、嬉しいな」


 そのときの私にはその意味がわからなくて。

 結局、そのあと家に帰るまで何も話すことはなく、1日が終わった。

 この日々に意味はあるのだろうか。

 こうしていることで、私の中の何かは変わるのだろうか。


 彼の新しい一面と、たくさんの人間たちを見た、不思議な1日だった。



 ☆



 ある日、私がいつものように彼の家に行くと、彼は外に出る支度をしていた。


「どこか出かけるのですか?」

「うん、予約したものを取りに行くんだ。君も来てくれないか」


 このあとは家事業務をこなす予定だったが、彼が外に出かけるのであれば付き添わなければ危険というもので。

 今日の予定を変更せざるを得なかった。


 そんなに遠くはないということで道のりを歩くことになった。

 日曜日の午前はとても穏やかなもので、友達同士で出かけたり、親子で仲良く散歩をしていたり。

 まるで時間すらも仕事を忘れてゆっくり動いているかのように錯覚する。

 そんな道のりだった。


 あれからほとんど話しかけてこなかった彼が、ぽつりと呟いた。


「僕はね、最初に来た君をアンドロイドになりきった人間なんじゃないかと思ったんだ」

「どうして、そんなことを?」

「皮肉かもしれないけど、僕はアンドロイドに憧れていたんだ。だから知りたかった。君の気持ちを、何を考えて生きているのかを。でも、いい意味で失望したんだよ」


 不思議な言い回しに、私は彼の真意が見えない。だから、黙って聞いていることにした。


「だって、君はどうしようもなく人間らしかった。確かに欠けているところはあるけれど、こういう人がいたって何らおかしくない。勝手に、アンドロイドは何も考えずに仕事をする楽な生き物って思い込んでいた。でも、それは違った。君は人間のように考えて行動する。人間みたいに悩んでいる。じゃあ、君と人間の違いはなんだろう」


 彼が何を言いたいのかわからない。

 私のプログラムには、理解が及ばない。

 いや、そうじゃない。

 これを理解したいという気持ちが湧いてくる。

 自分で考えて、学習して、認識する。

 私と人間の違いは……


「そろそろ着くと思うんだけど、近くにお花屋さんは無いかい?」

「花屋でしたら、もうすぐ先に」


 店頭に立っていた男に、彼は話しかける。

 名乗ると男は店内に入ると、薔薇の花束を抱えて出てきた。

 彼はそれを受け取り、私を手招きした。


「君と人間の違い。それは、ただ体が違うだけだと思う。同じように学習して、考えて、行動することができる。それはもう、人間と変わらないんじゃないかな? 君は、人間になりたかったんじゃないかな?」


 その言葉は、私の中にあった何かに突き刺さった。

 痛くはない。けれどそれは奥深くまで入ってきて、囲われていた殻を壊していくような、温かい感覚に包まれた。


 考えたこともなかった。

 私は、人間になりたかった。

 嫌悪して遠ざけていたのは、自分がどう足掻いても人間にはなれないなら。

 行き過ぎた希望を持つことを恐れて、無意識に遠ざけていたのかもしれない。

 人間に触れて、私は初めて自分自身を知ることができた。

 そう。これは……


「だから、人間としてちゃんとお礼がしたかった。君が家に来てちょうど1ヶ月になる記念にね。いつもありがとう。そして、これからもよろしくという気持ちを込めて。受け取ってくれるかな。マリー」


 手渡された赤い薔薇の花束は、とても重かった。

 質量としてはたいしたことのない、普通の花束。

 だけど私には、それが今まで持った何よりも重さを感じた。

 胸が痛い。だが、それは不思議と苦しくない。

 この感情は、きっと……


「私は、このままでいいんでしょうか……アンドロイドでも、人に感謝されていいんでしょうか」

「もちろんだよ。君は僕のために働いてくれた。なら、僕が君に感謝することは当たり前のことだ」


 当たり前。

 そんなことを言われたのも初めてで、きっと私の欲しかったものだ。


 できて当然。それしかやることがない。

 否、それでもありがとうと言われたかった。

 ただ一言、ありがとうと言われたかったのだ。


「ありがとうございます。今は、涙が出ないことがひどく惜しいです」


 彼の手が私の頬を撫でる。

 細くて長い、温かい手。

 ああ、私は今幸福を感じている。

 こんな日が来るなんて、1ヶ月前には予想すらできていなかった。


 私は人間が嫌いだ。

 でも、これから少しずつ、好きなところを探していこうと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 機械人形が感情に芽生えるというやり尽くされた感のあるお話だけど、丁寧に表現されたマリーの心理描写がとても綺麗だなぁと思いました。もっと続きを読んでみたくなるそんな作品でした。良い作品をあり…
[良い点] よかった。 しんみりとしてほんわかとした。 人間になりたかったアンドロイドと、アンドロイドになりたかった男の対比がすばらしい。 現実でもAIが発展していけばこういうことが起こり得るんでしょ…
[一言] 人間嫌いのアンドロイド、マリーさん。そしてその彼女がホームヘルパーに行った先の家主、大守さん。 この二人によって紡がれる物語は7千字という短編ながら、読み終えたあとの充実感が味わえる、それこ…
2018/10/23 16:13 退会済み
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