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6.

 終極の魔法使いとは、この国の民ならば子どもから大人まで誰もが知っているおとぎ話のような存在だった。


 科学と言語を基礎として成り立つ魔術師とは違い、魔法使いというのは自然の摂理とは大きく外れたところに位置している。

 いずれも魔力の元素となるのは術者本人の資質に()るところが大きいが、魔法使いの場合はさらに自らの意志によって四大元素をも自在に操り魔力へと変換することができるらしい。らしい、というのはすでに魔法使いは世界から廃絶してしまったとされているため研究も進められておらず、詳しい原理が未だに解明されていないからだ。残っている文献も少なく、今世まで言い伝えられている情報がほとんどない。

 唯一残っているのがおとぎ話としての民間伝承だった。


 終極の魔法使いは、その名が示すとおり最後の魔法使いとされている存在だった。

 その昔、まだ世界が戦乱で混沌としていた時代には、賢者とも呼ばれる5人の魔法使いがいた。その時代ですら、魔法使いというのは天賦の才に拠ってのみ現れる数少ない存在であった。

 やがて時は流れ、稀にしか生まれない強大な魔力を有する魔法使いよりも、徹底した化学的メソッドにより生成される魔力を扱う魔術師の方が()(はや)され、有能だとして社会的地位を築いていった。

 その結果、いつしか魔法使いと呼ばれる者は生まれなくなり、時代の波に呑み込まれるようにひっそりと姿を消した。


 しかし魔法使いの最後のひとりが、実は辺境の森でこの国を見守るように静かに生き残っている、と言い伝えられてきた。

 生き残った魔法使いは、この国に危機が迫っているときに現れるのだとも、本当に力を必要としている人間には魔法使いへの道が開き、救いの手を差し伸べてくれるのだとも()われている。


 おとぎ話では、終極の魔法使いに会うための方法がまことしやかに語り継がれている。

 その方法とは実にシンプルなもので、魔法使いが()むといわれる辺境の森で自分のことを呼んでいるヒイラギの葉を見つけ出し、持ち帰ったそれを枕の下に入れて眠る、というだけのことだった。

 けれどシンプルすぎて、そもそも『自分を呼んでいるヒイラギの葉』とは何かという疑問に答えてはくれていない。

 この魔法使いに会うための方法だが、こうして語り継がれてはいるものの、おとぎ話の真偽を実際に確かめようとする者は滅多にいなかった。恐らくはそのせいで、当初はもう少しは詳細に語られていた部分が、徐々に簡略化されていき今に至ったと思われる。


 だが身体検査によって性別の詐称が露見するかもしれないという最大の危機により追い詰められていたニコラは、藁にも(すが)る思いで、他人が見ていれば引いてしまうほどの真剣さで魔法使いに会うべく行動を起こした。


 この手の迷信や呪術の類というのは何ごとも秘密裡(ひみつり)に行うのが鉄則である。

 そう考えたニコラは、一度くらい出席しなくても問題ないと思われるマナーの授業時間を利用して、テオドールには気づかれないようにこっそりと学校を抜け出した。

 さすがに徒歩では辺境の森へ短時間で行って帰ってくるのは難しいので、学校で飼われているいちばん足の速い馬を拝借させてもらった。

 もちろんごく一般的な令嬢とは違い、ニコラにとって乗馬はお手の物である。子どもの頃に何でもテオドールの真似をしたがったことが役に立っている。

 そうして颯爽と馬で市街地を駆け抜け、昔から人々に辺境の森と呼ばれている森へと足を踏み入れる。その森は王城の裏手から続く小路を入っていくと唐突に始まり、鬱蒼と生い茂る草木に、まるで囚われたような気分にさせられる。


 学校から借りてきた馬を森の入り口に繋いで足を踏み入れた辺境の森は、まだ昼間だというのに薄暗く闇の気配が色濃く漂っており、まるでそこだけ夜の世界のようだった。

 パキ、と自らの足が小枝を踏む音にすら身が竦んだ。

 しかし、だからといってここで引き下がるわけにはいかない。

 もう後戻りはできないのだ。現在も、そして魔術師としての未来のためにも。


 ニコラは心の中でひたすら終極の魔法使いに会いたいと呼びかけていた。


「ヒイラギ…ヒイラギ…終極の魔法使いへの道を開くための鍵…」

 呪文のように繰り返し呟きながら、薄暗い森の中を進んでいく。

 陽の光も届かないほどに生い茂っている木々が風に揺れ、葉擦(はず)れの音だけが妙に大きく耳に届く。その音に身を包まれると、まるでほかの生物などこの森には存在していないかのような錯覚を起こした。

 森の奥深くへ進むごとに、その一歩が重くなっていくように感じてしまう。

 目に入る木々がみな同じに見えてきて、前後不覚に陥れば不意に足許が覚束(おぼつか)なくなり、ニコラは近くにあった木に(もた)れ掛かった。


「辺境の森というより、魔の森だな…」


 こんなときにテオドールが居てくれたらよかったのに、と思ってしまう。

 そんな自分が情けなくて、だからこそ今ここに独りきりで居るのではないか、と思わず弱音を吐きそうになる口を噤み、唇をきつく噛んだ。

 少し落ち着こうと深く息を吐き出したところで、視界の端に(ほの)かに発光するものを捉える。どうやらその一帯だけが、ニコラにこっそりと存在を知らせるように発光しているようだった。

 怪訝に思い、その正体を見極めようと目を凝らして視線の先で淡く揺らぐように光るものをじっと見つめる。


「…………ヒイラギ、か…?」


 瞳に映るものの正体に、ニコラは大きく目を見開く。

 そして信じられない気持ちが思わず声となって洩れていた。

 震える足で、それでもまさか、と思いながらまだ半信半疑で近づいていく。


 辿り着いた先でニコラを待っていたのは、自分を呼ぶように仄かに葉を光らせているヒイラギの木だった。

 おとぎ話だと(たか)(くく)り、誰にも信じられていなかったことが今現実になって目の前にある。恐らくこの光るヒイラギこそが、おとぎ話にある『自分を呼んでいるヒイラギの葉』の正体で正解だろう。

 まさに、呼んでいるように発光しているヒイラギは疑いようもなかった。

 夢ではない、これは現実だ。軽く自分の頬を抓って確認してみる。


「本当に必要としている人間には、道が開かれる…」


 小さく呟きを落とすと、棘に気をつけながら1枚だけ丁寧に葉を摘む。それを胸元から取り出したハンカチに大切そうに包んで再び懐へと仕舞う。

 服の上からそっと手で触れてみるとそれは、微かに温かい気がした。


 終極の魔法使いへの鍵を手に入れたニコラは、行きとは別人のような軽やかな足取りで辺境の森を後にした。


読んで下さってありがとうございます。

10話までは毎日更新できる予定です。それ以降は不定期となります。

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