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4.

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 次いで襲ってきたのが眼の痛み。


「――……っ…」


 テオドールは痛みを堪えるようにして顔を(しか)める。

 激しい痛みに思わず左目を手で押さえたものの、指の隙間から血が流れて腕を伝い落ちていく。

 

「テオ…!」


 ニコラが青い顔をしながら駆け寄ると、慌ててテオドールの手の上からタオルを押し当てた。ありがたくそれを受け取って今度は自分でタオルを当て直す。

 心配そうに揺れる灰色の瞳がテオドールを真っ直ぐ覗き込んでいることに気づくと、それを制するように空いている手をそっと挙げてみせる。

 テオドールは何故だか昔から、その目に弱かった。

 不安にさせたくないのに、そんな顔をさせてしまう原因が自分だと思うと無性に歯がゆかった。


「あー…、大丈夫です。ちょっと魔力を弾かれただけなんで」


 ニコラの言葉を全面的に信じることとして、まずテオドールが疑ったことは魔法だった。

 女子であったニコラを一瞬にして男子へと肉体を変化させ、尚且つニコラが生まれたときから男子だったと周りの人間の記憶までも書き換えている。そんなことを可能とするのは魔法でなければ他に方法がない。

 だからニコラは魔法をかけられたのだと、そう考え、テオドールはその魔法を看破しようとした。魔力を宿した瞳で対象を見ることにより、仕掛けられた魔法などを見抜くことができるのだが、やはりニコラには魔法がかけられていたようで、よく目を凝らさなければわからないほどに魔法陣が巧妙に隠されていた。

 しかし、それを解読しようとして弾かれた。

 自分よりも高位の術者が仕掛けた魔法だった場合、往々にしてあることだった。


 テオドールは、幼い頃から一緒に育った大切な主を守るために騎士になりたかった。皮肉なことに本人の希望とは相反して、騎士ではなく魔術師としての才能があった。アカデミーの教師連中にはさんざん宮廷魔術師としての道を勧められたが、テオドールは主の盾となり剣となる騎士になりたかった。

 だから魔術師としていくら優れていようが意味がないと思っていたのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。魔力が高くてよかったと、テオドールは初めて心からそう思えた。

 弾かれたとはいえ、ニコラの言葉の正しさを証明することができたのだ。

 今はそれだけで満足だった。


 テオドールは自分の左目に素早く治癒魔法をかけ、恐る恐るタオルを外すと出血が止まっているのを確認する。壁の姿見で見てみると、白目部分に赤く広がった出血が残っているものの痛み自体はもうない。視力にも影響は無いようだった。

 仮に怪我をしたのがニコラならば、(あと)も残らないほどきれいに治療するのだが、生憎自分自身には興味がない。血が止まり痛みがなければそれでよかった。


「そうか、あれはテオの魔力も弾くのか…」


 未だ心配そうにテオドールの怪我の具合を覗き込みながらニコラは、感心したようにそんなことを呟いた。

 聞き捨てならない言葉に、思わず表情を強張らせる。


「ニキさま、その言い方だと自分に魔法がかけられてるってわかってたみたいですね」


 テオドールの言葉に、ニコラは意に介さない様子で小さく笑みを浮かべると諦めたというように肩を竦めた。


「テオには悪いことをしたなあ…。その目、痛そうだけど大丈夫か?」

「……ああ、これはもう別に。気になるなら眼帯でもしておきます。――で? わかってたんですね?」

 指摘され、そっと左目に触れてみる。

 テオドールはこれ以上ニコラが気にしないようにと、すでに痛々しく見えるだけの左目を隠すべく顔半分を覆ってしまう形でタオルを斜めに巻きつけた。適当すぎるが応急処置なので、これで十分だろう。

 ニコラはまだ少し納得がいかない様子だったが、現状でそれ以上の対処を期待しても仕方ないと判断したらしくやっとテオドールの左目から視線を外してくれた。


「正直なところ、夢だと思いたかったんだけど…。朝起きてビックリ、身体がしっかり男の子になってるんだ。魔法っていうのはこうも簡単に、肉体までも変えてしまうものなんだな。しかもテオはすっかり僕を最初から男の子だと思っていた。そこまで完璧に人の認識を変えてしまえるのも、すごいな」


 ニコラは他人事のように、まるで物語の感想でも語るかのように淡々とした口調で言った。しかし最後の『すごいな』という声は、テオドールには『怖いな』と言っているように聞こえた。


 いつの頃からだったか、ニコラはこの手の強がりが上手くなった。

 本人はバレてないつもりだろうが、ほかの人間は騙せてもテオドールにはわかっていた。不安なことがあるほどニコラは他人に弱みを見せまいと、自分を鼓舞するように気丈に振る舞うのだ。

 もしかしたらそれは、テオドールには理解することのできない貴族ならではの処世術なのかもしれない。だから何も言わない。その代わり、陰でそっと主を支えられる存在になろうと思った。たとえ世界中を敵に回しても、自分だけはニコラの絶対的な味方でいるのだ。


 話の先を促すように黙ったままニコラに視線を送る。心得たとばかりに頷くと、ニコラは一度ゆっくりと瞬きをしてから、やっと口を開いた。


「僕は昨夜、終極(しゅうきょく)の魔法使いに会ったんだ」



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