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3.

 いつものように単なる軽口だと思った。

 

 テオドールは、真剣な眼差しでさも真実を告白するかのような自分の(あるじ)であるニコラの言葉を耳にして、怪訝に片眉を上げた。


「――は?」


 たっぷり間を置いてから、間抜けにもそれしか言葉が出てこなかった。

 感情があまり顔には出ない性質なのは自覚しているが、今は思いきり『ちょっと何言ってるかわかんないんですけど』と書いてあることだろう。

 ニコラはそんなテオドールの反応に、僅かに落胆の色を滲ませながら浅く息を吐き出した。


 この主は一体何を言っているんだろう?

 公爵令嬢だった? 令息ではなく?

 そこまで考えてから、先ほどから頭の片隅にそっと(もた)げている違和感に気づいた。


 正体ははっきりしないものの、何かが引っかかる。


「僕の着替えが見られると役得だと思ったのは何でだ?」


 ニコラが挑発するように揚げ足を取りながら、こっちだ、とテオドールをクローゼットの前へと誘う。そうしてオーバーアクションで扉を開け放つと、中を見るようにとテオドールを促した。


「これを見てどう思う?」

「どうって…、……わ、わー…ニキさまったら衣装持ちー…じゃねえな。ニキさま、女装でもされるんです?」


 クローゼットの中は、パッと見てもわかるほどに女性用のドレスの方が多かった。対して男性用の衣装は数えるほどしか揃えられていない。

 テオドールは自分でも阿呆なことを言ったな、と思いながらも声に出さずにはいられなかった。


「テオの馬鹿。これが趣味で済む程度の数だと思うか? 常日頃から女装してるなら話は別だけど、おまえの記憶の中の僕はそんなに女装をしていたのか?」


 ニコラは敢えて自分のドレス姿のことを女装と言った。

 もし仮にニコラの性別に関して記憶の書き換えが行われているとするならば、女であったという事実は真逆の情報として上書きされていると考えたのだ。つまり男装時の記憶はそのままで、そして本来の性別どおり女子として過ごしていた事実は男子として違和感なく振る舞っていたという記憶で残っているのではないか、と。


「女装…は、少なくとも俺の記憶にはありませんね。それじゃあこれは一体…?」


 明らかに一般的な男子としてはあり得ない、女性用の服ばかりのクローゼット。

 テオドールの記憶が間違っていなければ、向こう見ずなところは多々あるがニコラは女装癖などない(れっき)とした貴族の令息だった。

 ――そのはずなのに。


 思考を巡らせるように目を伏せていたテオドールは、暫し考えてから真意を探るようにニコラを見つめた。視線を向けた先のニコラは、満足そうな顔をしている。

 どうやらテオドールの回答がお気に召したようだ。


「このドレスの山こそ、僕が公爵令嬢だったという証拠だよ。正確には昨日までは、僕は確実に女の子だった」

「ニキさまが、女の子…?」

「そう、記憶にないのは当然だ。きっと僕以外の記憶は、きれいさっぱり僕が男だって書き換えられているんだろうから」

「ちょっとお姫さん…――」


 テオドールは自分の発した言葉に思わず絶句した。

 今自分は、一体何と言った?


「ほらそれ、テオの癖。僕のことを(たしな)めるときにわざと言うやつ」

 ニコラが勝ち誇った笑みを浮かべた。

 そう言われれば、確かに記憶にある。ニコラがあまりにも公爵家の人間として相応(ふさわ)しくない言動を取ったときなどに、それを自覚させるようにと名前ではなく意識的にそんな風に呼びかけるようにしていた。

 そしてテオドールは今、何の疑問も持たずにニコラのことを無意識に『お姫さん』と呼んでしまっていた。


 そうだ、先ほどから頭を擡げていた違和感の正体。

 少しずつ辻褄の合わない可笑しな点があるにも関わらず、それを見落としてしまうのだ。許容してしまう強制力とでもいうのか、妙な力が働いている気がする。


 そう考えるとテオドールは目を凝らすようにしてニコラを見つめた。

 他者には聞こえない程度に小さな声で呪文を呟きながら、通常肉眼では見えないものを見ようと試みる。

 不意にテオドールのアンバーの瞳が金色に光ったのは、魔力が正常に発動している証だ。その金色に光った瞳で改めてニコラを見つめると、(もや)のようなものがニコラの全身を薄く覆っているのがわかる。さらに魔力を練って目を凝らすと、それは透明な魔法陣に見えてくる。

 その魔法陣の文字を読み取ろうとしたところで、テオドールの魔力がバチンと派手な音を立てて弾かれた。

読んで下さってありがとうございます。

ルビをふることに気づいて少し入れてみることにしました。改稿はその為です。

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