1.
何もかも夢だといいと思った。
魘されて目が覚めたとき、真っ先にそう考えた。
動かなくても汗で寝衣が身体に張り付いているのがわかる。不快感に顔を歪ませながらベッドから起き上がると、まるきり平衡感覚を失ったかのようなひどい眩暈に襲われて再び身体をベッドへと沈めてしまう。
しばらく目の回る感覚に身を任せてから、今度は静かに身を起こす。先ほどより症状は幾分マシになっている。起き上がっても身体を倒されるような感覚はなかなか抜けきらないものの、真っ直ぐに立てないわけではない。
やっとの思いでベッドから這い出ると、不快の元凶である汗で張り付いた寝衣を身体から引き剥がすように掴み、寝衣ごと手を前後させて衣服と身体の間に空気を送り込むべく扇ぐ。
不快感が若干和らいだところでふらつきながらも鏡のところまで歩いていく。壁に備え付けられている全身を見ることのできる大きな姿見だ。
そこに映し出される自分の姿を、目を凝らすようにして見つめる。
肩ほどまで伸びたアッシュブロンドの指通りのよさそうなサラサラとした髪に、光の加減でダークブルーにも見えるグレーの瞳。形のよい卵型の輪郭に目鼻がバランスよく配置されている中性的な顔立ち。15歳という年齢を考えると若干成長が遅れているものの、見た目だけでは未だ性分化が明確に判別しがたい細身の身体すら魅力的に思える。
よく親族その他もろもろにかわいい、と言われることから、それが世辞でさえなければ恐らく言葉のままに、主観的に見ても整った容姿をしているのだろう。
一見すると、鏡に映る自分は昨夜と変わってないように見える。
見えるけれど…。
はたと気がついて自分の胸元に手を当てる。そしてその真っ平らな感触に思わず息を飲み込んだ。
……無い。
いくら何でも無さすぎる。まだまだ成長中といえども、年頃の少女だった。パッと見ではわからなくとも、自分では僅かに胸が膨らみ始めていたことを自覚していた。小さくとも、確かに胸はあったのだ。
それが、まったく無くなっている。
慌てて両手でまさぐってみても、スッキリとした平面そのものだった。
今度は精神的な眩暈を覚え、気を落ち着かせるように深く息を吐き出す。
夢だと思いたかった。
いいや、むしろ夢だと思っていた。
目が覚めても何も変わっていないのだと信じて疑っていなかった。
「……まさか、…」
ふと視線が胸よりさらに下へと向かう。
嫌な予感しかしない。
想像するだけで血の気が引いていくのがわかり、白くなった指先が微かに震える。
静寂の中でごくりと喉を鳴らし、それでも何とか萎んだ気持ちを奮い立たせると、勢いよく己の下腹部へと手を伸ばした。
指先が、確かな質量を伝えてくる。
…………………………ある。
それ以上の詳しい確認は、現状とてもじゃないがする気にはなれずその場に勢いよく崩れ落ちた。本当に、しつこいようだが何度でも言いたい。何もかも夢だといいと思った。
ささやかな胸の膨らみが消えた代わりに、今まで無かったはずのものが下肢の間で明らかな存在を訴えている。
ニコラ・エルズワースは公爵令嬢、だった。