09話 鋼殻
南側草原の探索が終了した事で、その次に東側草原を探索する事となった。
この街の西側は完全な未開地であり、この地域が辺境と言われる所以である。その為、危険度が高く、意図的に広げられた草原地帯でも他の場所より危険なモンスターが出没する可能性がある。
そんな事もあり、東側を選択するに至った訳だ。
この東側は、王都へと続く街道が有り他の三方と比べれば遙かに人通りが多く、道も整備されている。
当然危険度も最も低いのだが、それに従って薬草類はほぼ取り尽くされていると見て良い。竜が当初東側に行かなかったのはその為だ。
竜はこちらを探索するにあたって、依頼は受けない事にした。
無論、収入がなくては直ぐに生活に窮する事となる為、金策は必要となる。彼が取った金策は、地蜂の蜂蜜だった。
南よりも石が少ない土地とは言え、掘りやすくはない関係で、この方面でも地蜂の蜂蜜はあまり取られていない。
ならば1日に2カ所の巣穴を発見できれば十二分な収入が得られると考えた訳だ。少なくとも1カ所を見つければ宿代と飯代分は確保できる。
彼であれば、最低限の穴を掘れば後は『透過』を使う事で蜂蜜玉を取り出す事が出来る。一般の者の1/3~1/4の時間で可能だ。
その考えの基、いつものようにローラー探索を実施していった。
そして、南の草原と同様に薬草類が見つかった場合は回収して、規定量を上回った段階で依頼を受け納品して換金だ。『次元収納』様々だ。
そんな地味な金策も功を奏してか、平均して1日6000円は稼げている。最低限2000円を毎日貯蓄に回せている状態だ。
ただ、人が多いだけに出没するモンスターの数も少なく、他のエリアの半分もいない。
これは、通常のレベルアップが可能な(レベルアップを目的とする)者で有ればマイナス条件となる訳だが、悲しいかな竜に取ってはプラス条件である。
無論魔石は入手出来ない訳で、その分の収入は少なくなる。
だが、魔石で収入を得ようと考えるのであれば、ダンジョンに潜る方が遙かに効率が高い。
低階層で最低ランクのモンスターだとしても、20匹殺せば約2000円だ。混み合っていない限り半日程で達成できるだろう。
以前、冒険者協会からの依頼という形を取って潜った際、外が雨で通常より多くの冒険者がダンジョンに訪れていてなお十分な数のモンスターと出会え事が出来ていた。
つまり、最低限の生活で慎ましく生活するだけであれば、現状の竜の身体能力であればダンジョンに潜っていれば生活が可能なのだ。
だが竜はあえて郊外の探索を続ける。インプラント入手が目的だからだ。
しかし、現在に至るまで全く発見できないでいる。それ以前に、それらしき物の噂すら聞いた事が無い。
それとなく伝承や物語の形でそれらしき物が無いか聞いたのだが、『魔剣』『聖剣』『水の宝玉』などのいかにもファンタジーに出て来そうな物しか無く、『肉体に入れて』『飲み込んで』と言うようなそれらしい使用方法を持つ物は無かった。
だが彼は焦ってはいない。この世界に来るまでの彼だったら当然焦りや不安を感じるだろう。
だが、今の彼には『肉体操作』が有る。何回までなどと言う回数制限が有るのかはまだ不明だが、このインプラントは年齢操作が可能だ。
どこぞの緑色をした髪のエスパーのように加齢・若返りが実行できる。つまり少なくとも彼には人の倍の時間があると言う事だ。
その事を理解している彼は全く焦らない。ただ確実に、見逃す無く探索を続けるだけだ。
彼の今を支えているのは全てインプラントの力なのだ。故に彼はインプラントの存在に拘る。
そして、存在するかどうか全く分からないインプラントを探索し続ける。
多分、このまま全く見つからなくとも、現在の状態で50歳になる位までは探索を止めないだろう。その上でやっと諦めて、若返りを行い新たな生を違う形で送るかもしれない。
現在、インプラント探索と言う事は竜の目的と化している。
この世界に押し出された時点で、竜には『生きる』と言う以外の目的が無くなっていた。
元々元の世界においての目的も、『普通の生活をする』と言う漠然とした物だった。
『普通の生活』『普通の幸せ』、この『普通』は非常に相対的なものだ。他者と比べて初めて成り立つものである。
その世界の、その国の、周囲の者の平均的な値が『普通』である。故に、環境が変われば『普通』は普通では無くなってしまう。
現在のこの世界の『普通』は、元の世界の竜が考えて居た『普通』より遙かに低いレベルだった。
その為、この世界の『普通の生活』や『普通の幸せ』を目的とする事が出来なくなってしまった。
そして、目的を失った。
その結果、元の世界において『豊かに暮らす為の手段』だったインプラント探索が希望となり目的にすげ変わっていった。
故に竜はインプラント探索に拘る。
雨などによって毎日探索が実行できなかったとは言え、気がつけば竜がこの世界に来て4ヶ月が経過していた。彼の腕時計によると12月を過ぎている。
この世界でも四季はあるようで、それなりに冷え込んできている。ただ、緯度の問題か海流の問題かは不明だが、この国は冬場はそこまで寒くなる事は無いという。
雪が降るのも10年に1度有るか無いかであり、降っても積もる事は先ず無いのだそうだ。
日本で言えば、沖縄では夏場の暑さが合わないので、鹿児島の奄美大島かそれより少し上の十島村辺りの気候に近いのかもしれない。
何はともあれ、僅かな品物だけを持った状態で、突然にこの世界へ放り出されて4ヶ月を無事に生活出来たと言う事だ。
これは、冒険者という社会システムがあったが故の事なのだろう。
元の世界でも、仕事自体は日雇い系の建設土木系作業は探せばいくらでも存在する。
日給も人夫出し系(仕事請負を騙る人材派遣)ですら6000円を切る所は無い。8000円~1万2000円程の所も有る。
だが、ネット環境やツテが無ければ簡単にはそんな求人を見つける事が出来ない。
その点、この世界は一定の町にはデカデカと『冒険者協会』と言う仕事斡旋業が存在しており、その上で、そんな日雇労働者用の宿屋や屋台などのシステムが完全に出来上がっている。
そんなファンタジー小説のデフォルトと成っているシステムが存在した事は彼にとっては大いなる福音となった。
ただ、同様にファンタジー小説でデフォルトと成っている俺Tueeeなチートは彼は持っていない。
実際は『肉体操作』は十分にチート能力と言えるが、戦闘には直接は寄与しない。他のインプラントも同様だ。
『次元収納』を使った商人系経済チートはある程度可能かもしれないが、この世界では商人となる権利は国が発行するもので、そうそう簡単に成れるものではない。
つまり、一般人の状態で生き抜くしか無かった訳だ。たとえ肉体を限界まで改造しようとも、レベルを上げた者には及ばない。
それどころか、魔法や武器系加護も無いため、場合によってはレベル1の魔法系加護持ち農家にすら負ける可能性がある。
俺Tueeeどころか俺Yoeeeと言った方が良い状態だろう。その割には十分良くやってきていると思える。
無論、その為に貯蓄はあまり貯まっていないのだが……
さて、季節が完全に冬と成ると、それまで無かった依頼が依頼掲示板に貼られる。
主に、木材採取依頼と木材伐採時の護衛依頼だ。
この街では、街を囲む畑地の外に一定間隔の草原地帯を意図的に作っている。目的は視界の維持と、森を生息域とするモンスターを遠ざける為だ。
基本的に、この世界のモンスターの大半は森や山岳地帯を生息域としている。
無論、草原のような開けた場所を生息域としているモノもいるが、そう言ったモンスターは得てして弱く、一般人でも数人なら十分に対処できるケースが殆どだ。
その為、森などをある程度街から離してやれば、格段に安全と成る。
そして、その安全地帯である草原の広さを維持する為の作業が、境界線の木々の伐採と成る。この伐採は年一回、比較的農閑期である冬期に実施される。
また、それと平行して、1年間の薪や建材用の木材の確保もこの時期に実施されている。
これには農閑期で人手がある程度見込めると言う事以外にも、いくつかの種類のモンスターが冬期には活動が活発で無くなる為、一番安全な時期だと言う事も大きい。
ただ残念な事に、竜はこの依頼を受けられない。なぜなら護衛依頼は5級以上と成っている為、まだ6級の彼は受ける権利を持たないからだ。
仮にだが、受けられたとしても彼は受けなかったかもしれない。なぜなら、一定箇所で止まって作業を行うこの依頼は、インプラント探索という目的にそぐわないからだ。
その為、竜はその依頼を横目に、西の草原へと赴く為の依頼を探して窓口へと並んでいる。
彼が受けようとしている依頼は『地虫の採取』というモノで、地虫とはいわゆるワームだ。
その体長1メートルほどのワームの尾(?)の部分が肥料を作る際の触媒に成るようで、それを一定量集める依頼である。
この地虫だが、すでに東の草原で竜は出会っている。地蜂の巣を掘り起こしている最中に、直ぐ側の地面から飛び出してきて襲われてのだった。
この地虫は、岩石をかみ砕く強い歯を持ち攻撃力は有るだが、地表付近に出てくる際にはかなりの音を発する為、よほど油断しない限りは奇襲を受ける事は無い。
その為、剣を持って構えておき問題なく殺す事が出来た。ただ、土中を移動するだけ有ってその外皮は硬く、剣で一撃という訳には行かず4回近く地面に叩き付けるようにして殺す事に成った。
その際剣の刃がかなりボロボロに成ったが、それは『リペア』で修理した。多分今回も『リペア』が毎日活躍する事に成るだろう。
そんな過去の事を思い出しつつ並んでいると、さほど待つこと無く彼の順番が回ってきた。
本日並んだ窓口は、四人の窓口嬢の中で一番丁寧にしゃべる窓口嬢の所だ。顔立ちで言えば一番綺麗な人かもしれない。
無論、顔で選んだ訳では無く、たまたま並んでいる者が一番少なかったと言うだけの事だ。
窓口での手続きはいつものごとく普通に続けられた。たた、手続きが終了する段で思い出したように彼女から注意喚起が語られた。
「竜さんは、ここ3日間こちらにお見えに成っておられませんよね?」
実際、東の草原では殆ど依頼を受けておらず、蜂蜜玉も業者に直接売却していた為、冒険者協会に来るのは採り溜めた薬草類が定量を超えた際だけで、実質5日に1回来れば良い程だった。
その為、「はい」と言ってうなずく。
「では、噂として聞いて存じているかもしれませんが念のため報告させて頂きます。数日前に北の森で鋼殻獣と思われるモンスターが目撃されました。ただ、この目撃は確証の有るものではありません。ですので念のために注意を喚起するという意味でご報告させて頂いています」
その話を聞いた竜は首をかしげた。
「あの…… 鋼殻獣って何ですか?」
久々に窓口嬢を絶句させる竜だった。
「……ご存じ……無いのですね。……分かりました。鋼殻獣とは、モンスターや動物が鋼殻を持って生まれてきた変異体の総称です」
「鋼殻?」
「鋼殻は、虫の外骨格のような物で、紙の軽さと鋼以上の堅さを持ち、魔法も反射するやっかいな物です」
「……それってかなりやっかいなのでは?」
「その通りです。その上で元の種族の1.5倍から2倍の大きさになりますので、穴ネズミですら鋼殻獣となりますとかなり苦労すると言われております。今回目撃されたと言われておりますのは猪系のモンスターである岩猪では無いかと言われています」
岩猪は鼻面から頭部に向かって大きく堅い突起があり、それを使ってぶちかましを行うモンスターだ。
「目撃された方は、木の陰から一瞬しか目撃しておりませんので、全てハッキリとした情報ではありませんのでご了承ください」
「鋼殻獣ですか……」
「はい、念のためしばらくは北の森には近づかない事をおすすめします」
竜は元々北に行く予定は無かった為、素直にうなずいて了承した。
(鋼殻獣? 魔人と違って生まれつきか。猪って日本でも100キロクラスは結構いるみたいだから、モンスターだったらそれより大きいだろう。そして、鋼殻獣はそれよりもっと大きいと…… 剣も魔法も利かない軽自動車が突っ込んでくる感じか?)
自分が出会った場合を想像して、全く勝てる要素が無い事を理解し、『ジャンプ』で逃げるしかないと考える。
(でも、一度は死体でも良いから鋼殻って物は見ておきたいな。でないとどれが鋼殻なのか分からない。アルマジロみたいなアレを持つモンスターもいるだろうし、違いを理解していないと逃げる必要が無いのに逃げて、逃げるべき相手に逃げずに殺される事になる)
そんな事を考えながら、冒険者協会を後にして西門へと向かう。
この街において、西門を出る冒険者は上級の者が多い。無論、竜のような低級の者もいるが、比率として他の場所と比べればと言う事だ。
理由は単純に、西側が辺境であり強いモンスターが生息しているからだ。
ただし、その強いモンスターは街からかなり離れたエリアにしかおらず、畑地に近づいてくる事は滅多に無い。
この街において、最も多く街まで訪れるモンスターは南エリアの山岳地帯に生息するワイバーンだ。それ以外は牙犬が良い所だろう。
ワイバーンはともかく、牙犬にしても現在の竜では死活問題となるモンスターである。
無論、一対一で対峙した場合であれば竜に軍配が上がるだろう。だが、牙犬は犬科であり、当然ながら集団で狩りを行う。少なくとも5頭以上でだ。
『肉体操作』で傷は治せても、咬みちぎられた肉や血液は再生することは出来ない。無から有を生み出す事は出来ないのだから。
故に、集団で襲われれば、死ぬまでの時間は延ばせても、死自体は免れる事は出来ないだろう。
さらに言えば、仮に集団では無く1匹だったにせよ、ゲームや小説のように目前に現れて「ぐるるるる」なんて唸って身構えてから襲ってくるなんて先ず無い。
基本肉食獣が獲物に襲いかかる時は奇襲だ。忍び寄って死角からガブリと行く。その時点で気付いたらもう半分は死んでいるだろう。
『○○が現れた』なんて事はほぼ無い。『○○が襲いかかってきた』『○○が身構えているのを発見した』が殆どだろう。いきなり『首に○○が噛みついてきた』でもおかしくない。
現実なんてそんなものだ。集団で狩りを行う動物でも、追い込んだあげくの奇襲が一般的だ。
たとえ1匹であろうとも、奇襲を受ければ『肉体操作』を実行する余裕さえ無く死に至る可能性がある。まあ、これを言い出せばきりが無くなる事ではあるが……
だから竜は油断しない。索敵6割で移動する。
この街の周囲に有る草原地帯は、その場所場所によってそれぞれ特徴が有る。
西の草原地帯は、比較的背の高い草が多く視界が妨げられている。
そして、地虫の生息地帯である関係上、地蜂、穴ネズミが殆ど生息していない。その為、ここの所竜の資金源であった蜂蜜玉がほぼ入手できないはずだ。
さらに、南側に湿地帯が広がっており、青筋赤ガエルが生息している。
当然この湿地帯は今の竜では探索は不可能だ。踏破する手段も無く、青筋赤ガエルの強さはともかく環境的に対処できない。
全ての面でこのエリアは、竜に取ってはキツい場所となっている。
そんなエリアでもやる事は同じだ。視界が悪い為、基本常に抜剣状態で移動していく。
畑地の側は比較的背の高い草は少ないのだが、それでも有るところには有る。それらを距離を開けてよけつつ進んで行く。
この草原沿いの畑地は、夏作の麦は秋に収穫され、現在は冬作の麦が育てられている。
通常この様に連続で同一作物を育てる事はほぼやらないのだが、今回の地虫の一部を使用した肥料を使う事で連作障害を回避できるのだという。
限られたスペースで住民全ての食料を生産する為の試行錯誤の結果なのだろう。
そのキーとなる地虫が現れたのは探索開始から1時間が経った時だった。位置的には1回折り返した中間位置。
最初に感じたのは足下からの違和感だった。まだ振動として捉えられない感覚を違和感として感じたもので、インプラント探索の為意識を凝らしていたが故に感じる事が出来たのだろう。
そして、その違和感で意識をそちらに向けると、直ぐに振動と分かる物に変わっていた。
竜はその音を耳と足の裏で感じながら、同じ速度で歩きその時を待った。
その音が聞き覚えの有るレベルを超えた瞬間、横に跳ぶ。
1秒程のタイムラグの後、竜が先ほど居た位置の地面が爆ぜて太さ30センチほどの地虫が竜の身長と変わらない高さまで顔を出した。
半身はまだ土中に埋まったままの状態で、伸び上がった状態だった地虫は獲物に逃げられたのに気付いたのか、蛇のように鎌首を曲げ周囲を見回す。
明らかに目と思われる物は無いのだが、蛇のピット気管やサメのロレンチーニ器官のような別のセンサーが存在するのかもしれない。
ぐるりと半周した地虫の鎌首は竜の方を向いたところでピタリと止まった。
(おい! こら! 何だよその大きさは!)
心の中で毒づく竜だったが、それも仕方が無いだろう。
以前彼が殺した地虫も資料で見た地虫もほぼ全長1メートルほどだった。だが、目前のソレは地面から出ている部分だけで1.7メートルは優に有る。多分全長は2メートルを超えるだろう。
(逃げるか?)
一瞬そう考えるが、以前対処した個体の動きから、逃げるだけならいつでも問題ないと考え戦う事を選択した。
彼が地虫に対峙したのは過去1度だけで、通常ならその1個体でその種族の能力を判断するのは愚かとしか言いようが無いが、身体が大きい→体重が重い→少なくともあの個体よりは動きは鈍いはず、と言う理論での決めつけによるものだった。
幸い、彼の考えは今回は正しかったようで、倒れてくるように襲いかかってくるその地虫の攻撃は竜に取っては十分な余裕を持って回避できるものだった。
当然、ただ回避するだけでは無く避けざまに剣によって斬りかかる。
彼が使っている剣は直刀でショートソードと呼ばれるモノで、基本叩き付ける形で攻撃するものなのだが、竜は地虫の身体に刃を当てて体重も掛けた状態で横を駆け抜ける。その動作は、実質切る動作となった。
前記の通り、地虫の皮膚は硬い。ましてや今回の地虫は大物だ。当然ながらその大きさに従って皮膚も厚くその分切るのは困難になるはずだった。
だが、この戦闘が本日一番最初のものだったのが幸いした。
竜が駆け抜けると同時に、その刃を立てた場所から半透明の体液があふれ出す。
(5センチぐらいは切れたか? 後1回か2回は持つか?)
地虫には声を発する器官は存在しない。その為声は出さないが、明らかに痛みを感じているようで、地上に出ている部分を振り回して痛がっている。
そんな状態を見ていた竜は、タイミングを計ると暴れる地虫に向かって踏み込み、先ほど切ったのとは反対側を同じように走り抜けるようにして切っていく。
(チッ! やっぱり切れ味が落ちてる)
今回の攻撃は先ほどのようにカウンター的なものではなかったとは言え、明らかにその傷の深さが浅くなっていた。多分2センチ程だろう。
(逃がすか!!)
頭部(?)を2カ所切りつけられた地虫が、埋まったままの穴に戻ろうとするのを見て、竜が再度走り出す。
今度は走り出すと共に剣を180度回し、先ほどまでと反対の刃を前にして同じ付近を目がけて切りつけた。
その攻撃は、位置が先ほど2センチ程の深さまで切った場所にうまく重なった事も有り、深さ10センチ以上の傷を与えるとこに成功する。
走り抜けながら確かな手応えを感じた竜は、一旦全周囲を確認する余裕を取り戻し、安全を確認した上で半分に切れたミミズのように全身でばたばたと動く地虫を距離を置いて眺める。
さすがにミミズの親玉だけは有り、そうなってから動かなく成るまでに5分を要した。
そして、足で複数回蹴って完全に死んだのを確認してから、死ぬ寸前のジタバタで地面から抜け出ていた尻尾(?)の部分を剣で切断する。
その依頼部位は、そこだけ黒に近い焦げ茶色で、他の茶色に近い焦げ茶の全身とは明らかに色が違い見分けるのは簡単だった。
ただ、当然ながら皮膚の硬さは同じで有り、その切断にはかなりの時間と苦労を要した。
今回、ただの鉄の剣でこれほどまでに簡単にこの大きな地虫に傷を付ける事が出来たのは理由が有る。
それは『リペア』のおかげだ。毎日のように、宿へ帰った際全ての装備を『リペア』によって修復している。
当然剣もそうで、刃こぼれはもちろん握りの布まで元の状態を再現していた。
そして、刃については、しばらく前から出来る範囲で限界まで刃を研ぐようにしている。
『リペア』の作用範囲は分子単位までだ。つまり、やろうと思えば分子レベルまで刃先を薄く研ぐ事が出来る。
無論、どれほど研いでも材質から来る強度によってその刃の強度は決まってくる。当然ただの鉄では直ぐに刃はつぶれてしまうのだが、それまでの切れ味は格段だ。
その切れ味が今回の勝因だった訳だ。
さすがに今回の『研ぎ』は分子レベルなんて事は無く、通常の研ぎの1/4程の厚みの刃に形成してある。
竜に金属工学的知識があれば、時間は莫大に掛かるとは思うが結晶構造などを作り替える事で刃や刀身の強度を格段に上げる事も可能だったかもしれない。だが残念ながら彼にその知識は無かった。
そんな魔改造された剣だったが、当然のごとく依頼部位を切断する段では通常のレベルにまで切れ味は落ちていた。
『リペア』で刃を研げば良いのだが、10分近くの時間を要する為にかえって時間が掛かってしまう。だからそのままだ。
今回の地虫は通常の倍以上有る固体だった為、依頼部位も3匹分以上の物が一気に入手できていた。
そして、さらなる時間を掛けて首下(?)辺りから1センチ台の魔石を発見する。今まで入手した魔石が全て6ミリ台だったのでこれが最大の物となった。
それを袋に入れて『次元収納』に入れると、再度全周囲を確認した後ローラー探索を再開した。
予定以上に手が汚れた為、結構な量の水を消費してしまった。さすがの竜でもあのミミズ臭は我慢できなかったようだ。
(小説などで良くある生活魔法のクリーンみたいな魔法があればな……)
そんな、仮にあったとしても魔法に関する加護の無い彼には無縁な事を考えながら探索を続けていく。