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30話 家

 竜がこの町に帰ってきて初めての依頼が『屎尿汲み取り依頼』となった。

 図らずも、この世界に来て初めて受けた依頼と同じものを、再出発を期した最初の依頼としてまた受けた事になる。

 これは、竜が意図したものでは無く冒険者協会側から依頼されたものだが、当然断る事が可能だった。だが、彼はそれをしなかった。

 その理由は、彼がこの7ヶ月にも及ぶ期間他の町で活動した事によって、この街の冒険者協会でどれだけの恩恵を受けていたかを実感出来たからだ。

 竜は、この街の冒険者協会では当たり前の様に各種情報を手に入れていた。全て無料でだ。

 常識的な『魔法について』『マジックアイテムについて』『加護について』はもちろん、『近隣で発生する盗賊事案の情報』までも、全て無料で貰っていた。

 一度として対価を求められた事の無い彼は、それが当たり前の事だと認識していたのだ。その考えの基は、元の世界の役所などによる情報サービスなどが影響していると思われる。

 だが、この世界に置いては、どのような情報であっても、例え常識的なものですら『情報』で有れば全ては対価を求められて当然のものだった。

 その事を王都の冒険者協会で思い知らされたのだ。

 ─────

「あのー、王都周辺の盗賊事件の最新情報を教えて頂きたいのですが」

「はい、何件でしょうか? 一件当たり2000(イェン)です」

「えっ! 有料なんですか!?」

「? 当然ですが?」

 ─────と言った具合だ。

 その後、他の町に有る冒険者協会に赴いた時にも、同様に対価を求められた事で、これが普通であり『ハルの町』の冒険者協会が特殊であった事を理解した。

 実際は、『ハルの町』の冒険者協会が特殊なのでは無く、竜個人が優遇されていただけなのだが、彼はその事はまだ理解してい。

 竜が今回この依頼を二つ返事で受けたのは、これまでの優遇措置に対する感謝の念によるものだった。

 これまでの経緯で、冒険者協会側がこの依頼に苦慮している事を知っていた彼は、恩には恩で報いるべきだと言う考えのもと引き受けた訳だ。

 リョーとの関係を見ても分かると思うが、竜はこの世界に来るまでの間あまり良い対人環境で生活していなかった為、負の感情には慣れていたが正の感情には慣れておらず過大に反応するきらいがある。

 一般の者にとっては普通の事でも、竜に取っては特別な事と感じてしまうのだった。その為、普通に仲の良い関係が彼にとっては『特別な関係』と化し、その対象を死に追いやった盗賊を自ら殺そうと考え、最終的には実行に移す程に。

 彼の様な者が、状況や対象を違えれば『ストーカー』と成るのかもしれない。対象者の感情と全く関係なく『特別な関係』と感じ、最後には相手もその様に感じていると錯誤する事によって……

 今回の事も、その事が過分に影響している。無自覚ではあっても、恩を受けたのであれば返すべきだと言う事だ。

 幸い、竜の懐具合に問題は無い。金銭的に苦慮していない事も後押しして、この依頼を快諾(かいだく)した。

 そしてその後、手慣れた作業と言う事も有って、僅か20日ほどでこの依頼を完了させた。

 

 竜は、『屎尿汲み取り依頼』を実行している間にあった雨の日を利用して、この街にある不動産を扱う者を尋ねて、売りに出されている家を回っていた。

 この町には、いわゆる不動産屋という専門職は存在していない。なぜなら、家の売買自体がそうそう頻繁に有るものでは無いからだ。

 元の世界で言うアパートにあたる長屋などの貸し借りも、所有者個人が行う事が多く、不動産屋という専門業者が介在できる余地が無いのが原因で有る。

 その為、この街に置いて不動産の売買を仲介するのは、いわゆる町内会における『区長』の様な地区の世話役が担当していた。

 竜は『屎尿汲み取り依頼』の際、確認をして貰う住人に、その一帯に売り家が無いか聞き、有った場合には世話役の家を聞いた上で尋ねた。

 その様な形で、10件程回った上で決定したのが、町の西側外周に近い一軒家だ。8万人を超える人口を持つ町で、売り家が10件程度しか無い事で、この国…いやこの世界の不動産事情が分かるだろう。

 さて、竜がこの家を選択した一番の理由は、『安いから』である。

 この街の地価は、代官屋敷周辺が一番高く、次が冒険者協会周囲で、その後は中心部から郊外に向かって徐々に安くなっていく。

 さらに細かく言うと、町の中央を十字に走る南北・東西の大通り沿いが高く、そこから離れるに従って安くなっている。

 また、西側が辺境に面している関係で一番安く、次にワイバーンの襲来の多い南側が続き、可も無く不可も無くと言う北側、一番人通りが多い王都へ向かう街道に面した東側が一番高い。

 そう言った意味で、西側外周部でかつ大通りから外れた場所にあるこの家は、この街としては最安値の場所で有った訳だ。

 それ以前に、家自体もかなり年季が入っており細部に劣化が見られる上、その家の隣に鍛冶屋が存在する事から騒音の関係もあってさらに安くなっていた。

 実際この建物の傷み具合で有れば、元の世界なら上物(うわもの)に価値無しとして地価のみの価格で販売される様な物件だろう。

 だが、それでも1200万(イェン)と言う価格だった。僅か10坪ほどの土地とは言え、決して安い価格とは言えないだろう。

 それでも竜はこの家を購入した。なんと言っても、彼にとっては家を持つと言う事は最大の目標だったのだから。

 竜は、物心ついた時にはすでに児童養護施設で生活していた為、自身が根無し草であるという認識が常に頭の中にあった。

 故に、普通の家庭にあこがれると共に自身の家と言う物に最大級のあこがれを持ち続けていた。

 そして、その後の生活の中で人間不信をこじらせて『普通の家庭』に対するあこがれを失った事で、より強く『自身の家』と言う物に対する思いが強くなっていた。

 だから、盗賊を殲滅して彼らの残した略奪物資の中に、それ相応の額のお金を発見した際、真っ先に考えたのが家の購入だった訳だ。

 この家は、この街では一般的な構造になっている。二階建てで、一階が全面土間になっており台所・風呂・トイレ・食事スペース、二階が居室だ。

 これ以外にも、小さいながらも地下倉庫も存在しており、これは一般的には穀物や野菜などの食品を貯蔵するのに用いられる。だが、竜の場合は『次元収納』が有る関係上この用途で使用される事は無いだろう。

 こう書くと、なかなかの物件に思えるが、実際は漆喰状の壁材が剥がれ落ちている場所が方々にあり、雨漏りの跡が一階の天井部分にまで現れていたりする。

 家の骨格たる木材の柱も、所々痛んでいるところ有って、数年後には自然崩壊を迎える可能性すら考えられる状態だ。

 さらに、この家のインフラたるマジックアイテム類も全て取り除かれており、照明一つ点かない状況になっていた。

 また、一応風呂があるのだが、風呂釜自体が錆び付き穴が複数箇所に空いており、手直しでどうこう成るような状態では無かった。この状態は、ここ数年で成った物とは思えない事から、相当な年月使えない状態で放置された物だと考えられる。

 安いには安いなりの理由が有ったと言う事だ。あくまでも、この街の不動産価格として考えれば、と言う事ではあるが……

 普通であれば、この様な家を購入する者はいない。事実この家は、売りに出されてから3年以上買い手が無かった。

 それでも竜がこの家を購入したのは、彼であればなんとでも成ると分かっていたからだ。

 彼には『リペア』と言うインプラントがあった。さらに、盗賊の隠れ家で入手した各種マジックアイテムも有った。だから全くもって問題ない。必要なのは、彼自身の手間と時間だけだ。

 

 竜が購入した家は、領主の持ち物であり、その売買契約は代官屋敷で行われた。

 ちなみに、この屋敷は別段領主が何らかの考えで購入したと言う物件では無い。ただ単に、この国の相続の決まりに従って、相続人がいない物件として自動的に領主の持ち物と成った物である。

 この国の相続は、配偶者か子供にしか出来ない。その為、独身者が死亡した場合には、例え親兄弟が生存していたとしても、その財産は全て無条件で領主の物となる。当然、竜が死んだ場合もこの家は再度領主の物となる訳だ。

 この国の法は厳格であり、内縁の妻が──と言ったような誤魔化しは効かない。さらには、実際に結婚式を挙げていたとしても、代官屋敷に婚姻届を届ける前に配偶者が亡くなった場合は、その財産は領主に召し上げられる。

 元の世界のように、不正占拠し続けた場所から立ち退きを命じられながらも、最終的には逆に立ち退き料をせしめる、と言うような馬鹿げた事は発生しない。ただ、当然ながら細かな融通は利かず、泣きを見る者もでる。それでも、ある意味(一般住民に関しては)限りなく平等と言えるかもしれない……

 竜は、この売買契約を終えると同時に、自身の住民登録を実施する。

 これは、正式にこの街の住人として登録を行うもので、これまでの竜の立場は実は『ただの旅行者』だった。

 つまり、宿屋暮らしをしている冒険者は全て、正式にはこの街の住民では無いと言う事になる。その大半は、他の町に籍を置いている出稼ぎ人のようなものだ。

 何割かの者は、竜同様にどこの町にも籍を置いていない者で、江戸時代で言うところの無宿者である。

 竜はともかくとして、他の無宿者は、元々育った町を出る際、その町から籍を抜いてそのままになっている者で、別段この国の法では違法では無い。

 成人時、他の町で冒険者を目指す者は、基本その籍を抜いてから旅立つ。その理由は、籍を残したままでは実家に人頭税が掛かってしまうからだ。

 無宿者の冒険者の場合は、年二回冒険者協会にて税の徴収が行われている。一般の市民と違って年二回に分けて税の納付を行うのは、死亡率の多い職業故に、税の取りっぱぐれを少しでもなくす為だろう。

 竜も、登録後最初の納税期間に、窓口嬢から籍の有無を確認された。当然、この世界に籍を置く町の無い竜は無宿者として以降半年に一回人頭税を支払う事になった。

 この無宿者冒険者の人頭税は町に籍を持つ冒険者の倍近い額であり、家を持つ以上この街に住民登録する事をためらう理由など無い訳だ。この国には、不動産取得税は存在するが、年ごとの不動産税は存在しないのだから、なおさらだ。

 これらの処理を全て終えた竜は、代官屋敷を出て『春風屋』へと向かった。

 そして、『春風屋』で家の手続きが終わった事を報告して、本日で宿を引き払う事を告げる。

 カウンターで接客業務を担当していたのはレイの夫のタスクだったが、他の三人にも同じように報告した。

 レイはかなり残念そうな顔をしていたが、タスクは若干ほっとした表情をしている。嫁とが竜と仲が良いのがやはり心配だったのだろう。

「たまには、蜂蜜を持って顔を出すよ」

 レイに向かって竜がそう言うと、食べ物で誤魔化そうとされたとでも思ったのか、彼女は頬を膨らませて怒り出す。

「私、そんな食いしん坊じゃないもん!!」

 だが、父親のマスヤの「一番食ってるのはレイだけどな」の一言で、その怒りの矛先がマスヤに変わり、竜は事なきを得る。

 時折出てくる、そんなレイの子供っぽい仕草に微笑みながら竜は、改めて彼らに今までの礼を言ってその場を後にした。

 竜にとっては、今日までずっとこの宿が『帰るべき場所』だった。それは、場所としてだけで無く、精神的な意味でも『帰るべき場所』だった。だが、今日からは違う。

 その事を再度かみしめて、新たなる一歩を踏み出す。

 

 

 冒険者協会内のホールは静寂に満ちていた。時間帯が昼過ぎと言う事も有り、冒険者はもちろん依頼者すらいない為だ。

 だが、窓口を挟む事務所内はかなり騒がしい。

「家って、あの辺りでも1000万はするでしょ」

「家の状態しだいだが、1500万以上はするんじゃ無いか?」

「そんなお金、どうやって?」

「彼の向こうでの依頼リストを思い返しても、とてもでは無いけど無理だね。全額蓄えていたにせよ1/50にも満たないはずだよ」

「冒険者協会以外に売却している分が有ったと言う事でしょうね」

「ひょっとして、支援者がいるとか!」

「えっ、それって金持ちの未亡人!?」

 その話題は、ほぼ全て竜の事だった。

 先ほど竜がこの場を訪れ、家を購入した事と住民登録を実施した事を告げたのだ。

 色々な意味で、この組織内では有名で有る彼の個人情報は知れ渡っていた。故に、全員が驚きと疑問を感じた訳だ。

 多少、妄想に近い想像を繰り広げる者もいるが……

 そして、そんな騒ぎの中、違った意味で驚きを感じているグループがある。受付嬢達のグループだ。

「家を買えるだけの資金を持っている状態で、あの依頼を受けてくれたんですね……」

「そー言う事に成るね」

 イスミのつぶやきにサクヤも同意する。

 彼女たちの言う『あの依頼』とは『屎尿汲み取り依頼』の事だ。

 屎尿汲み取り依頼は、元々未成年者が対象者だっただけに、ある程度高くなった現在でも依頼料は然程高い額ではない。駆け出し冒険者であれば十分に益のある金額だ、と思える程度の額に設定されている。

 その為、4級冒険者以上には全く魅力のない依頼となっている。無論、仕事内容を抜きにしても、だ。

 そして、5級冒険者でも、4級に近い力を持ち、ダンジョンや郊外で十分な収益を上げられている者で有れば、こちらも全く魅力のない額となっている。

 竜は5級冒険者だ。今後も4級に上がる事は考えられない。なぜなら、レベルアップが不可能だからだ。

 それ故に、冒険者協会の者達にとっては、この依頼が益となる損益分岐点ギリギリにいる者だと考えられていた。

 だからこそ、躊躇しながらも彼にこの依頼を頼んだのである。

 だが、竜に家を購入できるだけの経済力があったとなれば話は変わってくる。

「……リュウさんは、受ける必要のない依頼を受けてくださったのですね」

 その依頼を頼んだ本人であるミヤカは、後悔の念を覚えていた。

 彼に対して、あの依頼を提示したと言う事は、彼女が竜の事をその依頼に適したランクだと判断した事になる。

 竜からすれば、『こいつ、俺の事を、この程度の仕事が適当だと判断してるんだな』と考えてもおかしくない訳だ。

 無論、竜は実際はそんな事は考えてはいないが、彼女からしたら、その様に思われてもおかしくない見当外れな依頼を提示したと言う事になる。

 これは、彼女が、ひいては冒険者協会が彼をその程度にしか評価していないと判断した、と取られてもおかしくない話だった。

 普通であれば、それがどうした? と思えるような話ではあるが、ここで彼女たちが相手にしているのは『冒険者』である。

 この『冒険者』という人種は、総じて我が強い者が多い。そして、無駄にプライドが高い。このプライドは、本来の意味でのプライドではなく、周囲や他者にどのように思われるかという意味でのプライドだ。

 故に、この様な『能力を実際より低く見られた』と言う様な事には、異常に敏感に反応する。

 あれが竜でなく、他の冒険者で有れば、ほぼ確実に一騒動起こっていただろう。

 窓口嬢達は、他の事務職の者と違って、それらの事を踏まえた対人用の教育を別途受けている者達だった。故に、今回のこの事に関して、思う事もひとしおだ。

「資金源がどうであれ、それだけの資金を入手出来る能力があるって言う事ですよね」

「そうね。そう言った事も含めて、私達の人物評価に誤りがあったって事に成るわね」

「……では、リュウさんの能力評価ランクは4級に限りなく近い5級に変えなければいけませんね」

 そんな反省と評価変更を話し合っている窓口嬢達を余所に、他の職員達は、支援者の正体探しに奔走している。

「王都で知り合った可能性が高いから、王都の貴族なんじゃ?」

「でも、この街に家を買ったって事は、この街に住んでる人って可能性も」

「マハヤ男爵が怪しいんじゃ?」

「あー、あの女男爵は有名だよな、5~6人は囲ってるって話だし」

「あの~、別に女性に限定する必要はないんじゃないかと~」

「いや、お前、それは……無い話じゃないか?」

 完全に見当違いの方向にズレて行く彼らの妄想を横目に、窓口嬢達は次回竜が訪れた際の対処方法を話し合うのだった。

 

 

 一通りの問題を処理し終えた竜は、その日からさっそく『自宅』の修復を開始した。

 初日はともかく、その後は仕事を終えて帰ってきた後眠るまでの時間で『リペア』のエネルギーを最大限に使って実行していく。

 この『リペア』も他のインプラント同様、完全に使い切った状態から満タンに回復するまで50時間ほどかかる。約二日だ。

 その為、一日に使用するエネルギーを50%程と定めて作業していった。

 先ず竜が実行したのは、屋根周りの修復だ。何より、現状の雨漏りを直さない事には始まらない。

 竜の『リペア』に有る『見る』力は、その範囲が1.5メートル程までに限られる為、室内から屋根部分をそのまま『リペア』する事は出来ない。

 その為、『懐中電灯』のマジックアイテム片手に屋根裏を這いずり回る事になった。屋上から実行すれば楽なのだが、周りから見える状態で『リペア』を実行する訳には行かなかった。

 この『リペア』による修復作業は、『見る』力で問題の場所を探し、その場所を周囲の同質の素材を少しずつ集めた上で塞いでいくだけの作業だ。

 大きすぎる穴であれば、別途端材などの材料を持ち込んで、それを使って穴埋めしていく。

 竜の家の屋根は、コンクリート製のフラットな屋根に似た作りとなっており、表面は漆喰のようなセメントで、その下に防水用のゴム状の素材がしかれ、木の板、木の桟、柱という順で組まれている。

 この屋根は、屋上として使用できるようになっており、通常は洗濯物を干す為に使用される。敷地面積が限られ、庭が持てない城塞都市故の構造だ。

 それだけに十分な強度が必要なので、柱の中まで『見』て問題があれば修復して行く。

 漆喰やゴムマットの場合は、そのまま穴埋めすれば良いのだが、木の場合は、ある程度内部の繊維構造まで再現しなくては強度が失われる為、それなりに時間が掛かってしまう。

 そんな手間の掛かる作業だが、竜は嬉々として実行していった。自分の家だと思えば、全く苦にならないようだ。

 そんな屋根周りの修理が終了すると、次には柱周りの修復を実行し、その後に壁を直していく。

 外壁に関しては、余り綺麗にしすぎるとあらぬ疑いを受ける可能性を考え、ある程度に留めた上で、一年ほどの時間を掛けて、分からないように少しずつ修復して行く事にする。

 建物自体は、そう言った順序で実行して行ったが、マジックアイテムに関しては照明系のマジックアイテムだけ取り付けただけで後回しにしてあった。

 しかも、その照明のマジックアイテムは、通常壁内に埋設するコード部分が完全に露出したままの状態で有る。とりあえず住めれば良い、を地で行った訳だ。

 建物自体の修復がある程度完了した段階で、今度はこのマジックアイテムなどをキチンとした形で設置していく。

 照明のマジックアイテムは、それまで台所と寝室にしか設置していなかったものを、全ての部屋と廊下・階段にも設置し、コードも全て壁や柱内に埋設して見た目も良くする。

 その後、各部屋に冷暖房のマジックアイテムも設置した。

 これらのマジックアイテムは全て盗賊の隠れ家から拝借してきた物で、全て『リペア』で改造済みの品である。その為、費用は掛かっていない。

 次に竜が行ったのは、台所周りのマジックアイテムの設置だった。食事に関しては、今まで通り食堂や屋台で済ます事が出来た事から、ここは後回しにしていた。

 この台所周りで、竜が最初に行ったのは井戸ポンプのマジックアイテム設置だ。

 この家には井戸がなく、周囲の家と共同の井戸を使用している。そして、その井戸との間にパイプが通されており、各家々に設置されたポンプによって井戸水をくみ上げられるようになっている。

 ただ、この家の井戸ポンプは、かなり長い間使用されていなかったようで、そのパイプ自体も痛みが激しく、ポンプを設置しても使用できない状態だった。

 その為、夜間人目のない時間を使って、そのパイプの修復は行われた。幸い、最後まで誰にも見とがめられる事はなかったが、真夜中に路上にしゃがみ込んで微動だにしないその姿を見られていたら、言い訳にかなり苦労したに違いない……

特に、井戸内のパイプの修復は、『リペア』の範囲の問題で中に入ってする必要があった為、『透過』まで使用した事から、絶対に他人に見られる訳には行かなかった。

 この水回りの修復が完了した段階で、最後の風呂の修復に取りかかる。

 ただ、この風呂の傷みはかなり酷く、実質新替と同等の作業が必要となった。

 先ず竜が実行したのは、『抽出』によって入手していた鉄球を使って、現在の風呂釜を置き換える作業だ。

 この鉄球は、鉄分を多く含む赤鉄鉱が露出した場所にて『抽出』によって取りだした物で、厳密な意味での『純鉄』である。Fe100%だ。

 『抽出』によって取り出される物質は、自然に球体を形作る。その為、竜が『抽出』によって手に入れた各種物質は全て大小の球体状態で『次元収納』に納められている。

 純鉄は、いわゆる鉄とは性質が若干異なるのだが、風呂釜として使用する分には全く問題ない。

 風呂釜再生作業と同時に、新たに形成する風呂釜に加熱のマジックアイテムを埋め込んでいく。

 この風呂は、元々マジックアイテムと薪が使用できる兼用タイプで、修復後も同様にどちらでも湯を沸かせるようにするつもりだ。

 ちなみに、この街の一般家庭の風呂は殆どが同じ構造で、薪と魔石が使用できるのだが、単価として圧倒的に薪が安い為、魔石を使用するマジックアイテムは使われないか、場合によっては壊れたまま放置されているケースも多い。

 町周囲の安全圏維持・拡大の為に、冬場に行われる大がかりな木材伐採の関係上、この街の薪単価が他の町以上に安い事もそれに拍車を掛けていた。

 竜も、『リペア』による改造で他の家に比べれば圧倒的に魔石の燃費が高いとは言え、戦闘時に大量の魔石を使用する関係上、魔石節約の為薪を使用するケースの方が多くなるだろう。

 かなりの時間を掛けて、風呂釜とその周囲の修復を終えた竜は、最後に小型のポンプ型のマジックアイテムを使ったシャワーを設置して、風呂での作業を終了した。

 このシャワーは、元の世界のシャワーと違って、湯船内の湯を使用する物で、風呂の余り湯を洗濯機に移すポンプにシャワーノズルを付けた物だと思えば良い。全て竜の『手作り』だ。

 この風呂場の作業を完了した時点で、家の修復作業は一応終了となった。

 この後は、水のマジックアイテムを参考に『洗濯機』のマジックアイテムを作ったり、棚や机などと言った家具類も作らなくてはならない。

 全ての作業が終了するまではには、さらに一月以上の時が必要だろう。

 かなり精神的に疲れる作業だが、竜の顔に苦しさの表情はなかった。

 それどころか、日に日に少しずつ家が綺麗になり、環境が整っていくのが嬉しくてしょうが無い。

 今日もまた、『リペア』をフル活動させて作業を行っていく。

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