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25話 細かな変遷

 若干残念な結果となったインプラントの件だが、存在する事が明らかになった事は喜ばしい事だった。

 その為、竜の探索にも力が入っている。

 元の世界のインプラントは、ある程度の範囲内にまとまって存在していた。具体的には、連なった山2キロ四方だ。

 そして、今回のインプラントが発見された湿地帯は、その源流たる川を含めると軽く4キロ四方に亘って存在している。

 元の世界と条件が同じであれば、場合によってはこの湿地帯内で複数のインプラントが見つかる可能性が有る訳だ。

 探索に力が入るのは当然だろう。

 この探索に置いては何よりも魔石の消耗が多い為、現在は街からの移動時の『穴ネズミ』も殲滅して最下級の魔石であるクズ魔石すら回収する事で対処していた。

 また、一定時間で自動的にエネルギーが回復するインプラント『ジャンプ』も併用する事で『土壁』による『足場』を作らずに済ませたりもしている。

 ただ、『ジャンプ』は周囲に他の冒険者などがいる場合には使用できないし、戦闘の可能性が有る場合も使いづらい事から使用できる条件が限定されてしまっている。

 その為、多用できずに結局は『土壁』を使用するとこになり魔石が消費されている現状だ。

 流石に、魔石自体を購入する必要がある事態にまでは至っていないが、ストックが激減している状態を考えると早晩そうする必要に迫られる可能性も高い。

 二つの魔石の消耗の原因たる『土壁の籠手』と『雷撃の籠手』だが、現在の設定では『土壁』が『雷撃』の4倍程のエネルギーを消費している。

 事象そのものを顕現させいる『雷撃』よりも、自然界に存在する物質を操作する『土壁』の方がエネルギー消費が多いのは、単純に効果を与える範囲と質量が膨大だからだろう。

 さらに『雷撃』の場合は、その攻撃によってモンスターを殺す事で新たな魔石を入手できる可能性が有るのだが、『土壁』の場合はただ消耗するだけなのも考えれば、比較した消耗度はさらに上がる事に成る。

 竜としては、流石に魔石を購入したくは無い為、状況によってはダンジョンへと潜って魔石をかき集める事も視野に入れていた。

 以前と違い、『雷撃』という攻撃手段を得た事で、芋洗い状態のエリアでは無い所まで潜れる事から、ある程度の数を稼げると考えている。

 ただその場合は、全ての魔石をストックする訳で、金銭収入がゼロに成るという問題がある。その辺りも考えて、どうするか検討中だ。

 それと、最近『土壁』を乱発した事によって分かった事だが、作成された『土壁』に『維持力』とでも言うべきその形状を維持する力が残っている間は、その周囲で他の『土壁』を作成してもすでに存在している『土壁』からは材料が抽出されない事が分かった。

 つまり、以前考えたように、既存の石壁の位置を考えて材料を集めるエリアを限定する必要が無かったと言う事である。

 この事で『土壁』の使い勝手はかなり良くなった。四枚の『土壁』を使って完全に周囲を囲む事も楽にできるようになった訳だ。

 何よりも、緊急時に『土壁』を作成するにあたって考えなければならない事が一つ減った、と言う事が大きい。

 常人より遙かに高速で思考できる竜ではあるが、この刹那の時間が生死を分ける可能性も有る。毎日が命のやりとりである竜に取っては非常に大きな刹那だ。

 さて、竜の湿地帯探索だが、当初の目的の『青筋赤ガエル』の肉確保という金策から、インプラント探索という目的に完全にすげ変わったのだが、5日目にして未だ新たなインプラントは見つかっていない。

 以前の元の世界と違って、湿地帯という行動が制限される場所であり、その上モンスターが徘徊する場所で得る関係上移動に要する時間が大幅に掛かっているのが原因だと思われる。

 実際、探索できた範囲はかなり狭い範囲に過ぎなかった。

 そんな竜が、いつものように入手した『青筋赤ガエル』の内の一匹を冒険者協会に売却に来た時、周囲からその噂が聞こえてきた。

「マジかよ。聖人ってあり得ないだろ」

「ああ、他ならともかく、あの皇太子だぞ。絶対嘘だ」

「うん、嘘。確実に嘘。あの皇太子がって事以前にニダールって時点で嘘でしょ」

「まあ、歴代の聖人が名前の通り聖人たる行動を取った事から考えて、あれが聖人になるなんてあり得ないよね」

(ニダール帝国? 皇太子? 聖人?)

 疑問に思った竜は、売却手続きが終了した後、この時間帯は空いている受付窓口へと赴き、窓口嬢にその噂について尋ねてみた。

「あー、あれね。何日か前、ニダール帝国から各国に対して通達があったの。『偉大なるニダール帝国皇太子ジェインが聖人となった』ってね。

 一応、この大陸の国家間では、聖人が生まれた場合には全ての国に通達する決まりになってる訳よ。

 そう言う意味では、ニダール帝国にしては珍しく国際条約を守ったって事になるわね」

「事実なんでしょうか?」

 他の者の噂でもだが、竜自身もあの男が聖人と言う存在になったと言う事が信じられない。

 ただ、聖人という存在については以前窓口嬢から聞いた程度の知識しか無い為、完全に否定出来る訳ではなかった。

 ラフな口調で語るその窓口嬢は、竜の真剣な表情を見て失笑し、慌てて「ごめん、ごめん」と竜に謝る。

「まあ、98%嘘だと思って良いよ。ニダール帝国の国家発表って、基本嘘だから」

 そう言う彼女の表情は、先ほどの失笑が残ってはいるが、その言葉自体には自信を持っているようだった。

(全ての国家発表が嘘って…… それで良く国として成り立って……あっそうか、経済が国内である程度完結しているから、国際間の信用は致命的じゃないんだっけ)

 無論この考えは、周辺国家間に戦争などが発生していない状態でしか成り立たない話ではある。

 諍いが存在していれば、同盟や不可侵条約などを隣接する国々と結ぶ必要があり、そこで一番必要となるのが国家の信用だ。

 現状のニダール帝国とそれらの条約を結ぼうと考える国は存在しないだろう。

 図らずも、ニダール帝国を存続させているのは、『聖』及び『降竜王国』など周辺各国が安定しているからである。

 一度(ひとたび)周辺国家間に戦争が発生すれば、『聖』などは後顧の憂いを絶つ為に真っ先にニダール帝国を滅ぼすかもしれない。

 そう考えられる程には、色々な意味でニダール帝国は信頼されていないと、竜も理解していた。

「とりあえず、一応、聖人に成ったってって発表した以上は、各国から確認の者が行くはずだから、半月もすれば結果が発表されるわよ」

 彼女の言う『結果』には『嘘だったと言う事』と言う意味が言外に込められているようだ。

 ちなみに、彼女が言うには、仮にこの事が本当であって、あの皇太子が聖人となっていたとしたら、彼の身柄はこの大陸全てで管理され、かなりの権力を有する事になるという。

 そして自然、ニダール帝国自体も国家間の発言力を増して行く可能性が有る、と。

 流石に、彼がこの大陸のトップに叙されると言う事は無いようだが、一定以上の権力を得る事は間違いないようだ。

(考えたくない事態だな…… もしそう成ったら別の大陸に移る事を考えた方が良いかもしれない……)

 別の大陸へ、と考える竜だが、別の大陸が存在し、そこに人類が存在しているのかすら知らない。元の世界の常識を基に、複数の大陸が存在し、そこにも人類がいる事が当たり前だと無意識に考えてしまっている。

 何時もの思い込みである。何度となく反省している事ではあるが、常識として染みついている事ほど無意識にこの世界でもそうだと考えてしまう。

 それは、ある程度はしかたの無い事なのだろう。願わくば、それが大きな失敗に繋がらない事を祈るのみである。

 

 竜が南平原へと移動した原因である『ゴースト』だが、数日前に討伐された事が報告された。

 炎系の魔法で殺せたそうである。

 『ゴースト』は初心者の冒険者には鬼門だが、一般のベテラン冒険者にとっては然程問題にならないモンスターである。

 そのため鋼殻獣の時のように、わざわざ強い冒険者パーティーを招致する事はもちろん、特段の討伐依頼すら出さなかったが、常に強い冒険者が立ち入っている西方面だけ有って、通りかかった者によってあっさりと討伐されたようだ。

 その報告を受けた竜は、やっと溜まった貯蓄を使って、安いマジックアイテムを二点購入した。

 『火球の腕輪』と『氷塊の腕輪』である。

 竜は、今後『ゴースト』系モンスターに出会う可能性を考慮して、一通りの属性攻撃魔法をマジックアイテムとして持っておこうと考えた。

 現在探索している湿地帯にいるモンスターは、生息域の関係か『雷撃』に弱く大半は一撃で死亡するのだが、今後の事を考えればそれだけでは無理があるのも間違いない。

 一応保険として持っている『石槍』も有るが、それだけではキツい物が有る、と言う事だ。

 その為、『火球の腕輪』を『火炎放射』に、『氷塊の腕輪』を『氷杭』とする為の材料にする。

 そして、この『火炎放射』と『氷杭』は『雷撃の籠手』と一体化し、セレクタースイッチによって、一つまたは二つを選択できるようにする。

 二つを同時に選択する場合は、『火炎放射』と『雷撃』、『氷杭』と『雷撃』の二つのパターンのみで、『火炎放射』と『氷杭』はその性質的に反対に近い為選択しない。

 元々、セレクタースイッチの構造的に、二つのパターンしか選択できないと言う理由もあっだ。

 この三種複合マジックアイテムは、各属性の魔法回路が通常の1/6程に縮小されており、最終的な出力回路部分が1/3程に成っていた。

 魔石からのオド抽出回路と、大気中からのマナ吸収回路に関しては完全に併用しており、マナ吸収回路に関しては同時に二つを使用する事を考えてそれに応えられるだけの能力を持たせて有る。

 これらの改造は以前のデータが有った事も有り、二週間程度で完了した。

 そして今回は、材料として使用した二つのマジックアイテムも余った材料を使って縮小した魔法回路で作り直し、それを売却してある程度のもとを取るという方法を取った。

 そして、その売却代金で『土壁の籠手』を再度購入して、それを材料として『落とし穴』と言う形で『土壁と石槍の籠手』に追加した。

 当然その『土壁の籠手』も縮小した回路で再構成して売却したのは言うまでも無い。

 この、『魔法回路を構成している物質の大半を取って、残りで機能を再現して売却』と言う、ある意味詐欺的な手法によって竜はマジックアイテム購入に掛かる実質的出費を圧倒的に抑える事に成功した訳だ。

 その上で、さらに魔法回路の材料まである程度ストックしている。このストックを使って別のマジックアイテムを幾つか作る事も可能である。

 それらを売却すれば、それなりの利益が得られる訳だ。ある程度の期間であれば、この手法によって竜は十二分な生活費を手に入れられるだろう。

 ただ、その為には、外観を既存のマジックアイテムに似せる必要があり、さらに売却時『変身』を使用して複数の者を装い、疑われない様にする必要がある。

 そして、竜にはそれが可能だった。……だが、彼はそれをしようとはしない。現在の目的にはそぐわないから……

 

 竜がインプラント探索の合間に、両手の籠手の改造と、その慣熟訓練を湿地帯で行っていた間に、国際的にはかなりの動きがあったようだ。

 件の『ニダール帝国皇太子の聖人問題』だが、『聖』及び『降竜王国』からの外交官が『ニダール帝国』へと赴き、聖人の確認を求めたところ拒否されたと言う。

 例のごとく例のように「我が国の言葉を嘘だというのか!!」「下賤な未開国の使者風情が!!」などと言って取り合わなかったそうだ。

 流石に『聖』に対しては「下賤な…」的な発言は無かったようだが、「皇帝陛下の言を疑うと言う事は、我が国を侮辱していると言う事か!!」などと言って同じく取り合わなかったと言う。

 この話がこの街に伝えられたのは、最初の噂を聞いた時から二週間後だった。

 『降竜大国』と『ニダール帝国』の間は相当の距離があり、通常その行き来及び情報の伝達はかなりの日時を必要とするのだが、この外交官達は飛空船を使用して行き来した事もあって、これほどの短期間でさしてタイムラグ無く話が伝わった様だ。

 この様に『聖人誕生』と言う発表は、飛空船と言う運用費が異常に掛かる品を使用してまで早期に確認を要する案件だったと言う事である。例え『ニダール帝国』の発表であっても……

 この話が伝わると、この街の者達の大半は「あー、やっぱり嘘だからだなー」と呆れつつも納得していた。

 実際、『ニダール帝国』へと確認に赴いた外交官達も、嘘だとは思っていても一応確認はしなくてはならないから…と言う、感覚で赴いたのだろう。

 そして、事実は確認できなかったが、「限りなく虚偽で有ると思われます」と報告されたという。『降竜王国』だけで無く『聖』に置いてもだ。

 この問題は、ここで終わったと思われていた。

 『ニダール帝国』の考えはともかく、この国や『聖』そして北の『バロー王国』をはじめとした北方諸国は『ニダール帝国の戯言(たわごと)』として無視する方向でだ。

 だが、それからしばらくして『ニダール帝国』より『ダンジョン教団員を全て引き渡せ』との通達が周辺各国へと送られた事で、さらなる騒ぎとなる。

 『要請』や『通告』では無く『通達』で有る所が『ニダール帝国』らしいと言える。『通達』は上の者から下の者に対して送られる物という意味があるのだから……

 どうやら、このダンジョン教団の件は、皇帝侮辱罪として極刑にする、と言う事のようだ。

 そしてその原因が、件の『皇太子の聖人問題』らしく、通称ダンジョン教団、正式名称『聖なる迷宮教団』が皇太子の聖人を虚偽だと公言したから、と言う事らしい。

 聖人が事実かどうかはともかく、国の公式発表を公開の場で否定すると言う事は、この世界に置いては間違いなくその国のトップを侮辱した罪にあたる事になる。

 その意味からは、教団という形でその行為が成されたのであれば、『ニダール帝国』の要請(通達)は間違ってはいない。一応は。

 そして、その要請(通達)を『降竜大国』を含む全ての国が拒否した。

 これは、元の世界の常識を基に考えれば一見当たり前の事に思える。元の世界に置いては、犯罪事実がある程度明確になっていなければ、簡単には引き渡しは行われない。

 日本に置いても、某国の元大統領が日本国籍をまだ有していた、と言う事だけで、長らくその身柄の引き渡しを拒否し続けたほどだ。

 だが、この国、いや、この世界には人権などと言うモノは存在しない。人権がー、権利がーと声高に叫ぶ者達は存在しない。

 そして、件の『ダンジョン教団』は冒険者達から忌み嫌われる存在である。

 で有れば、これ幸いと厄介払いという形で『ダンジョン教団』を引き渡して処分させた後、『聖人の事実』(嘘であると言う事)を確認した上で『我が国の無辜の民を無実の罪で断罪した』と言う建前で戦争を仕掛けても良いはずだ。

 そうすれば、『ダンジョン教団』と言う厄介者と『ニダール帝国』という厄介者を同時に処分できる事になる。

 細かな問題はあるだろうが、無い手では無い。

 だが、この国はおろか、比較的寛容さが無い『聖』ですらその手法を取らず、ただ要請(通達)を拒否しただに(とど)まった。

 この引き渡し拒否と言う事には、一般大衆はともかくとして、冒険者達からは疑問の声が多く上がった。

「ダンジョン教団なんぞは、ニダールに引き渡しちまえば良いんだよ」

「ニダール野郎の嘘はともかく、ちょうど良いじゃないか。引き渡せば良いんだよ」

「そうね、ゴミはゴミ捨て場に捨てなきゃ」

 と言った意見が殆どだ。

 その話が伝わった際、竜も疑問に思い、いつものように窓口嬢に尋ねた。

 ダンジョン教団員引き渡しと、その後それを理由に戦争を、と言う手法を取らないのか?と。

 その質問に対する答えは、ある意味意外で有るが、聞けば納得の答えだ。

「引き渡して教団員を処分させるのは別として、戦争してどうするのですか? 滅ぼすのですか? それとも占領しますか?

 滅ぼすだけの戦力はこの国にはありません。モンスター対策に常に一定以上の戦力を保持しなくては成りませんから。

 それと、全てを占領、もしくは賠償の名の基に一部の領地を手に入れたと仮定します。

 でも、その占領地に住まう者は()()ニダール帝国の国民なのですよ。

 この国の者の常識が通用するとお考えですか?

 対象が個人であれ、国家であれ、ニダール帝国に関しては『ニダール帝国には関わるな』が真理です」

 教団員の引き渡しに付いては『別として』と切り捨てる当たりは、ある意味教団の二番目の被害者である冒険者協会職員だからこそだろうか。

 竜としては、この世界の者であればこう言う考え方をするのでは無いか、と考えたからこそ確認したのだが、実際にその考えが間違っていなかった事に若干引いていた。

 ただ、戦争については『ニダール帝国』という者に対する評価をまだまだ見誤っていたようだ。この評価が、『ニダール帝国』を未だに存続させている本当の理由なのかもしれない。

 占領するだけ無駄どころが、害にしか成らないと言う評価なのだろう。かといって滅ぼせるだけの戦力は無いし、その労力は無駄であると。

 結果として、色々面倒ではあるが『無視するのが一番良い』と言う事なのだ。『聖人』に付いてだけはそうする訳には行かなかったようだが……

 最終的に、この『聖人問題』は全ての国が『ニダール帝国』を無視する形で終結した。聖人についても教団員引き渡しについてもだ。

 

 件の『聖人問題』が解決(?)をみた時点で、竜がこの世界に来て一年目を迎えた。

 季節も夏が終わりを迎えたと言う事である。

 この夏場の期間ほぼ全てを、竜は湿地帯で活動していた。

 ヤゴ型モンスターもある程度大きくなったモノは脱皮してトンボとなり、空を飛び回る事で竜の探索を妨害した。

 その際活躍したのが『火炎放射』で、魔石の消費は『雷撃』よりも多いが火線という形で発射後振り回す事で、高速で飛び回るモンスターを効率よく殲滅できた訳だ。

 また、一通り沼の外周を探索し終えた竜は、沼や川を探索する為小型のボートを購入している。

 通常は冒険者が持つようなものでは無いが、『次元収納』の有る竜に取っては出し入れさえ他の者に見られなないように気を遣えば、全く問題なく使用できた。

 その全長2.5メートル程のボートは、内部とパドルの手に持つ部分をゴムに似たモンスター素材由来の物でコーティングしてある。『雷撃』使用時に自身が感電しない為の対策だ。

 そのボートに乗って沼や川を移動しながら、インプラント捜索を行ったのだが、一月以上を経ても全く発見に至らなかった。

 その為、元の世界と違って、一ヶ所に集まっていないのだろうと考えたのだが、ローラー的に全てを確認する為その湿地帯の探索は続けられた。

 この湿地帯の探索は、ボートを使用するようになってからは『土壁』を使う必要が少なくなり、魔石の消費がなくなった事からトータルとしての収益もかなり高くなっている。

 その資金を使い、この湿地帯では使わないが先を見て、さらに『突風の籠手』も購入し風属性がらみの材料も確保している。

 実は、この『突風の籠手』は、ボートをこのマジックアイテムによる風で動かせないか、と考えて購入したのだが、魔法の『使用者には反作用が発生しない』と言う性質から使えなかった。

 それでも飛空船の様に一旦発生させた風を、ロート状にすぼめた筒を通して噴出させれば、その筒及び筒が固定された物に対しては反作用は発生するのだが、普通にパドルで水をかく事で十二分な速度が出る事が分ったため実行されなかった。レベル5相当とは言え、肉体改造された竜の膂力は半端ではない。

 暦のうちでは秋となったその日も、ボートに乗って西草原に近い一帯の沼からそこに流れ込む川を探索していた竜だったが、実に二ヶ月ぶりでインプラントの『違和感』を感知した。

 喜び勇んで、『雷撃』を周囲の水面へと放ちつつその反応の直上付近までたどり着いた竜は、右手の籠手に取り付けたセレクタースイッチを『足場』から『土柱』に切り替えると、その場で実行する。

 この『土柱』は『土壁』の出力部分のみを分化して、『土壁』『足場』『土柱』に切り替えられる様にした物だ。これによって、右手の籠手はこの3つと『石槍』と『落とし穴』と言う5つの機能が備わる複雑な物となった。

 ただ、この籠手は、左手の籠手と違って、同時に複数の機能を使用できる様には成っておらず、全て単体でしか機能しない。

 『土壁』『足場』『土柱』を統合したのは、単に必要に応じて一々『リペア』で改造する手間と時間を惜しんでの事だ。

 回路を描ける面積に余裕があれば、『土柱』の規模も複数設定したかった様だが、現状の竜の技術(知識)では出力部の縮小がこれ以上できず、これだけの数を描くのが限界だった。

 今回の『違和感』の位置は、水面下3メートル程だった事もあり、設定してあった『土柱』の全長5メートルと言う長さで十分に対処できた。

 そして、作り上げられた『土柱』によって持ち上げられた『違和感』は、水面上1メートルの位置にあり、『魔法的維持力』がなくなると同時に簡単に回収できた。

 その回収したインプラントは、水晶の結晶によく似た六角柱の形をしていた。未見の形状の物だ。

 つまり、形状がその機能を表していると考えれば、新たな機能を持つ物で有る可能性が高い。

 そして、このインプラントが体内に入らないのであれば、この世界のインプラントは別世界から来た竜には使用できない可能性が高いと言う事になる。

 現状に置いてこれは、色々な意味での試金石とも言える物だった。

 流石に緊張した表情を浮かべる竜は、ゆっくりと左手の指でつまんだその鈍色の六角柱を右の掌に置く。

 その六角柱が掌に横倒しになった瞬間、色が鈍色から一気に宝石の様に透き通った水色に変わり、同色の光を放ちながら掌へと吸い込まれていった。

 掌を体内から照らす水色の光は、僅かに手首の辺りまで移動した時点で光を弱め、まもなく完全に消えさる。

 そして、これまた二ヶ月ぶりの竜による歓喜の雄叫びが湿原にこだました。

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