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02話 異世界とインプラント

 あのモモンガ擬きと魔法のような攻撃を見た竜は、自分の考えを改めるべきだと理解した。

 あの塀の材質が木で有る事が分かった時点で感じていた違和感が、モモンガ擬きなどによって決定づけられたという事だ。

 竜は、元の世界より高いエネルギーを持つ世界=高レベルに発展した世界と無意識に決めつけていた。

 故に、他の世界への遷移を理解してもそれほど不安を感じなかった。

 無論、それはすべて現代の日本を基準にした上での思考だ。

 状況はともあれ、現代日本以上で有れば、何らかの保護等を十分に受けられるだろうと。

 だが、状況を見るに当たって、どう考えても日本以上の文明を持っているように思えない。

 仮に見た目はともかく、実際には日本以上の文明レベルを持っていたとしたら、あんなモモンガ擬きが街(?)のそばに現れるような状況を放置しているはずが無い。

 さらに、周囲に見られる畑がことごとく不定形であり、区画整理など全くされて居らず、さらに農業機械らしき物が全く見受けられない事もその考えを後押ししている。

(最悪、剣と魔法の世界のつもりでいた方が良いな。あの光の槍みたいな攻撃も、魔法って可能性が有るし……)

 ため息をついた竜は、左手に収納していた500ミリリットルの水筒から麦茶を一口飲み、気持ちを落ち着ける。

 そして、その水筒を収納した時点で、その機能がこの世界でも通用する事に気づいた。

(無意識だったけど、こっちでも使えるか。世界を渡っても収納された次元も一緒に付いてくる? 念のため、ほかの4つも確認しとくか)

 一端、再度全周囲を確認し、危険を及ぼしそうな存在が周りに居ないのを確認すると、1つ1つ体内に有るそれに意識を向け、その機能が正常に動くか確かめていく。

 先ず、1番最初に入手した涙滴型のソレ。ジャンプし、50センチ程上空で不可視の足場を形成し再ジャンプ。OK、問題ない。

 次いで、2番目に発見した菱形のソレ。道脇の畦に手を付けて発動。手が畦の中にゆっくりと入っていく。肘まで入った所で引き抜くと、畦は元のまま短い雑草に覆われた姿を維持している。OK、こちらも問題なし。

 今度は4番目に手に入れた6角形をした物。地面から石を拾い、ソレを分析し、一部を操作する。OK、問題なく動作する。

 最後は、先ほど入手したばかりで確認を行っていない曲玉型を確認する。

 手を添えて、意識を曲玉型が有るべき場所に伸ばす。すると幾つかのイメージと共にスイッチとスロットが有る事が分かる。

(……肉体操作? いや、肉体改変か? 遺伝子レベルで改変可だ? ……年齢もいじれるじゃないか! おいおい、どこの緑髪のエスパーだよ。)

 その曲玉に意識を向けると、簡易マニュアル的なイメージが返ってくる。

 それによって、機能が理解できるのだが、最後に見つけた曲玉型は他の物の追随を許さないレベルの物だった。

 竜は、この不思議な機能を有している物達を『インプラント』と呼んでいる。

 体内に入れて使用するから、と言う簡単な理由だ。

 当初は、これを何か生命体であり、それに寄生されたと考えて、帰ってくるイメージもその生物の思考だと思ったが、複数回確認するうちにそのイメージが毎回完全に同じで有り、なおかつ機能説明のようだと言う事に気付いた。

 その後、何度も確認した上で、これは生命体ではなく、何らかの道具・装置だと考えるに至った。

 故に、他にも同様のモノがある可能性を考え、発見場所を中心に山中を駆け巡り、他の4個を発見するに至った訳だ。

 それらを一覧にする事以下の通りだ。

 1つ目は胸骨の下部にあり、ある程度重力を制御し(0.5G)短時間足場を空中に発生させられる『ジャンプ』。

 2つ目が胸骨上部にあり、自分の体を他の非生物に透過することが出来る『透過』。

 3つ目が左手の甲にあり、直径300メートル程の球状の次元を固定し、物の出し入れが可能な『次元収納』。

 4つ目が右手の甲にあり、ある程度のサイズの非生物を分子レベルで分析・操作つまり修理が可能な『リペア』。

 そして、最後が今日発見した、胸骨の中央部に(とど)まった、肉体を遺伝子レベルで操作可能なインプラント。名は『肉体操作』とすることにした。

 どうやら、竜には名前のセンスはないようだ。

 畦に腰掛けたまま新たに入手した『肉体操作』の確認をしていく竜。

 一通り確認を終えるのに10分近くの時を必要としていた。

 その結果、前記の通り、肉体を遺伝子レベルで操作可能と言うだけで無く、外観からそれに応じた遺伝子に変える事も可能だった。

 つまり、整形手術を実行した後、その顔になるように遺伝子を変更できるようなものだ。

 また、外観・遺伝子のデータをそれぞれストックしておけるスロットが各16個ずつ存在しており、外観・遺伝子共に第1スロットは現状のデフォルトデータが固定値で入っていてそれだけは変更できない事が分かった。

 竜は、この機能を使用して、試しに手の甲にあった切り傷を消した。その傷は、今日山を移動中に木の皮でこすって出来た浅い傷だったが、一瞬にして跡形もなく設定通りに消えた。

 この事は、彼自身が生きており、かつ正常に思考できて『肉体操作』を制御できる状態なら、かなりの重傷を負っていても回復可能である事を示している。

 さらにテロメアや遺伝子の各スイッチすら自由に操作可能であれば、まさに不老が可能だという事になる。

 完全な不老ではなく、巻き戻しが可能という事だが、実質的には不老といっても良いかもしれない。

 また、遺伝子を操作する事で、老化自体を停止する事も可能かもしれないが、その辺りは残念ながら『簡易マニュアル』には記載されていない。

 『肉体操作』のインプラント機能を確認する事に集中していた竜は、ゴトゴトと言う音で思考の泥沼から現実へと戻された。

 その音は、塀と反対側へと続く道から聞こえてきており、サイを少しほっそりさせたような生き物に引かれた木製の馬車の奏でるものだった。

 馬車(?)は人が急ぎ足で歩く程度の速度で竜の前を通過して行く。

 その際、御者とその横に座っている皮と金属が混ざった鎧を身につけ、2メートル程の槍を持った男性からジロリと目線を向けられた。

(…こりゃあ、剣と魔法の世界の可能性が高くなったな)

 最悪の予感が当たりそうである事に、竜はため息をつきつつ畦から立ち上がり馬車(?)を追うようにゆっくりと歩き出す。

 馬車後方に腰掛けている、やはり鎧を着ている男が歩き出した竜に意識を向けるが、その歩みが自分たちを追って来るものではない事に気づき握りしめた槍から力を抜いた。

 その様が、この世界の治安が芳しくない事を表している。竜のため息が深くなる……

 そして塀に見える門らしき場所へとゆっくり歩いて行く竜だったが、その門に二人の門番らしきものがいる事に気づき誰何(すいか)された場合どう答えるか悩む。

 また、ものの本によれば街に入るのに身分証明書が必要だったり、金が必要だったりするケースが散見される。

 無論、それらは創作物ではあるのだが、それを完全に否定できないのも事実だ。

 軽くではあるが、その手の本を読んだ事がある竜としても悩む所だった。

 (最悪は、見えない所から『透過』を使って侵入するしかないな。その際は、容姿を『肉体操作』で変更して違和感ないようにするか。だが…問題は服装だな。『リペア』で改造はサイズ的に無理だし…)

 彼の内蔵する『リペア』は元々簡易修理機能として作成されたモノのようだ。

 そのため、分子レベルでの操作が限界で、素粒子レベルの操作はできない。また、一度に操作できる体積も限られており、大きな体積を扱うには少しずつ行うしかない。

 また、元々修理が目的であるため、周囲の状況に合わせてコピペするように構成するのは得意だが、完全に任意の形状・配列とするのは手作業となる。つまり異常に手間が掛かる訳だ。

 時間と手間さえかければ、極端な話、必要物質さえあればゼロから馬車も作る事が可能だ。ただ、この『リペア』はもちろん他のインプラントも魔法の機械では無い。

 当たり前の話だが、それを実行するためのエネルギーが必要だ。

 そのエネルギーが何かは不明だが、1度完全に使い切った状態から、完全に満タンになるまでほぼ2昼夜を必要とする。

 逆に言えば、何も補充せずとも48時間経てば自然に回復するという事でもあるが、時間の経過によってしか回復できないため『リペア』によって大きなモノを作成するのは相当な日数を要する事になる。

 無論、服であればそこまで時間は掛からないのだが、それでも一日二日でどうこうとは行かない。

 そんな『最悪の場合』を検討しつつ進んで行くと、門の前までたどり着いていた。

 門番は、革製の服に金属製の鎧と、革製の手甲・脚甲・ヘルメットを装備し、腰に剣を()き手には2メートル程の槍を持っていた。

 その門番二人は、竜に対して互いの槍をクロスするようにして行く手を遮ったり、槍を突きつけてくるような事はしなかった。

 ただ、二人して竜の顔や衣服そして靴をいぶかしげに見るだけだ。

(入るのに制限や金が必要ない?)

 その状況を見た竜は、そう判断すると、思い切って状況をある程度説明して彼らに相談に乗って貰おうと考えた。

 もちろん、言葉が通じる事を祈ってだが… なにせ、彼が聞いたのはあの農家が発した『伏せろ』の一言だけだ。それがたまたま日本語の『伏せろ』に聞こえただけの可能性もある。

 だから、第一声はかなり緊張していた。

「あのー、ちょっとよろしいでしょうか?」

 竜が話しかけたのは、左右にたたずむ二人の門番のうちの向かって右側の者だった。理由はそちらの門番の方が年齢が上だったからだ。

 そして、竜の多少おどおどした声に、その門番は「どうした」と答えた。

 『どうした』だ、『あのー、ちょっとよろしいでしょうか?』に対する受け答えとしての『どうした』だ。完全に会話が成立している。

 つまり、彼らがしゃべっている言葉は日本語と同じであるという事だ。たまたま似たような音として聞こえる単語が有ったと言う訳では無いという事だ。

 それに安堵した竜は、その門番に対して事情を説明してアドバイスを求めた。

 無論すべてを語ってはいない。

 彼が話したのは、自分の住む街のそばの山を移動中、突然この街の側の草原にいた。

 ここがどこなのかも分からない。しばらく前に見たモモンガ擬きは自分がいた街の周囲には居なかった。

 日本と言う国に聞き覚えはないか? 自分みたいに急に消えたり、遠方から急に現れる現象は知られていないか?

 と言った事だ。日本云々(うんぬん)に関しては、リアリティーを出すための質問で、聞いても無駄だと分かっていてあえてしたものだ。

 そんな竜の話を聞いた門番は、「妖精の穴に落ちたのか」とつぶやく。

「妖精の穴?」

「知らないのか? おまえみたいに、まれに突然消えたり突然現れたりする事が有るらしい。それを妖精の穴に落ちたって言うんだ。まあ、たとえだな」

 日本で言う所の『神隠し』のようなものなのだろう。

「ま、どう見ても、その服装や靴を見れば、ここら辺の者じゃないって分かるしな」

 そうつぶやく門番に、反対側にいた若い門番も同調して「確かに」とつぶやいている。

 竜の服装は、バスケットシューズ・紺のシーンズ・白のTシャツだ。実際はこれ以外に弁当箱とハンマー、そしてスコップも所持しているがそれは『次元収納』に入れてある。

「あの、この格好変ですか?」

「変って程ではないが、変わってはいるな。別にその格好で文句を言われる事はないさ。気にする必要はないぞ」

 竜の心配を理解したのか、フォローの言葉をかけてくれる。ただ、ぼそりと「ま、目立つのは間違いないがな」とつぶやいたのだが……

 この時点で竜にとって幸運だったのは、この門がかなり通行量の少ない門で有り、彼らが時間に余裕が有った事だろう。

 周囲の警戒を若い門番に任せた状態で、年配の門番は竜の世知な質問にもしっかりと答えてくれた。

 そして、彼から聞き出したのは、この街は『ハレの町』と呼ばれる街で、かなりの辺境に当たるらしい。

 ただ、辺境としてはかなり大きく、人口は8万を超えるという。日本で言えば、ちょっとした『市』の人口だろう。

 そして、彼の予想通り、剣と魔法の世界で有る事が確定した。

 先ほどのモモンガ擬きは『ワイバーン』と呼ばれるモノだった。そして、それを攻撃した光の槍はまさに『光の矢』という魔法で、塀の上に等間隔で警備している魔法兵によって放たれたものらしい。

 そして、肝心の生活の手段だが、先ず、保護系の施設・制度は無い。孤児院は有るが上限は12歳までとの事。

 全く知り合いも居らず金銭も有していない状態で出来る事は、冒険者のまねごとだろうと言われた。

 ものの本のように、どうやらこの国には冒険者協会なるものが存在するようだ。

 だだ、国をまたぐ組織では無く、地域密着型の互助組織に過ぎないらしい。

 元々は個別の組織では有るが、国の中限定ではあるが相互に連携を取り、ある程度融通し合う関係だそうだ。

 これは、元の世界で言えば農協に似ているかもしれない。農協も、元々は各農協が個々の存在で有り、それが相互に連携を取る事で大きな組織で有るかのごとく振る舞って居いる。

 そのため、JAバンクなどは、全国で手数料無しでキッシュカードで引き下ろしは可能なのだが、同一県内でも地域が違えば通帳記入が出来ないなんていう事態になる。

 この世界でも、冒険者協会に登録した場合は、その登録した協会に所属する事になり、ベースとなる地域を変える場合にはその地の協会で再登録が必要だとの事。

 そして、この街においては、大きな金にはならないが、確実に残っているであろう仕事が有るそうだ。

 その話をしたとたん、若い門番が「あの仕事か…」と眉をひそめつつ哀れな者を見る目で竜を見たが、竜は気付かなかった。

「正直、やって欲しい仕事ではあるが勧めたい仕事じゃ無いんだよ…。だがな、おまえ全く金が無いんだろ? その上戦闘経験無し。となれば出来る事は限られるって事だ。いやな仕事だが、身の危険は無いし、わずかでも確実に金が手に入る。我慢してやるんだな」

 年配の門番はそれだけ言うと、仕事内容は冒険者協会で聞け、と言って教えず、冒険者協会の場所だけ教えるのだった。

 竜としては、ほかにも色々と訪ねたい事は有った。特にこの世界にインプラントが存在するか、と言う事は特に知りたい事だったが、仮に存在しない・知られていない場合に、それを訪ねる事でやぶ蛇となる可能性を考えやめていた。

 明らかに治安が日本より悪い事が分かるこの地で、インプラントの存在を知られた場合、それを奪おうとする者が出る可能性が有る。

 そして、現状では一度体内に入ったインプラントは取り出す方法が存在しない。竜も幾度か試行錯誤したのだが全く取り出す事が出来なかった。

 となれば、それを欲する者の手段は一つだ。切り裂いて取り出す、と言う方法だ。ほぼ殺される目しかない。

 故に、インプラントおよびその能力は、出来るだけ秘匿するべきだと考えていた。

 竜は、門番二人に礼を言うと、厚さ2メートル程有る塀に穿たれた門をくぐり街へと入っていく。

 門をくぐり出た所は20メートル程の空白地帯だった。その空白地帯は門の所だけでは無く、塀沿いに見える範囲すべてに続いている。

 どうやら、塀と町並みの間に何らかの理由でこの隙間を作る事になっているのだろう。

 江戸時代などで有れば、火事の延焼を防ぐために、一定距離を開ける決まりなどがあったと聞くが、場所から考えてこのスペースはそれでは無いだろう。

 そんな何も無い芝生のように地に這った草だけが伸びる空間を横目に、民家が建ち並ぶ場所へと進む。

 どうやら、この街の家はレンガ造りが大半のようで、屋根は薄い板状の瓦屋根で()かれている。

 服装のせいか、奇異の目を向けられるが意識的に気にしないふりを装いそのまま道を歩いて行く。

(人種的には中東系と白人の混血って感じか? 外人でも言葉が通じてくれたから良かったよ。)

 周囲の者達は、大半は最初に見た農家や門番二人と同様に赤茶の髪をしている。どうやら、この髪色がこの街では一番多いようだ。

 それ以外では、金髪、銀髪、そして黒髪もポツポツと見受けられる。

 黒髪=邪心の徒などと言う設定は無いようだ。そういった本を読んだ事がある竜は、今更ながらにその設定を思い出し安堵した。

 その後、あまり注視しないように心がけつつ、家や町並み、露天の品物などを見ながら冒険者協会へと向かって進んで行く。

 幸いな事に、冒険者協会は竜がくぐった門から通じる道を真っ直ぐに進んだ先にあるらしく、見逃しさえしなければ道に迷うなどと言う事は無い。

 ゆっくりと周囲を見回しつつ、文明度を測りながら移動を続ける事40分。門番に聞いたとおりの建物を発見する。

 それは、高さ5メートルは有る石製の塀で囲まれた建物で、実質的には建物も壁の一部として使われた塀ともいえる建造物だった。

 道から見える範囲は、建物が付いた壁で、その横には奥に向かって続く塀とそれに隣接する4メートル程の通路が見える。

 多分、裏側も同様の壁でふさがれているだろう事は予想できる。

 門番いわく『どでかい石塀に囲まれた建物だから間違いようが無いぞ』との事だったが、まさにその通りだった。

 竜的には、刑務所かよ!と思ってしまう。なぜなら、その塀は装飾性が全くなく、実益一辺倒で有る事が外観だけで見て取れたためだ。

 また、漫画や映画などで見る城などの塀のように、内から外に対して攻撃を行うための矢狭間や銃眼のような物が全く見受けられず、侵入を防ぐと言うよりも、逆に封じ込めるための塀に見えたためだ。

 そんな建造物の中央付近に大きくあいた入り口に向かって進む。

 その入り口は、建物の外観もあってか、出入り口と言うよりも『穴』と言うイメージの方が合うだろう。

 幅3メートル、高さ2.5メートルはある巨大な入り口を通り、その中へと進むと、そこにはホールが広がっており天井は4メートル近くあり、小さな体育館ほどの広さがあった。

 そして何より驚いたのは、入って左側の壁側に荷車のような物が置かれており、そこには熊のような動物の死骸と犬科と思われる動物の死骸が乗せられている。

 そして、それを持ってきたと思われる皮鎧をまとった中年男性二人がその側の窓口で交渉を行っていた。

 この建物の入り口を通る際、地面との段差が全くない事に疑問を感じていたのだが、どうやら獲物を積んだ荷車などで直接入れるように段差を作らなかったようだ。

 だが、雨などが降った際はどうするのだろうか? と他人事ながら心配してしまう竜だった。

 室内のホール自体が異常に広い理由は、台車や荷車等が複数入る事を前提としたものなのだろう。

 ざっとホール内を見回すと、入って来て左手側が『買い取りカウンター』であり、右側が『受付窓口』そして正面が『掲示板』となっている。

 受付窓口は4つ有るのだが、時間的な問題なのか現在は1つしか開いておらず、そこには20歳程の目()がが大きな女性が座っている。

 各窓口は、市役所などの窓口のように左右に衝立(ついたて)がせり出しており左右の窓口と干渉しないように作られていた。

 そんな窓口へと竜は進んで行き、入場からガン見されていた窓口嬢に声をかける。

「すみません、初めての利用なんですが、登録とかはこの窓口で良いのでしょうか?」

「はい、こちらで結構ですよ。よそからの登録変更でしょうか?」

 にっこりと営業スマイルで答える窓口嬢は、作り笑顔とはいえ笑ったとたんにその鼻が気にならない程かわいらしく見えた。

「えっと、完全に新規です。この街にも今日来たばかりなんですが、色々訳ありで……そこら辺も含めて相談たいんですが……」

 多分窓口嬢は竜の見慣れない服装を見て、かなり離れた街から来たものだと判断して『登録変更…』と尋ねたのだろう。

 取りあえず、竜は『妖精の穴』の件を含めて現状と門で聞いてきた話を伝えた。

 竜の話を聞きながら、窓口嬢は顔立ちや衣類、そして左腕に付けられている腕時計に何度となく目線を移している。

「あ~、妖精の穴ですか、それは大変な目に遭いましたね。えっと、日本ですか? 残念ながら聞いた事がありません。それと、そういう状況でしたら門兵さんの言われるとおりあの仕事が一番良いと思います」

 特に腕時計の異質さを見て、明らかにここら辺の者では無いと判断した彼女は、『妖精の穴』の事をあっさりと納得した。

 だが、これは別段彼女がそのことを信じたと言う事では無い。単に、嘘であろうがそれによって困る事が無い、と言う事だ。故に、『そういう事で納得した』という事だ。

「えっと、その仕事って今の時間から出来ますか? と言うか、どんな仕事でしょう?」

 現在時刻は、彼の腕時計ではちょうど昼12時になっている。先ほど外にいた際、太陽はほぼ真上にあった事から時差は無いだろう。

「仕事は大丈夫ですよ。基本歩合なので、午後から出来る分だけやって貰えば結構です。で、仕事はですね………糞尿の汲み取りと廃棄です」

「………人糞ですか?」

「はい」

「……各家を回って、街の外に捨てに行くって事でしょうか?」

 竜は、歩合という言葉と捨てに行くという言葉で、外まで捨てに行く時間を考え、3往復出来れば良いぐらいだと思えた。で有ればかなり金銭的にキツそうだと。

「あ、いえいえ、この街は基本ブロック単位でトイレの下水を共同管理してまして、そこからくみ出して頂き、この冒険者協会内にありますダンジョンの指定の場所に捨てて貰う形になります」

「ダンジョン?」

「はい、あ、遠くから来られたのであればご存じ有りませんか。この街にはダンジョンがあるんです。そして、そのダンジョンを管理するのがこの冒険者協会のもう一つの仕事でもあります。そして、ダンジョンの自浄化作用を利用して汚物やゴミの処分も行っております」

 窓口嬢いわく、ダンジョンは一定時間経つと壊れた壁面が元に戻る復元作用と、内部に置かれた物が消滅する自浄化作用が有るのだと言う。

 そして、その自浄化作用を利用して汚物を処分しているらしい。パイプライン等でつなげれば良さそうなものだが、そのパイプラインすら一定時間で消えるため、一回一回人の手で運ぶしか無いのだそうだ。

 また、ダンジョンとはいえ、ここのダンジョンは低レベルダンジョンで有り、あまり強いモンスターは出てこない上、廃棄場所は入り口近くの分岐点行き止まりでありモンスターによる危険はほぼ無いとの事。

 さらに、臭くて汚い作業なため、やりたがる者がおらず基本いつでも仕事が有るのだそうだ。

 そして、共同汲み取り場1カ所に付き2000円とのこと。この『円』は実際は発音的には『イェン』なのだが、貨幣価値的にも同じようなものらしいため竜は『円』と脳内変換していくつもりだ。

 ちなみに、貨幣価値を確認するのに聞いたのは、宿代(飯無し)2000円と定食500円と言う2つだけなので、他のもので考えればかなりズレが有る可能性も有る。

 一銭たりとも所持していない竜は、無条件でこれを受けるしか無かった。

 なぜなら、通常ならば冒険者協会に登録する際に必要な1000円と言う代金を、この仕事に限り後払いで良いと言われたからだ。

 ようやく手に入れた貯まりに貯まった汚れ仕事の人材を、窓口嬢歴6年のベテランは絶対に逃がさない。

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