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19話 ご唱和ください

 飛空船騒動があった日の夕方、竜は普段とは違う定食屋へと夕食に来ていた。

 その定食屋は比較的小さめなのだが、表まで良い臭いが漂ってきていた為飛び込みで入ってしまった。

 そこで出された『お勧め』の定食を取っていると、竜に話しかけてくる者がいた。

「あら、竜さん、今晩は」

 カウンター席とでも言える席に座っていた竜に話しかけてきたのは、冒険者協会の窓口嬢の一人だった。

 一番歳が上で丁寧な口調で喋る受付嬢だ。ちなみに、竜は未だに彼女の名前を知らない。

 挨拶を返す竜に微笑みながら、彼女は竜の隣の席に着いた。

 彼女が料理の注文を行った後、自然に世間話が始まる。

 そして当然ながら、本日一番の話題である『ニダール帝国の飛空船』の話になるのは当然の流れだった。

 本日は業務に携わっている訳では無いが、それでも竜よりは格段に多くの情報を持っており、それを食事合間に開示してくれた。

 結局あの後、あの場にいた人達の誰一人として領主の元へ連絡した者はおらず、警備隊が駆けつけて、その警備隊が連絡を取ってやっと領主が向かったそうだ。

 そして当然ながら、やはり全く事前通告無しの来訪だったようで、領主達は激怒していたとの事。

 ただ、それでも相手は隣国の皇太子。無下するどころか、一定の敬意を持って──盛って遇さねばならない。

 彼女いわく「領主様方は、今大変なようですよ」との事だ。

 竜はそんな話を聞いていて、今日聞いた話で疑問に思った事があったので、ついでとばかりに尋ねた。

「あの… 昼間飛空船の現場で周りの人達が『盗掘団のくせに』って言ってたんですけど、どう言う意味なんでしょうか?」

 竜の言葉を聞いた彼女は、持っていた箸で魚の身を掴んだ状態で一瞬停止した。

「……竜さんでしたね…… 竜さんはニダール帝国に関して何をご存じですか?」

「えーっと、この国の南に位置していて、この国より小さな国で海に面していて…… あと、見栄っ張り?」

 竜のニダール帝国に関する知識は、汲み取り依頼中に商人の妻達から聞いた情報のみだった。

 国家間紛争が無い状態で、国家間の貿易が難しいこの世界においては、隣国の情報など一般人には全く必要ない情報だ。

 細かく知っている方が不思議な位なのだ…が、ニダール帝国に関しては若干違うようだ。

「はい、間違っていません。では、大まかな成り立ちから説明させて頂きます。

 先ず、ニダール帝国の前身と彼らが主張している『麗稜』『翠稜』『頁稜』の三稜は、過去離合集散して国名は変わったものの元々は『聖』から分離した者達が作った国です。

 そう言った形で見れば、我が国の親戚と言えるかもしれません。

 ちなみに、この大陸において最も歴史の古い王朝は『聖』で、4500年前から『聖』の名で続いています。

 そして、三稜に連なる国の興りはハッキリしていませんが、3000年程前では無いかと言われています」

「あの… 皇太子は『半万年の歴史』がどうのと言ってたんですが……」

「はい、嘘です。彼らは正式な年数で言うよりも、曖昧な『半万年』と言う言い方を好みます。

 我々他国の者には分からないのですが、彼らなりの矜持が有るようです。結局は嘘なんですが。

 話を戻しますが、その三稜が500年程前滅びました。『竜の背骨』に有る火山の噴火が原因です。

 その火山の噴火はかなり激しく、偏西風に乗って大量の火山灰と、死の空気を三稜各国に向かってまき散らしました。

 特に『竜の背骨』に近い場所は、死の空気によって住民が逃げるまもなく死に絶えたという話です。

 そして、この三稜と呼ばれる三国は、今のニダール帝国を南北に三等分する形で存在しており、各都は全て『竜の背骨』に近い位置にあった為、各王族の殆どが死に絶えたと言われています。

 この噴火は、実に10年に亘り続き、彼の地を死の大地と化しました。

 さらに、それに輪を掛けたのが、『竜の背骨』から逃げ出してきた高レベルモンスターの群れです。

 人間が逃げ惑ったように、通常山岳地帯で暮らしていたモンスターも逃げてきた訳です。下へ下へと。

 ご存じの通り、高山地帯に住むモンスターの大半は高レベルです。

 それらが降り注ぐ火山灰と死の空気に追われて、逃げる民衆の後を追ってきました。

 結果として、ギリギリ火山灰に犯されないですむ場所ですら、高レベルモンスターの為住む事が出来なくなってしまいます。

 最終的には、三稜三国の国土全てが人の住めない地となった訳です。

 無論、全ての者達が死に絶えた訳では無く、多くの者達が『聖』へと逃げ延びました。

 中には直系ではありませんが、各王家に連なる者もいました。

 そう言った者達は、『聖』の庇護下の元『聖』で暮らしていたようですが、噴火が10年以上に亘るに当たり、帰郷の可能性を諦めた者達から『聖』に根付いていったそうです。

 多分、その後興ったこの国への移民の中にも、この三国の者がいたと思われます。

 はい、ここまでが前置きとなっています。

 噴火が収まりさらに30年程が経過した頃、三国内から高レベルモンスターの数がかなり少なくなった事が報告されました。

 『聖』としては、ある程度様子を見ながら国境地帯から火山灰に犯されていない範囲を再開発するつもりだったようです。

 ですが、その間、独自に行動する者達が現れました。それが盗掘団です。

 先ほど言いましたように、各王都は一夜にして滅びました。全ての財宝をそのままにです。

 その財宝を手に入れようと、危険を押して旧三国地帯へ入っていった者達、盗掘団、それが後に力を持って旧三国地帯で国を立ち上げたのが現ニダール帝国となります。

 そのニダール帝国を興すに際して、皇帝を名乗ったニダール某は名分として『麗稜』の末子だと名乗りました。

 言うまでも無く嘘です。

 実際、その当時『麗稜』に連なる貴族が数名生存しており、全員が『ニダールなどと言う者は麗稜王朝に存在しなかった』と証言しています。

 その為、初代ニダール皇帝を『聖』及び『降竜王国』では『ニダール()』と家名を呼ばない習わしになっています」

 彼女の話を聞いて、あの時の話の意味が分かった竜は彼女に礼を言う。

「ありがとうございます。でも、他国の歴史ですが、お詳しいんですね」

 それは別段お世辞では無く、素直な感想だった。

 この様に学校など存在しない世界において、大まかな概要ならともかく、かなり細かな所まで知っている事は普通では無いと思ったからだ。

「いえ、一般常識の範疇です」

 竜の考えを微笑みながら完全に否定する彼女の後方で、カウンター内にいて話を聞いていた店員が思いきり手と首を横に振ってそれを否定していた。

 どうやら、一般常識と言う事ではなさそうだ。

 竜は食事を終え、彼女に礼を言ってこの場を立ち去ろうとしたのだが、彼女に止められる。

「ちょっと待ってください、竜さんはニダール帝国の事について知らないと言う事は、ニダール帝国に対する対処方法も知らないと言う事で間違い有りませんか?」

「対処方法?」

「はい、対処方法です。……先ず、ニダール帝国の人々の考え方を過去の範例を参考に説明させて頂きます。

 80年程前、ニダール帝国で飢饉が発生しました。その際、我が国はかの国に対して大規模な食糧支援を実施しました。

 この国の食料状態もニダール帝国程では無かったものの芳しくない状況でです。

 その結果、ニダール帝国では最低限の餓死者で済んだはずなのですが、後日彼の国から我が国に対して損害賠償の請求が来ました。

 いわく、もっと速く食糧支援が成されていれば餓死者は死ななくて済んだはずだ、と言うものでした。

 国家間の常識から見ても、言いがかり以外何ものでも無いものでしたが、彼の国は本気でした。

 次に民間においてですが、盗賊やモンスターに襲われていた彼の国の商隊や個人を助けた後、彼らから襲った加害者として訴えられる事が頻発しました。

 それがこの国で有れば無実を証明出来ますが、あの国で有った場合は財産没収の上奴隷とされるケースも普通でした。

 こう言った事が頻繁に発生した為、その事に関する条約を国家間で結びましたが、全く守る気配がありませんでした。

 その事について別件で訪れた大使に問いただした所、『新興の末弟国家が長兄に口出しするのか!?』と言って会話にならなかったそうです」

 国家間の事や政治には全く疎い竜であったが、さすがにこの話のおかしさは理解出来た。

「あの… それじゃあ、ニダール帝国の国同士の信用って無くなるんじゃ無いですか?」

 そんな当たり前の疑問に、彼女は小さく微笑んでから答える。

「ありません。無くなる、では無く、すでに存在しません。彼の国と国家間の条約を結ぼうとする国は存在しません」

「……それで、国家としてやっていけるのでしょうか?」

「? 単一の国家としてやっていくぶんには問題ないと思います。彼の国は海に面していますから塩の問題もありませんし、他の資源に関しましても必須な資源が無いと言う事でも有りませんから」

 竜の考えは、どうしても元の世界が基準になってしまっていた。

 つまり、国は他の国と貿易をしない限り国を維持していく事が出来ない、と言う考え方だ。

 実際、日本であれば多くの資源を輸入に頼っており、内需が比較的大きいとは言え輸出入無しには経済は回らない。

 だが、この世界においては、基本国内でほぼ全ての経済活動が完結している。

 塩や特定の鉱物資源のような物が無い国を除けば、他国との関係が断絶されても普通に国家も経済も回っていく。

 極端に言えば、国単位では無く、町、村単位が一つの経済区画になっており、それだけで生活だけに限定すれば完結する環境が出来ている。

 実際、小さな村でも、税と言う事を無視すれば、その村のみで十分に生活出来る。

 逆に単一地域内のみで生活が完結しないのは王都などの大都市圏だ。周囲の村々から食料の入荷が無いと維持出来ない。

 それでも、その村を含めた生活圏で完結するとも言える訳だ。

 この世界における貿易とは、基本『贅沢品』の売買であり、生活必需品は殆ど取引されない。

 こう言った知識が無い竜と受付嬢の間に齟齬が発生するのは致し方ないだろう。

 一応、竜は受付嬢の話で状況を理解した。そしてその上で尋ねる。

「と言う事は、民間の…個人での貿易とかもニダール帝国とは実施されていないって事でしょうか?」

「いいえ、一応少ないながら存在はしています。ですが、当然ながらトラブルの話は枚挙にいとまがありません。

 ただ、彼らはそれを分かった上でやっていますから、完全に自己責任となります。

 多くの者が貿易を拒否しているだけに、それなりにうま味があると考えているようですが、最終的に割に合うのかは不明です。

 一応、冒険者協会といたしましては、依頼者がこの国の者でも、行き先や相手がニダール帝国で有る場合は依頼受け付け自体を拒否しています。

 偽って護衛依頼などを申請した場合、以降その者はこの国の冒険者協会では依頼出来なくしています」

 個別組織である冒険者協会が、国内だけとは言え指名手配犯レベルで回状を回すと言う事は、それだけ『ニダール帝国』がらみの依頼が危険だと判断していると言う事になる。

 そして、竜が彼女の言葉をしっかりと理解した事を見て取った受付嬢は、身体全体を竜の方に向き直した。

「以上で簡単ではありましたが、ニダール帝国と言う国に付いてご理解頂けた事と思います。

 その上で、ニダール帝国に対する対処方法をお教えします。宜しいですか?

 『ニダール帝国には関わるな』です」

 ………

「えっ?」

「『ニダール帝国には関わるな』です。はい、ご唱和ください。『ニダール帝国には関わるな』」

「えっと…」

「ご唱和ください。良ろしいですか、さんはい…」

「「「ニダール帝国には関わるな」」」

「はい、ご唱和ありがとうございました」

 流されるがままに唱和した竜だったが、受付嬢だけで無く、カウンター内の店員まで復唱した事に驚いていた。

 そして、その復唱する店員の顔が至極まじめだった事が、さらにその驚きを大きな物とさせた。

「この国では、子供の頃から教える言葉ですよ」

 竜が口を半開きで、唱和した店員を見ていたところ、店員は竜に笑いながら説明した。

 竜が確認を取るように受付嬢の方を見ると、彼女は小さくうなずいてそれを肯定する。

(ここまで言われるニダール帝国って…… 元の世界だった存在出来ないだろう… いや、北朝鮮とかが存続出来ているから大丈夫なのか?)

 受付嬢によるニダール帝国講座が終了した後、宿へと帰る竜の足取りは微妙に重かった。

 なぜだか精神的に疲れてしまっていたようだ。

 

 

 5日間にも及ぶというこの『春祭り』だが、期間が長い分、後半は盛り上がらないのでは無いかと竜は危惧していた。

 だが、どれほどのバイタリティーのたまものなのか、4日目に至っても初日と変わらぬ盛り上がりを見せている。

 竜はその日、昼過ぎまで宿屋でマジックアイテムの解析を行っていたが、一区切り付いた所で頭をリフレッシュさせる為に外へと向かう。

 祭りの雰囲気とは全く違うレイに鍵を預け、街へと繰り出す。

 複数の露店を周り、低価格のマジックアイテムなどを物色しながら街中を歩く。

 金銭的には余裕は無いが、良いモノがあれば購入するつもりだったのだが、残念ながな竜の目に適う物は見当たらなかった。

 その為、レイ用のお土産として珍しお菓子や串物だけを購入していく。

 そして、一通り買った後、時間的には速いが昼食を取っていなかった事もあり、早めの夕食の為に手近に営業している食事処へと入った。

 初めての店ではあるが、いつも通り『お勧め』を頼みカウンター席でゆっくり食べる。

 貧乏舌の竜は、基本『お勧め』で失敗した事は無い。

 今回も川魚の蒸し焼きを中心にしたメニューだったが、十分に美味しく食べられた。

 そして全て食べ終わり、食後に一服お茶を飲んでいた時、急に表が騒がしくなった後、40代ほどの男性が店内に飛び込んできた。

 その男性は、店内を見回すと、奥のテーブル席に座していた三名の集団を見つけてその集団へと走って行く。

 狭い店内を走って行く姿に、周囲から文句が飛び出そうとした時、その男性の声が店内に響いた。

「歌姫がさらわれた!! ニダール野郎だ!! あのクズ皇太子が歌姫をさらいやがった!!」

 男に文句を言おうとしていた数名の者達は、一旦停止した後一斉に男へと詰め寄っていく。

「おい! こら! お前!! 歌姫がさらわれたって、どう言うことだよ!!」

「どうもこうもあるか!! あのクズ皇太子がさらって飛空船に連れ込みやがったんだよ!!」

「ふざけんな!! 他国の皇太子ったって、やって良い事と悪い事があるだろーが!!!!」

 店に飛び込んできた男と、その仲間らしき三人、そして居合わせた他の冒険者らしき者達6名ほどが食いかけの飯や酒を放置して店から飛び出していった。

 店内に残ったのは、竜と商人や一般人らしき者達5人だけとなった。

 その残った者達も、テーブルの食事と入り口を交互に見て、見に行くべきか悩んでいる様子だ。

(歌姫って、あの歌姫だよな……)

 世間知らずとして自他共に認める竜だったが、(くだん)の『歌姫』に関しては一応知っていた。

 昨日中央広場で謳っているのを聞いていたのだった。

 年齢は20代前半で、顔立ちはギリギリ美人の範疇に入る程度ではあったが、その美声は元の世界で多くの歌を聴いてきた竜にしても聞き惚れるほどの声だった。

 声が綺麗だの音域が広いだのと言うレベルでは無く、歌が直接頭に響いてくると言える程に次元の違う声だった。

 ひょっとしたら、何らかの『加護』や魔法が関わっているのかもしれない。

 そう思わせられるほど、隔絶した歌声だった。

 彼女が歌い出すと、その周囲から完全に音が消える。周囲の者達が息をのむ音すら立てずに歌に聴き入ってしまう。

 竜も完全に彼女の歌に引き込まれ、歌が終了した時には息を止めていた事に気づき、慌てて深呼吸を繰り返したほどだ。

 周囲の者も程度の差こそあれ、竜と同じだったようで、同じような光景が広場全体で繰り広げられていた。

(あの歌姫が、あの皇太子にさらわれた?)

 あの日見た皇太子達の様子、そして一昨日前に受付嬢から聞いたニダール帝国に関する話、それらに追加として竜的『貴族像』も相まって、この件が事実であろうと心の中で断定出来た。

 そして竜は、食器をカウンター内の定員へと返却すると、先ほどの男達が走って行った方向へと向かう。

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