17話 盗賊に成る者
リョーが死んで、その悲しみの中でも、生きている者達は生活する為に働かなくてはならない。リョーの両親しかり竜しかりである。
レイも作ったような笑顔を浮かべながらカウンター業務を行っている。
他の客の前では、それで通しているが、竜の前だけでは気が抜けるのか素の表情を見せている。素の表情が悲しみの表情であるのは残念な事だ。
竜は葬儀後二日間はマジックアイテムの解析は行わなかった。
実際は葬儀当日からやろうとしたのだが、集中出来ずに断念する事になった。そして、なんとか出来るようになったのが、翌々日という訳だ。
竜は葬儀の日、心に誓った事がある。
その決意の為にマジックアイテムの解析を続ける。
今回は、以前抜けてしまっていた魔石からのオド抽出部分も解析を行っていく。
それを可能としたのは、『リペア』の『見る力』でエネルギー体を『見る』事が出来るようになった事だ。
実は前から、このインプラント『リペア』が修理用のユニットであるとすれば、電圧・電流・電界強度・磁束密度などと言ったエネルギーを『見る』事が出来ないのはおかしいと考えていた。
自動的に機能を分析して問題箇所を発見する機能があってもおかしくないくらいである。
自動分析機能は『簡易修理ユニット』であると考えれば、なくてもしかたが無いかも、と考えられなくもないが、エネルギーを測定出来ないのは明らかにおかしい。
その考えの基、時間を作って腕時計の分析をしながら試行錯誤を繰り返した結果、この度ようやくその機能の存在の把握と使い方をマスターした。
その機能を発見した方法は、感覚的にはブラウザーのタブを切り替えたと言うのが一番近いだろう。メニュー項目が別頁に隠れていて、そこを開いた感じだ。
このエネルギーを『見る』力は、テスターや測定器のような数値でその値を表してはくれない。
感覚的な『映像』で見えて、その『映像』と他の『映像』を比較する事で初めてその違いを認識出来る。
最終的には、有る基準となる『映像』を1と自分の中に設定して、それを基準に何倍になるかと言う形で自分で数値化していくしかない。
竜は、このエネルギーを『見る』力を身につけた段階で、直ぐにマジックアイテムでも確認した。
すると、腕時計の電気の時と同様に魔石内のエネルギー量や回路内を流れるオドらしき物の量などを『映像』の形で見る事が出来た。
この事によって、今までと違って、全体の流れが正確に認識できるため、オドの流れを想定してそれを回路を切断する事で確認するという作業が一気に不要になった。
さらに、大気中にある状態では全く『見る』事は出来なかったマナだが、マジックアイテムに取り込まれた時点その存在も『見る』事が出来るようになった。
これによって、マナという存在は、最低限でも二つの形態を持つ可能性が出た事になる。大気中にある状態と、マジックアイテムに取り込まれた状態での二形態だ。
その考えの元、魔石から変換されずに大気中に拡散されるオドを『見る』事によって、オドもマナと同様大気中に一定以上拡散した段階で全く『見る』事が出来なくなった事から、同様に二つの形態を持つ可能性が出た。
ちなみに、当所は大気中にある物は『見る』事が出来ないのでは?と言う可能性を考えて、大気中の温度を『見る』事でその考えが誤りであった事を知る。
この『リペア』の隠された能力を切っ掛けに、他のインプラントにも同様の気付いていない能力があるのではないかと、試行錯誤したのだが、現時点においては発見出来ていない。
単純に存在しないのか、使用方法が『リペア』とは全く違う可能性も有る。これに付いては、時間を掛けてゆっくり検証して行く事にしている。
竜や宿の者達の心情はともかく、季節は春を迎えようとしていた。
この街は『ハルの町』と言うように『春』を象徴とした町である。
春とは始まりを表し、希望を表す言葉としてもこの国や同一言語圏の『聖』『二ダール帝国』では使われている。
この街に『ハル』即ち『春』が使われたのは、辺境最前線の町を『希望の町』と位置づけた為だ。最前線であると共に、新天地と言う意味も担っている。
その為、『春風屋』の様に『春』の付く名前を付けた店も多い。そして、当然『春祭り』という一大イベントも実施される。
大小さまざま行われるこの街の祭りではあるが、この『春祭り』が最大の祭りである。
他の町では、秋に行われる収穫祭が最大の祭りであるのにだ。
それだけこの街にとっては『春』が重要なキーワードになっていると言う事だ。
そして、辺境とは言え人口8万人を超える町と言う事もあって、その祭りに観光客や流しの商人も多く訪れる。
さらに、通常代官に治政を任せたままにしている領主も、この時ばかりは訪れて『春』を祝う事になる。
その為、大勢の者が東の街道を通る事になる。
故に、件の盗賊団は大きな問題となった。
その為、通常ではあまり無い形の大規模な討伐依頼が冒険者協会に出される事となった。
それは50人規模の冒険者を募集するもので、オークの集落が発見された時と同等のものだ。
この募集を聞いた竜は、即座に依頼を受けようとしたのだが、残念ながら冒険者ランク4級以上という限定があり、やっと5級に上がったばかりの竜は受ける事が出来なかった。
冒険者ランクの5級とは、冒険者として信用出来る者になった、と言う評価ランクである。
戦闘能力よりも、依頼を確実に遂行できると言う信用を第一としたランクであり、戦闘能力は考慮されない。
その為、竜のようランク7からランク6の依頼ばかりを実行してきた者も、依頼を失敗し続けない限り時間の経過と共に成れるランクである。
竜の場合は、登録後一度も依頼を失敗しておらず、依頼数からだけ考えれば最短で5級になった事になる。あくまでも日時では無く、あくまでも依頼数換算で、だ。
通常は竜のような駆け出しは、薬草類を痛めたり枯らしたりして、何度となく依頼の失敗を重ねている。
その上で無理な討伐依頼などに手を出して、さらなる失敗をする事が駆け出し冒険者の登竜門だとすら言われる程だ。
無論、冒険者協会はそうならないように勧告を行ってはいる。だが、若者は得てしてそのような勧告を無視するものだ。そして依頼を失敗しポイントを後退させる事になるし、場合によっては帰らぬ者となる事もしばしばだ。
そう言う意味で言えば、竜はかなり変わっている事になる。
低レベル依頼とは言え、全く失敗せず、なおかつ他の冒険者と諍いを一度もしていない者など、多分竜以外いないのでは無いかと思われる。
ただ、諍いに関しては、幾度となくふっかけられてはいるのだが、竜は全て無視し流してきたと言う経緯の為、若干微妙ではあるが、ケンカに発展した事が無いのは確かである。
それらの事と、屎尿依頼を二回に亘って受けた事もあって、冒険者協会職員内における信用度は最大値となっている。その事は、当然竜は知らない。
ついでだが、実は極秘の形で、この街にでは冒険者協会と各宿屋が連絡を取り合う事で、宿屋における各冒険者の態度も確認をとっている。
そう言った評価は大きな問題で無い限り、冒険者ランクに影響する事は無いが、冒険者協会内部資料に記載され、別の信用ランキングが作成されており、指名依頼や依頼者からの斡旋を求められた際の選択肢とされている。
竜の冒険者協会内部信用度とはこのランキングの事だ。このランキングの評価に、リョーの発言も大きく寄与していた事は間違いない……
さて、冒険者ランク4級というのは、一定以上の戦闘力を有している事を証明するランクである。
冬場の森における伐採護衛以外の、護衛依頼を受けられるのはこのランクからとなる。
4級冒険者になって初めて冒険者としては一人前と評価される。
そして、大多数の者が4級冒険者で終わる事になる。それほど3級冒険者との壁は厚い。当然2級冒険者ともなれば壁ですら無く山と言えるだろう。
1級ともなれば、完全に人間をやめている状態だ。
『成長の加護』が無くレベルアップが出来ない竜はには、3級どころか4級すら全くもって無縁な話である。今のままであれば……
今回、竜は珍しく窓口嬢に食い下がった。戦闘要員としてでは無くとも、バックアップ要員の形でも良いから参加させてくれないか、と。
普段と違う竜の態度に窓口嬢は驚いていたが、やはり認められずに終わる。
竜としては、出来るのであれば自分の手で敵を討ってやりたいと言う思いがある。
この思いは、リョーの無念を晴らす為では無く、竜自身の怒りによるものである。自身の内より湧き上がって来る、黒い炎によって燃え続けている負の情念故だ。
敵を討ったとしても、それによって死者が報われる事は殆ど無い。今回の場合も、リョーがそれを喜ぶとは思えない。
竜にもそれは分かっている。だが、許せないのだ。リョーを殺してのうのうと生きている盗賊達という存在が。
だから、自らの手で殺してやりたい。リョーが感じた痛みの何倍もの痛みと苦しみを与えた上で、殺してやりたい。
自らの想いで、自らの想いを晴らす為に行いたい。これは、完全に私怨と言って良いだろう。敵討ちとは得てしてそのようなものだ。
だが竜は討伐対に参加出来ない。ランクが足らない為で有るし、それ以前に戦闘能力が足りない為だ。
ランクが足りなくとも、戦闘力がある程度あれば、竜は独断でも討伐に出かけただろう。
実際、そのつもりで準備を行っていた。だが、残念ながら、まだまだ準備が整っていなかった。
竜の概算では最低限の準備でですら、少なく見積もっても後半月は掛かる予定だった。8日後から行われるこの討伐には全く間に合わない。
だからこそ、多少なりともこの討伐に関わりたくて、珍しく食い下がった訳だ。
結果として、参加を許されなかった竜は、モヤモヤとした気持ちのまま若干集中力を欠きながら、宿でマジックアイテムの分析を続ける。
そして予定通り、竜の準備が全く整わない前に討伐隊が編成され、討伐に出発していった。
総勢70名、内戦闘要員が50名、バックアップ要員が20名と言う大規模な編成だ。
久しくない規模の部隊に、町の者達は半分前夜祭気分で見送った。
多く者も達から「全滅させろよ!」「頼むからな!」「ぶち殺してこい!!」との若干物騒な声援が飛んだ。
宿屋の関係者はリョーの父親のみが見送りに来ており、終始無言でその場にたたずんでいるだけだった。
ただ、彼の唇は強く引き締められており、瞬きの回数も殆ど無い状態で、周囲の半お祭り騒ぎの者達と全く様相違えていた。
討伐隊を見送った竜は、自身の無力さに腹を立てながらも、日々の生活と目的の為に今日も依頼を受ける。
討伐隊の出発は竜の時計で午前9時を回った時間だった為、一般の冒険者達はすでに仕事に出ており、冒険者協会のホールに人は殆ど居なかった。
いつも通り、依頼伝表に付けられた付箋を持って受付窓口へと向かった竜だったが、その処理中に想いが漏れて言葉になった。
「盗賊って、なんでいるんだろう……」
竜としては窓口嬢に問いかけた訳では無かったが、窓口嬢は依頼受け付け処理を一旦止めて竜を見つめた。
その受付嬢の動きで、初めて自分が言葉として発していた事に気付いた竜は少し慌てた。
「あ、いえ、……盗賊という存在がいる事自体が信じられなくってですね……」
「……宿の子が犠牲になったんでしたね」
「はい、……盗賊って、人を殺せば頭がおかしくなるって分かってるんですよね。自分が自分で無くなるのが分かっていて、それでも人を殺すんですよね。なぜなんでしょうか?」
この疑問は、リョーが殺された後からずっと竜の中に有るものだった。盗賊行為まではまだしも、なぜに殺す?と。しかも、抵抗の手段を持たない8歳程度子供までも、と。
覚醒剤や麻薬を使う者も、薬によっておかしくなる事を分かっていて使用するのだが、彼らの場合は『自分だけは大丈夫』と言う根拠の無い自信が根底にあるらしい。
実際、少数ではあるが、20年以上使用を続けて、見かけ上は正常な状態を保っている者がいる為、そのような根拠の無い自信が生まれる余地は理解出来る。
だが、この世界における殺人と精神異常の関係は、100%間違いなくそう成るという事が分かっている。間違っても『自分だけは大丈夫』などと考える者がいるとは思えない。故になぜ?と思うのだった。
「他に生きる方法を無くしたからですよ」
「えっ? …でも、盗賊するぐらいなら冒険者やれば良いんじゃないですか? 盗賊が出来るぐらいの力があれば、少なくとも日々の生活に困る事は無いと思うんですが」
元の世界と違って、この世界には『冒険者』と言う大きな受け皿が存在している。
病弱だったり身体的に問題を抱えていない限り、誰にでも成る事が出来、なおかつそれによって最低限の生活は十分にやっていける職業、それが『冒険者』だ。
15歳未満の子供達ですら、冒険者の真似事という形でダンジョンにて日々2000円程度は十分に稼げている。
2000円あれば、雑魚寝の宿に泊まった上で、屋台飯2食は十分に食える金額だ。塀すら無い郊外でモンスターにおびえながら寝泊まりし盗賊をやるよりは、遙かにマシだと竜としては思う。
そんな竜の話を聞いた受付嬢は、ため息交じりに説明をしてくれる。この辺りも世間的には常識と言われる範疇のようだ。
「盗賊は、別に自分で盗賊に成ろうと思って盗賊になる訳では無いんですよ。
大半が別の事で罪を犯して、その罪で奴隷になるのを嫌がって逃走した者の末路が盗賊です。
罪を犯して逃走すれば、全ての町で指名手配されます。
当然、冒険者になる事も普通の仕事に付く事も出来ません。
それどころか、町に入る事すら出来なくなります。
そう成った者達が結託して他者を襲って物資を奪い始めたのが盗賊です」
この国の…いや、この世界の法は厳しい。処刑か奴隷落ちかだ。奴隷に関しては罪によって年期が有るが、殺人等の重罪は全て一律無期奴隷である。
ハムラビ法典や新・旧聖書に書かれている『目には目を、歯には歯を』レベルの法だと思えば良い。
その為、殺人などを犯した者達が処刑や奴隷になるよりは、と考えて逃げ出した者達のなれの果てが盗賊と言う事なのだ。
「高ランクの冒険者が罪を犯して逃亡した場合は、大抵国境を突破して他国へと逃げますね。
『聖』とは指名手配の相互協力協定組んでいますが、『二ダール帝国』とは協定が組まれていませんので、大抵『二ダール帝国』へと逃げます」
「…と言う事は、盗賊に成る者は、盗賊に成ったの段階で言えば高ランクの者はいないって事ですか?」
「はい、そうです。冒険者ランクで言えば、5級から4級程度ですね。4級の中でも弱いクラスだと思って良いです。
ただ、それはあくまでも盗賊に成り立ての頃は、と言う事です。
基本的に、高レベルのモンスター以外では、モンスターより人間の方が吸収出来るエーテル量がかなり多いので、レベルアップが速いんです。
そのせいか、おかしくなるのを覚悟の上で、あえて殺しを行っている様です。
町の外で生きる為には、自分が自分で無くなっても、そこで生きる為の力が必要と言う事なのでしょう」
「死ぬよりは、自分が自分で無くなる方がマシだと?」
「彼ら的には、そう言う事なのでしょう…… 私達的には迷惑以外の何ものでも無い考え方ですが」
(完全なる死よりも自己が僅かでも残る狂気を選ぶか…… 死に対する恐怖の方が強いって事か)
自分が自分で無くなった場合は、それは生きている事になるのか?
自分が自分で無ければ、それは自分が生きている事には成らない、故に死んだのと同じだ、と言う考えだ。
多分に哲学的な考え方である。
通常の人間は死に臨んで、こう言った事まで考える事は無い。何よりも死を恐れ、死から逃れようとする。
盗賊達もそうだと言う事なのだろう。
「盗賊に…… 罪を犯した段階で、盗賊になろうとさせない方法は無いんでしょうか?」
「有りませんよ。そんな方法なんて」
根本的な所からの解決策を聞く竜に、窓口嬢はにべもなかった。
「犯罪を禁止しても犯罪は絶対に無くなりません。その上で、その罪から逃れようとする者も無くなる事は無いです。
仮に、盗賊になるよりは奴隷になった方が良い、と思わせるような甘い奴隷処遇を実施すれば、犯罪自体が増加します。
それに被害者が絶対に納得しません。
町の警備を増やす事で、抑止力と検挙数を上げようにも、外部のモンスター討伐や街道の維持管理に費用が掛かっていて費用的に無理です。
現状の対処療法的な施策は、最善ではありませんが最良に近い形だと思います」
(…日本的考えで考えてはダメなんだろうかな。治安のベースが違うし…… 根本から解決する方法なんて無いか…)
元々治安がどうで有れ、犯罪は絶対に無くならない。
世界的に希有な治安を誇る日本であっても、犯罪はのべつまくなく発生しており、指名手配になった状態での逃亡者も千人を優に超える数が存在する。
発展途上国の犯罪者から『別荘』などと揶揄されるような緩い日本の刑務所すら嫌がって……
考え込んでしまっている竜を、窓口嬢は幾分優しげな顔で見ている。職業柄、彼女としても思う所があるのだろう。
それでもあえて、表情を引き締めて竜に言う。
「私達が出来る事は、盗賊を発見したら躊躇無く殺す事。そして、犯罪の現場を見かけたなら逃亡を許さず捕縛するか殺す事です」
「罪の重さにかかわらず、逃げた場合は盗賊になる確率が高いから、って事ですか?」
「はい。たとえ食い逃げでも、逃げて捕縛する際抵抗するようなら殺しても問題ありません。法的にもアストラル的にも」
さすがに食い逃げは無いだろう、と考える竜だったが、原因の罪は関係ないのだ。結果として盗賊に成るか成らないかと言うだけの問題だ。
その可能性が有るので有れば、その前の段階で禍根を断つ。それが、この世界の法だという訳だ。
そして、それが周知されているから、犯罪抑止力となり、発覚した際の逃亡抑止へと繋がる。
実際、食い逃げレベルの罪であれば、1ヶ月程の奴隷落ちですむ為、先ず逃げる者はいないのだが。
その後も物のついでとばかりに、盗賊に関わる法や決まり事も教えて貰った。
まず、盗賊が所持していた物品だが、元の所有者が分かる物だとしても、全て討伐者の所有物となるそうだ。
仮に、その所有物が国王の物であったとしても、それは変わらないとの事。
何らかの理由でそれらの品を取り戻したいと考える元所有者がいた場合は、討伐者と個人で交渉して買い取る形をとるしか無い。
この決まりは、盗賊を出来るだけ討伐させる為に作られたもので、この程度のメリットが無いと冒険者も積極的に討伐しようとしないからだ。
この世界においては、元の世界と若干違う意味で殺人に対する忌避感が有る。魔人化への恐怖だ。
無論、盗賊を殺す事ではアストラルの吸収は発生しないのだが、幼少期からすり込まれた魔人に対する恐怖と魔人化への恐怖が潜在的な忌避感を生んでいる。
故に人間と武器を持って対峙する事を嫌う冒険者は多い。その忌避感を少しでも無くさせる為の方策が、こう言った形で物欲に訴える方法だと言う事になる。
人とは欲によって動く生き物だから……
それと、盗賊を支援する者に関する決まりも存在するようだ。
盗賊は基本的に町に入る事が出来ない。故に食料や衣類すら手に入らない事になる。
襲った相手がそれらを都合良く持っていれば手に入るのだろうが、そうそう都合良く手に入るものでは無い。
故に、何らかの伝手や縁故を使って、襲って得た金銭をもって取引する相手を作るのだという。
この話を聞いた時の竜の憤りは大きかった。ある意味盗賊自体より許せない存在に感じた程だ。
実際これらの協力者は、事が発覚した段階で『処刑』である。しかも公開処刑だ。
盗賊が現場での討伐という形の死であるのに対して、見せしめとして行われる分重い刑と言えるかもしれない。
その為『逃亡者』が出た段階で、その親族は周囲の者からそれとなく監視される事にり、親族もある程度の不利益を被る。
あらゆる意味で、ただひたすらに迷惑しか掛けない存在がこの世界の『盗賊』だと言う事だ。
それ以外にも細々とした決まり事を聞いた竜は、彼女に礼を言ってその場を後にした。
そして、盗賊に関する話を聞いた上で、彼の盗賊に対する感情は全く変わらなかった。盗賊と言う存在を許さない、と言う気持ちは。
この感情は、竜の中にある殺人に対する忌避感を十分に上回るものだった。
僅か半年間の付き合いしか無かったリュー。
厳密に言えば、仲良くなってからは4ヶ月程度しか経っていない。
これが男女という関係であれば、まだ分からなくは無い。だが、そうではない。そして、竜に性的な倒錯は無い。
単に仲の良い、親しいだけの関係。
これまでの人生の中にそう言った者が存在しなかった、と言うそれだけで彼にとっては『特別』な存在となっていた。
他の者達には理解出来ない感情かもしれない。
多くを得ている者には分からない感情だろう。
唯一で有ったが故の感情の爆発であり、その感情が一時的ではなく継続している。
そんな竜は、討伐隊の成功を祈りつつも、心の隅で僅かながら『失敗してくれれば、俺が殺すチャンスが有るのに』と考えてしまう。
彼は自身が歪んでいる事を自覚していた。正義などでは絶対に無い事を。
だが、今の状態ではそんな歪みを正そうという気すら起こらない。
そして表面上は静かに、そして確実に竜は準備を続けていく。
自身の感情のはけ口を求めて。




