16話 悲報
『風の旅団』がこの街を発って4日が経過した。
現在竜は、日中は北草原で金策し、夜間は新たなマジックアイテムの解析に勤しんでいる。
以前解析していた『温風機』は『成長の加護』を調べている間に解析を終えていた。
現在解析しているのは『氷塊の腕輪』だ。
これはミレイ嬢から報酬として受け取った物で、これも報酬に入っていた為日当が1万円と安い設定になっていた。
そして、この腕輪は、魔法のいわゆる『アイスボール』をマジックアイテム化したような物で、歴とした攻撃アイテムである。
普通に購入すると、30万円を超える品だ。つまり今回竜の7日間の報酬は37万円+昼食7日分だったことに成る。
竜は当所『雷鳴の腕輪』が有れば、そちらの方が欲しかったようだが、残念ながら彼女は『氷塊の腕輪』しか所持していなかった。
なぜ、『雷鳴の腕輪』が欲しかったのかと言うと、『氷塊』や『岩塊』などと違って質量兵器では無いと言うことだ。
表皮が硬いモンスターで有っても、感電という形であれば効果を与えられるはずだ、と考えてた訳だ。
実際、腕輪型のマジックアイテムは、元々の魔法に比べて圧倒的に出力が小さい。
加護による魔法の際はハンドボールサイズ程から上は魔力しだいでいくらでも大きな物を放つことが出来るが、腕輪の場合は握り拳より小さい大きさ固定で有る。
体積で言ったら1/20以下だろう。そして発射速度も固定で、一般人が石を投げる程度の速度しか出ない。
想像してみて欲しい、握り拳より小さな氷や石をバッファローや熊に投げて攻撃する様を。……ダメージを与えられると思うか? 否で有ろう。
だから、弱い出力でもスタンガンのように、それ自体で大きなダメージが与えられずとも、次の攻撃につなげられるスキを作れる電撃系のマジックアイテムの方が使い道が有る思った訳だ。
マジックアイテムの件は結果として残念ではあったが、今回の依頼による収益は実はこれだけではない。
実際、お金とマジックアイテム以上のモノを得ている。それは『知識』である。
ミレイは高レベルの魔法系加護所持者であり、魔法協会加入者でもある。そして、魔法協会においても一定以上の地位を有していた。
その関係上、一般には公開されていないような多くの知識を有しており、その知識には当然ながら魔法に関するモノがあり、さらにマジックアイテムに関するモノも存在していた。
マジックアイテムに関しては、その製造に関する知識は国立工房が独占している状態ではあるが、その大本の知識は魔法協会が解析した物である以上、魔法協会も所持しているのは当然とも言える。
竜が彼女から分析の合間に教えて貰った知識は、魔法・マジックアイテム共に一般常識+αと言ったレベルではあったが、その知識は竜の多くの思い込みを打破する切っ掛けとなった。
以前も言った事ではあるが、竜は自分の非常識(無知)を認識しており、それによって冒険者協会窓口嬢を絶句させてきた経緯から、質問を必要最小限に抑える様に心がけてきた。
その為、魔法やマジックアイテムに関しても、一般人レベルも知識すら有しておらず、探索中に他の冒険者達が使用しているのを端から見た様子からと、元の世界の知識をベースに分かったつもりでいるモノが数多く存在していた。
それらの『分かったつもり』の知識が、彼女からもたらされた知識によってかなり修正されることとなった。『完全に』では無く『かなり』であるのは残念なことではあるが、それでもソレは大きな違いとなった。
魔法に関しては、魔法とはどのようなモノなのか、と言う事をかなり詳しく聞けている。
それまでは、以前冒険者協会窓口嬢から聞いた『体内のオドを触媒に大気中に存在するマナを使って事象を発生させる』と言った漠然とした根本のみであったが、さらに詳しい部分が聞けた。
以下がそれを簡単に記したものだ。
①属性に応じた事象を顕現出来る
②顕現した事象及び自然界に存在する同一属性に属する物を操作・変化させることが出来る
③顕現した事象が質量を有する物である場合には、それにさらなる魔力を加えることでその存在を固定出来る
①は普通の魔法のイメージそのままだ。魔力によって炎の塊や水・岩・風・光などを発生させる事を意味している。
そして、実はこの状態で発生した事象は、一定時間経過すると消滅してしまう。風や光そして火のようなものはもちろん、水・岩などと言った物質も1分程で消滅する。
それを物質としてその後も存在させるのが③となる。このためには通常の事象を発生させる際に使用する魔力の3倍以上をさらに消費する必要がある。
だが、この程度の魔力によって物質を生み出せる力と考えれば、その力の異常さ非常識さは分かるだろう。空中元素固定装置もかくやと言える力である。
竜はこの事象の固定化に付いては全く知らないことだった。以前実際に見た『アイスアロー』と言える魔法で、モンスターに突き刺さった氷の矢が溶けずに消滅するのを見て、魔法は一定時間で消えるとモノだと認識していた。思い込みである。
そして①③以上に、この世界の魔法というモノに自由度を与えているのが②だ。
発生させた事象、炎の球や氷の矢などを目標に向かって飛ばせるのもこの力である。そして、『水魔法の加護』によって発生させる水を氷りに変化させるのもこの力である。
火の力を加熱にするのも、水を氷りに変化させる力を使って冷却するのもそうだ。
それ以外にも、ある程度の自由度を持って、『対象にぶつかったら炸裂るする』と言った設定とも言える行為も可能である。『火魔法の加護』によって実行される爆裂魔法がそれにあたる。
実質、この②の力が、この世界の魔法を竜が知る元の世界のゲーム的魔法たらしめている最大の要因だった。
いわゆる回復魔法、この世界で言う所の『回復魔法の加護』による力の大半は②の力である。
さらに、いわゆるバフ・デバフという魔法が、この世界では『回復魔法の加護』の魔法となっていることも知った。以前考えたように、風魔法で出来るはずがなかったのだ。
この事から『回復魔法の加護』とは、生き物の身体に対する操作・変化を与える能力と言う事になる。つまり、竜のインプラント『肉体操作』に近いモノだと言う事だ。
これらの知識は、マジックアイテムを解析して、その効果を変化させるにあたってかなり重要な知識だと言える。
さらに、各魔法系の加護に実際にどのような魔法があるかを知った事も竜に取っては大きかった。
そして、マジックアイテムに関しては、彼を一番驚かせたのは『マジックアイテムにおける魔石からのオド抽出率が30%程度であり、残り70%は大気中に拡散している』と言う事だった。
これは最大で、と言う事で、実際低価格のマジックアイテムになると20%程度まで落ち込むのだと言う。
竜は今までマジックアイテムを解析するにあたって、この事は全く考慮していなかった。
その原因は、竜にとって魔石=乾電池と言う考え方が原因だったからだ。
その為、魔石からのオド抽出部分も電池ボックスの端子もしくは電源ユニット程度にしか考えていなかった。
実際、元の世界の電源ユニットはよほど安い物で無い限り、使用者が変換効率を気にする必要がない程度には高効率の物が多い。
そう言った物に慣れていた彼だからこそ、無意識にその部分の抽出効率と言う事に意識が行かなかったのだった。
別の部分に関しては、含まれている小量物質の影響まで考えて検証するにもかかわらず、だ。
無意識下における思い込みは得てしてこういった事態を紡ぎ出す。
そして、それに大きな影響を与えるのが『自分の知識に有る物に例える』と言う考え方だ。魔石を電池に例え、魔法回路を基板やICのパターンに例えた事だ。
この件とは若干話が外れるが、違う理の有る世界で、別世界の理を参考にしたり、使用する事は愚かな事である。
違う理があると言う事は、存在しない理も存在すると言う事である。一つの理が違えば、それに関わってくる複数の理が違って当然だ。
世界に設定出来る理の数とは多分有限だろう。明らかに元の世界にない魔法に関わる理が複数存在するこの世界においては、その分存在しない複数の理があるだろう。
もしかしたら、この世界には『原子』が存在しないかもしれない。そして、原子が存在しなければ『電子』も存在せず、『電気』にあたる現象も存在しないかもしれない。
そう言った物が、全て別の理、例えばマナによって置き換わっている可能性が有る訳だ。この世界におけるマナとは『魂以外の全ての物はマナによって作られている、と言われてい』のだから……
無論、竜自身が以前のままの状態でこの世界に転移してきてそのまま生きている事、何より彼のクオーツ式腕時計が正常に動いている事から考えてそう言った事は無いと思われるのだが。
それはともかく、そう言った可能性を考えずに、元の世界の知識に頼ったり、それを作り出そうとする行為は無為に終わる可能性が有ると言う事だ。
『異世界で現代知識チートで俺Tueee!!』は、例え十分な知識を持っていても不可能な可能性が有ると言う事だ。
閑話休題。話を戻そう。
マジックアイテムに関しては、それ以外にも実際の効果(出力)に関しての情報を得た事も大きかった。
それらの知識を得た事によって、竜に取ってマジックアイテムの可能性が一気に広がったと言える。
現在竜が考えている事が実現可能だとしたら、竜は巨万の富を得るだろう。無論、それに伴って命の危険が伴う可能性も有る為、一概に実行できることではないのだが…
何はともあれ、大きな可能性を手に入れた事は間違いない。
これは、7万円の現金や30万円相当の『氷塊の腕輪』などより遙かに価値のある物だった。
そんな希望による喜びの元活動する竜に冷水を浴びせるような事態が起こった。
『風の旅団』が旅立って6日後の事である。
北草原での薬草類採取活動を終え、冒険者協会や食堂などを経て、今日は銭湯に寄った上での帰宿だった。
いつものように玄関先のマットでブーツの土を落としてから『春風屋』へと入ると、ここ2週間続いていたレイによる『お帰りなさい』の声がこの日は掛けられる事がなかった。
ただ、リョーが王都へ向かったまままだ帰らない関係上、三人でこの宿屋を切り盛りしている為、レイも常に受付カウンターにいられるはずもない事を理解している竜は、別段いぶかむ事なく室内へと入って行く。
そして、カウンター横の彼女たちの生活スペースへと続くドアを叩いて帰宿を知らせ、部屋の鍵を受け取る事にする。これは、カウンターに誰もいない際の普通の行動だった。
「竜です、帰りました」
ドアを叩きながらそれだけを言うと、室内の様子をうかがう。
いつもであれば、バタバタとした音と共にリョーなり誰かが出て来て謝りつつ鍵を渡してくれるのだが、この日は反応がなかった。
(留守か? さすがに誰も居ないって事は無いと思うんだが……)
通常この時間帯であれば、少なくともリョーの母は自分たちの食事の準備でほぼ確実に居るのだが、その母親すら出て来ない事に竜も疑問を感じた。
竜がドア前から離れ、カウンター横に設置されている木製ベンチに移動しようとした時、扉が開いた。
そして、その扉から出て来たのはレイだった。レイはそのまま竜の元へ駆け寄ると、彼の胸に顔を埋める。
状況が分からず戸惑う竜だったが、抱きついているレイノの身体が小刻みに震えている事に気付く。
「どうした、何かあったのか? 誰かに何かされた?」
冒険者が若い女性にちょっかいを掛ける事はままある事で、それを防止する意味もあって、ここの主人は通常彼女を客前に出さないようにしていた。
その事から、何かイヤな事でもされたのではないか? と考えた竜だった。
「違う… 違うの。リョーが…… リョーが…… リョーが死んだって……」
竜の胸に顔を埋めたまま、途切れ途切れに喋る彼女の声は聞き取りづらかったが、なんとか聞こえた。
そして、その言葉の意味が理解出来るのに数秒の時を必要とした。
脳が『肉体操作』で強化され、高速での思考が可能な竜であるにもかかわらずだ。
正確に言うと、言葉の意味を理解する事を一旦脳が拒否した、と言うのが正しい。理解したくない話だったと言う事だ。
「リョーが死んだ?……」
呆然とそれだけ返す竜に、レイは彼の皮鎧を涙で濡らしながら経緯を語った。
途切れ途切れに語る彼女の話を纏めると、昼過ぎに彼女の叔父がやっている商店の従業員が宿に飛び込んできたのが始まりだったらしい。
そして、その従業員より『馬車が襲われ、三人全員が盗賊に殺されたらしい』との報告がもたらされる。
その後、この街の兵士の詰め所に確認に行った両親の話によると、本日早朝東の街道をこの街に向かっていた他の商人の馬車が前方で盗賊に襲われている馬車を発見する。
その際の盗賊の数は15人近い数で、この地域では近年まれに見る大規模な盗賊団だったようだ。
そして、その襲われた馬車は、護衛の冒険者四名も含め全滅していたのだという。
目撃した商人達は、盗賊が引き上げた後被害を受けた馬車を確認して、その被害者を特定して、その旨を『ハルの町』の兵士詰め所に報告した。
この目撃した商人もこの街の商人だった為、リョーの叔父夫婦に面識があったようで、被害者がリョー達であったのは間違いないとの事。
その後、兵士詰め所からリョーの叔父が経営する商店へと話が行き、そこから宿屋へと従業員が走ってきたと言う経緯らしい。
この話を聞いている間、竜は何度となく「間違いないのか?」と問いかけた。
だが、帰ってくるのは震え声での「うん…」だった。
(リョーが死んだ? なぜだ? なぜリョーが死ななくちゃならない? 8歳の子供をなぜ殺す?)
レイを抱きしめたまま、頭の中を駆け巡るのは疑問だけだ。
それは、誰かに問いかける疑問ではなく、ただただ現状を納得出来ない、現状を受け容れたくない気持ちから出るいら立ちから来る疑問だった。
そのいら立ちが、盗賊という存在に対する怒りに変わるのにさして時間を必要としなかった。
以前冒険者協会の窓口嬢が「盗賊を発見したら即斬よ」と言って、それに若干引いていた竜だったが、今の竜であれば大きく頷くだろう。
その後、レイの両親が兵士の詰め所から戻るまで、自身の怒りや憤りを無理矢理押さえ込みながら、レイを慰めて過ごした。
その上で、彼女に変わって他の宿泊客への鍵の受け渡しや、新規の宿泊客の手続きも代行した。
結局彼女の両親が詰め所から戻ってきたのは竜の腕時計で19時を過ぎており、春間近とは言え日はとうに落ちて真っ暗になってからだった。
そして、兵士達が回収してきた遺体や遺留品を確認して、その被害者が間違いなくリョー達であった事も確定してしまった事も知らされた。
レイを部屋に戻した後、両親に聞いた所、リョーの身体は左手を切断された上で袈裟懸けに切られていたそうだ。
夫妻は「痛かっただろう……」とその時のリョーの事を思って泣いていた。
首を切断したり、心臓を一突きされれば、運が悪くない切りは即死出来て痛みを味わう事なく死ねる。だが、リョーはそうではなかった。
苦しんで、のたうち回って死んだ可能性が高い。
父親が言うには、袈裟懸けの傷は然程深くなかったそうだ。「もう少し深ければ、もっと速く楽になれたかもしれないのに……」と呟くその気持ちが竜の心に酷く突き刺さった。
この世界では死は身近な存在だ。この宿でも、朝出かけて夕方戻らない者は定期的に存在している。
だからこそ、帰ってきた時には「お帰りなさい」と満面の笑みで迎えるのだとリューは話していた。
(お前が帰ってこなくなってどうするんだよ…… お土産持ってきてくれるんじゃなかったのかよ……)
竜にとってリョーという少年は特別な存在になっていた。
その特別は、この世界における特別ではなく、前の世界も含めた上での特別だった。
施設を移り変わった関係と、その施設で行われていた事もあって竜は他の者達と積極的に親しくなる為の行動をとらなくなっていた。
その為、竜に取って物心ついてからこっち、特別と言える存在は最初の施設の神父のみだった。
そんな中、新たに竜の特別に加わったのがリョーだ。子供の無邪気さと人懐っこさを持ちながら我が儘を自制出来るリョーは、竜の心の隙間にすんなりと入り込んで来た。
2回目の施設で5年以上一緒に暮らした者達よりも、格段に『特別』な存在となっていた。
それだけに、その悲しみは深かった。
無論、その思いはリョーの両親やレイには及ばないのだろうが、それに近いものが有った。
竜は、なまじ特別な存在が少ない分、一度特別になった者への感情が深い。故に悲しみも深い。そして、怒りも大きく深い……
その晩、部屋に戻った後もマジックアイテムの解析などは全くやる気も起こらず、ただひたすらに心の中に浮かび上がるリョーの過去の姿と、それによって生じる怒りに心を振るわせて過ごした。
翌日、宿泊中の他の冒険者を見送った後、竜は彼ら家族とともに町の教会へと赴いた。
そこはこの街唯一の教会で、冠婚葬祭を行う場でもある。当然今日行われるのは葬儀だ。
昨日のうちに、リョーの遺体は叔父夫婦の遺体と共にこの教会に運ばれており、今日、商店の関係者や親族と共に葬儀が行われる事になっていた。
昨日の今日の事だ、教会に集まった者達の気持ちの整理など付いていようはずがない。すすり泣く者、唇をかみしめる者、両手を組み合わせ祈りを捧げる者、全ての者が彼らの死を悼んでいた。
そんな中、竜も一番後ろの席から儀式が行われるのをじっと見ている。
その葬儀の儀式は20分程続き、最後に三人の遺体が入った白木の棺が庭に運び出され、三方がレンガ製の壁に囲まれた祭壇状の場所に乗せられる。
そして、この教会の司祭らしき者がその前に立ち、祝詞に似た言葉を捧げながら魔法を展開した。
その魔法は炎の魔法で、その際壇上に並べられた三つの棺を包み燃え続ける。
その魔法は、断続的に何回も実行され、10分程の間激しく燃え続けた。
竜達はその間その炎に向かって祈りを捧げつつけた。
そして、その炎が消え去った後には、僅かばかりの灰しか残っていなかった。多くの灰は、炎によって舞い上がり、風に流されてしまったのだろう。
火が消えたのを確認して、炎の魔法を掛け続けていた司祭が一礼してその場を去ると、皆もその場を離れて行く。
遺体や遺灰に対する考え方の違いなのだろう、竜だけがその場に残り、祭壇の灰をじっと見つめ続けていた。
心にいくつかの決意を持って。




