15話 聖人
「で、お前が成長の加護が無いって言う竜ってヤツで間違いないんだな」
そう切り出してくる大剣使いに、竜は頷くだけで返す。
「妖精の穴を通って別の国から来たって聞いたけど、それも事実?」
先ずは最低限の確認事項から始まった。
竜の出身国である日本に『確認の儀』が存在しない事から、で有れば魔法を使うモノもいないのか?と言う形で追求され、異世界と言う事と文明レベルに関してのみ誤魔化し、それ以外については素直に語る。
基本質問するのは魔法使いであるミレイと大剣使いの男だ。ちなみに、彼らは竜に対して全く名乗っていない。ミレイのみ彼らの会話で名を知っただけである。
ただ、これは彼らが無礼であったり、非常識であると言う事では無い。
彼らは2級冒険者であり、『風の旅団』としてこの国においてかなりの知名度を持っている。それ故に、同じ冒険者で彼らの事を知らないはずが無いと無意識に思っていたのだった。
故に、わざわざ自己紹介する必要が無い、そう考えていた。
実際、竜以外の大半の冒険者が彼らの名前を知っている。駆け出しからベテランまでほぼ全てがだ。
その意味では、単に竜が非常識だったと言う事だ。正確に言えば、ボッチであったが故に横の情報網が全くなかった為と言える。
「ん~、だいたい分かった。じゃあ、本題行こうかしら」
良いかしら? と問われれば訳も分からずとも「はい」と答えるしか無い竜。そして、彼女の言う『本題』に移っていく。
「先ず、あなたの身体を調べさせて欲しいの、良い?」
さすがにこの『良い?』は無条件で『はい』と答えられるものではなかった。
「あっあの… 調べるって何をですか?」
竜は確実に引き気味になっていた。
そして、そんな竜に微笑みながら、彼女は説明していく。
「あなたは、成長の加護が無い唯一の存在なのよ。完全に無色なの。最高のサンプルよ」
「無職?」
「ええ、無色、全く色がついてないの。
魔法系の加護を持つ者で、一定以上成長した者の中の極一部に他人の加護を感じる事が出来る者がいるの。私がそうね。
確認の儀で見たでしょ、各加護を色で表すあれ。
私たちの場合、感覚的な違いとして感じているのだけど、色と言う言い方をしてもおかしくない感覚だから『色』と言う言葉を使うの」
「確認の儀と同じ事が出来るんですか?」
2億円以上するマジックアイテムと同じ事を人が出来るとしたら、あのマジックアイテムの価値はかなり下がるのでは無いかと竜は考えてしまった。
「ん~、その考え方は逆。あのマジックアイテムは、私たちのこの能力を解析して作られた物なの。
そして、私たちは感覚で見ているから、細かな種別までは分からない事が多いの。
長剣の加護と剣の加護とかはほとんど同じで、見分けは先ずつかないわね。同系統は他も同じ。
その当たりは、装置は設定さえ一度出来ればそう言った点を区別するのは得意な訳よ」
「解析して作られた物………」
この事実はかなりのショックを竜に与えた。
考えれば分かる事だ。マジックアイテムの魔法回路とは何を参考に作られたのか、と考えれば答えは一つだろう。
竜自身、マジックアイテムの魔法回路を散々いじくり回しているだけに、あれを零から構築する事が不可能に近い事を分かった。今分かった。今更ながらに…
「で、ここからが本題なのだけど、何百年も前から現在分かっている殆どの加護が解析されてきたわ。唯一全く解析できずに残っていたのが成長の加護なの」
「えっ?、でも、成長の加護は全員持っているんですよね。それこそ解析し放題じゃないんですか?」
ミレイ嬢はゆっくりと首を振る。横に。
「全員が持ってたのよ。どこまでが成長の加護なのか、どこからが成長の加護か分からないの。……分かってないようね。
人間の身体は、複数の魔法回路で構成されているの。加護もその魔法回路の一部と考えられているの」
「……つまり、他の魔法回路と成長の加護の魔法回路の区別がつかないと言う事ですか?」
「その通り。他の加護は持っていない者と持っている者を比較すればその差が完全に分かるわ。
でも成長の加護はそれが出来なかった。あなたが現れるまでは、ね。どう、あなたの重要性が分かったでしょ」
「おー、そう言う訳だったのかよ、ミレイが昨日からやたらと興奮してたのってそう言う事だったのか」
斥候職の男性が、やっと分かったとばかりにうなずいていた。
「ジン…あなたね… 昨日そう言って説明したでしょうが!!!! 昨日何聞いてたのよ!!」
暫しの間、ミレイ嬢による「そんなだから、あなたは…」と斥候職ジンへの説教と折檻が繰り広げられた。
その間、竜は以前魔法の事を冒険者ギルドで尋ねた際の事を思い出していた。
その際、加護とは身体に刻まれた魔法回路では無いかと言われている、と聞いて、で有ればそれをマジックアイテムとして作成できれば『成長の加護』が無い自分でもレベルアップが可能になるのでは無いかと考えた。
だが『成長の加護』の魔法回路が分からないのではしょうが無いか、とも。
しかし、図らずも竜自身を切っ掛けにしてその魔法回路が分かる可能性が出た事に、驚きと共に大きな喜びを感じていた。
「あのー、じゃあ、成長の加護の魔法回路が分かれば、俺もレベルアップできるようになるんですね」
ちょうどジンへの折檻を終えて、お茶を一口飲んでいたミレイ嬢はカップをそっとテーブルに置くとゆっくりと首を振った。また横に。
「ごめんね、期待させちゃったね。えっとね、確かに可能よ。ただし速くても20年から30年以上後になると思うの。
さっきも言ったけど、加護の魔法回路の研究は百年単位で行っているの。現在のようなレベルでマジックアイテムとして作れるようになったのはここ60年程前からなの。
あとね、他の加護と成長の加護は殆ど共通点が無いの。ひょっとしたら全く零かもしれない。
他の加護は、それ以外の加護に共通する部分がかなりある関係で、省略できる部分がかなり多かったのよ
それが無いと思われる成長の加護は……かなり難航すると思うわ。
もちろん、別系統とは言え、今までの他の加護の解析の蓄積が全く無意味とまでは言わないから、その当たりを考慮して速ければ20年位では…と私は考えてるわ。
それとね、確認の儀のマジックアイテム知ってるでしょ。あと、レベル確認のマジックアイテム。
多分、出来たとしてもあれに近い大きさになる可能性が有るわ。ひょっとしたらあれ以上の可能性も……
もちろん、それまでに技術自体が発展して、コンパクトに作成できる技術が生まれる可能性も有るけどね」
フォローに成っているのか成っていないのか微妙な話に、期待に高まっていた竜の気持ちが一気に落ちてしまった。
落胆した様子を見せる竜を気遣ってか、竜を落ち込ませたミレイにジンがちょっかいを掛けてまた逆襲を受けている。
そんな様子を見て、ある程度落ち着いた竜は彼女の話の続きを促した。
「えーっとね、話としてはそうね、あなたには申し訳ないけど、将来的にどんな役に立つのかって事は言っておこうかしら。
まあ、あなたみたいな加護を持たない人もレベルアップできる可能性が生まれるって事もだけど、
他の成長の加護を持っている者でも、その恩恵を受けられる可能性は有るわ。
先ず、成長の促進ね。現在、例えばレベル1からレベル2に成るのに必要な討伐数は穴ネズミで100匹位よね。
これを半分の50匹、もしくは四分の一の25匹でレベルアップ出来るように出来るかもしれないわ」
「おー! それってかなり凄くねーか?」
大剣使いのリーダーの声に、他の面々もうなずいている。当然竜も同じだ。
「だから、凄い事だって言ってるでしょ。全く… 一匹当たりから吸収できるエーテルの量を増やせれば可能でしょ。
後ね、もっと凄いのは、聖人を人工的に作る事が可能になるかもしれないって事よ」
「おい!! マジかよ!!」
「聖人…」
「聖人だって!?」
「それは……凄いなんてレベルの話じゃ無いですよ……」
竜を除く四人全員が、彼女の口から『聖人』という言葉が出た瞬間、椅子から立ち上がっていた。
その様子を竜だけが座ったまま呆然と眺めている。
そんな竜を余所に、ミレイ嬢に矢継ぎ早に確認をする他の四名。
その会話を聞いていても、今ひとつ分からなかった為、竜は素直に尋ねる事にした。
「あのー…… 聖人ってなんですか?」
その瞬間、時が止まった。
竜以外の五人全員が完全に停止し、そしてしばしの後ロボットのさび付いた首が動くような不自然な動きで全員の顔が竜の方を向く。
(あー、久々にやっちまったな……)
冒険者協会の窓口嬢相手には度々あったのだが、最後に唖然とさせてから何ヶ月も経っていた。
どうやら、また常識的すぎる話だったようだ。
「おい、マジで言ってるのか? って言うか、その顔はマジだよな。日本ってどんな辺境なんだよ!! ひょっとしてこの街の西の果てにでもあるんじゃないのか!?」
ジンがあきれ顔から、どんどんと速い口調になって最後には怒ったような声になっている。
(いや、西の果てどころか、異世界なんだよ……)
先ほどまでジンに制裁を加えていたミレイですら、ジンの口調をとがめる事無く唖然としている。
そんな中、次に口を開いたのは片手剣の男性剣士だった。
「聖人とは、英雄だ!! この国のでは無く世界の英雄だ。クリアミ戦役でミノス地方における…」
「あー、ユーゴ、ストップストップ。それは歴史的、社会的な面から見た聖人で、この場合は関係ないから」
片手剣士の言をミレイが途中で遮る。片手剣士ユーゴは若干不満そうな顔を見せるが、口を閉ざして席に着いた。
ユーゴの着席を機に、立ち上がっていた他の面々も順次席に着く。
そして、全員が席に着いた時点で、再度ミレイの話が始まる。
「聖人すら知らないとはね… ジンじゃ無いけど、ホント日本てどこにあるのよ、全く。えーっと、聖人を知らないって事は、魔神も知らなかったりするかしら?」
「いいえ、しばらく前に冒険者協会の窓口嬢から伺いました。殺人の果てのアストラルの脱皮だと」
「あ… 最近なのね、やっぱり。まあ、いいわ。聖人とは、簡単に言うと魔神のまとも版ね。 あっ、ユーゴ怒らない、ちゃんと説明するから。
エーテルを一定量取り込む事で脱皮現象を起こしてさらなる量のエーテルを保持できるようになる事がレベルアップよね。
そして、同じようにアストラルを一定以上取り込む事によって脱皮現象が起こった場合、精神・魔力に関するレベルアップが発生することになるわ。
その際の精神のあり方によって魔神、聖人が分かれる感じね。
聖人は、他者を殺すこと無く自らのアストラルを脱皮させた者で、魔神のような精神の崩壊などが起こらず、肉体的な変化、角が生えたり肌の色が変わったりもしないの」
「あの、アストラルのレベルアップの事は分かりますが、それって凄いことなんですか? エーテルで言う所のレベル1からレベル2に上がった様なものですよね?」
竜は、以前冒険者協会で魔神の説明を受けた後感じていた疑問を、ミレイに問いかけた。
「あのね、エーテルのレベルアップの際、アストラルも影響を受けて僅かに増えるって知ってる?」
「はい、聞きました」
「その際の魔法的な意味での成長は、肉体的な成長と比較しても、さして変わらないの。
つまり、エーテルの影響で僅かに変化しただけでも、レベルアップしたのと同じと感じられる程成長するの。
それが、正規にアストラルが脱皮出来たとしたら、その成長は桁違いになる訳よ。分かるでしょ」
「……通常レベルアップ時と比較して何倍ぐらいになるのでしょうか?」
「単純に魔力量やその制御力などで言っても30倍から50倍は楽にあるって言われてるわ。
そして、さらに凄いのは、その際の影響で魔法に関する魔法回路が体内に発生するらしいって事。
魔法系の加護を持たなかった者でも魔法を使えるようになるの。これって凄いことでしょ!!
さらに、元々魔法系の加護を持っていた者は、元々の魔法の加護以外にも2つから3つの魔法回路が作られるみたいで、複数の属性魔法を扱えるようになるの!!」
徐々に興奮して声が大きくなるミレイの「凄いでしょ!!」を繰り返し聞きながら、確かにそれだけの力があるのであれば魔神にせよ聖人にせよ『凄い』事には間違いないな、と竜も感じた。
ただ、魔神と聖人では『凄い』の意味は全く別で、『恐れ』と『畏れ』程には違う。
「あの、でも、聖人ってどうやってアストラルを脱皮させているんですか? さっき、人工的に聖人を作れるように、って言ってましたが、ひょっとして分かってないとか?」
竜の質問で、やっと興奮状態から回復したミレイは、軽く深呼吸したのち落ち着いてから答えを返す。
「その通りよ。歴史上記録に残っている聖人は僅かに6名。その全員が『どうして聖人になれたのか分からない』と言っているのよ。
聖人化した後、精神が一見まともに見えるだけの魔神では無いかと疑われて、全員体中を調べられたらしいわ。
魔人化していれば必ず発生している肉体的な変化の有無を調べる為にね。
そして、この6人に関しては全て肉体的な変化は見当たらなかったし、その後の人生を見ても精神的な異常をきたしたと言う記録も無いの。
それどころか、ユーゴの言うように救国の、もしくは救世の英雄と呼べるような偉業を成し遂げているわ。
……それにね、一般には知られていないけど、6人の中の4人に関しては、その死後体内を調べて体内にも肉体的変化が無いことまで調べられてるの」
「おい!! そんな話は聞いたことが無いぞ!! 本当の事なのか!!!? 聖人様のご遺体を辱めるようなことをしただとぉ!!!!」
それまでの間殆ど口を開かなかったユーゴではあったが、聖人に対する崇拝的な思いがあるのか、聖人に関する話題にはボルテージが高い。
「落ち着きなさいって、私に怒鳴ってどうするのよ!。100年以上前のバカ達がした事よ!」
興奮するユーゴを他の面々がばたばたとしながら落ち着かせていく。そんなユーゴがある程度落ち着くのに3分近くを要した。
そんな、やっと落ち着いた場に竜がさらなる爆弾を落とす。
「あの、その死後の解剖ですが、魔神で有る可能性を調べると言う事だけが理由でしょうか? 聖人が聖人たる原因、秘密を調べようとしたのでは無いでしょうか」
次の瞬間、またユーゴが立ち上がりミレイの方を向き直ってにらむ。
ジンや大剣使いのリーダーが「あちゃー」とばかりに額に手をやっている。回復職の女性もため息だ。
「あのね! だから私をにらんでどうするのよ!! 私がした訳でも、私の先祖がした訳でも無いわよ!! ただ魔法協会にそう言った話が伝えられているってだけよ。お門違い!!」
再度全員でユーゴを落ち着かせる。
「まったくもー。と、に、か、く、成長の加護が分析できて、それによってカルマ無くアストラルを吸収できたり、アストラルの吸収自体をしなくても脱皮できる様になる可能性が有るって事。分かった!?」
竜を含め全員がコクコクと頷く。
「で、実際の所その可能性はどの程度有るんだ?」
リーダーの大剣使いが両腕を胸で組んだ状態で、ミレイに問いかけた。
「うーん、40%あれば良い位かしら。加護の解析って、完璧では無いのよ。
あくまでも感覚的なもので加護の魔導回路を読み取っているし、魔導回路自体肉体に刻み込まれた状態では機能するけど、他の物に刻み込んだ状態で機能しない物も多いから。
そんな不備を別の回路で補ったりしてでっち上げているのが、今のマジックアイテムの魔法回路だから。
他の加護と共通点が無いってのが痛いのよね… エーテルの吸収は多分時間がかかっても問題なく出来ると思うの。98%位かしら。
でも、アストラルに関しては、実際通常では吸収しない訳だし、加護の魔法回路上でその処理が成されているのか否かで全く変わってくるのよね……
だから40%。可能性は有るけど、それほど確実では無いって思っていて。
ただ、魔法回路の研究自体が年を追うごとに進んでいく訳だから、この確率も年を追うごとにある程度までは上がっていくと思う」
竜に取っては、今の話の確率の事よりも、加護の魔法回路の読み取り及び再現が不完全な物であると言う事が大きなショックだった。
今までの話で、無意識のうちに加護の魔法回路を完全にマジックアイテムとして再現できている、と思い込んでしまっていた。
竜自身は気付いていなかったが、以前冒険者協会の窓口で加護の話を聞いた時も、『加護とは人の体内に刻まれる同種の回路だ、と言う説を唱える者も居ます』と確定したものでは無いと言う言い方を全編においてしていた。
つまり、現在竜に対して解説しているミレイの話も、マジックアイテムの魔法回路と言う実績に基づく確率の最も高い説で有るに過ぎない。
竜としては、インプラントの捜索が出来ない現状と、レベルアップが出来ないという現実を打破できる唯一の物がマジックアイテムだと考えていた。
単純に生活費を稼ぐ為だけで無く、戦闘能力の低さを補う為の道具としてマジックアイテムを考えており、その為の解析を続けていた訳だ。
そして、マジックアイテムの魔法回路が加護を解析した結果であると聞いて、内心狂喜乱舞していた。
力の強弱はあるとしても、マジックアイテムで加護全てを再現できると。
だが、今の話でその思いが潰えた訳だ。現状では各加護の全てをマジックアイテムとして再現できる訳では無いと知って。
その後、竜はミレイと契約を交わし、7日間彼女の『成長の加護』解析に付き合うこととなった。
これは依頼の形を取り、正式に冒険者協会を介して手続きが行われ、その際の竜の一日当たりの依頼料は1万円で、彼としても十分満足のいく物となった。
そして7日間、彼と、他の『成長の加護』しか持たない冒険者2名を使った分析が行われた。
『成長の加護』を持つ者が2名なのは、個人の『成長の加護』以外の体内魔法回路の微妙な差を差し引くことで正確な『成長の加護』を分析する為のものだった。
時間を掛けた分析は、朝から夕方までを使って丸々7日間行われ、ミレイ的には十分な分析と記録が出来たようだった。
そして、この分析によって、はからずも竜のインプラントが魔法回路とは全く別の物で有ることも分かった。
なぜならば、竜の身体からは他の2名と比較しても格段に変わった魔法回路の反応が無かったからだ。
分析を開始し出した後になって、インプラントの存在が変な影響を与えるのでは無いか、と思い至ったのだが、全くの杞憂と終わった。
そして、分析が終了した翌日、彼らは王都へと向かって旅立っていった。
結局竜は『風の旅団』のリーダーである大剣使いと回復職の女性の名を知らないまま彼らを見送る事となった。




