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11話 金策と知識

 今回、今までの方針を覆し金策の為の依頼を受けようと考えたのは、(くだん)のマジックアイテム購入の為もだがもう一つの理由もあった。

 それは、西側草原部分の探索が思うように行っていないという現状の為だ。

 他の草原部分と違い、西側は辺境に接している。いや、接していると言うよりも西側から辺境だというのが正しい。

 その為モンスターの数も多く、草原部分ですら強いモンスターが頻繁に現れている。

 限界まで肉体を改造している竜とは言え、所詮はレベル1で有る。街から一定距離を離れてから、逃げ回る事が多くなりまともな探索が出来ていない。

 逃げてばかりでインプラント探索もまともに出来ていない。完全に行き詰まっていた。

 これが普通の冒険者であれば、以前探索した他の地域に移動して、そこで弱いモンスターを殺し、レベルアップしてから西側を探索するのが常道だ。

 だが竜はレベルアップ自体が不可能である。つまり完全無欠に行き詰まっている訳だ。

 そして、それが分かっていてなお踏ん切りが付かずにこの地の探索を続けていた。

(あと1メートル移動したらインプラントの反応があるかもしれない……)

 そう思い続けて無理を押してしまっていた訳だ。半月近くも。

 執着が妄執の域に達しているのかもしれない。

 その為、今回のマジックアイテムの件は、別の執着によってそれまでの執着から脱する良い機会だった。



 その日宿を出た竜は、薬草採取関連を受けるつもりで冒険者協会へと向かった。

 換金率などを考えれば地蜂の蜂蜜が現状では一番良いのだが、真冬のこの時期には地蜂が食料として消費している為、量が少なくなっており効率が悪い。

 まあ、元々地蜂が花の蜜を蓄えるのは、冬場の保存食として蓄えている物なのでこれは仕方が無いのだ。

 冒険者でごった返す冒険者協会へと入った竜は、予定通り依頼掲示板から北側草原に多く見られる薬草類の採取依頼伝票の付箋を取り、窓口の列へと並ぶ。

 15分ほど掛かってたどり着いた窓口には丁寧な口調の窓口嬢がいた。すでに半年近く経つのだが、彼女の名前を竜は知らない。窓口嬢で唯一知っているのは最初に受付してくれたイスミ嬢だけだ。

 竜が依頼伝票を出すと、彼女は僅かに首をかしげた。

「何かありましたか? いつもと違うやり方ですが」

 彼女が疑問に思ったのは、ここ数ヶ月、竜が依頼を受けるのは採取した薬草類が規定量に達した状態で事後受けばかりだったからだ。

 夕方、納品や依頼達成報告に訪れる時間帯に、依頼伝票と共に採取した薬草類を提出してその場で依頼を受け納品もすると言う方法だ。

 これが薬草採取では無くある程度のレベルのモンスター討伐依頼ならは話は別だっただろう。

 ある程度経験を積み、次の段階へと進んだと判断するからだ。だが竜の受けようとした依頼は駆け出し用の薬草採取。疑問に思って当然だ。

「いえ、欲しいマジックアイテムが有るので、金策です。懐具合も厳しくなってきていましたし」

 そんな自嘲気味の竜の言葉を聞いた窓口嬢の瞳が光った。

「金策ですか。では、以前やって頂きました汲み取りはいかがでしょうか? 薬草採取よりも効率が良いと思いますが」

「えっ? 汲み取りですか? もう溜まったんでしょうか?」

 思わぬ提案に驚いて確認する竜に、彼女はにっこりと微笑む。

「いえ、まだ十分な余裕はございます。ですが、出来るのでしたら早い段階でもやって頂けると幸いです」

「分かりました。では、この薬草採取は止めて汲み取りの方をやります」

 その瞬間、窓口に隠れて竜には見えなかったが窓口嬢の右手が、良しとばかりに握られ、さらに隣の窓口嬢はホールから見えない形で右手の親指を立てGJポーズを取っていた。

 汲み取りの件は、窓口嬢が言っていたようにまだまだ余裕が有った。だが、今までの事を考えると受けてくれる者がまた出てくれる可能性を楽観できずにいた。

 で有るのならば、早い段階からでも受けてもらえる時にやってもうに超した事が無いと言う事だ。

 そして前回は竜が受けてくれたのだが、それは特殊な状況で有り、次の場合でも受けてくれるかは完全に未知数だった。

 冒険者登録して半年以上経てば、大抵の者は死なない限りある程度生活できる程度の状態になっている。

 汲み取り依頼より多くの金を稼げる力を身につけている訳だ。で有れば汲み取り依頼のようなものを受けてくれる可能性は先ず無いと彼女たちは考えている。実際、過去の例がそれを表していた。

 今回、彼女が竜に汲み取り依頼を提案したのは、前回、竜が最後まで汲み取り依頼を実施した事で、過去の他の者達と少し違うと考え、ダメ元と言う事と切羽詰まった段階で竜に頼れるかどうかを早い段階で見極めようという考えからだった。

 これほどまで彼女達が悩むほど、この汲み取り問題は協会内での問題となっていた訳だ。

 窓口嬢は、その内心を全く表情に表さないように努力しつつ、竜の気が変わらない内にと依頼料などについていつもより若干早口で説明していた。

 その設定価格は以前より少ない金額では有ったが、一カ所あたりの量が少ない為タンク一杯で回れる数が多く、結果以前と同じ程度の日当になると思われる。

 実際は、移動に掛かる時間が少なくなる為、効率は若干上がるかもしれない。

 一通り説明を受けた竜が「分かりました」と答え、急遽作成した依頼伝票にサインした瞬間彼女の右手は先ほどのように机の下で小さくガッツポーズを作っていた。

 実は、この依頼はまだ正式には出されたものではなく、彼女の独断で発行したものだった。当然ながら値段設定も彼女の独断で有る。

 本来ならば、上司に伺いを立て承認を貰うべきモノなのだが彼女はあえてそれを行わなかった。

 なぜなら、その間に竜が心変わりしたらまずいと考えたからだ。他の事は別にして、この案件だけは彼女たちには全く余裕が無かった。

 そして、実際窓口業務が一段落した段階で彼女からその報告を受けた上司は、彼女を非難するどころか諸手を挙げて誉めるのだった。


 前回の汲み取り作業からまだ半年と経っていないのだが、4軒分の屎尿と言う事でそれなりの量が溜まっていた。

 だが、前回と違い基本3箇所分でタンク一杯に成るか成らないかと言う所で、当時と比べて格段のスピードで進んで行く。

 また、以前と違い街の地理に明るくなっていた事もそれに拍車を掛けた。

 今回の作業は、前回と違ってタンク目一杯まで入れる事がほとんどで、それに従ってリヤカーの重量が増している。

 その為、『次元収納』にリヤカーを一旦入れてから冒険者協会側で出すと言う事を実行するケースが増えたのだが、今回は人気の無い場所を把握しており効率よく実行できている。

 そんな関係も有って、一日辺りの収入は以前より多くなっており、その上で時間的余裕も取れるようになっていた。

 よって、現場で確認を頼んだ主婦や見に来た人達と会話をする事が多くなった。

 竜は今回は前回のように特定の事をこちらから尋ねるのでは無く聞き役に回る事で、さまざまな知識や情報を知る事が出来た。

 わざわざ質問するほどでは無いが、知らないと恥をかくような事、全く初耳の話、等などだ。

 特に彼に多くの情報を教えてくれたのは、商業区の主婦達だった。

 他の地域と違い、日中に家にいる者が多かったと言うのと、客商売という観点から多くの情報に接していると言う事があった。

 まず、初耳系の話としては、猪系の鋼殻獣らしきモノが見受けられたと言う事で、王都から2級冒険者のパーティーがこの街を訪れていると言う事だ。

 6級から始まり1級まである冒険者のランクで2級となればかなりの上位者だと言う事になる。

 パーティー名は『風の旅団』と言うならしく、風魔法の加護持ちが2名いる事でその名が付けられたのだと言う。

 ちなみに、旅団と名前が付いているが、基本王都で活動するパーティーらしく、今回のように他の地域に移動する事は少ないようだ。

 今回の依頼は、この街の冒険者協会から王都の冒険者協会に出されたモノで、『風の旅団』は王都の冒険者協会で依頼を受けて活動する形になっている。

 その為、拠点移動手続きは実施していないらしい。

 一応、今現在まで、(くだん)の鋼殻獣は討伐どころか確認すらされていない。目撃そのものが間違いだったのでは無いかと言われているようだ。

 次に、この国とその周辺の状況について教わった。

 まず、この国が『降竜王国』と言う名で、開祖がこの地で竜を下しその竜に騎乗した事に由来とするらしい。

 その竜は、開祖が天寿を全うした段階で何処かへと飛び去ったと言われているそうだ。

 ただ、これは300百年以上前の事で、伝説や神話レベルの話かもしれない。

 元々、開国に関する話はどこの国においても神話レベルの話が多い。日本しかりイギリスしかりだ。

 アメリカのような若い国なら別だが、大抵の国は数百年・数千年前の話となる。神話化されても仕方が無いだろう。

 まあ、建国70年程度で建国史が嘘だらけの国なんてのもあるが、アレは例外だろう。

 この国の歴史は300を若干越える程らしいのだが、文明レベル的に見て十分に記録が残っていない期間と見て間違いない。

 この開祖だが、この国の東にある大国『(せい)』の出で、下級貴族の末子だったと言われている。

 その下級貴族の末子が仲間を集い、西方の辺境と人の住む地域を南北に分かつ巨大な山脈『竜の背骨』唯一の切れ間である未開地を切り開いて立国したのがこの国『降竜王国』だ。

 国が興った後の開拓民も『聖』から入っている為、その意味で言えば『聖』と『降竜王国』は兄弟国と言えるかもしれない。

 実際、建国後100年以上は両国間に戦争はもとより小競り合いも存在していなかった。

 『聖』が出たついでに他の周辺各国に付いてだが、この国は『聖』以外に南北に1つずつの国と接している。

 北は『バロー王国』、南は『ニダール帝国』だ。『聖』は『降竜王国』の北東から南東まで接しており、そのまま南の海岸部分まで続いている。

 北の『バロー王国』はこの国と同じ位の国土面積で、国力も同じ程度だ。言語・文化圏としては、『降竜王国』『聖』『ニダール帝国』と違い北部に有る他の言語・文化圏の一部でありかなり違いがある。

 南の『ニダール帝国』の名を聞いた時、竜は「帝国ですか……」と呟いてしまった。

 それは帝国と言う名が示すのが、複数の国家を侵略して大きくなった国、と言うイメージがあった為だ。

 竜のつぶやきを聞いて、集まっていた主婦達は彼の懸念を理解したのか、クスクス笑いと共にそれを否定した。

「あのね、帝国なんて名乗ってるけど、ただの小国よ。この国の半分ぐらいの大きさなのよ。とにかく見栄っ張りで、プライドだけで帝国って付けてるの」

 そう言った主婦以外も笑ったり肩をすくめながらその言葉を肯定した。

 ほっとした竜だが、念のために質問する。

「あの、だったら、周辺の国々と戦争が起きるような事って無いんでしょうか?」

 やはりこう言った世界であれば、戦争などが発生すれば強制的に徴兵されるのは間違いない。

 仮に徴兵をいやがって逃走したならば、投獄すらされず見せしめとして殺される確率が高いと彼は考えている。

 仮に逃げ出せたにせよ、モンスターが大量に存在するこの世界において、塀に囲まれた人里から離れて暮らすなど出来る気がしないのだ。

 つまり、戦争が発生すれば徴兵され戦地に赴かされるのが絶対と言う事だ。竜としては絶対に望まない事である。

 故に、戦争の可能性を特に気にしてしまう竜だった。

「うーん、大きな戦争は今のところ無いと思うわよ。ねえ」

「そうね、国境を挟む領主達は色々小競り合いはやってるけど、戦争になるような話は聞かないね」

 若干微妙な話ではあるが、貿易に関わる商売を行っていて、そう言った情報に詳しい商家の主婦達が言うのだから当座は問題ないのだろう、と一応安心する竜だった。

 そして、地理の情報を聞いた事で疑問に思った事もついでに聞く。

「あの、この国って海に面していないんですよね。じゃあ、塩はニダール帝国か聖から輸入してるんですか?」

 高校1年生に見合った程度の知識しか持たない竜だが、『塩』の存在は戦略物資レベルのモノだと言う事は理解していた。それ故の質問だった。

「塩? 塩は塩湖で取れるわよ」

 これまた竜の心配は杞憂だったようで、国内に大きな塩湖が有り、死海よろしく濃い塩分濃度を誇っており、さらにその周囲の地盤からは岩塩も豊富に取れるのだという。

 その為、国内の塩はほぼ全てそこで賄えており、逆にバロー王国にはかなりの量を輸出しているそうだ。

「一応ね、塩トカゲ…だったかしら、体内に塩の結晶を持つモンスターがいて、それからも綺麗な塩が取れるのよ。真っ白でえぐみも無いから貴族達に高く売れるみたいよ」

(塩が取れるモンスター……ファンタジーだな。いや、アマゾンだかで塩の取れる木てのが有ったからおかしくは無いのか、血液なんか結構塩分があるしな)

 この世界においては、塩はもちろん、様々な物をモンスターから得る事によって生活が成り立っている。エネルギー源たる魔石等だ。

 そして、最も多く利用されているのは『肉』だ。この街のように辺境に位置していなくても、森や山間部へと行けばどこにでもモンスターが存在している。

 このモンスターの繁殖力は異常に高く、絶滅させられない所以(ゆえん)ではあるのだが、同時に資源と見なせば枯れる事の無い泉のような物だ。

 故にこの世界では『牧畜』と言う物がほぼ行われていない。わざわざ飼う必要が無いからだ。外に行けばいくらでも居て、黙っていても向こうから(襲って)来てくれる。

 また、塀によって安全圏を確保する城塞都市という形状故に、生活圏が限定されており動物などを飼うスペースが確保できないと言う事でもある。

 畑のような形で塀の外に牧場のような物を作るとしたら、それを守る為に護衛などの人件費が掛かる為、とてもでは無いが現実的では無い。

 そのような理由もあり、肉はモンスターから冒険者が取ってくると言うシステムが確立している。

 その為、この世界には『牛乳』という物が存在しない。牧畜が無い為乳牛やそれに準じた動物を飼う事が無いからだ。

 同様に『鶏卵』もほぼ存在しない。ほぼ、と言うのは、モンスターの卵を取ってきて売却する冒険者もいる為、僅かながらは市場に流れているからだ。

 だが、一般の者が日常的に料理等に使用できる量は流通しておらず、事実上無いに等しい。

 これが、ゲーム的ドロップ品が存在する世界であれば、卵や牛乳をドロップするモンスターなどと言うモノが存在するのだろうが、この世界はそんな都合の良い世界では無かった。

 環境が一つ違えば、それによって様々な違いが出て当たり前だ。なんと言ってもここは別の世界なのだから。


 仕事と共に普段行わない会話を交わし、それによって様々な情報を得た竜だった。

 今回の仕事は、前回と同じ数を回ったのだが、掛かった日数は1/3程の11日だった。途中で雨の日が無ければ9日から10日で終わっていたはずだ。

 そして、この仕事による収益は11万6千(イェン)ほどで、1日の最低必要金額が3千円なので収支は8万3千円となった。

 それまでの西草原の探索中の収益は3千円有れば良い方で、ほぼ赤字になる事が多かった事から考えると大きな収益である。

 生活費で考えれば27日分の生活費が残った事になる。無論、目的のマジックアイテムを購入すれば一気に目減りするのは間違いないのだが。

 何はともあれ、最後の報告を終え依頼料を得た竜は真っ直ぐにマジックアイテムを販売している店舗へと向かい、『温風機』を購入した。5万円だ。

 この『温風機』は、機能的にはセラミックファンヒーターに似ている。加熱した空気を吹き出す箱形のモノだ。

 数多あるマジックアイテムの中からこの『温風機』を選んだ理由は、『加熱』の魔法効果と『送風』の魔法効果の2つの魔法効果を内蔵しており、1つで2つの魔法回路パターンが検証できるからだ。

 宿に帰ると早速『温風機』を『リペア』で(いじ)って行く。

 先ず加熱に関する基板パターンの確定と、送風を行っている基板パターンの確定を実施し、検証が済んだ時点で記録を取る。

 次は加熱部の材質の確認だ。この作業は多くの時間を必要とする為、その日には終わらなかった。

 この日から、約半月を掛けてこのマジックアイテムの検証が実施された。

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