01話 プロローグ
01話 プロローグ
太刀掛 竜が『押し出され』た先は草原だった。
全体として踝より少し高い程の草が茂っており、その所々に腰高のススキ科とおぼしき草が点在している。
そして次に、慌てた様子で周囲を見回す竜の目に映ったのは件の草原以外には幅三メートル程の道と、その先に見える畑地、そしてさらにその先に見える塀だった。
彼が立っている地点の2メートル程横にある道は、アスファルトはもちろん砂利すら撒かれていない地面が露出しただけのもので、10センチ程度の轍が重なり合うように刻まれている。
そして、その道の先は、方や山へと続き、方や畑地と塀らしきものへと続いている。
(……街か? 畑があるから、ただのフェンスって事はないよな。でも、あれが街を囲む塀だとしたら……塀が必要な環境って事か)
2キロ以上離れているため、詳細が分からない塀らしきものを見て竜は考察して眉をしかめた。
(木だよな、あの塀…… 上の世界に押し出されたはずなんだが……)
どうやら彼の考えと、目に映る塀の材質が合わなかったようだ。
それでも、とりあえず行くしかないか、と独りごちながら道へと出、その道を畑地や塀のある方へと進んでいく。
砂と粘土、そして所々に埋まった石や岩によって作られた道を5分程歩いて行くと、麦と思われる物が植えられた畑地へと入っていた。
その麦畑を突き抜けるようにして延びる道をさらに進んで行くと、麦畑が一気に無くなり野菜類が植えられた畑となっている。
彼の知識では、店に売られている野菜そのものはともかく、畑にある状態では葉物野菜以外は判別が付かない。
(あれはキャベツか? いや、白菜?)
などとキョロキョロと左右の畑を見ながら歩く竜だったが、300メートルほど先に5人程の人影を見つけるとその歩みを早めた。
5人程の人影は、どうやら家族のようで、かなり小さな子供もいるのが遠目からも分かる。
そして、同じく遠目からその髪の色が明らかに黒くないことも見て取れてしまった。
(外人かよ……)
竜は英語が苦手だった。常に赤点レベルであり、授業前の単語テストでも毎回のごとく5問中2つ正解すれば良い方だ。
ただこれは、竜が馬鹿だと言う事を表している訳ではない。彼の理数系の成績は常に学年上位だった。
つまり、ただ単に『訳もなく覚える』という行為が不得意だったのだ。
理屈と経験則が有るものは覚えられるのだが、漠然と『とにかく覚えろ』という事ができなかった。
理解力と考察力はあるが、記憶力は弱いタイプだ。
そのため英語はからきしだった。故に英語には多大なるコンプレックスを持っている。そのコンプレックスはそのまま『外人』コンプレックスとなっていた。
街で白人・黒人・アラブ系問わず明らかに『外人』と分かる容姿を持つ者が、地図など広げてもの問いたげに周囲を見回しているのを発見すると、即座に回れ右をする。
だが、さすがの竜も現状は理解しているようで、身振り手振りでどうやって会話を成り立たせようかと考えつつ『外人』らしき彼らの元へと向かって進んで行く。無論、彼の眉の間には5本程の縦皺が出来ていたのは言うまでも無い。
竜が彼らの作業する畑まで後50メートル程の位置に達すると、彼らの姿が完全に目視できるようになっていた。
彼らは、祖父・父・母・長男・長女という組み合わせのようで、全員が赤茶色をした髪をしており、襟のない厚手の布地で出来た服をまといジャガイモらしきモノを収穫している。
さすがにその位置からは目の色などは分からない。
思った通り、明らかに日本人とは思えない容姿の彼らを見て、絶望的なため息を漏らす竜。
そんな竜の思いをよそに、彼が見つめる先の父親と思われる男性から、彼の所へギリギリ届く程度の叫び声が響く。
「伏せろ!!」
その声とともに、彼とともに作業を行っていた他の四人も作業中の地面へと伏せたのが見えた。
10歳にも満たないと思える少女は、母親らしい女性に押し倒されるようにして共に地面へと消える。
(え? 日本語? 伏せろって聞こえたよな? ……俺が不審者に見えたのか? 盗賊に勘違いされた? それとも、根本的にこの格好が変なのか?)
状況の変化に慌てつつも、現状を把握しようとする竜の周囲が一瞬陰り、そして直ぐに元の日差しが戻る。
それは一瞬の事だったが、竜はその影に気づいていた。彼を日陰にした影は畑地の中を塀に向かって進む。
それを目撃した彼は、反射的に上空を見上げる。そこには……
(モモンガ? いや、頭はワニ?)
彼が見つめる先には、全長3メートルを超える巨大な生物が突き進んでいた。
それは前足と後ろ足の間に皮膜を持ち、モモンガのようで有りながら頭部は爬虫類の形をしている。
そして、驚くべき事にモモンガのように全く羽ばたく事無く、なおかつ高度を落とす事無く真っ直ぐに塀の方へと向かって行く。
(俺が警戒されてた訳じゃ無いんだな)
混乱しつつも、その点だけは安堵する竜だった。
だが、次の瞬間、あの農家達が身を伏せた、つまり隠れたって事はアレが危険な生き物であると言う事に気付く。
自分がどれほど危険な状況だったか理解した竜は、背中を走る悪寒に体を震わせ、慌てて全周囲の上空を確認する。
だが、塀へと向かう個体以外には鳥すら見受けられない。どうやら、他のアレは居らず当座は大丈夫のようだ。
胸をなで下ろした彼は、その視線をあの空飛ぶ個体に向けると、それはちょうど塀上空にさしかかった所だった。
塀の先に街があると考えている竜は、その後に発生する事態を考えて奥歯を噛む。
全く見知らぬ『外人』だとしても、やはり惨事が発生する事には心を痛める。ましてや、自分の上空を通って行ったモノがそれを起こすとしたら……
当然自身のせいでは無いという事は理解している。とっさの事で何も出来なかったのも理解できる。
だが、やはり割り切れないものがあるのだ。
だが、竜の懸念は杞憂だった。件の巨大モモンガ擬きが塀上空20メートル程を超えようとした瞬間、塀の中か上と思われる場所から光り輝く何かが4本それに向かって放たれた。
その光の槍か何かは、時速100キロは優に超える速度で飛ぶと、巨大モモンガ擬きに次々とぶつかって行く。
その衝突と共に、巨大モモンガ擬きから鶏の断末魔のような叫びが放たれる。
だが、ヤツにとってその4発の『光の槍』は致命傷では無かったようだ。だが、それ以上進む事を断念したのか、叫び声を上げつつも体をひねり、進路を一気に変えていく。
驚く程の急旋回を決めた巨大モモンガ擬きは、完全にUターンすると、元来たコース、つまり竜のいる方向へと向かって逃げ出し始めた。
それを見て慌てて畑の畦に身を伏せる竜。仰向けに伏せながらもしものことを考え、意識を喉の下に向けた。
だが、それもまた杞憂だった。逃亡を決めた巨大モモンガ擬きは、彼はもちろん農家達にも目もくれず真っ直ぐに飛び去っていった。
飛び去っていく巨大モモンガ擬きの爬虫類型の尻尾を見ながら、竜は現状がかなり彼の想像とかけ離れている事に気づかされていた。
竜は孤児である。今時珍しい捨て子だ。生後まもなくから児童養護施設にて生活してきた。
児童養護施設と聞くと、大半のものが『捨て子』を想像しがちだが、いわゆる『捨て子』は殆ど居ない。
大半が親を亡くした者、親に理由があって育てられずに預けられた者が大半だ。
むろん、親が途中で育児を拒否したと言う意味の『捨て子』はある程度居る。だが、親が誰だか全く分からない、生後まもなくコッソリと捨てられた『捨て子』は現在では珍しい。某赤ちゃんポストの有る自治体は別だが。
竜は、生後1~2週間と思われる状態で夜間に交番の前に捨てられていた。
唯一の所持品は産着と巻かれていたバスタオルだけだ。
そのバスタオルに、竜の絵が大きくプリントされていた事で名を竜と名付けられた。
明らかに、今の時代に合わない名前だ。昭和の時代ですら数が少なかった。ましてや平成の時代となるとイメージ的にはヤンキー系の両親や暴力団系の親位しかつける者は居ないと思える程だ。
そのため、初対面の者に名を名乗ると、殆どの者が驚いた表情をする。
高校入学時、中学時代の同級生が全く居ないクラスでの自己紹介時は、全員が二度見した程だ。
彼は、名前もそうだがそれまでの経緯も他の施設入居者と少し変わっていた。
それは、彼が施設を3カ所移り変わったからだ。
通常、養育里親と言う養子縁組を行わない里親の元と、施設を行き来する者は居る。里親と合わないケースがあってだ。
だが、施設そのものを複数移動するケースは少ない。彼の場合はそのレアケースに当たる。
通常このようなケースは、本人が何らかの問題を起こし、他の施設へと移動するケースが大半なのだが、彼の場合はそれですら無かった。
彼は拾われた直後は、民間(実質個人)経営の施設に入所していたのだが、経営者の死去と共に閉鎖となり、同県内の他の施設へと移動した。
その後、移動した施設で中学3年まで過ごすが、施設内での恒常的な職員達による女子児童へのわいせつ行為が外部へと発覚し、それまでの間周辺住民との折り合いも悪かった事もあり、それを期にその施設も閉鎖となった。
結果、その施設の入居者は周辺各県の施設へと振り分けられた。
そのため、竜が3カ所目に入所した施設は、彼にとって『家』と思えなかったし、他の入居者に対しても『家族』と感じる事が出来なかった。それはある意味仕方の無い事でもある。
児童養護施設と言う所は、入所者同士でも多くのもめ事を抱えている。いじめは無論、暴行・傷害・強姦なども当たり前のように発生している。
無論、まともな施設もない事はない。だが、残念な事に、そんな施設はごくまれだ。
竜が2回目に生活していた施設では、長い間、職員達が女子児童・女子生徒に手を出しており、その上でそのおこぼれを男子生徒が貰うというシステムが出来ていた。
竜は、正義漢では無いが、性的な事には保守的な考えが有った。そのため、おこぼれに預かる事は無く、そんな職員・生徒を嫌悪していた。
知らない者が聞くと驚くべき事ではあるが、施設育ちの集会等が有れば当たり前に語られる『あるある』である。
そんな施設であれば、後から入ってきた者にどう当たるかは考えずとも分かろうというものだ。
そんな事もあり、彼は施設内にも仲の良い者は居らず、高校1年の夏休みは朝からの施設内担当部所の清掃を終えた後は暇をもてあましていた。
だから、それは気まぐれだった。屋上の洗濯物干し場からぼーっ眺めていて、そこから見えていた山になぜか登ろうと考えたのだった。
理由は無い。暇だから。山が目に入ったから。半日もかからないだろうから。その程度の考えだ。
そして、そのまま彼はその山へと登った。山とはいえ、標高数百メートルの低い山だ。施設からその山裾までも2キロと無い。
ただ、その山は大半が雑木で、杉や檜などが植樹された山では無く、さらに登山道や遊歩道なども無い山だった。
そんな山だが、彼はのんびりと雑木をよけつつ登っていく。
途中、トゲだらけの木を誤って掴んでしまうと言うトラブルは有ったものの、特に大きなケガも無く中腹まで登った。
その後、そのまま頂上は目指さず、山並みに沿って横へと移動していく。谷を横切り、尾根を横切り30分程移動した先で、50センチ幅の水が流れる谷川を見つける。
竜はそのきれいな水を直接口をつけて思い切り飲み、その後頭から水をかぶって火照った体を冷却する。
短髪の彼は、動物のように頭を振り回して水を切ると、今度は靴と靴下を脱ぎ川に足をつけた。
この川は、小さな谷川だったため、水は彼の踝程度までしか無かったが、汗臭くなった足を洗うには十分だった。
足を洗い、水の冷たさを満喫している竜は、変な違和感を感じた。
それは、それまで体を動かしていたために感じられなかったものが、動きを止めリラックスした為に感じられるようになったものだった。
(なんだこれ? 錯覚? いや、確かに感じる。こっちからだ)
竜が感じている違和感は感覚的なものなので言葉にするのは難しい。だが、あえて言葉にするとしたら、ハロゲンヒーターを向けられているという感じだ。
扇風機型のアレから赤外線をピンポイントで当てられているあの感覚。
当然ながら指向性がある。ある方向からしか感じられない。体を回しても、常に感じるのは一定の方向からだ。
つまり、感覚的な錯覚では無く、何らかのモノがその方向から発せられているという事だ。
無論、その感覚自体が錯覚である可能性もあるのだが、彼はその事は考えつかないようで、確信を持ってその方向である上流に向かって裸足のまま川を遡っていく。
最終的に彼が立ち止まった所は、先ほどの位置から約25メートル程遡った所だった。
(水の中?)
彼の感覚では、違和感は水中から発しているように感じられた。
そして、彼の感じている違和感は、近づくに従って着実に大きくなっており、今の距離では意識しなくてもハッキリ分かるレベルで感じられている。
彼は、おもむろに水中へと手を入れ、目前にあるハンドボールサイズの石を横にのけた。
彼の考えとしては、その石の下に何か埋まっていると考えて石をよけたのだが、その瞬間違和感が移動した。その石を転がした方向へ……
それによって石が件の違和感発生源だと理解した竜は、その石を持ち上げ川岸まで移動する。
その石は普通の砂岩であり、コケ類も付着して居らず外観的にも別段変わった所は見当たらない。
地面で転がし、全面を確認するがやはり他のそこら辺りに転がっている同系統の石と何の違いも無い。
だが、転がす中で違和感の位置が岩の移動と微妙にずれている事に気づく。つまり、違和感の発生源は石そのものでは無く、石の中にある何かだという事だ。
(中に何か入ってるって事か? 放射性物質でも入ってたりしてな……)
以前読んだ古い釣り漫画の一話で、その川に生息するイワナか何かの魚が、川の中にある放射性物質を含む岩のために片眼が損傷していると言うのが有った。
色々と突っ込みどころの多い話ではあるが、清流と谷川と言う共通点もあってか思い出してしまったようだ。
当然ではあるが、放射線を感知する事は基本人には出来ない。仮に体にハッキリ分かるレベルで浴びたとしたらそれは死を意味するだろう。
その意味からも、この石の中に有るものが放射性物質である可能性は圧倒的に低い。周囲の植物にも全く変化が無い事からもそれは明らかだ。
そんな事を、つたない知識で自己納得しつつ、結局は確認する以外ないと、その石を割るとこにする。
その石を川岸にある比較的平らな岩に向かって叩き付ける。2度、3度。4度目にしてほぼ半分に割れた。
そして、割れて飛び散った欠片で唯一違和感を感じるモノを手にし、その断面を見ると、明らかに砂岩とは材質の違う鈍色をした小さな破片が顔をのぞかせている。
そのままでは取り出せないと判断した彼は、その石を再度他の岩にぶつけそれを取り出す。
それは光沢のない鈍色で、小指の第一関節ほどの大きさの涙滴型をしたモノだった。
親指と人差し指でつまみ、特段の温度を持っていない事を確認しつつ全面を確認するが、その形状と違和感を感じると言う事以外特に変わった所は見当たらない。
(銀って感じじゃないよな。鉛ほど重くないし。後こんな色の金属って有ったっけ?)
その涙滴型の品に触れた感じは金属と言うよりもガラスなどに似た感じを受けた。だが、表面はツヤが無くツルツルなのに艶消しと言う状態だ。
そのため、ガラスや宝石類では無く金属類だろうと考え、その材質を考察するのだが、彼のただでさえ乏しい知識に該当する物は無かった。
そして、考察を続ける彼がそれを左手の掌に置いた瞬間事態が動いた。
竜の掌に置かれたその涙滴型の品が突然青い光を発した。
驚き反射的に手を振って掌の上の発光するソレを振り落とそうとしたのだが、ソレは掌に吸い付いたように離れる事は無かった。
「うぉぉいぃぃぃ!!!」
意味をなさない悲鳴を上げて左手を振り回すが、それでも青い光を放ったままのソレは掌から剥がれる事無くへばりついている。
右手でソレを払い落とそうとするが、剥がれない。意を決してソレを右手でつまみ引っ張って取ろうとした時、ソレが掌へと潜り込んでいった。
さらなる悲鳴を上げ手を先ほど以上に振り回しパニックとなる竜をよそにソレは完全に掌に没し、掌を内側から発光する青い光で照らしつつ手首の方へと移動を開始する。
それに気づいた彼は慌てて右手で手首を強く握るが、その下を通ったアニメの透過光のような青い光は手首から腕を通って肩へと移動していく。
その際、彼の頭に有ったのは、某映画の異星生物に寄生されるシーンだった。
多分、彼がその手にナイフなりナタなりを持っていたとしたら、即座に腕の中を移動する光の手前で腕を切り落としていたかもしれない。
だが、残念な事に彼は刃物を有していなかった。彼が出来たのは、Tシャツを脱ぎそれを使って止血帯よろしく脇に近い腕を口と右手を使って痛い程に締め付ける事だけだった。
だが、彼の行動をあざ笑うかのごとく、その青い光は簡易止血帯の下を通り抜け肩を通り胸部を斜め下に向かって移動する。
(心臓! 心臓に達した瞬間終わりなのか!?)
その際、竜は、パニックに近い焦りを感じながらも諦観と呼べる程のあきらめも感じていた。孤児という立場によって、将来に対する希望が少ない事がその諦観の根本に有ったのかもしれない。
しかし、彼のそのマイナスの思いは裏切られる事になる。青い光は心臓では無く肋骨の中央に有る胸骨、それの一番下に有る剣状突起と呼ばれる部分で停止したのだった。
胸骨下部で停止したその光は、ゆっくりと弱くなって行き、まもなく完全に消えた。
(死ななかった…… だが寄生された? アレは卵でしばらく経ったら孵化して食い破って外に出る?)
直前の危機は脱したが、状況を考えると明らかに先に絶望しか見いだせない。
オペによって取り出すとしても、どう言って説明するのか? その費用を施設が出してくれるのか? そもそも安全に摘出できるのか? 不安しか無い。
そんな絶望的な不安を抱えたまま、裸のままで光が消えたその場所に手を当てて探る。
だが、手で触れる範囲ではそれが入っている感触は感じられない。
それでも意識をそちらに向けて確認していると、突然に頭の中にイメージが飛び込んできた。
(なんだこれは!?)
………………
………………
その日の翌日から、竜は毎日のように山へと登った。
そして、一帯の山をくまなく歩き、違和感を探して歩いた。
その時はその結果としてどのような事になるか全く分からずに、初めて見いだした希望を胸に、黙々と山を探索し続けた。
毎日のように山を探索していた竜だったが、8月の半ば過ぎに5個目の違和感を発見した。
その違和感は木の根元に埋まっていた30キロは有る岩の中からだったため、取り出すのにかなりの時間を要した。
そして、取り出された物は親指の第一関節程の大きさをした曲玉型の物だ。色は相変わらずの艶無しの鈍色。
ちなみに、曲玉と聞くと無意識に穴の開いた物を思い浮かべる者が多いと思うが、元々は穴の無い物が曲玉であり、それを首飾り等にするために穴を開けた物が穴付きの曲玉となる。
小学校の歴史教科書等に写真で紹介されている物がこの穴あき曲玉な為に、穴あき曲玉を曲玉と認識している者が多い原因だろう。
そのため、某県の曲玉をシンボルとする街に行き、道路脇に有る巨大シンボルを見て違和感を覚える者が多い。
竜もその一人だったようで、『穴の無い曲玉』と認識したようだ。
そして、今までと同様に指先でつまんでいたソレを右の掌に置く。
ソレは今度は紫色の光を放ち、掌の中に沈み込み、腕を通って胸骨の中央部に移動しその場にとどまった。
(よし、今度は何かな?)
今まで通り、確認を行おうとその位置に手を伸ばした瞬間体全体が白い光に包まれ一瞬にして意識を失った。
次に竜が意識を取り戻した時、ソレはそこに居た。白一色に塗りつぶされた空間に、目に見えるのは自分の体だけだが、目前に、いや全周囲にソレが存在する事が理解できていた。
その感覚は、理屈や理解の果てに有るのでは無く、ただただ分かるのだ。無条件にソレが存在すると言う事が。
状況とその存在に混乱していると、その存在より何かが投げつけられた。
実際は多分接触しただけなのだろうが、その存在との差異があまりにも激しいため、痛みを伴ったせいで『投げつけられた』と感じたのだろう。
その痛みを伴う接触と同時にその情報が彼の中に入ってくる。そして、現状と今後をある程度理解した。
その情報によると、彼が山の石から手に入れた5つのモノによって、彼自身のエネルギー値が住んでいた世界に居られない値になってしまったのだと言う。
故に、そのエネルギーに応じた世界へと押し出される事になったらしい。
イメージとしては人工衛星のようなモノだ。一定の軌道を回っている衛星に、地表から見て進行方向に運動エネルギーを加えると、そのエネルギーに応じて高い軌道へと押し上げられる。
あれの世界版なのだろう。エネルギー値の違う世界が隣接しており、高いエネルギーを持ってしまったために元々の世界から飛び出してしまい、そのエネルギーに適した世界へと遷移する、と。
その存在より与えられた知識は、あくまでも抽象的で断片的だった。ひょっとしたら、竜の方に理解できるだけのキャパシティーが無かったせいかもしれない。
ただ、そんな漠然とした知識では有ったが、状況を認識するのには十分だった。
そしてなにより、この事を彼自身が拒否する事が出来ない事もハッキリと分かっていた。いや、分かってしまっていた、と言った方が適切だろう。
それだけを理解し、あきらめた瞬間、再度全身を白い光が包み、からだが押し出されるような感覚と共に彼は行くべき世界へと押し出されていた。