3話 朝ごはん美味しいです
おはよう異世界。
「って、痛っ!」
身体中が飛び上がる程痛い。そのあまりの痛さに起きてしまった。まだ空は白んだばかりだ。小鳥のさえずりが聞こえてくる。
ていうかこれって筋肉痛じゃん。普通の筋肉痛とは比べ物にならないくらい痛いけど。
やっぱ昨日の【縮地】だよなあ。使い過ぎはダメか。気を付けとこう。
あ、まてよ。
「【幻実】」
そして、例によって元クラスメイトのステータスプレートを盗み見た時のスキルを発動する。
「【回復魔法】」
……あれ? 何も起きない。おかしいな? あ、こっちか?
「【回復魔術】!」
うーん、やっぱり何も起きない。何故だ? こんな時に頼れるのはマイバイブル達、さあ力を貸してくれ。
……あ、解った。つまりこういう事か。
「『ヒール』!」
ちょっと痛みが収まった。やっぱりそういう事か、さすがマイバイブル!
まだ全然痛いから『ヒール』を重ねがけする。すると、飛び上がる程痛かった筋肉痛がスーッと引いていく。
しばらく『ヒール』をかけていると、辺りにゴーンゴーンと鐘の音が大きく響き渡った。
外を見ると、街のど真ん中に大きな塔があり、その頂上に大きな鐘があった。そういえば昨日も見たなあ、塔。
あ、朝の鐘ってこれか! じゃあ朝ご飯の時間だね。早く行かないと無くなるぞ。
俺は食堂まで急いで向かった。
程なくして食堂へと到着する。食堂には人がちらほらと見える。
ふと、美味しそうな匂いが漂っている事に気付く。匂いの方に顔を向けると、そこには気の良さそうなおじさんが大きな鍋をかき回していた。
「坊主、朝食ならもう少しで出来るから座って待っててくれ」
おじさんは火加減を確認しながらそう言った。
「はい、わかったよ」
俺は近くの椅子に座る。
しばらく待っていると、朝食が運ばれて来た。給仕をしているのは女将さんだ。
「どうぞ、スープのおかわりは自由です。パンと肉のおかわりはありませんので気を付けて下さいね」
料理が机に置かれる。メニューは、野菜がたっぷり入ったスープに、豚肉っぽい肉を焼いた物が二切れ。そしてパンがあった。
「ありがとう」
お礼をしっかりと言って食べ始める。いただきます、と言いたいところだが、異世界人だとバレたらろくな事にならなそうだから自重する。
このスープ美味しいな、後でおかわりしよっと。
朝食に舌鼓を打っていると、奥の方から何やらドタバタと忙しない音が聞こえてきた。
「ごめんなさいっ、寝坊したっ!」
そんな事を言いながら、現れたのは女の子だった。
歳はおそらく俺と同じくらい。くすんだ赤毛にそばかすが似合う可愛らしい彼女は、素早くエプロンを着る。
「アンナ、あんたまた寝坊したの!」
女将さんが、今まで見せた事の無いような剣幕で怒っていた。
「ひぃぃ! ごめんなさいお母さん!」
アンナ、と呼ばれた女の子は手で自分を庇う様な仕草をして謝罪を口にする。
そんな光景を見て、周りの客は「またか……」とでも言いたげな表情をしている。
いつもこんな感じ何だな。
「はあ、早く給仕しなさい」
「はーい!」
アンナは元気よく返事をすると、給仕を始めた。
と、そこで丁度スープが空になったので、おかわりする事にした。ちなみにパンと肉は既にお腹の中へと消えた。
「すいませーん!」
「はいはい、ただ今!」
駆け付けてきたアンナにスープのおかわりを要求する。
「あの、スープのおかわりを下さい」
「はい! かしこまりました!」
元気のいいアンナの声に面食らいながらも、お皿を差し出した。程なくしておかわりが来る。
おかわりまで食べ尽くした頃には人もまばらになってきた。すると、歳が近いからか、仕事が無くなり手持ち無沙汰にしていたアンナがこちらへとやってくる。
「ねえ、あなた新規のお客さんよね?」
手を後ろ手に組んだアンナは、僕に話しかけてきた。
「そうだよ」
「あたし、アンナって言うの。あんたは?」
「輪廻」
「ふーん、メグルっていうんだ。女の子みたいね」
その瞬間、後ろにいた女将さんのげんこつがアンナを直撃する。
「こらっ、失礼な事言うんじゃない!」
「痛いっ!」
そんな様子を親父さんはニコニコとした表情で見守っている。
「女の子じゃないよ」
「分かってるわよそんな事」
「分かってるならいいや」
アンナは後ろの手を前に組み直す。
「……あんたよく分かんない」
「知り合ったばかりだからね」
っと、こんな事をしている場合じゃない。今日は最優先でやらないといけないことがあるんだった。
「僕、用事があるからもう行くよ」
席を立ち、宿の入り口へと向かう。
「え、ちょっと待ちなさいよ!」
そんな僕をアンナが引き止める。しかしアンナの背後にはやはり女将さんが鬼の様な形相で仁王立ちをしている。
「アンナ? まだ寝坊の件は終わって無いのだけど?」
肩を掴まれ、抵抗むなしく廊下の向こうへと消えて行くアンナに敬礼をしてから僕は後片付けをしている親父さんに声を掛ける。
「あの、親父さん」
「ん? 何だ坊主」
「冒険者ギルドって何処にあるんですか?」
「冒険者ギルド? 依頼か?」
「いや、冒険者になろうと思ってます」
そう言うと、親父さんは難しい顔をして考え込む。
「坊主が冒険者か? ……親は?」
やっぱり僕みたいな歳で冒険者は珍しいのかな? っと、親か……。
「居ないです」
この世界には。
「そうか、それはすまない……ああ、冒険者ギルドだったな、場所は――」
厳つい顔の親父さんは親切に教えてくれた。
やっぱりこの世界にも優しい人はいるんだなあと改めて感じた。