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3 振り返る過去

「——私はこの通り病気にはかかっていないの。中身が魔物のおかげか体も弱くないし、周りがそう思い込んでいるだけ。それにこの魔導師がお父様を洗脳したせいで人間の体になってしまったのよ。本当に悪い人」


 シンシアは一通り話した後、大して気にもしなさそうに呟く。むしろ面白がっている声色だ。戸惑うカイルにシンシアはくすりと短く笑った。その仕草は子供が大人を真似るような、妙なちぐはぐ感がある。


「その、害があるっていうのは?」

「昔は力が弱ったけれど、今は人が聞けば即死なんですって。説明を受けていないの?」


 カイルが正直に首を振れば、中途半端に伝えた張本人をシンシアは再度睨みつけた。そしてやはりどこ吹く風というように魔導師は笑みを浮かべ続ける。この二人にとっては日常恒例なのだが、カイルは未だ慣れていないように肩を縮ませた。


「じゃあ、今度は私が質問ね。貴方の正体を教えてちょうだい」


 そんな彼にシンシアは取り繕うとわざと声をあげた。彼女自身の聞きたかったことであり、興味津々に乗り出す姿はやはり子供だ。口調も仕草も大人のように見えるが、やはり中身は年相応らしい。そう納得してカイルは答えた。


「僕は元人間の吸血鬼なんです。でも魔導師様が薬を作ってくださいますので、吸血する必要はありません。無害です。今は牙は隠せないけど、いずれは出来るようになります」


 捲したてるように言い切ったカイルの口には、確かに小さくも鋭い牙が覗いている。

 どうして吸血鬼になったのかと聞くが覚えていないと返ってきた。それは残念だが『同じで正反対』の意味を理解できたとシンシアは頷く。

 二人共魔物としては同法である。しかしシンシア自体は魔物だが彼は元人間だった。ある意味正反対なのだろう。セリーナの体だとしても、元はセイレーンなのだから。

 少し考察した後、シンシアは用意された友人役に彼女の方から手を差し出した。


「シンシアでいいし、敬語もいらない。友達なんでしょう? よろしくねカイル」

「うん! これからよろしく、シンシア!」


 彼はその手をとって、ようやく緊張が解けたように満面の笑みを浮かべた。



※※※※※



 ——それから十一年の時が過ぎた。


 本能から逃れられず森で歌って来たシンシアが玄関にあがると、甘い匂いが漂ってきた。そういえばケーキを作ると言っていたなと思い出し、厨房へ駆け込む。天井がとても高く、広すぎるが自分にとっては使いやすいと彼は言っていた。

 切り分けられたタルトに飾り付けをしている背中が現れ、それに向かって声をかける。


「カイル、貴方って本当に変わったわね!」

「……驚いたな、おかえりシンシア。ところで変わったって?」

「貴方が昔は人見知りだったことよ」


 カイルは随分と変わった。色彩の変化はないが、少し頼りなさそうに見えた遠慮がちな雰囲気もなくなり、背も伸びた。初めて会った時に握手をした手も、今や大きくなり骨ばった形になった。愛らしかった容姿は影も形も消え、柔らかさはあるが整った男らしい顔つきをしている。


「変なところを覚えているな……。いきなりどうしたんだい?」


 彼にとっては恥ずかしい過去なのだろう。少し気まずそうに言うカイルだがシンシアにとっては温かい思い出の一つだ。カイルを気にせず、追い打ちをかけるように話を続けた。


「ふと思い出したのよ。魔導師があなたを友達役として連れてきたのをね。貴方、本当に可愛かったわ。初めは用意された友人なんてと思ってたけど、妹ができたと思うことにしたのよね」


 今思い出せば、酷いことをしたと思う。彼が来た当初、髪をいじるのはもちろんのこと、可愛らしい小物などは必ず彼に一度使わせた。半年後、様子見で訪れた魔導師が止めなければ今はどうなっていたことか。

 カイルもそれを思い出したのか、軽くため息をつき肩をすくめる。


「そういえば、君は俺の誕生日に桃色のドレスを用意してたな。しかもその日はこれを着て過ごせとか言っていた。なんの拷問かと思ったよ」

「あら、本当のプレゼントは用意していたでしょう? あれは半分冗談よ」

「半分は本気だったと」


 冗談に冗談を重ね、耐えきれなかったように二人は吹き出した。笑いすぎのために痛む腹を押さえ、目尻に浮かんだ涙を拭く。すると仕返しだと言わんばかりにカイルは口角を持ち上げた。


「君も変わったよ。昔は大人ぶった女の子だと思っていたら、今じゃ子供みたいだ。普通逆じゃないのかい」

「私は構わないのよ。社交界なんて行かないのだから」


 森の奥で病気を治しているという伯爵令嬢の姿を見たことがある者は少ない。社交界になど一度も出たことがないのだ。シンシアは開き直ったように笑みを見せ、苦笑するカイルの背後を覗く。皿の上に置かれたタルトには色取り取りの木苺が満遍なく敷き詰められ、ミントが添えてあった。綺麗に焼かれたタルト生地からは香ばしい匂いが漂っている。


 料理は、昔から変わらないカイルの特技だ。この屋敷に来たことで、より上達したと言えよう。相変わらず美味しそうだと感想を抱いていると、それを感じ取ったのか彼は嬉しそうに語る。


「僕は吸血鬼だから人間の食事は必要ないけど、シンシアが幸せそうに食べるからね。作るのが楽しいよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 照れて視線をそらすシンシアに、料理は作るだけだったことをカイルは思い出した。しかし彼は今、シンシアの隣で食事をしている。それは彼女に影響されたからだと心の中で呟くが、シンシアに届くのはもう少し時間がかかることだろう。

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