21 結婚式のブーケ
その日の風は緩やかで心地よく、肌を焦がすように照らす太陽の熱を攫っていく。揺れる黄色の花々はシンシアの肩あたりの高さほどあり、山特有のおうとつに沿って絨毯のように広がっている。空も晴れており、雲一つない澄んだ青をしていた。よい結婚式日和になるだろう。
「でも綺麗なブーケになるかなぁ」
その親切にしてくれたお姉さんの結婚式は、簡単なもので主に祝いとして食事を楽しむものらしい。貴族のように指輪の交換や、新婦のための美麗なウェディングドレスを着て呼んだ人々に幸せだと伝えるものではないという。
貴族の結婚は主に、持参金や身分を求めての政略されたものだ。送られる指輪もなるべく高価で、財力を見せびらかすという密かに隠れた理由があったりもする。客も客で新郎新婦をよそに腹の探り合いなどを行っていることも日常茶飯事だ。
どれだけ結婚式に金をかけれるか。どれだけ客を呼べるか。これからのことを視野に入れ、どれだけ己に利益があるか。貴族はなんとも面倒くさいものである。
一方そのお姉さんとやらの式は村全体の人間を招待しているらしい。なるべく金をかけず、聖職者に宣言するのみの至ってシンプルなもの。
主催も周りも皆楽しく参加でき、音楽に合わせて踊り過ごせば最終的には酒屋で呑み明かすとドーラは言っていた。彼女の村特有の式なのかもしれないが、それでも貴族の式よりも幸せそうにシンシアは思えた。
「気持ちが籠っていれば誰だって嬉しいでしょう。邪魔な草は取って、まとめる。でも向日葵だけだと心もとないかも……カスミソウとかも入れてもいいと思うわ」
「あ、それ素敵!」
フリルを贅沢にあしらった水色の日傘を掲げたシンシアは、それでもなるべく日陰にいようと移動しつつ提案する。
カスミソウは雑草でもあるが、花束でよく使われる花だ。白、ピンクと色があり、それだけだと寂しいが他の花と合わせればベールのように愛らしい。時期的にもあっていて丁度いいだろう。向日葵の花言葉は「憧れ」で、カスミソウは「親切、幸福」なのでドーラが言う新婦の性格にも似合う。
「貴方に刃物を持たせるのは少し……いえ、かなり怖いから刈り取るのはカイルに任せるわね」
「なにそれ!」
「俺もシンシアに同意見かな」
「カイルさんまで……酷い。私一応農家なんですけど」
不満げなドーラだが、仕方ない。初めて来た時も怪我をし、二度目も壺を倒し割ってくれた危なっかしい彼女には、さすがに全て行ってもらうわけにはいかないのだ。
例え、家では自炊をし作物を収穫している彼女であろうと信用できない。二人は見たことのないドーラよりも身近な印象を優先してしまった。
しかしその膨れ面は一時的なもので、好きな向日葵を選んでとカイルに促されると不機嫌は何処へやら。すっかり機嫌を取り戻して、買い物を楽しむ女性のように咲く花々に目移りしている。
ドーラが指で示したものから刈り取って、シンシアが受け取り大体の構図を考える。しかし組み立てるのも送るのもドーラなので、二人はただのアドバイスをするだけだ。チェスをした時のように感覚で動くであろうドーラのために。
そしてやはり仕出かした。あろうことか添えるはずのカスミソウをメインに置き、向日葵の花の根元を折ったのだ。首をもぎ取るようにも見える向日葵は処刑された者の末路を表現しているのだろうか。
ピンクではなく白のカスミソウにしてよかったとシンシアは唖然しつつ感想を抱く。これでピンクなんかにしたら、間違いなく血を連想してしまう。赤い花もなくてよかったと考えてしまうのも当然のことだ。
「貴方の感覚はどうなっているのよ……」
修正には時間がかかる。花の鮮度のために式の数時間前に用意しておくつもりだったのだが、完成するのはいつになるのだろうか。間に合うのだろうか。
父が贈ってきた壺は悪趣味だと言っておきながら、これだ。どうやら自分が頑張って作ったり選んだものは素敵に見えるらしい。絵画を描き上げた後の満足感と達成感により、下手でもうまくできていると錯覚してしまうあの感覚だろうか。
父のセンスといい勝負だといっそ感動すら覚える出来栄えに、痛みで頭を抱えるシンシア。それを見ていたカイルも若干引きつつ、肩をすくめた。




