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17 チェスとチョコレート

 チェスを見ること自体初めてであろうドーラが不思議そうに観察してくるのを感じながらも、順に駒を置いていく。白黒のチェス盤に決められた位置に設置し終えると、左から順に指で差し名前を教え始める。が、一度では複雑すぎて覚えきれないらしく実戦で学ぶことに変更した。


 特別だと有利な先行を譲り、初心者のドーラには傍でカイルがアドバイスをする。アドバイスとは言っても彼女が詰まった時や質問をされた時に手助けをする程度で、基本的にドーラ自身に駒を動かせていたが。


 シンシア自身はそう強いわけではない。むしろ苦手な方だと言っていいだろう。しかも最後チェスをしたのはいつだったかと問われれば、返事ができないぐらい放置していたのだ。上級者は駒を進めるのに時間はかからないらしいが、シンシアはあれがこれでとチェス盤と睨み合うことになっている。軽く手合わせとして対戦し、外の話でも聞こうとシンシアは思っていたのだが予想以上にのめり込んでしまった。


 どうやら相当腕が落ちていたのか、敵である白い駒を取るごとに味方の黒が減っていく。参謀のカイルが強いせいだと思いたいが残念なことに、ほぼドーラの独断だ。それに彼女は何も考えずに置いているようで、度々カイルに「そこにポールは置けないよ。それにルークは斜めには動けない」などと注意されている。


 彼女の運がいいのかシンシアが弱すぎるのか。軽く自信を喪失しかけた時、こっそりとカイルがドーラに耳打ちするのが伺えた。それから笑顔が広がる彼女の表情。どうやらいい作戦でも思いついたようで、ドーラは迷いなく駒を動かした。


 急いで見落とした部分はないかと再確認する。ハンデはつけたとしても初心者に負けるのだけは避けたかった。最後のアドバイスは完全にカイルの策であるが、ドーラには負けたくないと妙な闘争心が湧き上がってくる。


「…………あっ」


 そしてシンシアは見つけた。崖っ淵にいた自分の黒を。気づかぬうちにチェックメイトに持ち込まれかけていたらしい。危なかったと駒を逃げさせれば「あああぁぁ〜!」とドーラは奇声をあげた。どうやら打つ手なしのようで半泣きの顔のドーラだが、カイルは面白そうに片眉を動かしただけで終わる。


「チェックメイト」

「負けた〜! いけると思ったのになぁ」


 どうだとキングを取れば、ドーラはテーブルに額を打ちつけんばかりの勢いで項垂れた。本当に悔しいようでもう一度とねだってくるが、冗談じゃないと一刀両断する。強がって固めた口元がうまくいって余裕そうに見えたらしく、ドーラは獣の唸り声にも似た声を頭を抱えながら出した。


「ドーラ。シンシアは勝ち誇ってるような表情してるけど、実際は心臓バクバクいってるんじゃないかな? 結構焦ったみたいだね、そこまで追い込んだんだから自信持っていいと思うよ」

「本当ですか!? じゃあ次は勝てますね!」

「何言ってるのよカイル! それにドーラは調子に乗るんじゃない!」


 カイルの言葉は当然図星で、シンシアは顔を赤くさせ声を張る。調子が狂うと目頭を押さえるとドーラは珍しいものを見たと頬を緩ませた。指の間から睨んでやると瞬時に引っ込め紅茶を飲むことで誤魔化したが。

 流されるんじゃないと己を叱咤し、深呼吸を繰り返す。顔に集まった熱を下げられるよう努力したが中々思うようにいかず、冷たい水でも思い切りかけたい気分になった。


「お願い。もう一回!」

「嫌よ、時間かかるし面倒くさいわ」


 シンシアの素っ気ない言葉にドーラは不満げに唇を尖らせる。しかしカイルはそんなシンシアの強がりを気付いたらしい。彼女が流石に可哀想に思えたのか、シンシアの頭を撫でて立ち上がった。


 崩れたわけではないが髪を押さえ、悔しさと恥ずかしさを混ぜた顔でシンシアはカイルを軽く睨んだ。そんな視線を受けながらも愛用の懐中時計を取り出し時間を確認して、カイルはおやつにしようと提案する。

 先ほどのシンシアと嬉しそうに瞳を輝かせるドーラの様子は正反対だ。それが面白かったようで、カイルは込み上げてくる笑いをかみ殺して扉に手をかけた状態で振り返った。


「今日はチョコレートを挟んだパイにしてみたよ」

「……凝ってるわね。楽しみにしてるわ。ドーラ?」


 なんとも言えない表情を浮かべているドーラを振り返り、シンシアはどうかしたのかと声をかけた。喜ぶと思っていたカイルも部屋から出ることはせずにドーラを見守っている。すると彼女は真顔で答えた。


「チョコレートってなに?」

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