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国と民の仲介者、その選択と苦労

 日が沈み、一日の業務を終えたことになっている旅人組合コルディリー支部内、二階の奥にある支部長室からは、まだ灯りがもれていた。

 狭い部屋には、詰まれた書類箱で埋まる大きな事務机と、机とくっ付くように置かれた接客用の低いテーブルに布張りの椅子が四脚。見たところ、それで一杯一杯だ。


 暗い室内をぼんやりと照らすのは、事務机に置かれている四角い木枠に粗い紙を張った行灯の炎だけだ。

 ときに揺らめく灯りを、額を支えるように肘をつき、わずかに眉を顰めて見ているのは、支部長のへディ・ブランチェッドである。


 やや高価な魔術式灯を用いてもおかしくない身分立場であるが、組合内の月例会議で節約に努めよう月間が決議され、心がけを促す『消耗品はみんなのもの!』なる標語が採択されたのだ。

 さすがに旅人が立ち寄る依頼受付窓口にはないが、職員が利用する場所のいたるところに無粋な張り紙が掲げられているのである。


 職員全員が使う場所であり、正式な会議で決められたことだ。

 支部長だけが例外などということはない。

 その張り紙自体も、処分前の書類の裏を利用するなど徹底してある。


 それを書いた筆記具代にも、気を使ってくれりゃあな――その代金を懐から賄ったことを思い出すと溜息を吐きそうになり、ブランチェッドは行灯から目を逸らした。



 ついそんなものに目をやったのは、どうやって話を進めるか考えていたからだった。

 話す相手は、副支部長のオグゼルだ。

 今は事務机の側に、物置と化していた予備の椅子から荷をどけて引き寄せ座っている。腕を組んだまま押し黙る、その不機嫌な顔に目を移した。


 妙に感のいい男だ、何か嫌な話でも聞かされると身構えているのだろうことは分かっていた。

 事実、これから伝えることは、権力者嫌いのオグゼルにとっては流せる話でもないだろう。

 職務上、相談しないわけにもいかない。

 ブランチェッドは、いつもの通り事実を話したあとは、できるだけ沈黙しようと決めた。



 ブランチェッドから知らされた情報に、オグゼルは間抜けた声を出した。

 思いもよらなかったことだったのだろう。

 ブランチェッド自身がそうだったし、現在は頭の痛い問題である。


「へっ、おうぞく……あの、ぼんやりした奴が?」

「あほぅ。王族に連なる家、の出だ」


 ブランチェッドが告げたのは、消えた国の王族に縁のある者が、この町にいるのだということだった。

 その名を、イフレニィ・アンパルシアと言った。


 連なるというぐらいだから、やはり貴族で間違いないんじゃないかとオグゼルは首を傾げている。

 しかしブランチェッドの物言いに訝しいものを感じたとしても、そのまま黙って耳をかたむけていた。


「覚えてるか、北の町が消えたとき。厳戒態勢が敷かれたろう」


 オグゼルは顔を強張らせた。その目には誰が忘れるものかといった強い感情が露になる。

 こいつは職員となり、一人前になったといってよい頃だったなと思い出し、ブランチェッドは目を細めた。つい最近のことのような、遠い昔のような、不思議な感慨を抱いた。



 辺境の小さな町が、わずか数日の間に、人口と同じだけの難民を抱えることになった夜だ。その時は副支部長だったブランチェッドにとっても、忘れ難い日だった。それからの許容量を超えた事態を捌けたのは、狂気と呼べる忙しさのせいで麻痺していたおかげだろうと思っている。

 組合に属していたからこそ、混乱することなく、行動できたのだともだ。


 あの時の経験があるからこそ、どんな時でも踏ん張れる気がするというのは、体験した職員には共通の感覚のようだった。

 不幸の中にあって得られたものが、頼もしい部下達になるとはと、ブランチェッドは皮肉に思わずにいられなかった。


 互いが黙した静けさを、ブランチェッドの低い声が遮った。


「それで、ちょうど消えた国――トルコロル共王国に、外遊から戻るところだった外交官が足止めを喰らってな」


 その頃、ブランチェッドはすでに副支部長となって久しかった。

 随分と長いこと人事に変動がなかったのも、災害後の建て直しでそんな暇がなかったからだった。

 数年後に、動向が落ち着いてきたのを機に、当時の支部長はブランチェッドに託した。心身からくる疲労に倒れ、安静にする必要があったためだった。


 物思いに耽りそうになるのを、今度はオグゼルが遮る。


「その坊ちゃんが、いまや旅人のアンパルシアってことか」


 ブランチェッドは妙な癖で、頭を揺らすように曖昧に頷いたが、その通りだという意味だ。


「お貴族様ねぇ……そんな風には見えないが」


 オグゼルが言うように、ブランチェッドもイフレニィからはそこらの若者との違いは見受けられないと感じていた。

 口数が少なく、自らを売り込むような積極性もないぶん地味なくらいだ。

 子供の頃からこの町に住んでいるのなら、今や立派な一住民なのは確かだ。

 それにしても、まだ二十歳かそこらの割に、あまりに抑制的過ぎるようにも思えた。


「どうだろうな。あの国の制度は、近隣諸国と比べても特別変り種だ」


 明らかに、変わっていた。

 近隣の国々は、このアィビッド帝国を含めて、大陸のさらに西側諸国から取り入れた政治体系とのことだ。


 海を渡った大陸に在る国々も、元は帝国の前身時代から移住した者達で構成されており、国を興す際もこちら側を参考にしたのは間違いないだろう。


 それなのに、トルコロル一国だけが、共王制といって三人の王を持った。

 緊急時の序列を明確にするための安全対策といわれれば、納得出来なくもないが、分裂の危険が増すのではなどと下世話なことを思ったものだった。


 実質は主王(しゅおう)と呼ばれた一人が他を従えているとのことで、帝国で言えば宰相のようなものだろうと考えられる。

 トルコロル内には、各王が治める三領地しかなかったというから、各地の領主で構成される帝国議会員のようなものでもあったかもしれないが、今はもう推測でしかない。


 しかし、滅びるその日まで、実に平和な国だった。


「で、そのぼんぼんだっていう根拠は」

「なんでも一番の王様の家系だけが、白い髪と淡く青い瞳を持つそうだ」

「あいつは、濁った暗い青い目だがな……いや、あれは飲みすぎのせいか」


 文句を呟きだしたオグゼルに、ブランチェッドは笑い声をもらす。

 オグゼルが、イフレニィを目にかけているのは知っていた。


 だからこそ、国からの依頼を慎重に伝えねばならない。




 住民の多くが、旅人として組合に登録している。

 若者はまず登録して依頼をこなすうちに、自分に合う仕事を見つけて辞めていくことも多く、入れ替わりは激しい。

 それでもブランチェッドがそれなりにイフレニィを記憶しているのは、その仕事ぶりが堅実だったからだ。


 出自を前提に思い返せば、別の事実が浮かび上がってきた。


 力仕事に雑用が依頼のほとんどを占める組合とはいえ、時には護衛を念頭に置いた随行依頼などもある。

 イフレニィはあまり外に出たがらないが、自ら仕事を選り好みはしない。

 そしてどの仕事にも理解が早いし、そこそここなした。


 オグゼルから聞いた限りでは、戦闘訓練には顔見せ程度でしか参加していないというのに、気が付けば剣術や体術に馬術まで身に付けていたということだ。

 しかも精霊力や魔術式に関する知識も多少あり、符の扱い方も覚えていた。


 全般的に基本の能力が高いのは、教育の違いだろうと納得できたのだった。


 なんといっても、精霊力が強いことがブランチェッドの覚えが良い点だった。

 帝国お抱えの魔術工兵らには到底届かないだろうが、こんな国の中心部から外れた町にはありがたい人材だったのだ。


 だから、ブランチェッドにとっても、痛い話である。


「どうも軍の方が、精霊力に長けた人材が、欲しいらしくてな」


 その言葉を聞いた途端に、オグゼルの眉が吊り上った。


「ブランチェッド……それは、既に上とは話がついてるって言ってるのか」


 言い方を間違ったかと、ブランチェッドは溜息を吐いた。


「単に兵を増員したいなんて引き抜き話に、なんで出自が関係するんだ」


 オグゼルは机に身を乗り出して、ブランチェッドに詰め寄った。

 いやと、ブランチェッドは内心で呟く。

 どう話しても、この件はどうしようもない。 


「事情なんぞ知らんよ」

「知らずに、引き受けたのか!」


 ブランチェッドは静かに、オグゼルの怒りに彩られた視線を受け止めた。


「人を売り渡すようなことを、したんだぞ」


 オグゼルは立ち上がると、机を拳で打つ。

 それを諌めるように、ブランチェッドも口調を強めた。


「それを決めるのは、俺でもお前でもない」


 オグゼルはわざとらしく、大げさに息を吸う。


「ああ、そうだな。当然、アンパルシアにも話すんだろうよ」


 オグゼルは話せないと理解したからこそ、嫌味を吐き出したことは分かっているが、ブランチェッドは釘を刺した。


「オグゼル、悪いが時期を見てからだ」


 その本当の意味は、話す機会はないだろうということだったが、断言すればオグゼルがどう行動に出るかも、分かってしまっていた。

 もしかしたら、折を見て話せるかもしれないし、もし本人が断ったなら国が諦めてくれることを、ブランチェッドも願っていた。


 わざわざ消えた国の、遠いとはいえ王の血筋の者を探し出してきたなら、断ったところで追い回すだろうと頭の隅では分かっていても、そう願わずにはいられなかった。



 一人の若者の未来が強引に決められようとしているわけだが、後はあちら同志の話で、他者にはどうしようもない。

 わざわざ知らされたのは、イフレニィが組合に属しているからだろう――それだけなら、ブランチェッドもここまでくたびれた気持ちにはならなかった。


 出て行くそぶりを見せたオグゼルを、ブランチェッドは慌てて呼び止めた。


「もう一つある」


 オグゼルは振り返って睨むも、歯軋りしつつ椅子へと落ちるように腰掛けた。


「北の異変だが……また、活性化し始めたらしい」


 息を呑む音だけか聞こえ、静寂に包まれた。

 一瞬で、オグゼルの怒りも冷えたのが見て取れた。


「まだ懸念がある程度らしいが、確かめるために近々軍をよこすとのことだ。町の者には、恒例の正規軍の巡回ということにして調べる」

「……時期は」


 ブランチェッドは首を振り、分からないことを示した。

 近々と軍が言うならば、間もないはずだ。

 それはオグゼルも心得ている。


「明日から準備を進める」


 それに頷きながら、国から受けた指示を告げた。


「精霊力の強い者。上位者を全て、随行員に混ぜろ」


 オグゼルは再び固まった。

 精霊力の強い者の中には、イフレニィも入ると理解したのだ。

 警戒心が同時に湧いたせいか、怒りは静かなものへと変わっていた。


「どちらが、本当の目的なんだ?」


 ブランチェッドは、それに答えることは出来なかった。

 支部長が領主と同等の権限を与えられようとも、末端の人間に、全てを知らされることなどないのだ。


 オグゼルは言葉なく部屋を出た。

 今度はブランチェッドも、呼び止めはしなかった。




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