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譲るもの、受け継がれるもの・前編

「即位、ですか……」


 朝食を共にしようと召され、僕は父の私室を訪れていた。

 そこで伝えられた言葉が信じられなかった。


「そんな、父上……僕はまだ十二を数えたばかりです。早すぎます!」


 前もっての相談も何もなかったはずだ。

 それとも、僕が気が付かなかったのだろうか。


「トナゥス、兄弟を与えてやれなかったことを悔やんでいる。だからこそだ」


 手早く食事を終えた父は、青みのある白いカップを手に取り、紅茶を一口含む。

 どう告げようかと考えているようにも見えるが、結果は決まっている。

 ただ、僕に一息つく時間を与えてくれているだけだ。


 カップを手にしたまま、父は僕を見据える。


「確かに早いが、王の間は最も安全な場所だ」


 それでは父の安全はどうなるのかとは、言えなかった。


 その言葉で、父が何を心配し、望んでいるのか理解できたからだ。

 僕を守りたいと言ってくれている。

 嬉しくはあるが、その理由に頭を掻き毟りたくもある。


 まだ僕が、自分自身で対処できない子供だからこそ、父は力を与えようと考えたのだから。


 このハトゥルグラン王国に伝わる儀式――王の力の継承。


 王の間と父が呼んだ部屋には、天蓋つきのベッドかというように巨大な玉座が据えられており、謁見にも使用される。


 そして、即位した者に、強大な精霊力と技を与える場所だった。


 この国の大半は、魔術式を構築するのに必要な、精霊力を通し易く、効果への変換が早い地質で出来ている。

 最も純度の高い土で作られたのが、王の間だ。


 部屋全体を、強大な精霊力で変異させることができる。


 棒状にした何十本もの土くれを、一瞬で作り上げることができる力だ。

 それを、敵を捕獲する檻として使ってもいいし、槍としてもいい……。


 だから、僕自身に害意から身を守る力がなくとも、王の力さえあればどうにでもできるだろう。

 今まで父が力をふるうのを見てきただけでも、それは間違いないと分かる。

 馴染むための期間を作るためにも、早めに譲りたいのだろう。


 問題があるとすれば、一度即位してしまえば、二度と領土の外へは出られなくなることだった。


 その欠点のため、即位前に外の世界を知るために外交に出される期間がある。

 僕は、ただ一人の直系の継承者だったために、連れ出されることはなかった。

 次にその機会が訪れるのは、僕の息子へと王位を譲った後のことだろう。


 それも生きていればの話だ。

 父が心配するのは、たった一人の継承者である僕が居なくなれば、遠い継承権保持者たちが喜ぶだろうってことだ。


 そこまで他国に興味があったかといえば、正直ない。


「父上のお心が休まるのであれば」


 即位を怖れてはいない。

 まるで父の座を奪い、追い立てるようで、気後れするだけだ。


 父は口元だけに笑みを浮かべ、僕の決断を労ってくれた。


 よく日に焼けたような父の顔色を見る。

 僕と同じ、金髪に灰色の瞳は煤けたように輝きはないが、この国の者たちには黒みがかった髪色の者が多いし、先祖にもいる。それが残っているのだろう。

 しかし、肌については皆が濃い肌色をしているのに、その中で僕と父は薄い色合いだった。

 その理由が、ほとんど一生を、暗い城内で過ごすせいだと思っている。


 このとき、僕は知らなかった。

 力の代償が、急激な衰弱をもたらすことを。




 お披露目はともかく、即位の儀は、父子二人だけで行なわれる。


 先祖代々用いられているという、金糸で縁取るように刺繍された重い緋色のマントを羽織り、僕は謁見の間に立っていた。

 一見、窓の見当たらない室内は、篝火だけが暗い部屋を浮かび上がらせる。

 半円球の天井も、壁も、乾いた砂が張り付いたような土色だ。


 まるで洞窟のような部屋の中心。段上の玉座に腰掛け、僕を見下ろす父と礼をし合う。

 場所を入れ替わると、座る僕の体中を、何か目に見えないものが縛った。


「しばらく、耐えてくれ」


 父はそう呟くと、口を引き結んだ。

 その途端に、体中を針が刺し貫く衝撃と、僕自身の絶叫だけが耳に届き、意識は途絶えた。




 次に目覚めたとき、これが王の力なのだと分かった。

 領土全体を知覚できたのだ。

 頭に伝えられる膨大な情報に、しばらく混乱していた。


「体中に、糸が残っているみたいだ……」

「その通りだよ。トナゥス、よく耐えた」


 父が、僕の体を抱き起こし、辛そうに見ていた。

 言葉の意味が、理解できた。


「精霊力が、糸のようになって、僕の体と同化した」


 なんだか原始的だなと呆れたのを覚えている。




 お披露目には、城の外に出なければならないけれど、それは明日の仕事だ。

 まだ本調子ではなかったが、少しでも早く正式に僕が継承したことを知らしめたかったのだろう。

 父は各国へ報告するとからと、僕を転話道具の前に立たせた。


 遠くのものと声を交わすことのできる、魔術式の道具だ。

 魔術式を刻んだ板の上に、透明な石を被せたようなもので、発動すると白く淡い光を帯びる。両手で掴まないと落としそうな重さと大きさだ。

 今はまだ高価だというが、国の関係だけでなく、各地にある商人組合などの組織には配備されたということだ。


「まずは、アィビッドに繋ぐ」


 アィビッド帝国は、海を越えた大陸で最大の国だという。

 以前は連合国だったりと、国の形は変わったようだが、交易では数百年来の付き合いがある国でもある。


「王子はお前と同じ年頃だというから、良い友人になれるかもしれないぞ」


 父はそう言ったが、それを望んでいるようでもあった。

 そして、多少は僕も期待していたのだろう。


 精霊力を流すと淡く光り始め、相手も承認すると、板の式が発動を表す金色の光に変わる。


「ハトゥルグラン王国より、挨拶申し上げる」


 僕が石に声をかけると、表面を覆う淡い光が揺れて、言葉を飲み込んだ。

 石から返ったのは、この道具特有の衝立ごしに会話するようなくぐもった声だが、やたらと威勢が良いものだった。


『おっおおぉっ! 本当に喋りおる!』

『殿下、接続しております』

『なんと、はよ言わんか』

『ですから……』


 返ってきたのは、少年二人の声だった。

 殿下と呼ばれていたのだから、粗野な振る舞いの方が王子とやらなのだろう。


「声が遠かったようだ……余が、新たに国を預かった、トナゥス・ハトゥルグランなる」

『余は、だと! 子供ではないか。おっしゃ、我返せり!』

『殿下おやめをおぉ!』

『邪魔だ、ブラスク』

『うぐっ』

『俺の声を聞け! 我こそはオブレイン・フロリナ・アィビッド! 次代のアィビッド王だ。がっはっは!』


 僕は、殴られたように固まっていた。

 怒りの余り、口を引き結んでいた。


 だけど、こんな非礼を、黙って聞き流すことは誠実な振る舞いとはいえない。


「お、お前のような野蛮な態度が、アィビッドの礼節か!」


 小さく僕の名前を呼んだ父の声も、無視していた。


『ははは、怒りっぽいな! それくらいでないと、張り合いがないわ! それ、ばーかばーか』


 直後、鈍い音と呻き声が聞こえてきた。


『愚か者が、なんたる恥ぞ! 勝手なことをしおって、部屋に戻っておれ!』

『痛い親父殿! ちょっと王様仲間と遊んでいただけだ!』


 他国への挨拶も、大切な即位の儀式の一つだ。

 僕が、王としてやっていけると、披露する場でもあった。

 父に褒められるような日になるはずだった。

 国や父上にとって大切な……いや、父上の前で、愚弄するなど決して許しはしない。


「誰が、お前なんか仲間なものか!」


 僕まで父上にたしなめられ、本物のアィビッド王と父上は謝り合っていた。

 相手が悪いとはいえ、アィビッド王には失礼な態度を謝罪し、ようやく挨拶にまで持っていけたのだ。


 その後の全ての国とは問題はなかった。

 国が大きくなると、必要な尊大さとただの厚かましさの違いも分からなくなるのだろうか。

 憤懣やるかたない感情に支配されていた。


 その晩の豪勢な食事時でも、僕は憮然としてしまって、父は苦笑しつつ慰めてくれた。

 そんな気を使わせてしまったことにも、罪悪感が起こる。


 力を得た疲れもあったのだとは思う。

 大切な日だったのに、めちゃくちゃだと思うとなかなか寝付けなかった。




 この怒りが子供の間の戯言と片付けられる日は来ず、遺恨を残してしまった。

 つまらない事かもしれない。

 こんな事で、国益を損なうような真似をするのは愚かかもしれない。


 だけど、僕が名誉を挽回して父に見せる機会は、永遠に来ないのだ。


 即位から数ヶ月もすると、見る見るうちに父は痩せ衰え、ベッドから起き上がれなくなった。


「どうして……どうして、教えてくれなかったのですか」


 祖父は僕が生まれる前に他界していたから、知らなかった。

 ただの老衰かと思っていた。


 王の間の力を得た体は、力と一体化する。

 即位の儀で、与えるとはいうが、無理に剥がすのだ。

 力を支え、力に支えられている関係だった。


 つまらないことに躍起になってないで、もっとこの力が実際どんなものか、調べておくべきだった。

 なんで、僕は気が付かなかったのだろう。


「トナゥス、それでも、この国に、王であることに、絶望しないでほしい。確かに、お前をを得て過ごせた日々は、幸せだったのだから」


 衰弱していく父を、ベッドの側で見守り続ける日々は、まるで現実味がなかった。

 こうして、父も、祖父を見送ったのだろうか。


 気が付けば、息のない亡骸に寄り添っていた。


 父は言った。

 僕を守るためだって。


「それは、一人にすることだったの……?」


 涙で姿は曇るけれど、雫は落ちてこなかった。




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