商店街の魔道具店からみる光景
ほとんど数字に動きがなく、代わり映えのしない台帳の一部に、飛びぬけた数字がある。
宝飾店の店主クァフテッド・メトラークは、腕を組んで眉根をひそめている。滅多にない大きな売り上げだ。
喜んでもいいはずだった。
複雑な心境なのは、メトラークが金属細工を主とした職人でもあり、自ら宝飾品を作成して販売しているからということによる。
売れたのは、伴侶の為に贈り合う宝飾品ではなく、実用的な道具類でもない。
外から仕入れた魔術式符だった。
旅人組合から、仕入れたばかりの光の符が丸ごと買われていったのだ。
町の人間には、魔道具店などと呼ばれるようになって久しいが、自身が始めたこととはいえ、メトラークにはいささか不本意なことだった。
メトラークは、この辺境の町コルディリーに競合店がないとみた。そこで店を構えたはいいものの、安物とはいえ宝飾品など滅多に売れるものではない。
実用的な細工品も扱うが、蝶番だったり家具の取っ手だったりと、店先に並べてはいるものの滅多に売れるものではない。
そこで単純に品数を増やすべきだと考えた。
道具にくくれるもので他に日常的なものはないかと、当時は大して注目されていなかった魔術式道具に目を付け、取り入れられないかと試行錯誤したのだ。
注目されていなかったのは、一般には高価な物だったからだが、その内に値を下げるのではとの期待もあった。
しかし、貧しい町に高価な魔術式道具など仕入れたところで、棚の飾りになるか領主や組合などへと売り込みにいくしかない。
それはそれで喜ばれはしたのだが、日常的な商品とは成りえない。
値が下がるかといった見込みは、原料のとれる鉱山の整備が追いついていないとのことで、しばらく期待できそうもなかった。
それに、原料は精霊力を利用するものの全てが必要とする。
日常生活に使えるほどには分配できないようだったのだ。
まだまだ研究やなんやと、国が確保する分が多いとの話を聞いた。
結果といえば、予算との兼ね合いで、比較的安めの魔術式灯もすこしばかり置くことにして、基本は最も安い魔術式符を扱うことにしたのだった。
せっかく試行錯誤したのだからと、もはや売れるかどうかも分からないまま、半ばやけになりつつ、当時のメトラークはそれらを店に並べて宣伝した。
意外なことに、あながち的外れな品揃えではなかった。
購入者のほとんどが旅人や警備兵らではあったが、この町の構成員のほとんどがそうだ。
彼らは、符のなかでも攻撃をわずかに防ぐ防御符か、痛みを抑える身体補助符を買っていく。大した効果は期待できないらしく、お守り代わりといった目的は、宝飾品と大差ない。
それでも、そのわずかな期待が、不安定な彼らの仕事には安らぎを与えるのだろう。
一応は日常的な商品と呼べるだろうと、メトラークは手応えにほっとした。
少量ずつだが、地道にはけるのはありがたいことだった。
店を持って早十五年。自分でいうのもなんだが、すっかり町に馴染んだ一軒といっていいだろうと、メトラークはしみじみと店内をながめる。
四十代の体はまだまだ働けると主張している。
店内のすみに置いた作業台の前に、意気揚々と立った。
客のない間は商品作りをして過ごしているのだ。
道具を取り出し金属片の加工をしながら、昨晩のことを思い返していた。
共同体の一部であると感じられる、商店会の会合に参加したことだ。
会合は、安酒場の裏手にあるおんぼろの倉庫で行なわれる。
店舗兼住居の店主達に、他に皆を集められるほどの場所を提供できる者はいない。
その倉庫があるのも運による。
以前の持ち主が、細々と畑を広げて町民への販売用に食料品を扱っており、穀物などを備蓄していた倉庫だ。外に村が出来たのを機に、手を広げるからと手放したのだ。
それには組合からの説得もあったとのことだ。異変後の人口増加へ対応するためだろうと言われている。
切欠はどうあれ、今も元気に町へと卸しにやってくるから、良い選択だったのだろう。
倉庫内の細長い机を幾つも並べてある中に、自然と決まった場所へと各々が腰掛ける。
メトラークも妻と共に席へと座る。向かいには無愛想なユテンシル店主と、その隣に雑貨店のお節介な女店主が並んだ。
さっそく妻がかしましく耳打ちをしてくる。
「ねぇあなた、グズトアさんたら良い笑顔よね」
どうして女どもはこういった話を好むのかと、メトラークは溜息を堪えた。
メトラークの妻が話しているのは、グズトア雑貨店の女店主が笑顔で朗らかに、不機嫌そうに俯き気味なユテンシルに話しかけていることだ。
長い間みていると、あれは不機嫌なのではなく気圧されているだけだと気が付いていた。不快に感じているのでもなく、戸惑っているのだ。
「気持ちは分かるが、人様の関係だ。あまり余計な口出しをするな」
そう言いつつも、あまりに長い年月を眺めていると、気は揉んでくるものだ。
二人とも独り身なのだから、誰に気にかけることもないだろうにと思うのだが、皆が何も言わないのは、どちらも伴侶を亡くしているからだ。
どこか一線を引いているのは、そのせいだろうことは明らかだった。
ユテンシルは木工の方だが、メトラーク同様に細工職人だ。
二人は工場通りでも度々顔を合わせる。燃料や材料用の木炭や、ヤスリ道具などを行き着けの工場から仕入れている。
ユテンシルは、そこの一角にある工場の親方から娘を嫁にもらった。
その生活は短く、町の外にできた村へと燃料の配達にでかけたまま、暴動に巻き込まれ帰らぬ人となった。
グズトアが未亡人なのも、旦那が警備兵であり、その頃の混乱を鎮めるにあたって命を落としたためだ。
過去の異変時は、こんなちっぽけな町が、それだけ大混乱だった。
その後のユテンシルはますます寡黙になったのだが、難民の子供を預かってからは、かなりましになっている。
そこでふとメトラークは、こういったことを家内には詳細を話したことがなかったようだと思い至った。
妻は異変で避難してきた者の一人で、誰もが生きるのに精一杯だったころだ。 当時の事情にはうとい。
余計な手出しをする前に、言い聞かせたほうがいいだろうかと、会合を終えて戻り次第、話して聞かせたのだった。
メトラークの思惑とは裏腹に、妻の目には涙と使命感のようなものが浮かぶのを見て頭を抱えたくなったが、これ以上は逆効果だと口を閉じるはめになった。
幾つかの金属片を、一通り様々な形へと整えると昼だった。
のんびりと休憩しながら、いつものとおり閑古鳥がなく愛すべき店内を見渡す。
作業のせいで埃っぽい店内だ。開け放している壁の窓越しから、通りを眺める。
働きに出る者の内、表の商店街通りを東へ向かうのは旅人だ。
組合が通りの外れにある。
客として来たことがなくとも、大抵の顔は覚えてしまった。
異変後は、それだけ人の出入りが安定したということだろう。
ぼんやり通りを眺めていると、突然に扉が開き、入ってきたのは白い髪の旅人だった。
ちょうど思い返していた、ユテンシルが預かっている難民の子供だ。
とはいってもそれは何年も昔のことであり、今や立派に働く若者である。
この旅人となった若者イフレニィは、ユテンシルが預かってからずっと屋根裏に住み着いたままだ。
他の一時預かりだった者達は、ほとんどが自分だけの家を求めて、外に作られた避難村へと移動したなかで珍しいことだった。
幾らユテンシルが無愛想でも、挨拶は欠かさない律儀な男だ。主に話すのはメトラークの方とはいえ、自然と住人について話にのぼることもあった。
引き取られただけとはいえ、一緒に暮らしてると似てくるもんだろうかとメトラークは首を傾げた。愛想がないところが似るというのも可笑しなものだが。
仕事ぶりが生真面目なところも似たのは良かったことだと、メトラークがイフレニィを褒めると、ユテンシルの表情はわずかながら緩む。それを他人事ながら喜ばしく思っていた。
旅人へ配達の手配などをする事務方は、メトラークの妻が受け持っている。
妻はメトラークへと、今日の旅人は当たりの日だと喜んで聞かせることがあるが、その内の一人がイフレニィだ。
小まめに納品書と物品内容を確認し、間違いがあれば気が付いて知らせてくれるし商品の扱いも丁寧だとか、ユテンシルさんとこで慣れてるんだろうと話すのだ。
大抵はがさつな男連中なのだから、メトラーク自身がその辺を気にかけたことはなかったのだが、頑丈さが売りの商品でもないからありがたいのは頷ける。
かといって、誰がどうだと言いふらすのは、外聞の良いものではない。
妻の交友関係内だろうと、なるべく言ってくれるなとお願いするのだが、理解しているのかどうか疑わしい。
小さな町の割に人が多いせいか、手が回らないときはある。
旅人の手も借りたい日はどの店だってあるし、組合が管理してくれるおかげで単純な仕事とはいえ職種を選ばず引き受けてもらえるというのは、小さな店にとっては助かることだ。
代わりに報酬は安くなるが、そのお陰といってよいのかわからないが、そうそう不真面目な者なども存在しない。
精一杯働かねば、日々の糧すらぎりぎりとなってしまうだろうからだ。
なにかの仕事が気に入って、または誰かに気に入られて職種を変える道もある。
よっぽどでないと厳しいだろうが、そういったささやかな希望と自由は、彼らの働き振りにも活力を与えているのだろう。
ときに酒場で話し込むと、そういったことを聞くのだ。
楽しそうに話しているのに耳を傾けると、彼らは彼らで誇りがあるようで、メトラークも身につまされる話だった。
しょっぱい商売だが、細工技術を生かしたいと決めた道なのだから、明日からも頑張ろうと思える。
頻度は少なくとも、なくてはならないことは自信を持って言えるのだ。
そんなことをつらつらと考えていたメトラークに、店内を見ていたイフレニィから目を覚ます注文が投げかけられた。
「補助と防御符を全部。攻撃属性は十ずつ頼む」
面食らっていた。
符を大量に買い込む個人などいなかった。
安めの商品とはいえど、旅人にとっては決して安いとは言えない。
知らない仲でもないが、今は客として来ている。
どうしてまた――そう尋ねたくなる口をつぐんだ。
置かれた金を見て本気らしいと判断し、手早く紙を縒った紐で商品を束ねた。
そうしながら記憶を手繰ると、符使いという言葉が浮かんだ。
そんな職種が在るわけではないが、精霊力の強い者が符を使いこなせれば、護衛依頼などでは有利になるとのことだ。
基本の剣術だろうか、動きの中に組み込むというから、練習にも大量の符を使うことになる。
使えるようになったところで、用意にも金がかかる。
従って、実践するものはそういない。
そこまで目指せるだけの精霊力を持つならば、軍にでも入ったほうがましだろう。
そういえばと先日の事件が頭をよぎる。
すぐ外の村に、人ほどもある大きな精霊溜りができたらしい。
そのせいで仕入れにきたばかりの組合が、すぐに追加で注文してきたのだ。
どういうつもりかは知らないが、あれに刺激されたこともありうるとメトラークは考えた。
商品を渡すと、試しにと呟いてみる。
「組合に卸したばかりでね。光の符は売り切れで、残念だったな」
そのためイフレニィへは、言い方は悪いが残りやすいものを売ることになった。
精霊溜りの掃討処理に駆り出されたのだろうか、彼は驚きも見せず、そうだろうなと頷いた。
大抵は旅人の考えは単純なものだ。
彼も若い。
自分の可能性を試したくなっただけなのかもしれないと、メトラークは結論付けた。
そして、素っ気無く去っていく背を見送った。
「やれやれだな。最近は旅人の兄ちゃんまで符か」
符、符、符ときたもんだ。仕入れも大変だってのにと、メトラークは大げさに肩を落とす。
メトラークが取引しているのは、供給量の多い帝都の工房からの品だ。
幾つかある工房の内、都の外れにあるためか質より量で売っているらしい。
ぎりぎりの顔料で作られた粗悪品だ。
といっても使える奴らがそう言っているのを耳にする結果だ。自分で使うわけではないから実際のところは知らないが、取り扱っているうちに、品質の差にも多少は目が利くようになっていた。
近頃そこの符は、ますます質が下がっている。
なにやら城から、原料の鉱石へ入手制限をかけると触れが出されたらしい。
工房と商人の話し合いの結果、出荷数を維持するために、一枚一枚への顔料使用率を減らしたという話だ。
売り上げとの落とし所なのだろうが、そんな単純な話でもない。
需要が増しているのは、危険な精霊溜りが増えているためだ。
異変時には町の近くでも見ることは多く、片付けているのを見たことがある。
あれを処理するには、符の数自体を確保する必要があるのだ。
制限をかけられたから減らすというわけにはいかないらしく、妥当な判断なのだろう。
そこの大口仕入れ取引をしている商会から、今はどうにか融通してもらっているのも、メトラークが異変前から今までに付き合いがあるからこそだ。
それでも、異変後は急激に需要が増えたために確保量は絞られている。
今は、これらが世に必要とされてるということだった。
俺の店しか扱っていないなら、俺が仕入れねばならないだろう。
そうメトラークは考えていたのだが、後日にまた組合から人がきた。
注文がいつ届くのかの確認だと思い、うんざりしていたのだが、気を引き締めることとなる。
どうやら北の異変が、ただごとではないらしい。
国が北部方面隊なんていう、部隊を常駐させるほどらしいと知った。
符に関しては、これまで組合が一番の顧客だったためか、真っ先に報せに来てくれたのだ。
わざわざ軍が出張るのなら、符を扱うのもこれまでかと落胆した。だが、軍が常駐するというのに、もし伝手があるならできるだけ仕入れてくれと頼まれもした。
ますます不安なことだった。
一応はあたってみると答えたものの、恐らくメトラークなどの木っ端職人を通すまでもなく、商人側が売り時と判断するなら勝手に売りにくるだろう。
そんな大取引をメトラーク自身が扱うのは気が引けたこともあるが、関わらずに済むだろうということに、どこか安堵もしていた。
小遣い稼ぎに扱い始めたものが、それなりに詳しくなってきたとはいえ、主な仕事が細工仕事であることは変えられない。
メトラークは窓際によると、異変前にはなかった、空に浮かぶ面妖な光の帯を見上げた。
最近ではそこから、星が粉になったような金色の光がかすかに降っているのが夜には見える。
あれの特徴を素材に飾りでも作ってみるか。
そう思い、罪悪感のようなものにつっつかれ、否定するように頭をふった。
綺麗ではあるが、不吉な象徴のようなものだ。
また、いちどきに人口が増える。
あの時のように、細工仕事だって増えるだろう。
俺は俺で、腐らずに続けていこう。
メトラークは空を見上げつつ、そう胸の内で己を奮い立たせた。