零話「終幕」
「魔王バラトルム。これで終わりだ。」
勇者は毅然と立ち、聖剣を魔王バラトルムの首に突きつけた。魔王は笑った。気が狂ったか、それともまだ手の内を残しているのか。いや、あり得ない。魔王はもはや立ち上がる余力すら残っていない。彼に残るのは、消滅の道のみだ。勇者は聖剣の柄を両手に握り、高く振り上げた。これが、幾星霜続いた人族と亜族の終止符となる。これから訪れるのは――――。
「恒久の平和世界、か。」
魔王バラトルムは、力なく笑った。
「そんなことを夢見たものだ。」
勇者の両腕は高く振り上げられたまま、震えた。何故、今更そんなことを言うのか。
「ウィクトル、彼に耳を貸す必要はないよ。」
傍らにいた兎族の青年が、冷たい声で告げた。彼は最愛の女性の亡骸を抱えたまま、魔王を冷然と見下ろしている。
「彼は今までにどれほどの命を奪ってきた? 街一つどころじゃない。国一つ・・・いや、もっと多い。もう許されるだとか、そういう話では終わらないんだ。彼は亜族の王だ。彼の首を取って世界に掲げなければ・・・この戦は終結しない。」
青年の言葉は、あくまでも冷静であった。その言い分はもっともだった。もとより、そうする為にここへ来て、魔王と戦ったのだから。勇者は改めて、聖剣の柄を強く握る。戦を終わらせる。そのために多くを犠牲にしてきたのだと。
「魔王バラトルム。最後の慈悲です。言い残した事があるならば、私が聞きましょう。」
「アーンギル!?」
兎族の青年が驚いた顔を向けると、アーンギルと呼ばれた女性は少しばかり笑った。青年は口をつぐみ、黙り込む。逆に魔王は笑った。変な奴だと。
「何もいらん。とっとと殺せ。」
満足げにそう言った。勇者は振り上げた聖剣を、ひと思いに振り下ろした。
―――こうして、戦いは終結を向かえた。
勇者ウィクトルは英雄として語り継がれ、三百年が経った今なおその英雄譚は生き続けている。