本の虫〜7月の図書館〜
遂に、カレンダーをめくる日がきた。
高校生になって約3ヶ月目。
近藤君と出会って約3ヶ月目。
高校にも慣れて1、2ヶ月目。
図書室に行かなくなって約1ヶ月目。
そう
近藤君と口をきかなくなって 約1ヶ月目だ。
「春ちゃん?なんで暗い顔してるの?」
休憩時間、ぼーっと窓の外を眺める私の肩をよっちゃんがたたいた。
よっちゃんは好きな人と両思いになったらしく、最近つきあいが悪くなったと女友達に陰口をたたかれていた。
だけど私はその中に入らなかった。
つきあいがどうのこうのよりも、私自身近藤君と知り合ってよっちゃんといる時間が減るだろうと思っていたから。
だから 一緒にいる時間が減ったのをよっちゃんのせいだけにはできなかったんだ。
「そういうよっちゃんは元気だね。」
「うん!あのねーのろけてもいい?」
「へへっ いいよ。聞いてあげる」
よっちゃんは本当に嬉しそうに金沢君の話をした。
私だって あんなことにならなければ今頃よっちゃんに近藤君の話をしてただろうな。
図書室にいるオレンジな香りの近藤君。
本を図書室に置いていて、私はその本を1ヶ月も借りていた。
その本に書かれた主人公が片思いをする女の子は実在していて、近藤君の大事な人。
私は嫉妬したんだ。
どうしてだろう?
今でも胸が痛むんだ。
こんな想い 本を読んでる時はしないのに。
「ねぇ、聞いてる?」
「あっ・・・ご、ごめん 私・・・なんか気分悪いから、保健室行くね」
私はよっちゃんの返事も聞かず、保健室へと逃げ込んだ。
保健室の先生は簡単に私をベッドに寝かせてくれた。
仮病だと気づいただろうか?気づかなかったのだろうか?
うとうとしていると、大声が聞こえた。
「先生ー!急患ですよー!」
男の子の大声。
そっとベッドから起き上がり、カーテンの間から向こう側を見る。
そこには汗だくの男子生徒が何人かいた。
あぁ、上級生だ。
そう思い、ベッドに戻ろうとした瞬間。
近藤君が見えた。
確かに近藤君がそこにいた。
「あーあ 元気な血液流して。」
先生が笑いながら言うと、どっと笑いが起きた。
近藤君も笑ってた。
近藤君には近藤君の世界があって、私には私の世界があった。
今はその世界が、カーテンで仕切られていた。
だけどあの時 私が図書室に行ったとき、この仕切りが一瞬なくなっただけ。
ただそれだけだった。
近藤君の世界の中には私じゃなくて、大事な誰かが存在していた。
それは私の知らない人。
ただそれだけのはずなのに。
どうして苦しくなるんだろう?
こんなの知らない
こんなの自分じゃどうしたらいいかわからない
「お前さー体育の時間にぼーっとしてるからこけるんだよ!」
上級生の誰かが近藤君に向かって言った。
近藤君は足に怪我をしていて、真っ赤な血を流していた。
「お前このごろずっと上の空じゃない?何かあったのか?」
「あ、テストの点悪かったんだ!」
また笑いが起きる。
だけど近藤君は笑ってなかった。
「違うよ・・・」
「えー?じゃあなんだよ!」
「・・・わかんないんだよ」
「は?」
「何なのかわかんないんだ。ケンカ・・・なのか・・・よくわからない」
「はあぁ?」
複数のまぬけな声。
近藤君は眉間にしわを寄せた。
「下級生で、ちょっと・・・その・・・特別な子がいるんだ。その子が・・・なんかこの頃無視するんだ。なんでだかわからないんだ。」
「へぇ?なんて名前だよ?」
「えぇと・・・小川さん」
「あら」
保健室の先生が私のほうを見た気がした。
だけど私にはそんなことどうでもよくなっていた。
『特別な子がいる』
その言葉が木霊していた。
『大切な人』じゃない。
だけど『特別な子』なんだ。
どうしてだろう 凄く嬉しい。
近藤君の世界に、私は存在していたんだ。
どうしよう 嬉しい。
「何?先生。こっちに誰かいるの?」
誰か来る!
そう思った時にはもう遅かった。
カーテンが開いて、上級生の男の子が顔を出した。
その向こうで、私に気がついて顔を真っ赤にする近藤君がいた。
梅雨も明けて、桜の葉の間から光が差し込む 少し暑い7月のことでした。