第7話「戦う理由」
~都内某所・渡瀬川法律事務所内~
聖哉たちが『インパルス』のメンバーである夜雀沙夜と接触している間、只見秀輝はある友人のところへと訪ねていた。
それがこの法律事務所の主である渡瀬川郷子である。彼女は例の過去の事件を秀輝と共に担当したメンバーの一人でもある。今ではこの法律事務所を経営する弁護士となっている。
「待たせちゃったね只見君、ごめんね」
そう言いながら郷子はソファに座っている秀輝に声をかけた。
容姿は背中辺りまでのセミロングの黒髪にきっちりとした仕事服を身に着けている。顔立ちは美人形で、スタイルも女性らしいものとなっている。
「いや、こっちこそ急に押しかけて悪いな」
「只見君だからいいよ。で? 話って何かな?」
「ああ、実はな―――
秀輝は『インパルス』のことについて話し、今後のjteの動き方などについて話した。しかし、秀輝の目的はただこれだけではない。
「んで、渡瀬川に『インパルス』について調べてもらいたいわけなんだ」
「……そう」
実を言うと渡瀬川郷子はこれと言って能力を持たないがjteのメンバーであった。だが、そんな能力を持っていない彼女が力を振るったのが情報収集や他のメンバーのサポートである。秀輝自身もその手助けを受けた人物だ。
だが、秀輝の予想とは反して郷子は下を向き少し哀しそうな顔をした。
「―――――また……戦うの?」
郷子はそして呟いた。
秀輝と共に戦った、ということは秀輝と同様に仲間が傷つくところを目撃してしまうという経験がある。ましてや郷子のように先頭では戦わないような人間はその光景を見てしまい、自分の無力さを嘆くことも多かった。そして、何より一番郷子の心を悩ませているものが一つ存在していた。
「……戦うの? もう……誰にも死んでほしくないよ。私は……」
「……渡瀬川」
郷子が机を見ると一枚の写真がスタンドに飾られていた。そこに写っているのは制服姿の男女が校門前に立っているものだった。女性の方は中学生時代の渡瀬川郷子。そしてもう一方の男子は――――。
「大切な人が……いなくなるって辛いんだよ……」
「ああ……知ってる。吉野も……それを願ってるはずだとは思う……」
秀輝が『吉野』と呼んだ人物。これこそが郷子の心を悩ませる存在だった。
時は例の事件まで遡る。
~回想~
どこかの制御室の中で渡瀬川郷子はある男性と言い争っていた。
「ここに残るって……どういうこと、康平?」
「言った通りだ。俺を置いてけ……」
郷子と向かい合っている男子、これが『吉野康平』である。彼もjteのメンバーであり、主に担当する仕事は郷子と同じであった。だが、その仕事力は郷子を遥かに超えており、当時仕切っていたのもこの吉野康平である。そして、この吉野康平は郷子のよき幼馴染でもあり、そして郷子が男性として好意を抱いていた人物だった。
「どうせ俺は……永くない。マンガみたいな展開で悪いけど……ここでお別れだ」
「そんな……嫌だよそんなの……。私、まだ……」
吉野康平は腹からおそらく誰かから攻撃されたのか出血しており、なんとか薄れゆく意識を必死に保っている状態だった。
「そんな顔すんなよ……最期くらい……俺に笑顔見せてくれよ」
「だって……そんなの……納得できないよ……」
郷子は辛さに耐え切れず涙を流した。だが、吉野康平は既に覚悟を決めてしまっているのか表情を崩さなかった。
「……お前が出て行ったらここの扉にロックをかける」
「じゃあ出て行かない……」
そこから後も言い争った。何度も何度もお互いに意見をぶつけ合った。だが、康平の意志は折れることはなく、時間が過ぎる度に活力がなくなっていくのが目に見えてしまっていた。
言い争いがしばらく続いた後、康平は残りのわずかな体力で小さく微笑みながら郷子に語りかけた。
「……頼む。俺からの……願いだ」
「……馬鹿」
そして、例の事件は終わり吉野康平の死亡が確認されてから後、郷子は自分の居場所が分からなくなった。寂しさに耐えかね、リストカットなど自傷行為も何度か行うことだってあった。
だが、郷子はある日一枚のメールを見つけた。それは亡くなったはずの自分の想い人、吉野康平からのもの。
その内容は吉野康平の本音が書いてあった。別れになるのが残念であること。自分の本意ではなかったがそうするしかなかったこと。そして、最後の行には郷子への今までの想いが綴られていた。
郷子はこの手紙で救われ、新たな自分を見つけようと再出発した。高校生時代は秀輝と同じ学校に通い、サポート役として、そして大学生になるともっと他の人の役に立ちたいと願い、弁護士の道を目指し、そして現在に至ることとなった。
~現代~
「……只見君は……また戦いに身を投じるの?」
「……俺はただ……これ以上子どもたちが死ぬのを見たくないだけだ。その為にはできる限り努力をする。たとえ他人から間違っていると指摘されようとも、俺にできることなら……なんだってやる」
「……ふふっ」
郷子は秀輝の意見を聞き終えると小さく笑って見せた。
「何だよ」
「いや、変わらないなぁ……と思って。只見君、昔からそうだったもんね……。でも只見君がそこまで本気なら私も手伝うよ」
「……いいのか?」
「もちろん」
そして、秀輝がやるべき内容を伝えて事務所から去ろうとしたとき、郷子はあることを尋ねた。
「ねぇ、只見君、梨恵ちゃんとは連絡とってる?」
「っ……」
「……どうしたの?」
「あいつは……大学生になってから連絡がとれなくなった」
「――――え?」