3
部屋の中はひんやりとした空気に包まれていた。部屋の真ん中にはシーツに包まれた台が一つ部屋の中央に置かれていた。ゆっくりとその台に近づいていくと、警察官が顔に掛けられていた布を取り、
「お姉様の遠藤悠里さんに間違いありませんか?」
そう問いかけてきた。私は布の下から現れたまるで眠っているかのような姉の顔を見つめながら、ただ力なくうなずくことしかできなかった。私は、足を引きずるようにして姉のもとに近づきそっと頬に触れた、手に伝わる冷たい感触に涙を止めることもできず、横たわる姉にすがりついた。
「お姉ちゃん、なんで眠ってるの?起きてよ。私にはもうお姉ちゃんしかいないんだよ?守ってくれるって言ったじゃない。ずっと一緒だって言ったじゃない。ひどいよ。ふざけてないで、目を覚ましてよ。嘘だよって、いつもみたいに笑ってよ。」
どんなに話しかけても、姉から返事が返ってくることも、目を開けることも、冷たい体に再び温かさが戻ることもなかった。それが、どうしようもなく悲しくて、苦しくて。ただ姉にすがりついて泣き叫んだ。どうしてこんなことになったの?これからどうすればいいの?頭の中に渦巻く疑問とこれからについての不安はどんなに泣いても流れ出ることはなく、むしろもっと大きくなっていった。そして、泣いているうちに、ふと10月の私の誕生日に姉と交わした会話が頭の中によみがえった。あのとき姉はいつになく真剣に話し始めた。
「結奈、結奈が18になったら話さないといけないって思ってたことがあるの。私も18になった時にお母さんと話したことなんだけどね。もし、私が死んだら洗面台の上の棚の中にやらなくちゃいけないこと、連絡するところ、他にも大事な書類とかを入れてある箱がある。これはお母さんが準備してくれてたものと同じものがそのまま入ってる。18になったらある程度のことは自分でできる、でもまだひとりじゃ対応できないこともたくさんある。そのためにお母さんは準備してくれてたみたい。お母さん体丈夫じゃなかったし、お父さんは何にもできない人だったしね~。それから、お母さんは『もし、私が死んだら、泣いてもいい、叫んでもいい、でもその後は歯を食いしばって顔をあげなさい。悲しみにとらわれないで、強く生きて。悠里にこんなこと頼むのは、お母さんもつらいけど、悠里は一番しっかりしてるから、皆を守ってあげて?』って、まさかあの時はあんなことになるなんて思ってなかったから、縁起でもないこと言わないでって言ったんだけどね。だけどあの事故があった時、この言葉を思い出して、私は前を向くことができた。結奈を守らなくちゃって。死ぬつもりなんてなくても、人間どうなるか分からない。だから、18になったら結奈にもちゃんと話しておこうと思ったの。もし万が一の時があったら、思い出してね?もちろん、私は結奈が幸せな花嫁さんになって、2人でしわくちゃのおばあちゃんになっても、2人で笑いあって生きていくつもりだけどね?」
「わかった、もちろんそんな万が一のことなんて起こらないって信じてる。これからもずっと仲良く暮らしていくんだもんね?」
「もっちろん。」
思い出した時、不思議と自分の中で何かが生まれるのがわかった。歯を食いしばって前を向け!お姉ちゃんがくれた言葉が自分の中に一本の芯になって通った気がした。
「あの、事故を起こした方とご家族の方があなたに会いたいと言っているのですが。大丈夫ですか?」
警察官が私に話しかけてきた。私は立ちあがり、警察官に向かってうなずき、ついて来てくれた先生に一人で大丈夫なことを伝えた。先生は心配そうに加害者と会うのに付き合うと言ってくれたが、そこまで迷惑はかけられないと丁重に断った。
そして、その加害者との面談で惨劇の幕があき、自分の秘められた能力について知ることになるとは、この時の私には想像もできないことだった。