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その日、私はいつものように授業をこなしていた。お昼を食べた後の5時限目の古典は、内容の面白くなさもさることながら、定年間近のおじいちゃん先生がゆっくりとした口調で進めることから、眠気を誘うことこの上なく、皆からの評判もあまりよくなかった。そんな中、廊下を慌ただしく走る音が聞こえてきた。授業中に周りの教室を気にすることなく走る音なんて、今までに聞いたこともなく、教室中のうとうとと眠気に誘われていた意識が、一気に覚醒したようだった。
その足音は、私たちの教室の前で止まったかと思うと、一気に走ってきた人物が扉を開けた。現れたのは、顔中に汗をかき真っ青な顔をした、私たちの担任の沢木先生だった。沢木先生は、28歳とまだ若い男性教師で、丸顔メガネと丸い体の優しい顔立ちの教師で、顔立ちを裏切ることのない性格で、クラスメイトだけでなく、他のクラスの生徒からも慕われていた。いつもおっとりとして優しく、慌てることなどないような、ほんわかした空気を漂わせている先生が、今まで見たこともないような状態で現れたことに、クラス中の空気が凍ったような気がした。そして、先生は私をまっすぐに見据えて、一瞬言葉に詰まり、そして、
「遠藤、すぐに帰る支度をしなさい。お姉さんが事故に遭われて、病院に運ばれたそうだ。僕が送っていくから。」
今度は私が真っ青になった。自分でもさーっと血の気が引いて行くのがわかり、足元から崩れそうになる。そして崩れそうになった私を、いつの間にかそばに来ていた先生が支えてくれた。それから、友達が帰る支度を慌てて手伝ってくれて、先生に連れられて病院に向かった。
病院に着くと、そこには警察官が私を待っていた。そして警察官に連れられて行ったのは、遺体安置所と入口にプレートが貼ってある部屋だった・・・。立ちすくむ私に、一緒について来てくれた先生がそっと肩に手を置き、なだめるようになでてくれた。
「一緒に行こうか?」
先生は、頼りになるのが姉一人だといううちの事情を知っている。親戚はもちろん、両親が亡くなった時の事情でほぼ絶縁状態だ。先生も私に負けないくらい青い顔をしているが、先生は優しい中にも自分が支えるからという決意に満ちた強いまなざしを私に向けていた。どこか夢の中にいるような不安定な自分では、先生のそのまなざしを断ることなどできなかった。
「先生、すいません。お願いします。」
私は、油断すれば崩れそうな自分の体をかろうじて支えながら、ゆっくりと警察官が開けてくれた扉に向かって一歩を踏み出した・・・。