86話 『裏切り者』
ああ…ルルさん
朝早い時間。
太陽が昇るか昇らないかの時間に、人気の少ない横道でいくつもの魔法具で照らされている場所が存在していた。
そこには大量の血の跡が残っている。
その周りでは民間人を寄せ付けないように魔法がくまれ、その周りに住んでいた人間は理由を教えられずに宿などの一時的に住む場所を移されてしまったため周りでは色々な噂がささやかれていた。
「……」
そして、その血の跡の真ん中に倒れている息のしていない少女。
その近くに奈菜が何も言わず、ただ静かに立っていた。
その奈菜に後ろから近づいてくるのはカントク(久々に登場)だった。
「ニィはどうでした?」
「…殺されたのは、この王都の中。
つまり裏切り者がいると言うわけだがニィが殺されるわけにはいかないし、ここに残ることを望む魔族以外は全員魔界へと連れて帰るそうだ」
「…そうですか」
「魔族との協力体制は、ほぼ消えたと考えていい」
そこで奈菜はふと何かに気づき、ほぼ固まりきった血の上を歩く。
ルルの手に握られていたものを奈菜はルルのギュッと握っていた手をどけ、それを手に持った。
それはルルが定期的に飲んでいた薬が入ったケースだ。
「ルルを殺すときに魔法を使っていれば、この場には魔力がまだ残っているはずだ。
これから魔法具で調査するから私達もとりあえずどいたほうが良いだろう」
「そういえば、この事は当然隠すんですよね?」
奈菜は薬の入ったケースをポケットにしまいながら、カントクへと話した。
「ああ、限られたメンバーしか知ることは無いし、これから裏切り者を本格的に調査することになるだろう。
それに『魔王』が殺された事で混乱を招くわけにもいかない。
だから見つけた兵士たちやさっきここを調査していた魔術師の記憶を封印するために、これから魔法をかけていかなければならないんだが…」
「カントクは魔力がほぼ使えませんからね…それはボクがやっておきます。
ただ、その仕事が終了し少し休める時間があったら遠出させていただきますから…やらなくちゃいけないことが残ってるので」
「ああ、任せた。遠出をするのは構わない。
だが、できるだけ短時間で戻ってくるようにな」
「はい」
─ ─
『ルルが死んだ』
寝ぼけてウトウトしながらも起きた俺は奈菜にいきなり言われたことによって起きてるのと寝ている半々の気持ちのいい感覚はすぐさま吹き飛んでいった。
ルルが死んだことは限られた人間、または魔族しか知らないらしい。
「…どういう事だ?」
俺は状況が全く理解できていないわけだ。
俺と美月も含め、全員が1つの部屋へと集められていた。
「私もよく分からない…ルルちゃんが死んだってどういう事?」
「いや、そんなこと言われても知らんがな。
さっぱり理解できん。美月も俺も何回も言ってるが、あのルルが死んだってどういうことだよ」
そんな事を話している俺と美月。
俺が窓から外を見てみると、いくつかの大型飛行船が相当な量の魔族を乗せていっている。
美月もなにも知らないので黙ってしまったので、それをボーっと眺めている俺だ、
「あれは魔族を乗せて魔界に運んでいるんだよ。
今まで技術や兵士の数の補給とかの軍事的なことで協力するためにここに滞在している魔族達が何百人か居たんだけど、それを全員魔界に連れ戻す感じになってるんだ。
人間と結婚して魔界に戻ることを望まなかったりしたら連れ戻さないし、逆に結婚相手の人間を魔界に連れて行く感じになってるよ」
俺に、それを教えてきたのは奈菜だ。
奈菜の表情は別に楽しそうではないが、いつもとあまり変わらず毎回変わらず俺の疑問に答えている。
「冷静だな、奈菜。俺は実際、今混乱してよく分からない状態なんだが…」
俺の周りでは死ぬ人間は少ない。
「…慣れているもの。
別になんとも思ってないわけじゃないし、悲しくないと言ったら嘘になるけど…これからは忙しくなるから悲しんでいられない」
そこで、奈菜は『勇者』全員を見渡して、口を開いた。
「だって、この中には『裏切り者』が居るかもしれないんだから」
そこでの全員の反応は同じ者が居れば、違う者も居た。
和馬、瑞穂、要は純粋に驚き…里稲はどう思ってるのか全然分からず興味なさそうな顔で奈菜を見ている。
炎はあからさまに嫌そうな表情をしていた。
俺と美月は瑞穂たちと同様の反応だ。
裏切りだなんだかんだなんて、あんまり…というか一回も体験したこと無い。
「ルルを殺せる人間なんて、この都市の中じゃあ両手の指の数にも満たないほど限られてくるからね。
1つの部屋に集めたのは、逃げられないようにの監視かな」
「はぁ? 俺達はお前と一緒に居たんだから無理に決まってんだろ」
あの後、少しばかり無駄なおしゃべりをしてからお別れして眠らさせていただきました。
「…それは分かるけど一応だよ、一応。
あまり気にしなくていいと思うよ…この世界でも、いつ死んだぐらいのことはわかるからソレを確認できれば少なくともボクと徹夜くんと美月ちゃんは平気かな」
「そうしたら俺達だって大丈夫だろうが…俺は王子の後ろで待機してたし、俺は貴族とかと話して苦笑いしてる要の和馬も見たからな。
多分、お前達よりも寝た時間は遅いはずだぞ?」
そう言ってきたのは瑞穂。
事が事だけに俺も含めて、この部屋の中はどこかピリピリとした雰囲気になっている気がする。
「疑われてるってだけだからさ、必ず裏切り者が居るってわけじゃないよ。
だから、そう怒らないで」
しかめっ面の瑞穂になだめるように声をかける奈菜。
大変だな、奈菜は。
「疑われてるってだけでも、そうそういい気分ではないけどな」
俺、久しぶりに聞いたよ…和馬の声。
確かに、それは同意だな。
「だいたいみんな同じだと思うけど、私たちはやっと終わって寝たらいきなり起こされて、こんな状態になってるわけだからね。
あまりいい気分ではないのは当然のことだと思うわよ?」
要の発言だ。
「まあまあ…とりあえず落ち着きなよ、皆。
奈菜ちゃんだって、この部屋にずっと居るんだもの疑われていない対象というわけではないんでしょう?」
美月だ。
「ボクも確かに疑われてる一人だよ。
気づいてるかどうかはわからないけど、この部屋の周りには十数人の騎士が待機してるしタベのほうでは一時的に扉の護衛からはずされてる。
それなりの実力があれば監視されてるよ…例外なく、ね」
いろいろと話をしている俺達だが、炎も里稲もずっと黙っている。
里稲はもとから参加していなかったし、炎はルルが帰ると同時に俺達に帰る、と言ってパーティーの会場からさっさと出て行ってしまった。
この中で、この二人がいつどうしていたのかを分かる人間はいないのだ。
そんなとき扉が開き、数人の騎士達が入ってきた。
そして次の瞬間に走り出す。
反応できない速さというわけではないが、全員が騎士達がどう動くのかをボォッと見ていたため動かなかったのだが…次の瞬間には炎を取り押さえた。
それに驚きの表情しか浮かべられない俺達。
「現場であなたの魔力が発見されました。
大人しく同行してください…神沢 炎殿」
─ ─
そこは大型飛行船の中だ。
飛行船の多く存在する中の一つの部屋。
そこにニィが黙ってボーと何も考えていない様子座っていた。
「……ニィ様」
そして、ニィの目の前にはニィよりも年上の魔族の男女が礼儀正しく立っていた。
その片方の女性が、ニィに声をかけた。
「……」
ボーとしている。
「ニィ様!」
「…ッ!? な、なに!?」
「止まってますよ…手」
ニィの目の前にはいくつもの紙があり、それをさっきまでニィがサインやらを書いていた状態なのだがある理由のせいか今回のニィはボーとすることが多く、そのたびに女性に名前を大声で呼ばれていた。
その魔族の二人は、ニィが小さい頃から一緒に居る。
最初はカントクがルルとニィのそばに居るように頼んだのだが、ルルは性格上の問題で二人ではどうにも追いきれず、その結果いつもニィの世話をするような位置になってしまった二人でもある。
ルルをニィが世話して、ニィを二人が世話するような構図だったわけだ。
ちなみに、言ってしまえば徹夜たちも行った魔物が巣を作ってた城は、この二人がへましたからでもある。
そんなことはおいといて、いつの間にかまたニィはボーとしている。
それを見ていた二人はニィに聞こえない程度で礼儀正しくたったまま会話し始める。
「…どうする?」男
「どうするか聞かれても…」女
「ニィ様がこのままだと突然帰国命令を下された魔族たちも余計に不安がるし、ルル様が殺されたと知れば何百年も昔のように人間との友好などは微塵もない状態に戻る。
そのようなことにはしたくないのは…ニィ様も当然のこと、ルル様も望んではいなかった。
それに、これに関して一番考えてたのはニィ様たちのご両親たちだ。
それをニィ様やルル様の時代で壊れてしまうのは…」男
「……ここは、しっかりするように言うしかないでしょう」女
「…二人とも」
「「ッ!? は、ハイ!?」」
そんな事を話しているといきなりニィが二人を呼んだ。
「聞こえてますよ。最初から最後まで…いつも私が聞こえないと思い込んで話してるんですから」
「すみません」
ニィの言葉に女性がばつが悪そうな顔で答えた。
「大丈夫です、問題ありません」
「……」
「私はしっかりします。
魔界にいる魔族のみんなや部下にも、今回いきなり帰国させちゃって不安になってる方々にも…誰もこれ以上不安になんてさせません。
ルル姉さんの件は、また適当にぶらついてるとでもしてください。
誉められることではありませんが、ルル姉さんならほとんどが納得します」
「…わかりました」
「わざわざ私の事を気遣ってそばにいる必要もありませんので、出ていってください。
私が次の『魔王』なのですから、しっかりしなければならないという事はわかっています」
それを聞いた二人は、頭を下げて部屋から出ていった。
二人が出ていって数秒すると、ニィは椅子の上で自分の足を抱えて両膝におでこをくっつけるような姿勢となった。
「……わからない、わからないよ。
…なんでルル姉さんまで私を置いていっちゃうの? どうして私を一人にするの?」
膝で隠れた顔からは、いくつもの水滴が落ちていく。
その水滴はニィの服の上に落ち、すぐに乾いて消えてしまうであろう一時的なしみを作った。
「私を一人にしないでよ……姉さん」
その声はかぽそく小さい。
だが、ニィが一人居るだけの静かな部屋には十分なほどに響いていた。
話が話だけにシリアスしか書けなくて、もうヤダー(´Д`) …な状態
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