わたくしの価値はいくらでしょう
わたくしの名前はエレノア。ただのエレノアですわ。
わたくしはある貴族の家の娘として生まれました。
家名はお尋ねになるのはご勘弁を。
ある地位の高い方と婚約をしておりましたが、言われもない罪で、婚約破棄をされ、家からは放逐されました。
婚約破棄の理由など、今になってはどうでもいいことです。
放逐されたとしても、別に着の身着のまま、屋敷を追い出されたわけではございません。
わたくしには町外れに小さな一軒の家を与えられました。
少し古いけれど二階建てで、白い壁に三角の屋根、家の周りは柵でぐるりと囲まれています。庭には屋根より高い木が一本。
今まで暮らしていた屋敷と比べられない程小さいですが、わたくしと侍女が住むには広すぎるくらいでした。老夫婦の使用人とその息子が毎日朝になると近くの家からやってきて、料理や掃除、庭の手入れや必要な買い出しまですべてやってくれます。
わたくしは家でほとんど一日を過ごします。
遊んでいるわけではありません。わたくし、仕事をしているのです。貴族でなくなったのだから、自分の力で生きていかなければなりません。
わたくしはハンカチに刺繍をして、それを売ってお金を得ているのです。
「さあ、出来たわ」
わたくしはハンカチから刺繍枠を外し、手でシワを広げて完成品を見る。
今回の作品は自分でもよく出来ていると思います。
「お嬢様、お疲れ様でございます。まあ、今回も大変素敵でございますね」
侍女が、紅茶とお菓子をテーブルに置き、代わりにハンカチを受け取ります。
「これで今月の納品分は揃いましたね。早速、明日にでも、依頼主に収めに行って参ります」
「ええ、頼んだわよ」
一仕事終えたわたくしは、香りのいい紅茶と甘いお菓子を頂きました。
平民としての生活に慣れた頃、わたくしは侍女と買い物へ出かけていました。新しい服を買いにきたのです。貴族の時のようなドレスではなく、ずっと簡素なものだったけれど、色見本でベルフラワーのいい生地があったので、外出用の服を仕立てることにしました。出来上がりが楽しみです。
侍女が店の者と納期などの話をしている間、わたくしはいつものように椅子に背筋を伸ばして座っていたのですが、ふと、商品に刺繍入りハンカチがあるのが目につきました。
わたくしの作品の参考になるやもしれません。近づいて見てみればとても手が込んでいて素晴らしい刺繍です。わたくしの刺繍など足元にも及ばないくらい。きっと高価なものでしょう。
わたくしは近くの店員に値段を訪ねました。
「こちらは銅貨3枚でございます」
わたしは言葉を失いました。
これが銅貨3枚?たったの?
わたしは侍女に気づかれないようにそのハンカチを買いました。
家に帰って、刺繍をしたいと自室に閉じこもります。
わたくしは店で買ってきたハンカチと、刺繍前のハンカチを見比べます。
生地に特別、差はありません。
これはおかしいではありませんか。
わたくしの刺繍入りのハンカチは金貨数枚で売れます。毎月ハンカチを5枚刺繍をして、そのお金で生活しているのです。生活を……。そこでわたくしは気づきました。わたくしが稼いだお金はすべて侍女が管理しています。それらは、わたくしの服や靴、香り付きの便箋や書籍、たまに出かける歌劇や外食に使っています。それ以外にも、例えば毎日の食料の支払いはどうしているのでしょう?侍女や使用人の給金は?街に出かける時に借りる馬車の料金は?ハンカチの売上だけで足りるのでしょうか?
血の気が引き、指先が冷たくなっていきました。
その夜、食事の後、わたくしは侍女に問いました。
「お父様は毎月いくらわたくしに援助してくださっているの?」
侍女は少し困ったように答えます。
「エレノア様のお父様から援助はいただいておりません」
「嘘よ。わたくしの刺繍だけで生活できるはずはないわ。お願い、正直に言ってちょうだい」
侍女はなかなか答えなかったけれど、最終的には教えてくれました。
「援助していただいているのは、エレノア様の元婚約者のアルバート様です。この家も、私たちの雇い主もアルバート様でございます」
アルバート様。わたくしが幼い頃より婚約していた方。
お慕いしていた方。
わたくしの悪評を社交界で広めて婚約を破棄した方。
婚約解消なら穏便に話を勧められたのに、わたくしよりもご自分の立場を大切にされたいがために、わたくしに瑕疵があるように仕向けた酷いお方。
悪評が貴族内で広まったことと、婚約者の気持ちを掴んでおけなかったわたくしを、お父様はひどくお怒りになり、家名に傷をつけたわたくしを許しはしませんでした。それでも、平民になったわたくしのためにこの家と使用人を用意してくださっていたと思っていたのに、援助してくださっていたのが、あのアルバート様だったなんて。
「わたくしはあの方の援助など受け取りませんわ」
「しかしお嬢様、この家もアルバート様の物です」
「では、家を出ていきます」
「何処に行かれるというのです。ご実家には帰れませんよ。どうやって生きていかれるのですか?お嬢様がされている刺繍のお仕事も、アルバート様が依頼してくださっているのですよ?貴族として生きてこられたお嬢様には平民のように働くことはできません。婚約破棄の慰謝料だと割り切ってください。どうか衝動的にならないでください」
侍女はそういいますが、わたくしの心は晴れませんでした。
別の日、わたくしはまた街へでかけました。侍女と一緒です。
いつも行く専門店が並ぶ通りではなく、平民の家や店が並ぶ通りに向かいます。
「お嬢様、このあたりはお嬢様のいくようなところではございません。戻りましょう」
侍女の制止を無視し、わたくしは市場の値段をかたっぱしから確認していきます。
果物、精肉店の肉、食器などの日用品。値段は銅貨からでどんなに高くても銀貨までです。
衣服を売っている店に来ました。
いつも行く店とは違い、商品が壁一面に飾られて、畳まれた衣服が積み上がっています。
店員に服の値段を聞くついでに給金も聞いてみました。
「1日で給金はおいくらなの?」
「1日で大銅貨1枚です」
「えっ!それだけ?」
若い店員は苦笑いしました。
「店番の日給なんてそんなもんですよ。お貴族様相手の商売なら、ちがうかもしれませんが、僕らみたいな平民はこんなもんです」
「もっと稼げるところはないの?」
「ん~そうですね。仕事を選ばないんだったら、稼げるところはありますよ」
「そこは何処かしら?」
「この先をまっすぐいったところにある大きな建物。娼館だったら結構稼げるって話で……」
「お嬢様!なりません!」
侍女が我慢ならないといった風で声を荒らげます。その顔は真っ赤です。
侍女がどう言おうと、わたくしは確かめなければならないことがあるのです。
侍女が止めるのを聞かずに、わたくしは娼館へと足を向けました。
娼館はまだ昼で、開店していないようです。
正面入口を掃き掃除していた少女に声をかけました。
話をすると、その子はこの店で働いているそうです。どうみてもわたくしよりも年下なので驚きました。
聞けば幼い頃に親に金貨数十枚で売られたそうです。金貨数十枚ですよ!信じられません。
そうしているうちに、奥の方から女性が数人やってきました。きつい香水が香りがし、きわどい服を着ています。この方達も娼婦なのでしょう。
「あらあら、可愛いお嬢さんがいらっしゃるわ」
「迷子にでもなったのかしら?まさかうちに何か用でも?」
彼女たちは声を上げて笑いました。何が面白いのかしら?
でも、ちょうどいいところにいらっしゃいました。
わたくしは彼女達の待遇を訪ねました。
そして聞いて驚きました。
客1人に対しての対価は金貨2~3枚。そのうち彼女達の取り分は半分なのだとか。
たったそれだけ?体も売って、それだけなの?
休みもないの?それでそれだけしかもらえないの?
わたくし、驚きのあまり、そういう感じの事を言ってしまいました。
気づけば、周りの目が厳しくなっていました。
「お嬢さん、もうお帰りになってもらえないですかね」
「わたしらはわたしらなりに仕事を頑張ってるんですわ」
「この給金で満足しないなら、もう冒険者にでもなってダンジョンに潜ればいいじゃない」
「ダンジョン?それは何処にありますの?」
「お嬢様!もう帰りますよ」
わたくしはまだまだ聞きたいことがあったのに、侍女がわたくしの腕を掴んで無理やり引っ張って娼館から連れだしました。
「ねえ、冒険者になるにはどうしたらいいのかしら?」
「お嬢様!もうおやめください!お嬢様にできるはずがないではないですか!」
「そうかしら?わたくしは結界の魔法は得意なのよ。学園でも先生に褒められていたし」
「冒険者など、若い女性がなるものではありません。恥をかくのはお嬢様ですよ」
「あら、恥ならもうかいているわ」
侍女は最後まで反対していましたが、最終的には黙ってわたくしの手伝いをしてくれました。
街の近くに最近ダンジョンが出来て、その偵察の仕事があるらしいのですが、まだ未知のダンジョン。何があるかわかりません。誰もダンジョンに入りたがる人がいないそうです。
その分、報酬は高いです。
わたくしは冒険者ギルドでエリーという名前で登録いたしました。貴族の時の名前は捨てます。
わたくしの仕事はマッパー。地図作成です。
学園の授業で地図や地形を描く勉強があったのですが、それが役にたちました。
ドレスの代わりにズボンとブーツを履き分厚いローブをまといます。初めて鏡で自分の姿を見たときはまるで男の人のようで笑ってしまいました。
ダンジョンは酷い匂いで、口元を布で覆い、ランタンを掲げて入ります。入口は狭く、屈んで入らないといけないですが、しばらく進むと中は広く、一見するとただの洞窟のようです。
奥に行けば行くほど、コウモリやトカゲなどの生き物が増えていきます。
最初は起伏のある地面を歩くのも大変で、転んだり擦りむいたり足首を捻挫したり、怪我もたくさんしましたが、数カ月もすれば長く歩けるようになりました。
地下へ続く階段を降り、地下2階になると、薬草などが生えていて、マッピングの合間に薬草も摂取しました。
地下へ勧めば進むほど、魔物は強くなり、魔物から襲われるときもありますが、結界を貼り、その場でじっとして耐えていると、魔物はやがて去っていきます。戦うことはなく、わたくしはひたすらダンジョンのマッピングを続けました。
ダンジョンのマッピングと薬草摂取の仕事のおかげで、毎月ある程度のお金が溜まってきました。
そして、目標金額が溜まると、わたくしは侍女にお別れをつげ、家をでました。
アルバート様には一通の手紙を送りました。これまでの支援のお礼と、これからは一切の関わりを持たないことを改めて綴りました。最後にわたくしの価値はそんなに安くないことと、悪評を流したことを、わたくしは一生許すことはないという文面で締めくくりました。
わたくしは今度こそ自分の仕事の報酬で暮らしています。綺麗なドレスも甘いお菓子もないけれど、自立しているこの生活が結構気に入っているのです。




